第3話 ハーピーさんと魔力

 彼女は初歩的なミスを犯していた。

この世界のゴブリンに、友達という概念はとても馴染みが薄いものだったのだ。

言葉は存在する、だがその意味は知らない。

 つまり、え?どういうこと?状態だ。


「ゴブゥ!?(お前、言葉がわかるのか!?)」


ここで、言葉がわかるのか、と聞くのが、この世界のゴブリンの頭の出来だ。


(自分の言葉以外は言葉じゃないとでも思っているのかな?)


だが、そんなことを聞いて事態を混乱させるハーピーさんではなかった。

ゴブリンは興味を持ってくれた。アピールチャンスだ。


(見た目と臭いの圧迫面接……。)


辛い、が生きるために乗り越えなくてはいけない試練。


「ゴブッ。ゴブゴブッ!(えぇ、もちろん。わかりますよ!)ゴブゴブゴブッ!(だから、友好関係を築きましょう!)」


(五分五分…)


くだらないことを考えながらも、ハーピーさんは必死にアピールした。


「ゴブゥ…。(でも、お前、旨そうなんだよなぁ…光ってるし。)


(このおバカ!光っていたら美味しいのか!?いや、光り物は美味しいかもだけど、私は苦手なんだよ!小骨あるの多いじゃん、喉に刺さるの痛いじゃん!!)


どうやらハーピーさんは話を脱線させる才能がありそうだ。


「ゴブッ!ゴブッ、ゴフッ?(よく考えて!貴方はハーピーのどこを食べるの?)」

「ゴブ。(え、肉だけど。)」

「ゴブゥ?ゴブ!(なら羽が光ってるのと味は関係あると思う?食べない場所なのに!)」

「ゴブッ!(確かに!)」


こうして、何とか食べられるのを免れたハーピーさんであった。


 因みに明らかに常人には理解できないゴブリン語だが、呼吸やクリック音、イントネーションやアクセントによって『ゴブッ』という鳴き声の中で高度に進化、発展した言語であるということなど、この世界の人間はおろか、話しているハーピーさんですら、気付いていなかった。


《以下の会話は日本語に翻訳してお送りします。》


 「私、ずっと遠くの山の山奥で一人で暮らしていたので全然何もわからないのです。色々と教えてくれませんか?」


 ハーピーさんは取り敢えず、この世界のことと食べ物のことを知るためにゴブリンを利用するつもりだった。

少し可哀想だとも思ったのだが、ずっと一緒にはいられないと思ったからだ。

 見た目が異常に醜いのは別に大丈夫だった。

だが臭い、テメーは駄目だ。というくらいに臭かった。とっても。

 そして、ゴブリンは異常に距離を詰めてくる。

ハーピーさんはさりげなく後ずさる。

ゴブリンは気付かずに距離を詰めてくる。

ハーピーさん、オドオドする。


「どうした?」

「いや、その…。」


やっと気付いて質問してきたゴブリンに、ハーピーさんは戸惑った。

臭いです、近寄らないで下さい!なんて死んでも言えない。というか言ったら死ぬだろう。


「えっと、まだ貴方が怖いので、そんなに近寄らないで下さい。」

「おぉ、すまんすまん。」


 渾身の言い訳は通用したが、意外と気遣いが出来るゴブリンの性格に困惑するハーピーさんであった。


(向こうの世界にいた見た目微妙で性格は聖人クラスの臭い人を思い出すなぁ。ああいうのって自分では気付かないのかな。……もしかして私も匂ったりしてた!?)


気にし出すと切りが無くなる問題だった。






 「先ずは魔法についてなんですけど、どうやって使うかわかります?」


 食料についてはゴブリンと合うのかもわからないが、ある程度希望が湧いてきたハーピーさんは魔法のことについて聞いてみた。


「魔法も使わずに遠くから来たのか!?ハーピーって風魔法使わないと長くも早くも飛べないんじゃないのか?」

「マジですか。」


衝撃の事実だった。


「いや、えっと色々とありまして…。その、どうやって魔法を使うのかすらわからずに頑張ってきたので。」

「魔法は使いたいと思えば脳内に魔法陣が出るからそれを選択して放出するようにすれば良いだけなんじゃないかな。オデにはよくわからん。」


(やっぱりゴブリンにはオデだよね!じゃなかった、魔法陣?放出?えと、ふむ。)


ハーピーさん取り敢えず魔法陣を頭の中に浮かべる。


(ピンクの魔法陣が一つ、…それだけ?)


聞いてみることにする。


「因みに、魔法陣って色は関係あるの?」

「色は属性だな。オデ達ゴブリンは土魔法しか使えないから茶色だな。火は赤、ハーピーなら風、緑色なんじゃないか?」


(はい、どんな属性だかわかりません。)


ハーピーさんは想像力を巡らせる。


(ピンクってさ、いや、うん、えっとそれはないとして、回復!そうだ、回復魔法に決まってる、絶対にそうだ、濃いピンクだけど、絶対にそうだ、そうに決まってる!)


内心ハーピーさんは泣いていた。薄々気付き始めてきたのだ。

神様の悪ふざけとは、なんであるか。


「属性魔法以外にも、毒魔法なら紫だし、回復魔法なら薄緑かな。それくらいしか見たことないな。」


(その僅かな希望すら打ち砕いてくスタイルやめて~!!)


だが、ハーピーさんは完全に絶望しきってはいなかった。

まともなチート魔法がないだけだ。後でどこかで勉強して、ある程度覚えれば良い、と。

地道な努力系転生者になろう、と。


 まだハーピーさんは知らなかった。

ゴブリンは生まれつき茶色の魔力、つまりは土魔力だけを持って生まれてくる。

……ということがどういうことか。

 そして、人間だけが唯一何色にも染まらない白い魔力を持って生まれてくる。

……それが、何を示すのかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る