第13話 ハーピーさんと鳥肉
朝、エインティアが気持ちよく目を覚ますと、先に起きて髪を整えていたイリスと目が合った。
「あ、おはようございます、エイン!」
「あ、うん、おはよう。」
エインティアは困惑した。
(は、初めて名前で呼んでくれましたわ。し、しかも愛称で!一体何があって……?)
「あ、馴れ馴れしかったですか?」
「い、いえいえ、よ、呼んでくれて嬉しいですわ。」
「なに新婚カップルみたいな会話してるんですか。おはようございます、エイン、イリス。」
まだ距離感を掴みあぐねてたどたどしい会話をしている二人に続いて、ララは目を覚ました。
「二人とも、疲れは残っていますか?」
ララの問いに、エインティアは気が付いた。
「あれだけ歩いたのに、全く疲労が残っていませんわ!?」
「わ!ほんとです!筋肉痛とか全然ない!」
驚いている二人を見て、ララはクスクスと笑った。
「その布も、魔法が組み込まれた魔導具なんですよ。しかも非売品です。」
「こんなの聞いたこともないわ。」
「ええ、存在を知っている人間自体、一握りしかいませんからね。」
ララは野営グッズを次々に指輪に仕舞っていく。
「それ、本当は凄く色々と入るんじゃない?」
エインティアの問いに、ララは苦笑した。
「……魔導具のみですが、三百個は余裕で入る事を確認済みです。あと、世界で三つ……いや、二つしかない非売品です。」
「やっぱり。」
「すみません。」
「別に良いわよ、本当に大切な指輪なんでしょう。私だってそれくらい気付けるわよ。」
(だって、あんなに大切にしていたんだもの。)
エインティアとララの付き合いは長かった。
「あ、そういえば、夜中皆寝てましたけど、大丈夫なんですか?」
イリスはふと気付いて質問した。
「はい、半径五百メートル以内に移動する物体を捕らえた場合、自動で私が気付くようにしていました。あ、この炎も、普通の焚火とは比べ物にならないくらい長持ちですよ。」
ララは火を消しながら答えた。
「魔導具ってこんなに便利な物だったのね。」
エインティアはただただ驚嘆するのだった。
今回は初めから全員、幾つかの補助魔法を浴びてから出発した。
暫く歩いて、エインティアがふと足を止める。
「そういえば、食料って大丈夫なの?水はまだあるし、ララの魔導具でどうとでもなりそうなものだけど。」
固形レーションは各々後一食分しかなかった。
「水はまぁ、大丈夫と言えば大丈夫ですね。そして食料も、今日は快晴です。運がいい。」
ララは前方を指差した。
「沢山木々が見えるでしょう。あの辺りから川や池があって、モガルの生息地が続いています。」
ララは歩き始める。
「冒険者ギルド、商業ギルドに登録していれば必要分だけの狩猟が認められているので、ここを通る人は大体モガルを食べるのですよ。」
へ~。と、納得しかけたエインティアは、重大なことに気が付き、慌ててララに近付いて、耳打ちする。
「何考えてるのララ!イリスはハーピーよ!鳥人族は鳥を食べないでしょう!それどころか…。」
「あ………。」
ララは真っ青になり、恐る恐るイリスの顔を見る為に振り返る。
「どうしました?」
そこには平然と首を傾げているイリスがいた。
「あ、あんた、ハーピーでしょう?鳥肉を食べるのは流石に……。」
「へ?鳥のお肉ってヘルシーで美味しいですよね!」
「なっ!?」
「どんな味なんでしょう?」などと平然としているイリスを見て、エインティアは再びララに耳打ちする。
「こ、これは食べさせても良いの?」
「だ、大丈夫でしょう、というかそれ以外に食料の宛てなんてありませんし。虹色ハーピーは普通のハーピーとは違うということで…。」
ララは無理矢理納得しようとしている。
エインティアは再びイリスの顔色を窺って、頭を抱えるのだった。
「ほえ~、本当に沢山いますね~。」
イリスは辺りを見回しながら気の抜けた声を発した。
「そ、そうですね。取り敢えず、一人一匹ずつ、三匹取りましょうか。途中で立ち寄る予定の村まで、モガルの生息地は続いているので。」
ララはそっとナイフを取り出した。
「どうやって捕まえるのですか?」
イリスは尋ねながら、モガルを観察する。
(見た目は完全にカモ科の鳥さんですね。野生は食べたことないですけど、臭くないのでしょうか。)
「魔法を当てて気絶させたり、初動が遅いので一瞬で距離を詰めて捕まえたり、ですかね。」
ララは見本を見せるように、そっと近付き、ヒュンとやや素早い動きでモガルの脚を捕まえ……。
「ふ、ふふふ、見てましたか?こうやって捕まえるのです。」
ララの手にはしっかりとモガルが握られている、が、彼女の手は明らかにモガルの脚を捉えてはいなかった。
「ララ、魔法を使ったでしょう…明らかにモガルがララの手に吸い込まれていったのが見えたのだけれど。」
「私にも見えました。」
「うっ、捕まえたのだからいいでしょう!」
ララは少し不貞腐れたようにしながら、火照った顔を手で隠した。
「イリスの分も私が捕まえますね。」
「いえ、大丈夫です。私も自分で捕まえます。」
「えっ…。」
ララの提案を自信満々なイリスが却下する。
イリスには秘策があった。
(私に出来ること、私にしか出来ないやり方で!)
「う~ん、あのモガルさんが美味しそうですね。」
イリスは一匹のモガルに狙いを定めた。
そして……
「カカカカカカカカカッ!(そこのモガルさん、こんにちは!)」
「カカカッ、グォカカカカッ!(少しこちらでお話しませんか!)」
木の上にいたモガルはその声に反応して下りてくる。
そして、イリスの前まで来た。
「よし、オーラは青!全然警戒していませんね。これなら…!」
イリスは十分近付いて来たのを確認して、身を屈める。
(さん、にい、いち…。)
「そりゃあ!よし!捕まえました!」
嬉しそうに報告してくるイリスを、ララは唖然とした顔で見つめていた。
そっと隣を見ると、エインティアは白目を剥いて今にも倒れそうになっている。
「エインの分も捕まえましょうか?美味しそうなやつ!」
嬉しそうなイリスの声でエインティアは正気を取り戻すと、
「イリス!あんたは二度とモガルとるの禁止!!」
と、大きな声で叫んだ。
不服そうなイリスに対し、エインティアは、
「あんたには良心の呵責とかない訳!?言葉がわかる相手をよく美味しそうとか言えるわね!??」
と、イリスのシャツを掴んで盛大に揺さぶりながら必死に抗議するのであった。
モガルの処理、調理はララが行った。
血抜き、魔力抜き、腸抜きを行い、内臓を処理し、毛を抜き、鮮やかに解体していく。
ララ曰く、野獣の処理は一流の給仕になる為に絶対に覚えなくてはいけないことの一つらしい。
最初は焼いて食べることになった。
味は、エインティア曰く、少しミルキーで、あんまり美味しくなかったとのこと。
イリス曰く、鶏肉を湯がいた後に焼いた感じ、全然食べられる、とのことだった。
旅を続け、三回目の野営を終え、再び出発の準備する。
ララの魔導具で水を浄水し、水浴びをしたりしながら、旅は順調に進んでいた。
「今日の昼過ぎには村に付く予定です。そこで出来れば一泊させてもらいます。」
ララは野営道具を指輪に仕舞い、バッグを背負い、違和感に気付く。
(誰かが近付いて来ていますね、さん、いや、四人。村とは反対方向から、となると…。)
「この動きは、旅人では無さそうですね。」
「そうですね。」
ララが呟くと、イリスが同調した。
(この子も得体が知れませんね。)
「え、なに?どうしたの?」
エインティアだけが何が起きているかわからずに困惑している。
「恐らくは、盗賊です。」
「こちらに明確な悪意を持って近付いて来ていますね。」
「「数は四人。」」
「す、すごいわね、あんた達…。」
ララとイリスは既に警戒態勢に入っている。
エインティアも、杖握り直す。
「頭ぁ!どうやらあいつら俺たちの事、気付いてるみたいですぜ!」
「らしいな、女三人で旅をしているだけはある。ただのバカではなさそうだ。」
頭と呼ばれた盗賊はニヤリと笑った。
「だが、こちらは男四人、負ける筈がねぇ!」
頭を筆頭に、四人はイリス達に真正面から近付いて来る。
「ララ、闘える?」
「え、えぇ。」
ララはナイフを構えるが、どこかぎこちない。
エインティアはイリスにアイコンタクトを送り、イリスはそれを受け取った。
「ララ、逃げましょう。」
「い、いえ、あの程度の連中なら私一人でも……!」
だが、ララの顔色は悪く、手は明らかに震えていた。
「ララさん、私からも提言します。逃げましょう。無理をする必要はありません。」
「…………っ!」
ララは指輪から煙玉を三つ程出して、地面に投げつけた。
「風よ、暴れ狂え!ストーム!」
エインティアは魔法で竜巻を起こし、そこには巨大な煙の竜巻が出来上がる。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「うわぁぁぁ!」
「目が、目がぁぁ!?」
「ゲホッ、ゲホッ、オエェェ!」
盗賊たちは巨大な竜巻に翻弄され、完全にイリス達を見失っていた。
「今のうちに逃げましょう!」
エインティアは足元のおぼつかないララの手を引き、走る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」
正気ではないララを見て、エインティアは少し、旅に出たことを後悔するのだった。
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