第10話 ハーピーさんとギルドマスターの秘密

 オーリストルという地方都市の特色といえば間違いなく開けた巨大な市場であろう。

 商人たちが各々に果実や肉、魚、剣、異国の衣類、アクセサリー、魔導具等を様々な形で自由に売っている。毎日のように並ぶ商品は変わり、いつ訪れても目新しい物を見ることが出来る。

 都市の中央には噴水公園があり、そのすぐそばには小さめだが教会もある。

 壁に囲まれたこの都市から出るには、西門、南門、東門の三つの門のいずれかを潜る必要があるのだが、東門を出る道は殆ど舗装されておらず、この門を使うのは精々、この先の村の住人か、門の近くにあるゴミ処理場の職員程度であろう。

 勿論、商業ギルドや冒険者ギルドもあるのだが、商業ギルドは都市の南端、冒険者ギルドは北端とほぼ正反対の位置にあった。

これは別に仲が悪かったわけではなく、商業ギルドを出来るだけ市場の近くに置き、更に領主の館の近くに置こうとした結果である。

 冒険者ギルドの周りはやや閑散としている。

理由は単純明快で、煩いからだ。

 また、朝っぱらから酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしているその日暮らしの冒険者達を、市民達は僅かに羨ましく思いながらも、軽蔑していた。


 そんな冒険者ギルドの扉の前に、2人の少女と1人の女性が立っていた。


一人の少女は、ワイドパンツに薄ピンク色のブラウス、そして虹色に光る髪を隠す為に帽子を深々と被っている。


もう一人の金髪ツインドリルがトレードマークだった少女は、肩にかかる程度まで短くなった髪をサイドテールで纏めており、服もまた庶民じみた物へと変わっていた。


元メイドの女性もまた、庶民を意識した服装へと変わっている。


「準備は完璧ですね。」


元メイド、ララは自信満々に呟いた。

 このご時世、態々冒険者になる者など余程の訳ありばかりだ。

特に、容姿の良い若い女性となれば他に稼ぐ手段など幾らでもあるだろう。

普通に考えれば、『新品』の『地方都市の庶民』の服装をした女性三人組なんて怪しすぎるのだが……。

 この世界のことを全然知らない虹色ハーピーのイリス、貴族出身のエインティア、そして知識こそあれ天然なララではどうやら気付くことが出来なかったようである。






 ギルドマスターのセリアは苛立ちを隠せなかった。


「よりによって何で今なのよ!」


 冒険者人口も減っていき、ギルドとしては新規参入者は嬉しい限りであるが、だからといってそう簡単に登録してギルドカードを作ることなど出来るわけが無かった。

 最悪なパターンは借金を作った上で逃げてきた場合だ。

額と借金相手によってはそいつを入れたせいでギルドが潰される可能性すらあるのだ。

 先ずはギルマス直々に面接を行い、人柄や何故冒険者になろうとしているのかを確かめなければならない。


「さて、どんな面構え・・・。」


そこにいたのは、三人の容姿端麗な美女。しかも小綺麗な服を着ていて、髪はサラサラだ。


「あ、あのぉ、……依頼ですか?」


どう考えても冒険者などやる人種ではない。

きっと間違いだろうと質問すると、彼女らは首を横に振り、冒険者になりに来たのだという。

 怪しい、というか怪しすぎる。そして帽子を被ってる子がストライクゾーンど真ん中だ。






「じゃ、じゃあ、一応こっちの部屋へどうぞ。」


 余程の理由が無い限りこの娘達にギルドカードを渡す未来などないと思われたが、諦めて帰って貰うためにも一応面接をしておく必要があるあろう。

そう思いセリアは面接室に案内した。






 「じゃ、自己紹介ね、まず私がギルドマスターのセリアよ。」

「サブマスターのアイネスです。」


 普段であればセリア一人で行う仕事なのであるが、今回の稀有なケースに興味を持ったらしいサブマスターのアイネスも勝手に面接に加わっていた。


「では、一人一人フルネームと何故冒険者になろうとしているのか、どうしてこうなったかをお話下さい。」


 どうしてこうなったか、という言い方は色々とアレだが、でも実際、冒険者なんてそんな奴らばかりなのだ。


「ララです、多少の武道経験があり……あ。」

「何してんのよあんた。」


セリアは胡乱な目でララを見つめる。

実はセリアはこの都市では誰よりも、ララと呼ばれる女性のことを知っていた。


「あ、いや、私の名前は……。」

「もういいわよ、で、ララって名乗ってんだっけ?……この状況は何。」


 セリアは目が泳ぎまくっているララの顔を机越しにガッチリと掴み、無理やり顔を向けさせ、尋問する。

言葉が詰まったララを横目に、セリアは一人の少女を見る。


「エインティア様、でしょう?」


少女はビクリと身体を震わせる。

また、問題貴族娘が何かしようとしているのか、とセリアは察する。


(けれど、こっちの女の子は誰……?)


そこにいるのは冷汗をかいておどけている少女。


「貴女、名前は?」

「い、イリスです。」


セリアの呼びかけに震えた小さな声で少女は返す。


「ふぅん、挨拶する時くらいは帽子取れば?」


その呼びかけにイリスは身体を震わせる。


(やっぱり、全然思い通りにはいかない……。)


イリスの予定では、面接官はギルマス一人なので上手く魅惑魔法を使ってどうにかしようという感じだったのだが、ここにはサブマスターがいるのだ。

二人同時に魔法をかけるのは厳しい。


 その時、イリスの帽子が取られた。


(え!?)


イリスの背後にはいつの間にか、サブマスターのアイネスがいたのだ。


「……成程ね。また随分な悪だくみを。」


アイネスは静かに呟き、セリアは固まった。

虹色の髪をした少女。

それはつまり……。


「ぎ、ギルドマスターと二人きりにしてもらえませんか?」


その少女の言葉に逆らえる筈がないのだ。






 「と、取り敢えずは理解したわ。」


セリアはイリスから事情を聴いて、考えた。


「けれど、その要求は厳しいわ。ローゲン様に首飛ばされる可能性があるし。」


 領主に秘密で虹色のハーピーを逃がしたとなれば、それこそまるで悪い領主から虹色ハーピーを守った、などというように聞こえる話になってしまう。


「で、でも……。」


真剣に訴えるイリスに、セリアは歯を食いしばり、心を押し殺しながら呟く。


「無理ね。」


・・・・・・。


沈黙が部屋に広がっていく。

イリスは覚悟を決め、呟く。


「ごめんなさい。」


 既にピンクのオーラが溢れるギルマスに向かって、イリスは元の姿に戻り、魔法を発動した。


「私の事、大好きになって下さ~い!!」


 顔を真っ赤にながら、恐る恐る目を開けたイリスの前には、完全に骨抜きにされたギルマスがいたのだった。






 「……はい、ギルドカード、登録完了よ。」


再び部屋に戻ってきたセリアは魅惑魔法が解けていた。


(な、なんで・・・。)


しかし、敵意は無い。


「……アイネスに解いてもらったわ。」


その後ろから、エインティア、ララ、アイネスが部屋に入ってくる。

エインティアはビッ!と自分のギルドカードをイリスに見せる。


「……作っちゃったもんは仕方ないわよね。」


セリアは吹っ切れたように笑った。


「けれど、ララ、せめてあんたからローゲン様に伝えなさいよ。これじゃ私、やばいもの。」


ララは少し思案して、頷いた。


「えぇ、初めから、そのつもりです。」


セリアはそれを聞いて小さくため息をつき、虹色のハーピー少女に向き直る。


「……で!よくもあんな魔法をかけてくれたわね!イリスちゃん?」

「ご、ごめんなさ……。」

「お仕置きが必要、よね?」

「ひっ……。」

「ちょっと、もう一度二人きりになりましょう……ね?」


 セリアは気付いていた。イリスは自分の権威を理解していないし、積極的に使おうとはしていない。

ならば……。


(ハーピー保護協会会長の名に懸けて・・・この子を愛でる!)


「イリス、ファイト!」


 ララとアイネスから事情を聞いたエインティアは他人事のようにイリスを激励し、部屋から出る。

次いで他の二人も出ていき、イリスにとって悪夢のような時間が始まった。






 「ララ、あんたは……。」


ララから驚愕の事実を知ったエインティアは拍子抜けした、というように近くにあった椅子に座り込んだ。


「古い友人、というか先輩です。昔からハーピーという鳥人種を異常なほど盲目的に愛してる人ですので。イリスを連れて行けばどうとでもなると思いまして。」

「今では少数種族保護協会から態々ハーピー保護協会を独立させて、トップやってますからね。」


アイネスが補足する。

実は、ギルドマスターの仕事もかなりの分をアイネスに押し付けてハーピーの保護活動に力を入れている。


「一応、ギルマスである以上威厳とかも必要ですし、公には隠していたのですが、ね。」


アイネスは苦笑いする。


「イリスの魔法で心のタガが外れたようね。」


エインティアも苦笑いした。

魅惑魔法にかかったセリアは見れたものではなかった。

本当に、セリアを拝めていた男冒険者達ですらドン引きするほどに。


「何はともあれ、ここからが山場です。」


ララは立ち上がる。


「どうするの?」


エインティアの問いに、ララはプランを話す。


「セリアにイリスは預けます。本人が嫌がるようならアイネスに。私達は一度帰宅、エインは少しの間大人しくしていて下さい。その間に私が野営道具や荷車か荷馬車等、必要なものを準備します。そろい次第、ローゲン様の説得に移ります。」


ララは自信満々に言うが、エインティアは不安だった。


「お父様が素直に話を聞くとは思えないけど。」


ララは急に真面目な顔になり、告げる。


「その時は、死ぬ気で逃げましょう!」


エインティアはこの後の展開を薄々感じとるのだった。

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