第17話 ハーピーさんと学園祭

 中央地区グラメの中でも辺縁部の端の方。

隠れ家的な宿から出て、ユリアス魔法学園へと向かう。

学園の近くまでは、ララも送迎として同行する。

 今日は世界最大の学園祭。中央地区の中心部は人混みでごった返していた。


「うわぁ、人間がいっぱい…。」

「ねぇイリス?変身解いて?そしたら道が開くでしょう?」

「嫌ですよ!」


人の波に嫌気がさしたエインティアは、げんなりした顔で呻き声を上げる。


「エインもイリスも手を離したら駄目だよ。逸れたらいつ合流出来るかわからないからね。」


ララはエインティアの手をガッチリと握って、そう言った。


「恥ずかしいけど、我慢ですわね。」


エインティアはイリスの手も握っているので、二人と手を繋いでいる状態だった。


「てやぁ!」


いきなりエインティアとイリスの握った手を、チョップが襲う。


ベシベシベシベシ


二人が手を離さないので、チョップの頻度はどんどん激しくなっていく。


「やめてください!……ってセリアさん!?」

「イ~リ~ス~ちゅあ~ん!!!会いたかったよ~!酷い目に合わなかった?怪我は?元気にしてた?あ~うあ~!ちんまりしてて可愛いなぁ~!あ~もう空気が全部イリスちゃんになればいいのに!」


そこにいたのは、オーリストルの冒険者ギルドマスター、セリアだった。


「何故ここに?……久しぶり、セリアさん。」

「!……あぁ、うん、調子良さそうで安心したわ、ティナ。」

「この二人のお陰で。」


ララは二人の頭を撫でながら笑顔で応対する。

セリアは安堵の笑みを浮かべた後、ふと思いついて、バッグの中を漁り出す。


「ここにいる理由は勿論、イリスちゃんが心配だったから!…じゃなくてギルマスの定例会議でね。」


セリアは溜息交じりに答え、「ギルドはアイネスがいるから大丈夫よ。」と付け足した。


「でも、良いこともあったのよ?ここに来る途中で4人組の盗賊を捕まえてね、じゃ~ん!臨時収入のおすそ分け~お二人にお小遣いで~す!」


バッグから出てきた麻袋を、イリスとエインティアに渡す。


「い、いいんですか!?」

「イリスちゃんは可愛いからちょっとおまけ付けといたよ~!」

「その盗賊って私達が…あ、イリス!ずるい!!」

「その代わりハグさせて~!」

「え゛!?」


セリアは有無を言わさずイリスに抱き着くと、全身を隈無く弄った。






 5分後、そこには朽ち果てて魂の抜けたイリスと、ツヤツヤの顔で満足げなセリアの姿が。


「エインティア様もおまけ付ける?」

「いえ、結構ですわ…。」


ドン引きするエインティアをよそに、セリアはララに、


「学園祭なら、というかグラメ地区内なら二人でも大丈夫でしょう。ティナ、少し時間貰えるかしら。」

「え、えぇ、大丈夫ですが、何か用ですか?」

「ちょっとね。」


と、やや控えめに伝えた。


 そんなわけで、ララとセリアとは別れ、学園祭にはイリスとエインティアの二人で向かう。

セリアはイリスとの別れを惜しんだが、「これ以上セクハラするなら容赦しないけど。」というララの脅しに屈して、連れていかれた。






  「で、セリアさん話というのは。」


イリス達から十分離れたことを確認したララは切り出した。


「イリスちゃんのことなんだけれど、私、魅惑魔法かけられたじゃない。でもあれ、違うのよ。」

「違うとは?」


その言葉の意味を掴めず、ララは聞き返す。


「正確には、おまけ、とでもいうのかしら。髪や翼、彼女の全身に蓄えられている膨大な虹色ハーピーの魔力とは全くの別物。しかもこっちは大した魔力量じゃないの。さっき全身を改めて調べてみたから、間違いない。」

「あ、あれ、ただのセクハラでは無かったんだ。まぁ、やけに入念に色々な箇所触ってるとは思ったけどさ。」

「途中から反応が可愛くて、思わず手が止まらなくなっちゃったんだけどね?」

「おいこら。」


ララはセリアに頭にツッコミをいれた。


「でね、ここからが本題。ハーピー研究の第一人者である私が立てた仮説、聞いてくれる?」


その内容に、ララは絶句するしかなかった。






 ユリアス魔法学園の正門を潜ると、様々な年齢の制服を着た沢山の生徒達が、出店で食べ物を売っていたり、実験をやっていたりした。

だが、そこに『普通』は無かった。

 イリスはパンフレットを読む。

どうやら、この学園祭は研究会という、生徒達が必ず所属しなければいけない組織の来年度予算や存続を決める発表会的な側面があるらしく、平凡な物では駄目らしかった。


「イリス、お腹は空いてない?」

「まだ大丈夫です。」


ゴールデンホットドッグという看板をみて、エインティアが聞いた。

学生のお兄さんがポンと手を叩くと、ホットドッグが黄金色に発光する。


「これ、全部見て回っていたら、全然3日間でも足りませんね!」


一つ一つの店が、様々な魔法を使ったショーのようなことをするので、その都度足が止まってしまう。


「そうねぇ、にしても、どこの店も混んでるわね。」


建物内に入り、クーラーで涼みながら、パンフレットの地図を見る。

そのまま廊下を歩いていくと、端の方に、看板はあるのだが人が全くいない教室を見つける。


「えっと、リスクアセスメント研究会?」


イリスとエインティアが揃って首を傾げていると、中から男女の学生と、教授?らしき白衣のおじさんが現れた。


「わからない?なら是非、その目で見て、出来れば体験もしてみてくれ。私は教授のピッピホー・パヘホハーだ!はっはっは。」

「明らかにヤバそうなんですが。」

「と、取り敢えず入ってみます?」

「えぇ…。」


意外と乗り気なイリスを見て、渋々エインティアも教室に入った。


「私達の研究会では、主に代償魔法のリスクについて調べています。」

「創立から続く由緒正しき研究会なんですよ?」


学生達が説明する。


「代償魔法ってなんですか?」


イリスが純粋な疑問を口にする。


「わかった。先ずはそこからだね。代償魔法とは、ババン!あ、図とかは別にないよ。代償魔法っていうのは、魔力以外に、大切なものを消費する魔法の分類なんだ!でも、その代わり、膨大で甚大な効力の魔法でもあるんだよ!」

「大切なもの?」


ややウザい教授の説明に、イリスは首を傾げる。


「そう、大切なものだよ~!それは自分の腕だったり~、血液だったり~、……自分や大切な人の命だったり。」


おちゃらけた教授の雰囲気が、急に真面目な物へと変わる。


「僕らの研究会が人気は無くともずっと続けていられるのはね、それだけ重要な研究だからなんだ。例えば、血液は一度にどれくらいまでなら失っても、後遺症が残らないか。そういったものを最大限安全に配慮しながら、研究しているんだよ。」


教授は、真面目に聞く二人に優しい笑みを向ける。


「こんな魔法、本当は誰も使わないで欲しいんだけどね。それでも、魔法の発展には、こういう研究が必要不可欠なんだよ。……それに、本当に必要になるときもあるだろうし、ね。」


教授は少し暗い顔をしたかと思うと、また先程までのふざけた笑顔へと変わった。


「さぁて、では、我が研究会の発表を見てくれ!」


そういうと、学生達に合図を出す。

学生たちは呪文の詠唱を開始する。


「あ、が、あああああああああああああぁぁあぁ~!」

「ぐ、あっ、ふぅ、うあっ、ああああああぁ~!」


学生達は、恍惚とした顔で絶叫し出す。


「はぁっはぁっはぁん!」

「うっ、ふぅふぅ、あぁっ!」

「いや、何を見せられているの…ですわ…。」


一通り悶えた後、だらしない顔で床に転がった学生達を見ながら、教授は歓声を上げる。


「この、後遺症の心配のない、ギリギリのラインを攻める快感っ!堪らない!二人の表情も最っ高だ!」

「イリス、行きましょ。」

「あ、はい。」


ドン引きした二人は教室を出た。


「ははははは!ってあれ?少女達?どこへいったんだい?君達も是非体験を~!」


教授の呼び止める声を無視して、二階に上がる。


「とんだ災難でしたわね。」

「あはは。」


 そのまま、本館の研究会をざっと廊下から眺める。

『味覚研究会』『三英雄研究会』『振り子研究会』『数学研究会』

『魔導具批評研究会』『魔法に負けない方法研究会』『異種族言語研究会』etc.

5階まで、殆どの教室に、本当に様々な研究会があった。

 パンフレットを見たイリスの提案で、そのまま別館にも行ってみる。

そこにもまた、色々と研究会があった。

 そして、お目当ての『ハーピー研究会』と書かれた看板のある教室を見つけ、入ろうとすると、中から聞き慣れた声が聞こえた。


「ハーピーの素晴らしさを百個すら言えないなんて、お前ら本当に由緒あるハーピー研究会の人間か!」


ギルドマスター、セリアの声だった。


「せ、セリアさん……。」

「何やってるのよ……入る?」

「い、いえ、また次の機会で……。」


セリアに苦手意識のあるイリスは入るのを拒否する。

エインティアもそれに従った。






 エインティアは、『ハーピー研究会』の隣の隣にある教室に、『創作魔法研究会』という看板を見つけ、中を覗いてみる。

教室の中には、何も無かった。


「そこはね…。」


突如として背後から声が聞こえて、二人は、特にイリスはギョッとした。

後ろに立っていたのはセリアだ。


「私がイリスちゃんの声を聞き逃すと思う?……それはいいとして、この教室はね、今はもう無い、『創作魔法研究会』の部屋ね。」

「今は無いのに、部屋と看板はあるのですか?」


セリアは少し遠くを見つめるようにしながら、答える。


「この学園の、そしてこの国の全盛期の始まり。メルフィリアが研究会を立ち上げて、ティリアナ、フゥミリア、ラセッタ、ブラウム、世界に名を轟かす豪華な変人達が集って、魔法を作ったり、変なものを作ったり……食べたり飲んだり、遊んだりしていたの。今ではこの学園の生徒達に、聖地とまで呼ばれているわ。」

「すごい…。」


名だたる有名人達の名前に、エインティアはそれ以上言葉が出なかった。

イリスは、エインティアの反応を見て凄い人達がいたんだな、と教室を眺めた。

エインティアは教室に入り、周りを見渡す。


(これが、ララの見ていた景色。ララ程には成れないとしても、私も…いずれ凄い魔法使いに!)


目を閉じて、決意を胸に秘める。

エインティアが教室を出ると、イリスのお腹がクーと鳴いた。


「あ…お腹空きましたね。」


気が付くと、日は傾き、もう一、二時間もすれば沈んでしまいそうだった。


「そういえば、お金、全く使ってなかったわね。」

「えぇ!?お祭りで食べ物買わないのは勿体無いよ!私はこれからハーピー研究会の皆に説教しなきゃだから、じゃあね!」


それだけいうと、セリアはハーピー研究会の教室の中に駆け込んでいく。


「げっ、また来た!」

「うわっ。」


生徒達の悲鳴が聞こえるが、二人にセリアを止める力は無かった。


「それじゃ、外の屋台で少し食べ物漁ったら、帰るって感じでいいわね?」

「はい!」


イリスとエインティアは人混みが苦手なため、目玉であるイベントこそ見なかったが、何だかんだで存分に学園祭を楽しんだのだった。

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