第18話 ハーピーさんと図書館

 イリスとエインティアは二日目の学園祭に向かうか話し合っていた。


「二日連続で人混みに突っ込むのは嫌よね。イリスはどこか行きたいところある?」

「そうですね、あ、図書館に行きたいです!」

「いいわよ、イリスの行きたいところ、行きましょう。」

「私も同行、案内するよ。」


宿の朝食のトレイを片付けてきたララが帰ってくる。

今日はイリスの行きたい場所、国立図書館に行くことになった。




 中央地区グラメには巨大な建物が集まっている。

王宮、ユリアス魔法学園以外にも、世界で二番目に大きいフェイリ大聖堂、世界最大の魔法研究機関WMI、平和の集いと呼ばれる世界会議場、冒険者ギルド本部、商業ギルド本部、etc.

世界トップクラスの様々な機関が集まっている。

 その中でも、世界最大の図書館である国立グラメ図書館の大きさと蔵書数は、他の追随を許さなかった。




 冒険者ギルドカードを機械に翳し、建物内へと入る。

先ず初めに目に入るのは間違いなく、立ち並ぶ円筒状の何かだろう。


「エイン、手を翳してみて。」


ララの言う通りにすると、ピピッっと音が鳴り、円筒状の機械が起動する。

目の前の空間に、図書館内の膨大な情報が表示される。


「何これ…近未来…。」

「凄い…わね…。」

「うん、どうやら二年前から稼働していたようだね。ちゃんと実用化出来たんだ……えっと、どこにどんな本が置かれてるかとか、もし著者か本の名前がわかるなら、その本がどこにあるかもわかるよ。」


ララは別の機械に触りながら、解説してくれる。


「そんなショボいものじゃないんよ。作者名から本を検索したり、本の名前がわかるなら、目の前のパネルをタッチして名前を入力すれば、手元に本が転送されてくるんよ。」


図書館のどこからか現れた、非常に小柄で栗色のくせっ毛ショートな女性が教えてくれた。

ララはその顔を見て少し驚き、優しい顔で笑った。


「館長…で良いのかな?ラセッタ。」

「えっへっへ!久しぶりんよ、ティリアナ。」


愛嬌のある笑顔でラセッタも返す。

首にはしっかりと館長と書かれた顔写真入りの名札をぶら下げていた。


「流石ティリアナ、知り合いが豪華ね…。」


エインティアは実物のラセッタを前にして、緊張で固まりながらも声を漏らす。

それを見て、イリスは首を傾げた。


(ラセッタさん…どこかで聞いたような…?)


「そりゃあ、僕らは創作魔法研究会の立ち上げメンバーだかんね。喧嘩はすれども、仲が悪い訳がないんよ。」

「あ、それです!」


イリスはラセッタの名前を聞いた場所を思い出し、一人声に出して納得する。


「いや、それです!…じゃないのよ!ラセッタ様はあの三英雄、智聖へイネス様に最も近しいと言われているお方。世界で最も賢いお方ですわ…って、あれ?」


説明口調で話し終えて、エインティアは気が付く。


(…偉さで言ったら、イリスの方が上ですわよね。というか……。)


 この場にいる四人。

神の使い、虹色ハーピーのイリス。

世界最高最強と謳われる、伝説の魔法使いティリアナ。

世界最高の叡智を持つといわれる、大賢者ラセッタ。

地方都市の貴族オーリストル家の五女、家出少女エインティア。


(私の場違い感凄くありません?)


エインティアの全身からブワッと汗が噴き出した。






 「にしても、開発コードが入力されたと聞いて飛んできて正解だったんよ。……んで、成程。」


ラセッタは、無詠唱の魔法でふわりと空中に浮きあがり、イリスの帽子を軽く手の甲で持ち上げた。

そして、虹色の前髪を軽く指で撫でた後、優しく帽子を戻す。


「まぁ、僕じゃないことには薄々感付いてたんよ。運命なのか、神の思し召しなのか…どちらにせよ、ティリアナ、また会えて嬉しいんよ。……間違っても、誰も君を責めたりなんかしてないんよ。君が一番辛いことは、皆わかってるかんね。」


そういうと、ラセッタはイリスとエインティアの方へと向き直る。


「本は丁寧に扱うこと。そして、ちゃんと椅子に座って読むこと。良いんね?」

「「はい!」」

「後、図書館では静かにすること。」

「「あ…。」」


ラセッタは壁に貼られた『館内ではお静かに。』と書かれたポスターを指差した。


「僕はティリアナと二人で久しぶりに話がしたいんよ。積もる話が山ほどあるんよ。」

「イリス、歴史コーナーはあっち。エインは冒険物とか恋愛物かな?だとしたらあっちの方。飽きたら中央地区の内でなら散歩したり買い物したりしてもいいよ。セリアから貰ったお金、まだあるよね?」


エインティアは頷く。


「なら、16時、ここに集合。昼食とかも、各自で…大丈夫かな?」

「はい。」

「ええ。」

「僕もそれで良いんよ。」


ティリアナは確認を取った後、ラセッタと共にスタッフルームへと去っていく。

イリスとエインティアも、それぞれ別行動を開始した。






 「一概に歴史コーナーと言っても、色々ありますね。あり過ぎますね。」


『歴史』と書かれた区画で、イリスは浮いていた。

浮いている、というのは、物理的に、だ。


 国立グラメ図書館の最大の特徴は、最新技術の集大成ともいえる、その設備にある。

本を手に取る際は、入り口付近にある機械で本を探して機械に身分証を翳すか、自分で直接読みたい本をジャンルごとに分かれた区画から探して、背表紙のシールに触れる事により空間に現れる三十秒間の試し読み期間を経て、身分証を翳し、手に取るかである。

 返す時は返却コーナーに本を置くだけだ。

そうすると、自動的に指定の場所に戻るようになっている。

このシステムにより、顧客満足度は大幅に上がり、盗難被害は大幅に減ったという。


 他にも、階段を廃止し、魔法による空中移動を採用している点も他に類を見ない。

これは物凄く大きな魔導具により各区画を自由に飛び回れるようにしている為、飛行魔法が使えなくとも問題はない。

 また、魔力消費の観点でも、太陽光と月光、魔力反射等を利用した繊密な構造をしており、非常に少ない魔力で飛ぶことが可能になっている。

 それでも魔力や体調に不安がある人の為に、自動浮遊車や、スタッフによるアシスト飛行等、サービスも充実していた。

 イリスはこれにより、現在空中を彷徨いながら、様々な本を試し読み物色していた。






 「上の方まで、全部歴史関係の本…ラミダ王国史…世界史…少数民族史…異種族史…あぁ、何だか頭がクラクラしてきました…そういえば私、ライトノベルくらいしかまともに読んできていないのでした…。」


イリスは何だか体調の危機を感じ、活字酔いする前に更に上へと浮かんでいく。


「大昔の遺跡…の発掘調査…考古学者の本だ…。」

『プトプト遺跡‐眠れる力と太古の魔法‐ 著:グヴィム・リヴィレッド』


イリスは何となく、その本を手に取った。


(石板とかの写真でもあれば、私なら読めちゃうかも…なんて。)


うきうきで席について、ペラペラとページを捲る。

しかし、その浮ついた気分はページを捲る程に削げていった。


「違う…。」


思わず、声に出てしまい、慌てて口を手で押える。


(違う、そうじゃない。あからさまに、本当の事が隠されてる。)


ページを捲る手に熱が入る。


 何ページか捲ったところで、イリスの手が止まった。

そのページには、石板の写真と、ボロボロの壁画。


(神……魔法……虹色の翼……魔法と代償……禁忌……。)


イリスの頭に、『神様』の言葉が蘇る。


《人間が神と呼んでいる我々は、実際には様々な条件下による……。》


「ただの、学者のようなもの、でしたっけ。」


(魔法は元々『神様』によってこの世界にもたらされた力…というのであれば、つまりは。)


イリスはそこに潜む残酷な可能性について思考し、一人溜息をついた。


「嫌気がさしますね。本当に。神様にも。こんな自分自身にも。」


悲痛な呟きは、図書館内の静寂に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。


「今は、楽しいです。とても。だからこそ。」


イリスは小声で呟いた。


「それを守る為ならば、私は……。」


(その時私がとる行動は、きっと、神様の思惑通りなのでしょう。)


 イリスは立ち上がり、手に持った本を返却コーナーに置くと、魔法についての本が立ち並ぶ、魔法区画へと足を運ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る