第4話 ハーピーさんとお腹

 ハーピーさんの目の前に紫色の木の実があります。


「この実って食べられるのですか?」


ゴブリンは大きく首を振る。


 ハーピーさんの目の前に黒い木の実があります。


「苦くて食えたもんじゃねぇ。」


 ハーピーさんの前に赤い木の実があります。


「じゃあ、この木の実は?」


ゴブリンは自分の口を塞いで顔を引きつらせる。


 ハーピーさんの前に青い木の実が…。


「えっと、これは。」


ゴブリンは青ざめた。


(あっぶねぇぇぇぇ、ゴブリンに出会わなかったらヤバかったよ。絶対に食べてたもん!)


意外にも、ゴブリンに救われたハーピーさんであった。






「これ、うんまいぞ。」


ゴブリンが手に取った物を無視して、同じ植物から実を取り、口に運ぶハーピーさん。


「あ、甘い。」


 凄く僅かに甘みを感じる実に、ハーピーさんは感動を覚えると同時に、落胆した。

ゴブリンがまるで高級な蟹を頬張るようにして、大事そうに、頬っぺたがとろけるといったような顔で食べていたからだ。


「長年生きてきてこれに出会えたのは三度目だぁ!うまいなぁ、うんまいなぁ…。」


 三日間何も食べていなかった子が久しぶりに親子丼にありつけたかのようなゴブリンの表情に、ハーピーさんは顔には出さなかったが、内心ドン引きしていた。

それと同時に、覚悟を決めるきっかけにもなった。


(街に行く。村でも良い。とにかく、人間のいる所へ。)






 異変に気付いたのは実を食べてから数分もしない内だった。


(いや、そんな筈はない。まさか、いや。てかふざけんな!いやいや、この実の方に何かヤバい成分があったに違いない。)


ギュルルルルル……。


(ちょっと、噓でしょ!?そんなの、いや、そんなのぉ!くっ…ヤバい、近くにゴブリンいるし!!)


彼女の頭によぎったハーピーの神話。

食べ物を漁って糞尿をまき散らすという、乙女にとっては最悪な…。


(いやいや、あれは後付けよ!元は竜巻の神格化的なやつでしょ!食べて即、しかも……って、ほんと、それは無いから!本当にそうだったら神様をぶっ飛ばす!)


だが、ハーピーさんのお腹は限界に一直線だった。


「川に着いたぞ。ほぅら、飲め飲め。」


(それどころじゃないよ~~~!!)


ゴブリンは美味しそうに川の水を飲んでいる。

水は意外にも澄んでいて、綺麗だった。


(どうすれば、この状況を打破できるのっ!)


ハーピーさんは必死に考える。


(抑えるのはもう無理、なら水浴びで。何を戸惑っているの私、あ、ゴブリンがいるから、ならやっつけなきゃって、無理でしょう!でもいくら気が利くゴブリンでも、流石に乙女の恥じらいを理解できるわけがないし、やっぱりやっつけて……だから無理!いや、やっつけ?……うん、背にお腹は変えられない!てか、それしかない!!)


やっつけ仕事、ぶっつけ本番、究極の賭け。




「ゴブリンさん、ちょっと良いですか?」

「ゴブゥ?(どうした?)」

「わっ、私のこと、好きになって下さ、いぃぃぃぃぃぃ!!??!?!?」


 ハーピーさんは全力で頭に浮かんだピンクの魔法陣を放出するイメージをしながら叫んだ。

それは、告白というより、完全な悲鳴だった。


・・・


・・・・・


・・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・


実際は約十秒の間。

ハーピーさんにとっては途方もなく長い間。

そして、とてつもなく恥ずかしい、間。

全身が真っ赤に染まり、何も考えられなくなり、汗だけが大量に放出される。


「あうぅ…。」


ドボン、と、ハーピーさんは現実から逃げるように川に落ちた。

気付いてしまったのだ。これ、失敗したらヤバい、と。

たった一時の気の迷いで、とんでもないことをしてしまったのではないか、と。

下手をしたら、死ぬ。異世界生活終了だ。


(その場合は、神様が悪いよね、うん。)


ハーピーさんは、完全に悟りを開いていた。

恐らく、この世界で一番神の領域に近づいていたといえるだろう。


「ゴ、ゴブ?ゴブブブブゥゥ!!!」


硬直していたゴブリンが身体をビクリと震わせると同時にハーピーさんへと飛び掛る!

それも、ヤバい目で。


「向こうで食料調達、お願い!!!」


ハーピーさんは全力で叫ぶ。

己の人生の全てを賭けて。


「ゴブッ!」


ゴブリンは返事をすると一目散にジャングルの奥へと駆けていった。


「……ふぅ。」


(助かったぁ、これって成功だよね!ゴブリンを使役出来たってことでいいんだよね!嬉しくは無いけど。ゲーム開始時に魅惑系の魔法のみってなに!?あ、でもこれ、けっこうチート?)


ハーピーさんの空想が膨らんでゆく。


 (魔物に対して使うのは、面倒なことになりそう。いや、現になってる。

人間に対して使うのは、嫌だし、それこそ面倒なことになりそうだし!

だって、さっきのゴブリンの顔と目と行動見るに、私が安全な保証無いよね!?

これって、私のことを大好きになってくれる魔法、な筈だよね?

つまり、さっきはゴブリンに使ったからあれで済んだけど、人間に使ったら……て、私は今ハーピーか。

う~む、この世界のゴブリンって人間襲ったりするのかなぁ。

全くわからない、てかこの世界のことが、全然わからない!!)


 その時、大事件が起こった。

いや、事件は既にもう、起きていた。


「あ…あぁ……パンツ、穿いたまま……だった……。」


そう、この世界に来てから、一度も服装について気にしていなかったのである。

慌ててパンツを脱ぎ、辺りを警戒しつつ、洗う。


虹の瞳から、涙が零れ落ちた。

その涙が水面に落ちた時、奇跡が……


(異世界って、こんなにも夢も希望も無いんだ。)


起きるわけもなく、ハーピーさんは、人生で初めて、泣きながら笑ったのだった。






 ハーピーさんの格好は、上はどうやって着たかわからない白いシャツと下着、下はパンツだけだった。

パンツといっても、下着の方のパンツだ。


「この格好で人前になんて立てるわけないじゃん。」


だが、鳥の脚で普通のズボンを穿くのは厳しい。


(ガウチョパンツのようなものがあれば良いけれど、あるのかな。

この世界の文明レベルがよくある中世的な感じだったら、どうすれば……。

あ、スカート!って、なんか逆に恥ずかしいんだけど。

とか、色々考えても、実際に行ってみないとわからないよね。)


 しかし、この格好で行くのが恥ずかしいというのと、ハーピーと人間の種族間の仲もわからない現状、かなり危険度が高いのも事実だった。

考えれば考えるほどに不安が増していくのが、ここは現実なんだとハーピーさんに無理矢理自覚させてくる。


 ふと、下半身を見て、気付く。


(脚、太股、太い。いや、太股だから太いのは当たり前?って、意外と、毛が、濃い?)


そう、意外と毛が長かった。


(あれ?これって、パンツ穿かないほうが、恥ずかしくなくないかな?)


ズボンの上からパンツを穿くと恥ずかしい、みたいな感覚だ。


(いや、でも、他のハーピー達が下着付けてたら、超恥ずかしいし。でも逆もまたしかり、だし。)


そしてそこでようやく気が付く。


(私の髪の毛、虹色!?そういえば下半身も、というか全ての毛が虹色!?あ、瞳も!)


水面に映る自分の姿に。そして、あまりにも輝く自分に。


(顔は変わってないんだね……。)


 実は前の世界での翼彩は見た目100点性格マイナス1000点と言われる程の美少女であり、実はかなりの数の人間にそれとなく告白されたりアピールされていたのだが、本人は一切そのことに気付いていなかった。

それどころか、花の高校時代では、他人と距離を取るために全力で不思議ちゃんを演じることに精一杯になっており、他人の話など聞いてもいなかったのだ。適当に聞いてるふりや相槌をうってはいたが、話し手がいなくなっても相槌をうっていたりするので、周りにはバレバレであった。

それらの彼女の行動にちゃんと聞いてもらえてると勘違いした哀れな男子達の告白には、


「貴方、誰?」


で、無意識ながらに心を粉々に打ち砕いていた。

 そんな彼女は『恋心クラッシャー』と呼ばれたり、幽霊説が囁かれたりしたのだが、これも本人は気付いていなかった。

 勿論、自分が美少女だとは全く思っていないハーピーさんは、ただ、自分の顔がゴブリンでは無いことに心から喜んでいたのだった。

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