第10話 第1王子

最近弟が、おかしい。

物思いにふけってぼーっとしていたり、急に奇声を発して頭をかきむしったり。

なまじ私と良く似ているのではっきりいって近くで見ていて不快だ。


どうせ彼のことだから、幼なじみの婚約者、『白薔薇』関連の事だろう。

普段はしっかりとした、品行方正で真面目な弟なのだが彼女が絡むとおかしくなる。


こんな状態がいつまでも続くのも目障りなので、夕食の後で、自室に食後のお茶に誘った。

『それで?今回はどうしたんだ?』

お茶のサーブが終わった後、人払いをしてから単刀直入に聞く。

2人がけのソフィアに座りうなだれている弟に、向かい合って座りながらお茶をすすめたが、それには手を付けない。

どこか思い詰めた表情で自分の手元をみつめている。

深刻な話なのか…彼の黒い髪が顔にかかり影を落とし、私と同じ琥珀色の瞳も暗く揺らめいている。


…持久戦だな。

私は自分のカップを持ち上げひとくち口をつけてから、

『悩みがあるなら、誰かに話すだけでもすっきりするぞ。学友や、お前の側近の黒や…勿論私でもいいが…。』

『…』

カップを戻しながら

『お前の婚約者の白薔薇でも…』

ビクッと彼の肩が、揺れる。

ビンゴか…。

やはり彼女絡みらしい。

『…こんなこと誰にも相談できなくて…。』

うめくように苦しげに言う。

こいつの悩みは十中八九、いや百%白薔薇姫絡みだ。

心の中でため息をつきながら、でも表面上は優しく

『どうした?』と聞く。


『…』

まだだんまりか…。

明日も私は朝から忙しい。

私は去年学園を卒業し、今は父である現国王の執務を手伝っている。

この国の第一王子として、次期国王として、やらなければならないこと、学ばなければならないことが山積みだ。

第3王子&第4王子の誕生日パーティーを兼ねた新入生歓迎パーティーの警護体制のしきり、

2週間ほど前に未登録の魔法が城内で使われた痕跡が報告されており、その調査もしなければならない。

だいたい恋愛関係は私の専門外である。

婚約者は勿論、女性とつきあったこともない。

次期国王として、近隣の国の姫と結婚することになるだろうから、浮わついた事はできない。

我が国は男子の出生率が高く、女子の1.5倍である。

戦時下なら都合の良かったその現象も、今日の平安な日々では困った事態になる。

結婚のできない男性が増えるのだ。

だから、貴族から平民に至るまで一夫一妻制をとっている。王のみ、例外として2人の王妃が認められているが。

そんな私に恋愛相談されても、何も答えられないのだが、かわいいたった1人の同腹の弟の為だ。

聞くだけ聞こうじゃないか。

『何があったんだ?』

私は冷めてしまった紅茶に、口をつけた。


絶対に誰にも言うなと、何度も念をおされた後。

やっと重い口を開いた弟の話は

『誕生日プレゼントに白薔薇にキスをねだったら、断られた?!』

『声が大きいよ!』

『どうしてそんな…。』

『そういうことは、好きなもの同士がやることだと言われた…』

『好きなもの同士って…

好きなもの同士だろ?

幼い頃からの許嫁で。ずっと仲むつまじく…。』

混乱している私に弟は

『本題はこれからなんだけど…』

一層表情を暗くしてこちらを見る。


『胸をもんでくれと言われた!?』

『だから、声が大きいって!!』

第3王子である弟は、私にのしかかるようにして

口を押さえた。

ムネヲモム?

ってなんで?

話が飲み込めない私に弟は、苦々しい顔のまま説明しだした。

白薔薇は以前から自分の胸にコンプレックスがあるらしい。

彼女の侍女の誰だかは、かなりの巨乳で、それを目指しているのだとか。

で、騎士団の者達が胸はもむとでかくなるという話をしていて、それを聞いた白薔薇は婚約者である第3王子にそれを頼んだ…ということらしい。


しかしあの清楚で可憐な白薔薇姫がそんなことを…

『挨拶しただけで、宰相の後ろに隠れて真っ赤になるような子なのに…』

いつの話だよ?それは兄上だからだろうけど…とかなんとかつぶやき、

『誤解のないように言っておくけど、白薔薇は子供なんだよ。そんなこと言っちゃえるくらい。何も考えて、ないんだよ。…それで、胸ってどんな風にもむの?』

真面目な顔で聞いてくる。

胸をもむ?って?

勿論そんなことしたことはない。が、

両手を前に出して思い描いた胸の形に手を添えてみる、と、弟はじっと私の手の動きを目で追っている。

『いやいや、もんじゃダメだろう。』

コホンと咳払いをして、

『そういうことは婚約式も終わって、ちゃんと結婚してから…、て、まさかもう揉んでしまったのか?』

『いや!断ったけど。そしたら第2王子か第4王子に頼むっていうんだ!』

ん?…待て。私は?、第1王子は?

『私は?』


思わず口にした言葉に、弟は目を目開いた。





















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