第15話 ハーピーさんと戦々恐々素人お料理

 ここは村の宿泊施設の調理場。

調理場といっても簡易なもので、必要最低限の物しか置いてはいない。

そんな場所で、二人の少女が険しい表情をしながら食材を見つめている。


「い、イリス、貴女、料理とかって…?」

「え、エインこそ…。」


 まだ明らかに青白い顔をしていたララに、「無理をするな、私達に任せろ。」と啖呵を切ってきた二人は、現在調理場で立ち尽くしている。

二人とも、自炊経験皆無だ。


 食材は、パンとこの村名産のルッコラ、人参、玉ねぎ、キノコ、ヴィブのこま肉(豚肉)、ミルク、バター、僅かながらの貝の乾物。


「シチューとか作れそうな材料ですよね。」

「しちゅー?それなら作れるの?」

「無理ですね…。」


微妙な空気が調理場内に充満する。


「えっと、この際美味しさとかは考えないことにしませんか?こういうものは気持ちが大事なんです!」

「そ、そうね!取り敢えず、食べられるものを作りたいわね……。」


エインティアは包丁を手に取る。

その手は、緊張で明らかに震えていた。


「と、取り敢えずキノコを半分にするわね…?」

「指切らないように!気を付けて下さい!!」

「ま、任せなさい!」



ズダンッ!



「ふぅ…。」


エインティアは一つのキノコを真っ二つにして、満足そうに額に湧き出た汗を拭った。


「いや、まだ三つあるキノコを一つ半分にしただけじゃないですか!」

「はぁ?そんなこと言うならあんたがやってみなさいよ!」


イリスも包丁を持つ。


ストンッ ストンッ


二つにキノコを真っ二つにする。


「ほら、二つ切りましたよ!私の勝ちです!」

「何の勝負よ!?」


エインティアは負けじと人参を手に取った。


「……皮ってさ、どうやって剥くの?」

「こう…包丁でシュルシュルシュルって…。」


スッ…。


エインティアは無言でイリスに人参を差し出す。

イリスは両の手をエインティアから出来る限り離すように、ヘンテコなポーズをとる。


「ちょっと!?知ってるなら出来るでしょ!?」

「勘ですよ勘!なんとなくです!」


ムムム、とお互い睨み合うが、二人で競ったところで何も生まれないのは目に見えていた。






「……取り敢えず、協力するわよ。」

「今日は取り敢えずが多いですね、エイン。」

「煩いわね。」


改めて二人で食材を見る。


「もうお腹壊したりしなきゃなんでもいいわ…。」

「あ、それなら私が識別できます!味は保証出来ないですけど…。」


イリスは自分の目を指で指して嬉しそうに笑う。


「嘘がわかるだけじゃないのね……そういうところは流石虹色ハーピーといったところかしら。」

「はい、何かオーラが見えます。危険かどうかとか、敵意とか、そういうの!」


(それで盗賊にも気付けたと。)


エインティアはイリスの横顔を見つめる。

下唇に手をあて食材とにらめっこする姿は、普通の少女としか思えない。


(けれど、この子は…凄い存在で、私はそれを危険に晒してまで…いえ、同意の上ではあるけれど。)


 ふと視線に気付いたイリスがエインティアの方を向いた。

その澄んだ美しい七色の瞳に、視線が吸い込まれる。

イリスは目を逸らした。


「どうかしました?……目を見られるの、苦手なんですよね。」

「ご、ごめん。」

「いえいえ。」


(昔から、他人の視線が嫌いなんですよね。他人の好奇心が、私が空っぽなことを暴くのが怖くて。)


イリスは一瞬頭に浮かんだ神様のことを、脳内から排除する。


(どれ程の悪意があればこんな目立つ存在に…いやまぁ、私が望んだんですけども…。)


イリスはため息をつく。


「ご、ごめん!」


自分のせいかと思ったエインティアが慌てて謝罪する。


「い、いえ、違くて。私もエインやララさんみたいに人間として生まれたかったな~なんて……忘れて下さい。」


意外な言葉にエインティアは驚いた。


(責任重大だけど、凄い存在だけど、それでも、私の大切な、初めての友達。)


「種族なんて関係無いでしょ。」


イリスを肩で小突いてみる。

ムッとした顔でイリスが小突き返してきた。


「そうですね……何だかお腹が空いてきました。」

「えぇ、安全面は任せたわよ!イリス!」


気合を入れなおした二人によって料理が再開される。






 「大体の食べ物は茹でれば食べられる筈です!」


イリスは鍋に水を張り、乾物を全部ぶち込んだ。


「あれ?これどうやって火をつけるのですか?」

「あぁ、そうですわ。イリスは人間じゃないから、色々と不便でしょう。後で魔晶石を買いましょう。」


キョトンとしているイリスを横目に、エインティアがコンロの紋様に手を翳すと、ボッと火が付いた。


「何て説明すればいいのかしら?えっとね、イリス。貴女は特別だから当てはまらないかもしれないけど、ハーピーもゴブリンも人魚もエルフも、元を辿れば皆同じ一つの生物に行き着くの。」

「えっ。」


イリスのルッコラの根を切り落とす手が止まる。


「そして、私達ヒトが一番その生物に近しいの。簡単に言えば、巨大なカメから最後まで下りなかったってことなんだけど、う~ん、私もうろ覚えだし、興味があったら王都の図書館で本でも漁ってみれば?」


エインティアはイリスの手を動かそうと、イリスの手の甲を指で突いてみる。

イリスはそれに気づいて手を動かし始める。


「まぁ、その結果、ヒトだけが白の魔力を持っているの。何色にも染まる、原初の魔力とでもいうのかしらね。」

「え…?」



カランッ



イリスは包丁を床に落とし、愕然とした。


(それじゃまるで、私は魅惑魔法しか使えないみたいな……。)


「ちょ、ちょっと!?イリス!!」


イリスの魔導具の変身魔法が解けて、七色に輝く体躯が姿を現す。


(え…私はかっこいい魔法とか…使えないの…?)


「イリス!?イリス!!!」


喉が張り裂けそうな程のエインティアの呼び声に、イリスは我に返る。

慌てて魔導具に魔力を込め…。


「おいおいどうした?煩いぞ。」


宿に泊まっていた冒険者の一人が、調理場にやってくるなり、固まった。

姿を見られてしまったイリスも固まる。


「イ、イリス!」


エインティアの声に身体を震わせ、イリスは変身魔法を起動する。

翼の光が全身を覆うように囲い、発光が終わると、そこには人間の容姿をした少女がいた。






 「……先程のご無礼、申し訳ございません。」


先程固まっていた筈の冒険者は、気が付けば平伏していた。

イリスは気まずそうにエインティアを見る。

エインティアは調理場の外を確認し、誰もいないことを確認し、扉を閉じた。


「先程は騒いでしまってごめんなさい。それと、イリスは頭を下げられるの大嫌いなの。」


エインティアの言葉に冒険者はバッと立ち上がる。


「あの、この事は、秘密に…。」

「当然です!」


冒険者は下げられない頭をどうすればよいのか考えて、地面に膝をついて物理的に頭の位置をイリスより下にした。


「えぇ、その体勢、辛くな……。」

「貴方、ナプト帝国出身?」

「あ、はい。そ、そうです。」


明らかに馴れていない敬語で冒険者は答えた。


「私達、バレたくないのよ。普通にしてくれるかしら。」

「え、あ、あぁ。」


まだ困惑している冒険者をよそに、イリスは質問した。


「何で、なぷと?帝国の人だってわかったんですか?」

「ナプト帝国の国教は変わっててね、神様よりも虹色ハーピーそのものを信仰対象としているのよ。」

「えっ……?」


それはつまり、目の前に神様がいるも同義である。

頭を下げるなという方が無理があった。






 「イリス、確かに貴女は媒介具を使った魔法は難しいかもしれないけれど、魔導具は普通に使えるでしょう?それに、白の魔晶石を消費してなら一応、色々な魔法も使えるから。後で買ってあげるから!ね?」

「むうぅ……。」


エインティアの説得に、イリスは一応納得する素振りをした。


(でも、私単体で使えるのは魅惑魔法だけってことですよね…後は……あ!)


「お湯!」


気が付くと鍋一杯の水が沸騰して今にも吹きこぼれそうになっていた。

エインティアが慌てて火を弱める。


「料理して……たのか。邪魔したな。」


平常とはいえない挙動不審な冒険者は、調理場から出ていこうとする。

エインティアはとある事に気付き声をかけた。


「貴方、料理って出来ます?」






 ララは重い身体を持ち上げ、立ち上がった。


(余りにも、二人が戻ってくるのが遅すぎる。そういえば、あの二人、料理経験なんて……。)


ドアのところまで行こうとして、バランスを崩して転倒する。


「精神が乱れるだけで、ここまで体調に影響が出るのですね……。」


身体能力を向上させる魔法を使おうとして、止める。

魔法の制御は、身体以上に精神が影響するからだ。


「情けないですね。本当に。」


四つん這いになって、胴体と地面との間に足を挟み込む。

膝を杖のように扱い、無理矢理立ち上がる。

玄関まで歩いたところで、美味しそうな香りが鼻孔を撫でた。


「ララ!待たせたわね!」


エインティア、イリス、そして謎の冒険者が器の乗ったトレイを持って順に部屋に入ってくる。


「だ、誰?……どちら様でしょうか?」

「あ、偶然居合わせた冒険者です。失礼します。」


そういうと、冒険者はララの前にトレイを置いて、去っていった。


「じゃあな。」

「「ありがとうございました、先生!!」」

「先生!?」


困惑しているララに、イリスとエインティアはワクワクした顔で料理を勧めてくる。

メニューは、シチューと、ルッコラのおひたしだった。


「あ、おひたし美味しい…。」


異様にシチューばかりを進めてくるので、敢えておひたしから食べてみる。

優しい味だった。


「し、シチューは、い、いかがかしら!」

「ど、どうぞどうぞ。」

「ふふっ。」


明らかに不格好な野菜たちが目立つシチューを見て、それをよそよそしく勧めてくる二人を見て、ララはつい笑ってしまう。

ゆっくりと、スプーンを口に運ぶ。


「…おひたしは、先程の男性が作って、そしてシチューは二人が作った……ふふ、おひたし、美味しいですね。」

「えぇ!?」

「ちょっと!?」


二人が悔しがっている間に、ララは溢れ出てきた涙を拭う。

これ以上、情けない姿は見せられなかった。


「でも確かに、物凄く美味しいかと言われたら…。」

「物凄く美味しいに決まっているじゃないですか。二人が作ってくれたのですから。」


美味しくないなんて言わせない。

何より、ララにとっては、このシチューが一番心に染みた。


「本当に、美味しいです。今まで食べた、どんなものよりも。」


ララは無我夢中でよそられたシチューを完食した。

それを見て、二人も嬉しそうに笑うのだった。






 翌朝、改めて冒険者にお礼を言いに行った後、ララの前に村人のヤゴイが現れた。


「先日はすみませんでした。そして、ありがとうございます。」

「あ、いえ、元気になられたようで…何よりです…。」

「スープ、美味しかったです。後、貴方のお陰で、その後もっと美味しいものも食べられました。」


ララの言葉にヤゴイは苦笑いした。


(やっぱり、俺じゃ無いんだよなぁ。)


「けど、少しでもお力添え出来たなら良かったです。……もう少しだけ、お力添えさせて下さい。」


そう言うと、ヤゴイは村の外れに案内した。


「自動車!?」

「村長と相談して、是非、ということで。まぁ、運転するのは俺じゃないんですけど。」


ヤゴイは「俺、免許なんて持っていないので。」と頭をポリポリと掻きながら、悔しそうに言った。


「ほんと、大事なところで役に立たなくてすんません。」

「いえ、寧ろなんとお礼を言ったら良いのか…。」


ヤゴイは慌てて首を振る。


「貴女がこの村の為にしてくれた事を考えれば、こんなの大したことじゃないですよ!まだまだお礼したりないくらいです。……よろしければまた、いらして下さい。」

「そうします、……ありがとう。」


ララは感謝の言葉を述べ、イリスとエインティアを呼びに行くためにヤゴイと別れた。


(王都、アトラセル。私の、思い出の場所。)


「これではもう、立ち止まれませんね。」


車まで用意されてしまったのだ。断るわけにはいかない。


「あの二人だけは、守らないと。」


そんな言葉に、心がちゃんとこもるようにするためにも。


(逃げてばかりでも、いられないよね。)

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