間話
第12話 ハーピーさんと人生相談
「足が…棒になりそうですわ…。」
杖に体重を預けながら、エインティアは歩を進める。
「心なしか…身体も重く……って、体重をかけるな!馬鹿!!」
早々にバテたイリスはエインティアの背中にペタリとしがみついて、離れない。
(それはまだいいのよ。イリスはね?けど…。)
「ララ!あんたはメイドでしょう!?」
「もうメイドじゃないですよ~。」
「うっさい!そういう屁理屈は聞いてないのよ!」
まさかのララまでもがしがみついていた。
(こいつプライドとか無いんですの?)
エインティアはふらりふらりと進んで……。
「あ~もう!鬱陶しい!」
ララを突き飛ばす。
ララは平然と立ち上がり、普通に歩き始める。
(なっ!?)
よく見ると、汗すら掻いていない。
「ララ、あんたねぇ!」
「鍛練が足りませんよ、エイン。」
涼しい顔でドヤ笑顔をしてくるララを杖でぶっ叩こうとして、イリスが服から手を離したのに気づく。
「わ、私も自分で歩きます!」
「いや、あんたはいいのよ別に。」
「こっちにおいで。」
ララが今までに聞いたことのないような、優しく、それでいて悪戯めいた声でイリスを呼ぶ。
それが、エインティアに彼女がメイドを辞めたことを自覚させる。
「あれ?」
ララに手招きされ、その背中のバッグにぺったりとくっついたイリスは首を傾げた。
ララから手を放す。
(身体が…凄く軽い…それに…?)
イリスは普通に歩き出した。
「ちょっと!?イリス、あんたまで余裕だったの?」
「エイン、鍛練が足りませんよ。」
エインティアの驚いている顔を見て、ララはクスクスと笑った。
(何か裏があるわね…。)
エインティアがララをジッと観察していると、ふと違和感を覚える。
(なんかさ、距離感がないかしら?)
ララとエインティアの間に、空間がある。
ララとイリスとの間は無い。
エインティアはララに物理的に近寄ってみる。
「ちょっと、エイン、近寄らないで!」
「は?なによ?何か問題あるわけ?」
ララはエインティアを拒絶する。
まるで臭い物を遠ざけるかのように。
「ねぇちょっとララ?」
無理矢理ララにしがみつく。
違和感に気が付く。
「なんかララ臭くなくない?」
生ゴミの中を突っ切った者同士、臭いはずのララが臭くない。
「ひゃ!?」
イリスも嗅いでみる。やはり臭くない、どころか靴の汚れも無くなっている。
(どういうこと?)
イリスが平然と歩き出したことも相まって不自然だ。
ララが特に魔導具を渡した形跡もない。
(こんなの魔法しかありえない、けど、詠唱すらしていない…。)
詠唱は口に出すより頭の中で浮かべる方が早いが、しっかりと形に成らない分精度や威力は落ちる。
そもそも並みの魔法使いでは魔法の形にすら成らず、魔法が失敗する。
(…………。)
「ララ、貴女、何をしたの?」
エインティアは、別に無理に問い詰めるつもりは無かった。
ただ、気になっただけだ。
「まぁ、ちょっと魔法で…異物の排除と、筋力補助と、重力軽減を…臭かったので。」
意外にもララは直ぐに白状した。
(……は?いやいやいや……えぇ??)
それらの魔法は単体では魔導具にもなっている魔法だが、余りにも高度な魔法の為生産性に難があり、非常に高値で販売されている。
それを、脳内詠唱で、特に集中する様子もなく、何気なく行っていたのだ。
「そんなの……。」
その先の『答え』を言いかけて、エインティアは言葉を飲み込む。
(ララはきっと、望んでない。)
エインティアは心に湧いたモヤモヤを、別の形でララにぶつける。
「そ、そんな魔法使えるのなら、さっさと私にも使いなさいよ!」
「エインは直ぐに魔法に頼ろうとする悪い癖があります。鍛れ……。」
「うっさいさっさと使え!せめて、臭いと汚物くらいは落としてよ!」
エインティアはベシベシと杖でララを叩く。
ララはため息をついて、エインティアの肩を人差し指でトンッと叩いた。
鼻を刺していた臭いがスッと消える。
服や靴にこべりついていた生ゴミも姿を消す。
だが、身体は軽くならない。
「ちょっと!?」
「この魔法は疲れ切ってからです。エインはまだいけます。」
「だいぶクタクタなんだけど!?」
現にエインティアは杖が無ければ今にも倒れてしまいそうだった。
「鍛練です。魔法使いは基礎体力も大事ですから。」
「ララは使っているでしょう!?」
「私はこれでも二十代なんですよ、もう歳です。」
「まだ意外と若いじゃない!」
「意外と……?」
ララはピクリと震え、ニッコリと笑ってエインティアの顔を覗き込む。
(凄い怒ってる、めんどくさ…。)
「わ、悪かったわね。」
「もう一度繰り返します。私はこれでも二十代なんですよ、もう…。」
「あ~~めんど臭いわね!」
「なっ、これはとても重要な事です!」
いがみ合っている二人を微笑ましく思いながらも、イリスは考える。
(エインさんもララさんも、凄い魔法が使える。私は、私には、何が出来るのだろう。)
「そろそろ野営の準備をしましょう。」
日が暮れてきたのを見て、ララが足を止める。
「しんどい…もう一歩も歩けませんわ……。」
エインティアはその場でヘナヘナと横になる。
「えぇ、良いペースです。この辺りなら枯れ枝等も豊富ですし。」
ララはポンポンとエインティアの頭を撫でた。
(嫌な予感がしますわ…!)
「さあ、もう一仕事!枯れ木集めです!」
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
エインティアは絶叫したのだった。
「ぐっすり寝てますね。」
爆睡中のエインティアを見ながらイリスは呟いた。
「えぇ、少し不安だったんですよね。初めての野宿ですし、寝付いてくれるかとか。」
「お母さんみたいなこと言いますね。」
(成程、それで魔法をかけないで疲れさせていたんですね。)
焚火の炎に照らされながら、イリスは納得する。
ララは苦笑しながら、
「イリスも私を年寄り扱いですか?」
と不貞腐れたように呟いた。
「お母さんというものがどういうものかなんて、私にはわかりませんけど。」
イリスがポツリと呟くと、
「私も似たようなものです。」
とララから意外な返事が返ってきた。
「魔法の名家に生まれたんですよね、私。碌な家庭じゃなかったな。」
燃え盛る炎を見つめながら、遠い昔を思い出すように、ララはポツリと口から漏らした。
「こういうのって、他人の家庭を知るまでは自分の家族を普通だと思い込んでしまうのですよね。」
イリスもまた、似たような経験があった。
「家庭環境だけじゃないと思いますよ。自分を客観視するのは難しいです。」
イリスはかつて、自分だけが見えているものを他人も見えていると思い込み、家族に、友人に、他人に気味悪がられて孤立したことを思い出しながら、呟いた。
「ごめんなさい、旅に出て直ぐに、こういう暗い話は良くないですよね。」
「いえ、少しでも話してくれて嬉しかったです。昔の事。」
ララは少し驚いた表情を浮かべた。
「意図せず、出ちゃいました。イリスは話しやすいですね。」
「でも、出来ればエインさんに、先に話して下さいね。」
ララは苦笑した。
「いつか、そんな時が来たら、その時は、二人同時に話しますよ。」
ララは改めてニコリと笑う。
「もうイリスも旅の仲間ですから。」
その後に、「エインはさん付けしない方が喜びますよ。」と付け加えた。
それを聞いてイリスは決意する。
「あ、あの、私に出来ることって…何ですかね。」
唐突な質問にララは困惑した。けれど、その真剣なまなざしを見て、察する。
「当面の目的地は……王都、アトラセルです。そこには大きな図書館があって…大きな教会もある筈です。そこでなら、何かわかるかも知れませんね。けれど……。」
ララは言葉を続ける。
「虹色ハーピーである前に、イリスはイリスです。何が出来るかでは無くて、何がしたいかを大事にしてください。」
「何が…したいか……。」
真剣に考えるイリスの頭を優しくなでながら、ララは微笑んだ。
「人生、先は長いのですから。焦らずゆっくり考えていいのですよ。」
「あ、何かちょっと年寄り臭いこといいましたね?」
「ちょっと!?こらイリス!」
「ふふふふふ!」
いたずらっぽく笑うイリスの頭をララはペシぺシと叩く。
(そう、焦らなくても良いのです。)
そうやって自分に言い聞かせながら。
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