第5話 虹色ハーピーであるということ<1>

 改めて、ゴブリンが持ってきた食料(木の実)をせっかくなので頂くことにしたハーピーさんだが、そこで違和感を覚える。


「お、オーラ??」


 気付いてはいた、が、気には留めなかったこと。

木の実は色鮮やかに発光し、ゴブリンはピンクに輝いている。

そう、ゴブリンがピンクに。


(初めての遭遇では、何色だったっけ?)


ハーピーさんは首を捻った。ただ、魅惑魔法をかけるまでは別の色だったことはわかっていた。


「魔法陣と同じく、属性か何か?それとも、う~む。」


改めて木の実を見る。赤い木の実が赤く発光している。


「あの、ゴブリンさん、この木の実って辛かったりします?」

「はい!その通りです!」


ゴブリンの態度がすっかり変わってしまったことはこの際置いておいて、ハーピーさんは仮説を立てた。


(赤色のオーラは怒りとか、辛い、危険、とかかな?)


どうやらゴブリンには見えていないらしく、ハーピーさんの体特有の能力の可能性が出てきた。

 試しに近くになっていた木の実をみて尋ねてみる。


「この紫色の木の実は?」

「毒があります!味は、美味しいとも聞きますが!」


(ん?美味しい?でも色は赤。つまり、赤は危険、って意味!?)


そう、もしこれで正しければ、先程の状況にも説明がつくのだ。


(私が食べた実の黄色いオーラは、注意ってことかも!)


実際、水は青いオーラだし、確認として青いオーラの木の実の幾つかを食べてもお腹を下すことはなかった。


 (しかもこれ、対人でも使えるかも!)


ゴブリンからは強いピンクのオーラと水色のオーラ。


(水色は友好的、だと仮定して、これを極めれば異世界生活の安全と、上手くいけば人心掌握でお金とか稼げてたりしないかな?翼の虹色を利用して教祖とか、いや、それはいやだけど!)


 ハーピーさんは自分という存在が何者なのかを、全く気にしていなかった。そして、それが後の生活にとてつもなく影響してくるということも、この時点では想像すら出来ていなかった。






 「ゴブリンさん、人間の住む街とかって近くにありませんか?」


突然の質問にゴブリンは狼狽した。


「あるっちゃありますが、ハーピーならともかく、ゴブリンと人間は完全に敵対してますからね。近くまでの案内ならできますけど。」

「お願いね。」


 ゴブリンの話を聞く限り、ハーピーは少なくとも真っ向から人間に嫌われている訳ではないらしい。


(なら、なんとかなるよね。お腹が空いて死にそうだし、そう、後で仕事でも見つけたら返せばいいもんね。)


ハーピーさんの作戦はこうだ。


《街でピカピカして、どうにか食べ物を貰う》


「名付けて、ハーピーの恩返し作戦!!」


あまりにも無計画な物乞いだった。






 ゴブリンの案内で街の近くまで行き、そこで別れる。


「大きな声で呼んでいただければ、いつでも誰よりも先に、参上します。」

「た、頼りにしてるよ。」


適当な返事を返すハーピーさん。実のところ、ジャングルに戻る気など羽毛程もなかった。


(やっぱり、人間が一番文明的よね。)


 ハーピーさんは空から街を見下ろす。

石やレンガ、木で造られた建物たち、特に目を引くのは石造りの一際大きな館と大きな木造の建物、小さい神殿に、湯煙が絶えず上る煙突、そして活気あふれる市場。

とにかく街は明るく、驚くほどに大きく、賑やかだった。


「中世的、というよりは独自の発展をしてるって感じかも!」


ハーピーさんは期待に胸を膨らませ、街に繰り出した。






 「え、いや、どーなってるの。」


 街の中心まできたハーピーさんは絶望した。とてもまともな状況ではなかった。

そう、ハーピーさんの視界に映る全ての人間は土下座していた。ハーピーさんに向かって。

 ハーピーさんがふらふらと歩くと人がサッと動き出し、その方向に道ができる。誰も顔を上げようともしない。


(え、なにこの反応。困る。物凄く困るのですが!?)



グ~…。



 謎の緊張感からか、勝手にお腹の虫が鳴く。思わず赤面するハーピーさんだが、だれも見ていないし、笑う者も一人もいない。異様だ。


「あ、あ~、お腹が空いたな~…なんて。」


・・・・・。


ハーピーさんの渾身のお腹空いたアピールは、無情にも青空へと吸い込まれ、消えた。


(え・・・反応なし!?)


よくよく観察すると、反応はしている。土下座しながらの内緒話がそこかしこから聞こえるのだ。


「お、お前、串肉屋だろ。」

「ふ、ふざけんな、そんな恐れ多いこと出来るか!」


(あ~、はいはい、そういう気遣い全く嬉しくないですよ~。)


ハーピーさんは困ったように辺りを見渡す。

屈強な冒険者も、頭のよさそうなお年寄りも、幼い子供も、皆が頭を地面につけている。


(辛いよ。私、何もしてないのに。何の罰ゲームよ!)


「あ、あのぅ、気まずいのですが、その~出来れば頭をお上げして?頂けますでしょうか。」


シーン・・・。


(いや、そこは私の言うこと聞こうよ!)


民衆はピクリとも動かない。


(あ、わかった!これ、もしかしてフラッシュモブとかいうやつじゃない?)


そう思ったのもつかの間、ハーピーさんの目に映った、三体の神殿のハーピー像。



ハーピー像



(・・・ダメなやつだ、これ。)


神殿の立派なハーピー像、土下座、恐れ多いだのなんだの。

つまりは、崇拝の対象。


(・・・。あの森に帰ろう。そして、人目のつかない場所で細々と生きていこう。)


ハーピーさんは涙ながらに駆けだした。






 ハーピーさんが訪れた街、オーリストル。

ハーピーさんが駆けだした数刻後、領主邸にて。


「虹色のハーピーだと!?それは本当か!!」


領主が給仕達に怒鳴りつけるように聞く。

こくこくと頷く一同。


「な、だ、だとしたら、直ぐに出迎えなくては。おいラモン、ハーピー殿をお招きしろ!」


ラモンと呼ばれた執事は慌てて首を振った。


「そ、それが、先程走ってどこかへ行ってしまったとの報告が。」

「何だと!?さ、探せ!!全力で探して丁重にお招きしろ!走ったとならばまだ遠くには行っていない筈だ。街中くまなく探せ!総動員だ!いや、ララ、お前はエインティアを見張ってくれ。あいつが何か無礼をしでかしたら手遅れだ。頼んだぞ。」


ララと呼ばれた女性は片膝をついて頷いた。


「他に情報は?」

「はっ、どうやら空腹だという噂が流れています。」


執事の一人が片膝をついて告げる。


「料理長、至急料理を作れ。絶対にへまは許されんからな!」

「はっ。」

「総員、配置につけ。市場を最優先で調べろ。間違っても庶民の食べ物を口にさせるな。丁重に扱えよ。行け!!」


領主の掛け声と共に、給仕達が一斉に飛び出していった。






 メイドのララがエインティアの部屋へと向かうために曲がり角を曲がろうとしたとき、金髪の少女と遭遇した。

「ふっふっふっ。話は聞かせてもらったわ。」


少女は自信に満ちたどや顔で腕を組み、堂々とそこに立っていた。


「はぁ、また盗み聞きですか。ですが今回ばかりは相手が相手ですから、大人しくしていて下さいね。」

「はぁ?この私が大人しくなんてすると思ってんの?ちょっと部屋に来なさい。作戦会議よ!」

「はぁ。」


ララはため息をつきながら苦笑いすると、少女、エインティアについていった。






 「さて、虹色のハーピーとやらの面を拝んでやろうじゃないの。」


エインティアは堂々とそう宣言した。


「いや、策はあるのですか?オーリストル家のメイドは優秀ですよ?」


ふふん、とエインティアは笑う。


「いくらメイドや執事が有能でも、トップが無能じゃあねぇ。」

「と、いうと?」


ララは首を傾げた。


「もしまだ街に虹色のハーピーがいるのなら、民衆は頭を下げている筈よ。」

「あっ。確かにそうですね。」


ララは素直に驚いた。エインティアの頭はこういった時にだけ全力で回るのだ。


「つまり、街にはいない。そしてメイド達は門兵に街道に出たかどうかも聞く筈。そっちだったら間に合わない。でも、もうひとつの可能性として……。」

「森の中、ですか。」

「その通りっ!」


エインティアは嬉しそうに笑う。


「だとしても、広すぎますよ。私は魔法が使えませんし、捜索は困難じゃ……。」


チッチッチと少女は指を振る。


「光り輝く翼と空腹。この2点を攻めるわ。」

「成る程。確かに見つけやすそうですね。そして、食べ物の臭いで釣る、と。ですが、それでは他のモンスターに襲われる危険性がかなり高くなり、とても危険です。」

「え、貴女メイドでしょう?なら大丈夫じゃない?」


エインティアは楽観的に答えた。


「いや、えっと、……はぁ。危険になったら即離脱、今回も誓ってくれますね。」


こうなったらエインティアは意地でも飛び出してしまうことを知っているララは、引き留めるのを早々に諦めた。

ララはエインティアの専属メイドであり、教師であり、お目付け役なのだが、実のところ、かなり甘かった。


「ふふ、貴女は本当に優秀ね。戦ってるとこは見たことないけど。」

「そうホイホイ見せるものではありません。そもそも何もないのが一番なのです。」


 この世界のメイドとは、冥土へと導く者と呼ばれ恐れられるくらい、化け物級に強いことが必須条件の高給職である。

採用するのは領主等の貴族であり、推薦や引き抜き、Aランクのハンターなどが定職に就くためなどその出自は様々であるが、実力、という一点だけは揺るがない。

留守の屋敷や領主の護衛等、領主自身の命を託す仕事が、男なら執事、女ならメイドの仕事なのだ。弱い者を選ぶ馬鹿など、基本的にはいない。


「さて、それではローゲン様には外に出たがっているので森にでも連れて行って大人しくさせる、とでも言っておきましょう。時間はあまりないでしょう。急ぎましょう。」

「なんだかんだ言ってララもノリノリだよね。」


エインティアはクスクスと笑う。ララはそっぽを向いた。


「うるさいですね。私は串焼きでも買ってから行くのでいつもの場所で合流しましょう。」

「了解。」


いつもの場所、が出来るほどに、エインティアは屋敷を抜け出している問題児なのだった。

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