第14話 ハーピーさんと先代の虹色ハーピー

 村の前で門番に止められる。


「身分証明書をご提示下さい。」


冒険者ギルドカードを見せてバリケードの中へと入ると、木造の古い建物達が目に入る。

他に目に映るのは、畑と水車、やや新しい石造りの建物くらいだろうか。

小さな村だな、というのが誰もが抱く感想だろう。


 村に入って、直ぐに村人たちの視線が襲って来る。

敵対的に様子を伺うような視線は、イリス達を映した瞬間に驚きと好奇心へと構成要素を変える。

村人の一人と思わしき男性が近づいてくる。


「おなご三人だけとは珍しい、何もない村ですが、ゆっくりしていって下さいませ…そちらの方は顔色が優れないご様子ですが、……大丈夫かい!?」


真っ青な顔のララを見て、村人は慌てて宿へと案内する。


 宿でララを横にして、イリスとエインティアは外へ出る。


「あの、私達、一フェイル(1f)すら持っていないのですが…。」


エインティアは恐る恐る村人に尋ねる。


「あ~、まぁ、訳ありだろうな、やっぱり。」


村人は少し考えた後、ふと何かを思い出したように驚いて、俯いた。


「俺が奢るよ、建物の端に共同のシャワールームもある、自由に使ってくれ。いいか、使うときは絶対に鍵を閉めるんだぞ。」

「い、いいんですか?」


イリスは慌てるが、村人は笑って頷いた。


「反対の端に、共同のキッチンがある。村内に野菜や穀物、購入制限こそあるが肉も売ってる。昼間の内に買っておくといい。日が沈むと店じまいしちまうからな……って、そういや金が無かったんだっけな。」


村人の男性は頭をポリポリと掻いた。


「しゃーない、俺がある程度用意してやる。大食いはいないよな?」

「それは流石に申し訳ないですわ。」


流石に遠慮しようとするエインティアに、村人は「いいっていいって」と笑って去っていった。


「あ、村人以外立ち入り禁止の看板には気をつけろよ~、勝手に入ったらめっさ怒られて、最悪追い出されるからな~。」


去り際にそんなことを言いながら、手を振って去っていく。






 「さて、どうする?」


エインティアはイリスに尋ねた。


「ララさんは…。」

「今はそっとしておいてあげるのが一番よ。」


エインティアは悲しそうにため息をついた。

イリスが辺りを見渡すと、杖をついたお年寄りが二人の屈強な男性を後ろに付けてやってきた。


「女性だけとは珍しいものですな、お客さん。どこからやって来たんじゃ?」


エインティアは警戒するが、イリスは何気なく返答する。


「オーリストルから来ました。」

「ちょっとイリス!?」

「この人達に悪意は感じないので。」


イリスはペコリとお辞儀する。エインティアもそれに続く。


「おいおい留まる村の村長に対しての態度じゃねぇだろ!」

「「えっ。」」

「いやいや、良い警戒心じゃ、ちゃんと旅をしてきた証だろう。立派な冒険者じゃ。」


村長はビクビクしている二人に「かしこまらんでいい」と笑って手を振った。


「ふむ、目的地は。」

「取り敢えず、王都ですわ…です。」


エインティアは馴れない言葉遣いで返答する。


「ほっほっほ。余程訳ありのようですな。オーリストルは南門から直接王都へと行ける筈。まぁ、あそこは車道ですからな、馬車すら借りるお金が無かったのですかな?」

「そ、そんな所です。」


「ほっほっほ」と村長はまた質の悪い笑みを浮かべた。


「宿に一泊する程度のお金は?」

「先程案内してくれた方が奢ってくれると。」


イリスは物怖じせずに答える。


「ほう、…お前らはヤゴイに事情を聞いてこい。二人で、じゃ。」

「しかし村長は?」

「こやつらがワシを傷つけるような人間に見えるのか?」


村長の言葉に二人の男性は言葉を飲み、去っていく。


「あ、あの、ヤゴイさん…は悪い人じゃないです!」

「そんなことこの村の誰もが知っとるよ。あんなのただの方便じゃい。」


イリスの擁護に村長はニッコリと笑った。


「お前さんらと、特に虹色ハーピー殿と話がしたくての。ワシの我儘じゃよ。」


村長は皺だらけな顔を歪めて優しい笑顔を浮かべる。


「立ち話も何じゃろう。少々、お時間頂けますかな?」


驚くイリス達をよそに、村長は家へと案内する。






 村長の家の外観は他の家と大差ない容貌だった。

中に入ると、巨大な猪のような毛皮が壁に貼り付けられているのが目につく。


「そちらにお座り下さいませ。」


村長は木の椅子へと座り、ソファーへ二人を座らせようとする。


「い、いえ…流石にそれは…。」


遠慮するイリスをよそにエインティアは座る。


「イリス、こういうのは座らない方が失礼ですわ。」


エインティアの言葉を聞いて、イリスはそっとソファーの端に座った。


「ほっほっほ。流石はエインティア様。いくらお転婆娘とはいえ、マナーは流石に備えておられる。」

「嫌になるほど教えられましたので。」


エインティアだとバレていたことに同様しつつも、エインティアは顔に出さないように返答する。


「そして、イリス様、でしたかな。安心して下さいませ。このことを知っているのは私だけですので。」


その言葉に二人はホッとした。


「そもそもこの小さな村が存続出来ているのは、貴女のお父様、ローゲン様と、オーリストルのギルドマスター、セリア様のご尽力あってのものです。村によそ者を入れることには今も根強い反対派がおりますが、皆心の底ではわかっておりますゆえ。先程の非礼をお詫びさせて下さい。」


村長は深々と頭を下げた。


「い、いえ、よそ者にこんなに優しくして頂いて…こ、こちらこそすみません…。」


イリスも慌てて頭を下げる。


「私も今はただの一冒険者ですわ。敬語は止めて頂けると嬉しいですわ。」


エインティアも頭を下げた。


「…それにしても、イリス様はフェリル様とは随分と性格が正反対なようですな。」


フェリルという名前に、イリスは首を傾げた。


「かつてこの村を訪れた虹色ハーピー様のお名前です。伝わる話ですと、かなりの高飛車で、けれど、とても正しく真っ直ぐで、優しいお方だったと。いや、優しいというところはそっくりですかな?」


村長はまた「ほっほっほ。」と笑った。


「そのフェリル様が残した石碑が、ここにございます。雨風で風化しないように、切り取って大切に保管しておりました。」


村長は立ち上がると、椅子の隣に置いてあった箱を開ける。

中に入っているものを大切に包んでいる高級そうな布をどけると、中から文字が刻まれた石碑が現れる。


「英語だ……。」


思わずイリスは声を出してしまう。


「やはり、読めるのですかな。よろしければぜひ、その内容を教えて頂けると、嬉しいのですが、いえ、無理にとは言いません。」


村長は控えめに、だが知りたいという欲を隠せないでいる。

だが、イリスは躊躇した。

その内容は…。


『この村のルッコラは糞不味い。キャベツは旨い。』


それは明らかに育ちの悪そうな英語だった。

そして、とてもどうでもよすぎる内容だった。


「え、えっとですね?キャ、キャベツがとっっても美味しかったと、書かれています。」

「そ、それだけですかな?」

「は、はい…。」


イリスは控えめに頷いた。


「そ、それはこれ以上なく嬉しいことですな。……出来ればこの村名産のルッコラについても、感想を頂ければ宣伝にも使えたのですが…なんて、そういうのは宜しく無いですな。ご無礼申し訳ございません。」


村長は頭を下げる。


「は、ははは。そ、そうですね!ルッコラについては書かれていませんね!!」


必死なイリスを見て、エインティアはため息をついた。


(フェリル様とやらは、かなりの正直者だったようですわね。)


エインティアはイリスの頭をポンポンと叩いて落ち着ける。






 「教えて頂き、ありがとうございます。しがない貧乏宿しかありませんが、お二人の正体を周囲にバレないようにするためです。ご理解下さいませ。」


村長は深々と頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそ、良くして頂いて、ありがとうございます。お世話になります。」


イリスとエインティアは頭を下げて、村長の家を出た。






 コンコン。


優しく扉が叩かれる。

鍵の閉まっていない扉が、そっと開かれた。


「ヤゴイです。こちら、夕食の食材です。二人によろしく伝えておいて下さい。…それと、お節介かもしれませんが、温かい野菜スープです。気が向いたらお飲み下さい。……ティリアナ様。」


 その名前に、ララは身体を震わせる。

ティリアナ・アポリツィオーネ。

世界最高にして最強の魔法使い。とある悲劇の後、行方不明。


「あの時は本当にご無礼を働き、申し訳ございません。貴女がオーリストルの領主様にお話を通して下さった結果、今のこの村があります。本当に、ありがとうございました。」


ヤゴイは深々と頭を下げた。


「それでは、失礼します。」


ヤゴイはそっと扉を閉める。


(俺は、無力だな。)


「お、俺に出来ることがあったら、何でも言って下さい!」


扉越しに呼びかける。

返事など、ある筈もない。


(俺に出来ることなんて、本当に、何もないな。)


ヤゴイは唇を噛み締めながら、その場を去るのだった。

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