第6話 ハーピーさんと出会い

 少女は森を彷徨っていた。

行く当てもなく、ゴブリンを呼ぶ気もなく、ただただ奥へと。


(どうして、逃げちゃったんだろう。)


ハーピーさんは考える。あの時の状況を。


(私は、誰かに頭を下げられるような人間じゃないよ。)


虹色のハーピーが何故崇拝されているのか、それが知れたとしても、どうしようもないだろう。


(生物を魅惑する魔法しか使えない時点で、いや、今の私ならある意味チートではあるけどさ。)


望んでいたのはチート狩猟生活なのだ。いや、それは高望みかもしれないけれども。


(いや、でも、もし神様がいなかったら、私は向こうで何をしていたのだろうか。)


ハーピーさんは考えた。歩きながら、木にぶつかっても気にしない程に。


(夢なんてなかったし、別に見えてたものが何かを探求する気もなかった。

変なものが見えたとしても、それが私に積極的にかかわってくることもなかった。

気にしなければ普通に生きられた。だとして、向こうでの私は、将来何をしていたのだろうか。

何もしないで、朽ちている未来しか見えない。)


「友達、か。人付き合いは面倒臭いですけど、誰もいないと随分と寂しいものですね。」


 学校に行けば誰かがいた。同じ、生徒という目線を共有出来る誰かが。

関わらずとも、孤独ではなかったのかもしれない。

不安なのだ。誰かこの気持ちを共有できる人が欲しいのだ。この気持ちを分かち合ってくれる人が。


「受動的すぎますか、ね。」


(最悪、どこぞの王様にでも衣食住を提供してもらうという手も、いや、それならここに住み着いた方がマシです。)


「自由は不安ですが、不自由よりはマシですからね。」


何より、恐らく権威として利用される、というのがたまらなく嫌だった。

 そんな時、焼いた肉の美味しそうな香りが空腹のハーピーさんの鼻孔を撫でた。






 「いないわね。」

「そうですね。」


金髪ツインテールの少女と銀髪のメイド服の女性はふと足を止めた。


「森の奥へと入りすぎましたね、そろそろ帰らないと本当に帰れなくなりますよ。」

「い、や、だ!絶対に見つけるもん。私の勘が言ってるの!この先に虹色のハーピーがいるって。」

「ここに来るまでも何匹の魔物に遭遇したと思っているのですか!これ以上は危険です。」


意地でも譲らない、というエインティアをどうにか宥めようとするメイドのララ。


「てかさ、道中の魔物追い払ったの、全部私よね?」

「お嬢様、言葉遣いには注意を!そもそも貴女はオーリストル家の……。」


慌てて話をそらそうとするララを無視し、エインティアは奥へと進む。


「そもそも、ララはメイドでしょう?本当にヤバいのが出てきたら、頼むわよ。」

「私は、無駄な殺戮は好みませんから。それより、お腹がすきませんか?よかったら串焼きでも……。」

「そうやって食べさせて作戦失敗ですね、帰りましょう。とか言うのでしょう?もう騙されませんわよ!」


エインティアとララは、長い付き合いであった。


「もう手が痛いんですよ~。そうだ、交代!交代しましょう!!」

「あんた私のメイドでしょう!?」


エインティアとララは、本当に長い付き合いであった。



ガサッ



突如として何かが葉に触れた音がして、二人は臨戦態勢をとる。


「あの木の上です。」


ララがエインティアの耳元で呟く。それを聞き、顔を上げるエインティア。


「ぶふぉ。」


盛大に吹き出した。ララも苦笑いをし、木の上から目をそらす。


「ど、どうすんの?あれ、完全にこれ狙ってるよ?」

「どうすんのって、お嬢様の作戦でしょう。」

「いや、だってさぁ、想像以上に可哀想というか可愛いというか……。」


エインティアは言葉を言葉を濁す。

木の上にいたのは、勿論虹色のハーピー、なのだが。


「神聖な存在、なんだよね、あれ。」

「え、えぇ、天からの使者、神様の代弁者、などと伝えられている存在の筈、なんですけどね。」


二人は再び顔を上げた。

木の上から涎を垂らした顔を出して、必死に隠れた気になっている残念なハーピーを。


「せめて羽をどうにか隠せよって、それより、肉、あげる?もう冷めちゃってるけど。」

「お嬢様の魔法で炙ればよろしいのでは?」

「普通はメイドがやることなんだけどね!こういうの。」


エインティアは苦笑いしてララから肉を受け取ると、手から出した炎で優しく炙った。

再び串肉から良い香りが溢れ漂い始める。


「今魔物が来たらヤバいですね。」

「あんたメイドだろ!!」


ララは改めてハーピーを観察した。

恐らく整っているであろう顔立ち、美しい翼、年齢は、人間でいう14、5歳くらいに見える。


今はすんごい顔をして肉を凝視しているが。


(髪は短めですね。でも、綺麗に切られてるし、どうしてるのでしょう?)


それは、誰しもが思いつく疑問だった。ハーピーさん以外は。


 「うん、ちょっと焦げたけど、良い感じじゃないかしら?」

「では、こちらの串をお願いします。」


ララは口を動かしながら、食べかけの串を渡す。


「ええ、……って、食べんな!?つうか私の許可なしに何食べてんの?ありえないんですけど!」

「だってお腹が空いて……じゃなかった、安全性のアピールですよ!!」


エインティアのグーパンが飛ぶ。ララはそれを軽々と躱す。


「おい、躱すな。これは受けて当然の報い、罰ですわ。」

「私が馬鹿になってしまいます。」

「あんたなんて馬鹿になってメイド首になって……いや、私を野放しにしてる時点で馬鹿よね。うん、もう変わらないから甘んじて受けなさい。」

「なら、お嬢様も馬鹿ですね。野放しに出来ないくらいの。」

「なにを~!!」


エインティアとララは肉を片手に取っ組み合う。


「あの!!」


 突如として木の上から聞こえた透き通った声に、二人はピタリと止まり、赤面した。

飢えているにしても神聖なる神の使いの目の前で、取っ組み合いの喧嘩なんてしていたのだ。

ララは慌てて頭を下げ、エインティアもそれに続く。


「申し訳……」

「お肉が冷めちゃいます!!!」



・・・・・・。



((あぁ、ブレないなこのハーピー様。))


どうやらハーピーさんはお肉のために喧嘩を止めたらしい。

ララは直ぐに下げた頭を上げ、肉を前に出す。


「ご無礼を……」

「!こ、これは、頂いてもよろしいのでしょうか?」


よだれを垂らし目をキラキラさせ、威厳も何もないハーピーさんは回答を待たずに肉に食らいついた。


「あ、あのぅ……よだれ拭いた方が……。」


エインティアに言われて気付いたハーピーさんは慌てて口を拭う。虹色の翼で。


「ちょ、ちょっと!?は、ハンカチとかないんですの!?」

「あ、お嬢様!?」


エインティアは慌ててポケットからハンカチを取り出すと、ハーピーさんの翼を拭った。


「あ、ありがとう、ございます。」


キョトンとするハーピーさんを見て、二人は胸を撫で下ろした。

思えば、相当無礼なことをしまくっているが、このハーピーは気にも留めていないのだ。


「あ、お肉!本当にありがとうございます!!すっごく美味しかったです!!!」


一瞬で肉を平らげたハーピーさんはペコリと二人にお辞儀をする。


「いえいえ、これはこちらのエインお嬢様が貴女をおびき出す為に用意したものですので。」


その瞬間、ハーピーさんとエインティアは固まった。






 「で、では、貴女は私を捕らえる気はないのですか?」


ハーピーさんに必死に状況を説明したエインティアのおかげで、木の上に逃げたハーピーさんは再び地上へと降りてきた。


「そ、そうです、好奇心ですわよ!お父様は恐らく違うのでしょうが……。」

「そうですね、ハーピー様が訪れた街はオーリストルという名前で、基本的にはオーリストル家が治めております。で、こちらにいらっしゃるのがオーリストル家の6女、エインティア様です。」

「わっ、貴族様!?」


慌てて土下座しようとし出すハーピーさんを必死に止めるエインティア。


「あ、貴女のが遥かに偉いんですわよ!?頭を下げるのはおやめください!」


顔を上げたハーピーさんは首を傾げた。


「あの、ご自分の立場というか、存在がどのように人間に影響を及ぼしているか、ご存じですか?」


ララは慌てて質問する。


「え、えっと、何か石像がありましたね。」

「え、誰かを救ったことは……。」

「???」


ハーピーさんは焦っていた。自分の存在をどう位置づけるか、を。


(なりきるのは無理そうだし、記憶喪失、も色々と面倒だよね。どうしよう、取り敢えずは成り行きを見守ろう。)


「別個体、もしくは子孫、ですかね?」


ララは首を傾げる。


「貴女、親とか年齢とか、何かないのですの?」


エインティアも強気に質問する。


「え、えと、親は知らない、です。気付いたらこの森にいて、ほんと、なんにもわからなくて。」


オドオドするハーピーさん、思案する二人。


「じゃあ、神様は?神様は見たこととか、何かないの?」


エインティアの質問にハーピーさんは固まった。


(どう答えれば良いの!?神様の存在って言っていいの?しかも悪ふざけとかするような神様だってこと知られたら、信者的なの減って神様の自業自得……の前に教会とか権力の力で私が殺されるよね!?)


「シ、シリマセン。」


((あ、嘘ついてる。))


ララとエインティアは初めて、顔に書いてある、というレベルで嘘をつくのが下手な人物にあったのだった。


 ふと思いついたようにエインティアは質問する。


「貴女、名前は?」

「えっ!?」


ハーピーさんは迷った。翼彩という名前を使うかどうかを。


(こういうのって名前どうすればいいんだろう。

そもそも私は親がいない設定になっちゃった訳で。名前があったらおかしいかな?

神様につけてもらったってことにすると、翼が彩られて……なんか安直!?

というか、漢字自体がないかもだし、真名を知られたら呪い、なんてこともあるかもしれないし、どうしよう……。)


固まっているハーピーさんを見て、エインティアは歓喜した。


「名前、付けてあげましょうか?とびっきり素敵な名前を!!」


ララは青い顔をして止めに入るが、遅かった。

エインティアから自称、素敵な名前が紡がれる。


「ハピ子!これで確定ね!!」

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