第7話 ハーピーさんと名前

 「で、どんな名前がいいですかね。」


ララは何事もなかったようにハーピーさんに質問した。


「え、ちょっと、ララ?」


エインティアは慌ててララに掴みかかろうとして、固まった。


「貴女は黙っていて下さい。」


ララは最大限の笑顔でそういった。

エインティアは知っている。ララは怒るときにだけ目を細めて笑うことを。

そんなことは知らないハーピーさんは、


(仲良いなぁ・・・。)


などとほのぼのしていた。






 「さて、と。お名前、どうします?」


エインティアの問いにハーピーさんは困惑した。


「なぜ名前が必要なのですか?」


理由がわからなかった。


「呼びにくいじゃない……ですか。」


エインティアは軽く目を逸らしながら答える。


「……まぁ、良いですけど。」


ハーピーさんもそれ以上追求する気はなかった。どっちにしろ、名前は必要だ。

名前を決める。しかも自分の。


(この二人の名前を聞くに外国人っぽい名前じゃないと変だよね?


ハーピーさんは考える。トム?ジェイソン?トーマス?

いや、これ全部男の人だ!えっと、バーバラ?

ハーピーさんは改めて自分の姿を見る。

セクシーな名前は似合わないよね。

じゃあ可愛い系で、みるきぃ?

…………絶対ないわ。


ピカチュ……ダメだ、ドラえ……ロボだ。


名前を考えるのって大変だなぁ、私の両親はどんな意味で私の名前を……。

そうだ、外国では神話の神様とか英雄から名前を取るって言ってた気がする!)


「あの、神話のハーピーさんは何というお名前で……。」

「事実三姉妹であったかは不明ですが、現れた順に、長女ヘル、次女フェリル、三女ヨルムを名乗り、姉妹を自称していたようです。」


(!……それって。)


偶然、なのだろうか、聞き覚えのある神々の名前に、ハーピーさんは思考を巡らせる。


(前の虹色ハーピーも、同じ世界から…?)


だが、それを知るにはあまりにも情報が足りていないと、ひとまず思考を切り上げる。


「詳しいのですのね。」

「一般教養です!寧ろお嬢様は何故知らないのですか!」


意外そうな顔をするエインティアに、ララは怒り気味の口調で説教を始めようとする。


(ちょっと!?いや、なら私もそれでいいかな?……それより。)


ハーピーさんはその場を落ち着ける為にも、疑問に思っていたことを聞く。


「ところで、お二人は何故私を探しにこんなところまでいらしたのですか?」


その問いに、エインティアは覚悟を決めたかのような表情で話しを始める。


「今、私の父、先程貴女が訪れた街の領主が貴女を探しておりますわ。

見つかれば即、貴女は王都に連れていかれ、王城でずっと崇められながら良いように権威として使われますわよ。」


エインティアの突然の脅しにハーピーさんは固まった。


「お嬢様、その言い方では色々と御幣があります。今の王は比較的良い方ですし、少なくとも衣食住は保証されます。

というか、豪華なドレスに沢山のご馳走が保証されます。」

「ちょっと、ララ!」


ご馳走という言葉に反応したハーピーさんを見てエインティアは慌て出す。


「で、でも、一生孤独になりますわよ!ハーピー様とお友達なんて恐れ多いとか言われて!」

「孤独なら慣れてますけど……。」


 中学に入るまで友達というものを知らず、慣れない人付き合いに疲弊して、結局高校で再び一人を目指していたハーピーさんは一人というものに慣れ切っていた。


「お嬢様、貴女は何がしたいのですか。ハーピー様の人生を保証できるのですか?

貴女はハーピー様とお友達になりたいとおっしゃられていましたが、どう考えても不可能です。ご自分と相手の立場、身分を考えて下さい。」


ララの言葉にエインティアは俯いた。


(えっと、何か険悪に、というかちょっとまって?友達?状況がわからないよ!)


ハーピーさんは混乱しながら質問する。


「私と友人になりたいのですか?」

「え、えぇ。」


慌てて返事をするエインティア。


「半分ホント、半分嘘ですね。」


ハーピーさんは真顔で堂々とそう言った。


「「えっ・・・。」」

「本当のことを話して下さい。」


二人が驚いているのを無視し、ハーピーさんはエインティアに有無を言わさない真顔で迫った。


「私は嘘がわかります。」


堂々と言い放つ。

ハーピーさんには何故か見えていた。

食材の危険度同様、人間から出る謎のオーラ。

それはゴブリンと話しているときに気付いたものであった。

そして街から逃げ出したあと、自分のオーラを見ながら色々と確認していたのだ。


「私は……。あの家から逃げ出して、自由の身になりたかったのですわ。

貴女を旅の道連れに、理由に、盾に、利用して……。」


 ララは絶句し、その後俯いた。

エインティアもまた、絶望していた。ハーピーさんの有無を言わさない問い詰めについ本当のことを、ララの目の前で話してしまったことに。

これで一生、私に自由はなくなったのだろう、と。

更には神様の使いを冒涜したのである。もしかしたら、死ぬかもしれない、と。

 だが、ハーピーさんには好印象だった。

それどころか、喜んでいた。


(これは、逆に利用出来るのでは?

ここにいても食料にすら困る有様。旅ならば、少人数。

少なくとも崇められるよりかは遥かにマシです!)


「でも、なんで逃げようと?やっぱり領主様の家だと何かと厳しいのですか?」


怒ることもなく平然と聞き返す、それどころか少し嬉しそうなハーピーさんに二人は困惑した。

ララが口を開く。


「オーリストル家は二男六女。お嬢様は五女に位置します。」


うわっと、ハーピーさんは顔をしかめた。


「どうせ私なんて政略結婚の道具ですわよ。」


エインティアの悲しげな表情をみて、ララが呟く。


「私が純愛ものや冒険ものの物語を見せたり聞かせたりしたばっかりに……。」


(ん?それって悪いのララさんじゃない?)


「私も恋ってものをしてみたいし、自由に青空の元を旅したいのに。」

「お嬢様の秘密の魔法訓練を手伝ったり、屋敷の抜け出しを援助したのがいけなかったのでしょうか。」


(ララさんのせいだよね!絶対、絶対ララさんのせいだよ!!)


「純愛はフィクションだと何度も言っているでしょう。平民の婚姻は大体親が決めるものですよ!」

「でも、冒険……。」

「それこそ一般人だって出来ないことですし、明日の食事への不安に怯えながら寒空の下、土の上で眠らなければならないのですよ。」

「……それでも!」


ハーピーさんは理解した。

エインティアは所謂、お転婆さんなのだ、と。

そして、ハーピーさんは決心した。


「私は別に構いませんよ。お友達になることも、旅することも。」


(現状最も良い選択肢が向こうから転がって来ました!王城とかより遥かにマシです!

ついに、私の異世界生活が始まる予感!)


「駄目ですわよ、ララに聞かれてしまいましたもの。」

「え……。」


(……あ、そっか、ララさんはメイドさんか。そりゃあ許してくれるわけもないか。)


ハーピーさんはため息をついた。


「確かにローゲン様を言い包めるのは無理ですね。

あの方は家庭を持つことこそが女の幸せと考えてる方ですし、というかそれが世間一般の考え方ですしね。」


(こういうところはなんか中世っぽい。)


「そういうのに疲れた方が冒険者になるのですが、流石に許しては貰えないでしょうね。」


ララの言い方に二人は違和感を覚えていた。


「いっそのこと置手紙に、いや、死んだことに、いや、それも厳しいかな?

ですが、お嬢様は何も心配することはございません。このメイド、ララにお任せを。」

「「え!?」」

「い、いや、ララ、正気?そんなことしたら一番ヤバいのはララよ?最悪本当の意味で首が飛ぶわよ!?」


ララはにこりと微笑んだ。


「人生は一度きりなんですよ?したいと思ったことはするべきです。

私はローゲン様にとんでもなく大きな恩がありますが……あ、今になって決意が揺らいできました。お嬢様やはり今の話は無しで……。」

「そんなわけにはいかないですわ!ララには大きな恩がありますけども、うっ……。」


二人とも、恩で決意が揺らぎまくっていた。

だが、このまま今の話が無くなっては困るハーピーさんは・・・


(どどど、ど~しよ~!?ど、どうすれば一緒に旅してくれるかな!?

かっ、神様の命令とか言って旅してもらう?

で、でも友達に神様権限使って命令とか絶対後々響くし!?)


ただただ混乱していたのだった。






 「「「旅、しましょう!」」」 


三人の声が重なった。

互いに驚き、笑いあう。


「ローゲン様への対処は私が行います。それと、旅をするのであれば国境を越えるために身分証が必要となります。

一番手頃に作れるのは冒険者ギルドのギルドカードでしょうが、これが最初の関門となるでしょう。」


(車の免許証みたいな感じかな?)


 ハーピーさんの考えは甘かった。

一般人ならば、車の免許を取る以上に冒険者になる方が遥かに簡単だ。

実力を示し、それに見合ったランクの冒険者になるだけなのだ。

 この際問題になるのは責任の所在だ。

交通事故を起こした場合、責任は事故を起こした個人のものだ。

だが、ギルドカードを持つものの不祥事による責任はギルドのものでもある。

 この世界の一般人は住民カードや商業ギルドなどのカードを持っているので、態々冒険者ギルドのカードを必要としない。

冒険者は訳ありの人がなる危険な職業だ。だからこそ、冒険者は大きな不祥事は起こさないし、起こせないのだ。

起こした場合、行き場が無くなるのだから。






 「ギルドカードは欲しいが冒険者はやらずに身分証に使います、なんて人間にギルドがカードを作る理由がありません。

先ず、そこの口裏を合わせましょう。この街のギルドマスターはしっかり者の女性です。」

「え、女の人!?基本ギルマスって……。」


エインティアは驚いた。


「えぇ、どうやら前のギルマスが不祥事をして解任されたときに、ギルド職員の男性は皆グルだったらしく、女性しか残らなかったのが原因らしいです。

それで、特例として最も働き者で実力があり、冒険者や街の人達からも推薦されていたセリアという女性がギルマスになったそうです。」

「そ、そんな人がギルドカードを作ってくれますかね。」

「かなりの堅物らしいので、本当にそれが最初にして最大の関門ですね。」


最初から難易度が高すぎるミッションだ。


「と、取り敢えずさ、私達、まだろくに自己紹介もしてないし、そこからじゃない?」


エインティアが提案する。


「そうですね、では、私はララ、元、オーリストル家のメイドです。二十代です。

知識量だけでいうとこの世界で5本の指に入る自信があります。」


元、といったのは、もう決意は固めたからだ。

ララは銀髪ショートにメイド服、胸は小さめ、ナイフを携帯している。


(背、高いなぁ。170cm超えてる?)


ハーピーさんは顔を見るのに見上げる形となった。


「じゃ、私ね。私は元、エインティア・オーリストル。今はただのエインティア。

エインでいいわ。十六歳、得意魔法属性は火、水、風よ!よろしくですわ。」


エインティアはツインドリル気味ツインテールの金髪で・・・


(あれ?胸の膨らみが見当たらない?)


「もしかして男せ・・・」

「女よ!何?まな板とでも言いたいわけ!?」


少し胸を気にしていた。


「わ、私はハーピーで、歳?はわかりません。魔法は一応使えることは使えますが使えません。」

「どっちよ!」


ハーピーさんの羽根や毛、爪は全て虹色で、ももは太く、下半身は鳥のものだ。

髪はボブカットであった。背はエインティアよりやや低いが、胸は下着が必要な程度にはあった。


(ただでさえ翼のせいで肩がこるのに巨乳じゃなくてよかったよ。)


胸が普通サイズなのは神様の唯一無二の善意と、ハーピーさんは勝手に解釈した。






 「さて、と。問題は私とおじょ、いや、エインさ・・・エインの苗字とハーピーさんの個人情報の全てですね。」


旅に出るということは、貴族として振る舞えなくなるということ。

呼び捨てされたエインティアは満更でもなさそうだ。


「ララは本名じゃないの?」


ララは首を振る。


「私はローゲン様に救われ、ララという名前を頂いたのです。」


そして、笑った。


「それでも、ずっとローゲン様の元にいる気はなかったですし、この機会は私への……。」


そこで言葉を濁した。


「兎にも角にも、私はララですから。」

「分かってるわ。貴女が訳ありなことくらいは。」


ハーピーさんはそこに、謎の鬱陶しくない気遣いを見た。


(これが……本当の友達っていうのかな?それとも、親友?)


そして、それを少し羨ましく思った。






 「私の名はイリスです。歳は、取り敢えず十五歳にしときます。三人で素敵な苗字、考えましょう!」


 唐突に、ハーピーさん、イリスは、口を開いた。

安直にも虹の女神の名前をそのまま使った。

驚いている二人に、イリスは微笑んだ。






「え、ハピ子じゃないの?」



バシッ!



ララの一撃でエインティアは倒れた。

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