第2話 状況は理解したが納得はしていない!
かつて社畜だったオタク女子は死んで、はれて黒髪ロングの巫女な美人JKになれた―――いや、感覚としては魂の情報が入った、のだけれど。
これはあれだ、転生だ。しかもゲームが舞台。怨霊なんてのが出てくるんだから、分類するとしたら現代ファンタジー系か。
うん、それは百歩譲ってよしとしよう。転生先が異世界ファンタジーとか悪役令嬢とかでなくちゃいけない法則はないしね。
でもさぁ。
なんっで私が! ギャルゲーかなぁぁぁぁぁぁ!?!?
もうさ、そこは王道にオタク男子の魂を転生させとこうよ、神さま。そしたらヒロインちゃん達全員救ってくれるから。あり得ないモチベで頑張るからさぁ、アノヒトタチ。
いや、このゲーム、知ってるよ? 『冬の
だからこそ!! この世界に転生されるべきは男性だと思うわけでね!?
キーンコーンカーンコーン
衝撃の事実に気をとられ過ぎてて、うっかり遅刻しそう。
というかね、校門でじゃれて遊んでいる後輩達よ、君達も危ないぞ。
「……………予鈴、鳴った」
無表情に後輩達に告げれば、彼らもバタバタと慌てだす。
「ヤバっ! お先に~っ」
「リン! たこ焼き、お土産に買っていってやるから、とりあえず家で待ってろ!!」
「にやっ!? たこ焼き…………んむ~~~、仕方がないから、待っててやる!
絶対、買ってこいよ!! なかったら引っ掻くからな!!」
「分かった、分かった。あ、陽菜っ、お前まで先に行くのかよ!」
「早くこないリョウマが悪い~。八坂先輩、ありがとうございます~」
教室へと急ぐ後輩達の後ろを葵はゆっくりと歩く。三年生の教室は一階だからだ。
下駄箱で靴を履き替えたら、もう教室は目の前。余裕で自分の席につき、先生がHRをはじめるのをぼんやりと見つめる。
きっと周りからしてみればいつも通りに見えることでしょう。
そもそもこの八坂葵はコミュ力ゼロだし、無表情だし、ボッチだし―――孤高の和風美人な先輩って、つまりはそういうことなんだけど。
(どうしよう、どうしよう、ここは『冬の
内心では焦りまくりで、先生の話なんか聞いちゃいないぜ。優等生なのは顔だけさー。
けど、本当にどうしよう。いや、ギャルゲーなのが問題じゃない。オタ女がギャルゲーに転生って何の罰よってカンジだけど。問題なのはそこじゃないんだ!
そう、問題なのは――――この『冬の
ゲームお約束のご都合悲劇がてんこ盛りなのっ!!
もうねー、泣かせる為としか思えない悲劇が、それぞれに起こる。起こることが確約されてしまっている。ゲームシナリオだからね!?
でもってその悲劇を回避できるのは、ゲームプレイヤーに選ばれた―つまりあの転校生、大滝凌馬に選ばれた―ヒロイン、一人だけという…………。
ク ソ 理 不 尽 !!!!!!
いやね? ゲームのシナリオが駄目ってわけじゃあないよ? 素晴らしく泣ける、胸にくるあの切なさは、本当に感動ものよ?
だ か ら こ そ ! ヒロインの立場に立ってみたら理不尽なんだけどね!?
さて、今現在、もう十一月も終わります。明日から十二月。ピンチです。
何でかっていうと、『冬の
で、ヒロイン達からしたら、惨劇のクリスマス。それが五人分。まさに惨劇祭り。
それが、あと二十五日後にやってくる!!
(…………………どうしよう)
葵の惨劇は、もしかしたら準備しだいで何とか回避できるかもしれない。
しかしあと四人。いや、確実に一人は大滝凌馬が救うから、あと三人の悲劇を、どうしたらいいだろう。
正直に言ってしまえば、見ず知らずの後輩達だ。助ける義理なんて、葵にはない。ないんだけど。
(一人ぼっちで死んでしまうのは、辛いよね)
とんでもない悲劇を用意してくれてやがるんだ、このゲーム。
普段は心が麻痺している葵だけど、孤独の寂しさや辛さは、人一倍分かっている。だからこそ、心が痛い。というか、うん、見捨てたくないよね。
(だったら――――助けよう)
心のままに抗おうじゃないの。諦めるには、まだ早い。それに何より、このオタ女の知識がある!
ギャルゲーがどうした、主人公が一人しか助けられないというのなら、ヒロイン自ら助かってやろうじゃないか。
ゲームのシナリオを欺いて、むしろちゃぶ台返しさながらのシナリオ改善を八坂葵は決意した。
その決意を胸に、まずすべきは。大滝凌馬の尾行です。
さすが、毎夜、怨霊を祓って回っているだけあって隠密行動は得意です。基本的に気配消すことは得意なボッチ、有能ですよ。
商店街で気付かれないようにターゲットを観察。
朝に言っていた、たこ焼きを買いに来たであろう大滝凌馬は、今は何もない空間に向かって喋りかけてます。周りの一般人からしてみたら、完全にヤベーやつです。
誰に喋ってるんだコイツ、と思われる状況ですが、ゲームの主人公たる大滝凌馬は気が付かない。
だって彼の目の前には、茶色がかった髪をボブカットにした少女が実在しているんだもの。ちなみにそれは、彼の幻覚じゃない。
葵にも彼女がはっきりと見えている。けれどそれと同時に、大滝凌馬の周囲の人達が不思議そうな顔をする理由も、しっかりと分かっているのだ。
(彼女で五人。ヒロインは、そろっている)
このゲームのタイトルは『冬の
今朝、校門前にいた葵を含めた四人。そして、今、商店街で大滝凌馬と話している彼女―――
高校三年生の八坂葵、同級生で同居の守屋陽菜子、高校一年生の崎口美結、謎の少女リン、そして商店街で出会う湯河芽衣。それぞれが事情を抱え、決まったキャラ設定を持つ。
葵は五人目である湯河芽衣を確認すると、大滝凌馬に気が付かれないように商店街を抜け出した。
ここら辺で一旦、情報を整理しよう。もちろん『冬の
このゲームはいわゆるギャルゲー、その中でも主人公がストーリーを進めていくなかで選択肢を与えられ、運命が分岐していくタイプのもの。
ヒロイン一人につき、一つのストーリーが主軸となり展開されていく。
年齢のバラつきの他に、ヒロインには決まったキャラ設定があり、それがヒロインの個性とも繋がっている。
例えば、葵の場合であれば『悪霊を祓う巫女』。先輩であり無口で神秘的なお姉さん、といったようなキャラ設定だ。
守屋陽菜子はもちろん『幼馴染みの従姉妹』であり、気さくでおっとりとした気の許せる相手。
ちなみに主人公が厄介になっている親戚が守屋家なので、同い年で同居というオマケつき。
後輩キャラの崎口美結はトンデモ設定で、なんと『無自覚な超能力者』。
ミステリーやオカルトが大好きな元気過ぎる子だが、ヒロインの中で唯一、主人公の大滝凌馬と過去の因縁がない。
そして、あのリンという少女。あの子はまさかの人外設定で、『捨てられた猫又』という、これまたファンタジーな存在だ。
過去、大滝凌馬が助けた子猫なのだが、けっきょく飼うことができずにこの町を離れてしまった彼を想って、ついに人間に化ける術を身につけたという、もう何でもアリだな! という設定だったりする。
極めつけは、先ほど商店街で見た少女、湯河芽衣。彼女のキャラ設定は『さ迷う生き霊』。
つまり、湯河芽衣は生き霊だ。それも八年前、大滝凌馬の目の前で崖から落ちてしまった女の子。彼女の本当の身体は、今現在、病院のベッドに横たわっているはず。
彼女を認識できているのはゲーム主人公の大滝凌馬だけのはずだが、やはりというか、悪霊を認識できる葵にも彼女の姿は確認することができた。
にしても、『巫女』、『従姉妹』、『超能力者』、『猫又』、『生き霊』って…………。キャラ設定、詰め込み過ぎだろう! 普通の女の子、『従姉妹』しかいないじゃんっ!!!!
プレイ中には気にもならなかったのに、今さらツッコンじゃうわ!?
しかも、よ? このゲームのキーワードは『お願い事』。
なんというか、主人公に優しい世界というべきか、最後の最後、主人公が選んだヒロインストーリーで彼が心底願ったことが叶う。
この『お願い事』には、実は『生き霊』の湯河芽衣が大きく関わってくるんだけど、結果だけ見ると主人公の願いが叶うかたちになる。つまり、大滝凌馬に選ばれたヒロインは、最悪な運命から抜け出すことができる。
……………………逆を考えれば、他の四人は悲惨な運命に叩き落とされることになる。
何だかなーッ! 四人の不幸をスルーして、一人を助けるストーリーがなーッ!! だからこそお話として切ないし、ゲームとして楽しめるのは分かるのだけれどもッ!!!!
ヒロインの一人になってみたら、理不尽だわぁーーーー。
だいたいなんだろう、思わせ振りな態度して、八年も放置して、自分のやったあれこれをすっかり忘却しているよーな男に、なんっで運命を決められなきゃならんのだ!
いや、フラグ立ても、記憶消去も、ゲーム主人公だから仕方がないんだろーけどっ!!
ぐぁぁあぁぁぁぁ、やっぱ納得できないわ!! そんな未来は絶対に嫌ーーーーーーー!!!!
だったら、『お願い事』なんか、してちゃダメなのだ。そんな他人頼みでは問題を長引かせるだけなんだ。
自分で抗え。必死で切り抜けろ。都合の良い運命なんてものに、押し流されるな!! 未来は自分で切り開かない限り、ドン詰まりになるってもう知ってる。
最悪な未来を迎えたくないのなら、強くなって、賢く戦って―――――打ち勝つしかない。
こうして八坂葵は、オタ女の魂と混ざりあったことで改変を遂げ、ニューヒロインとしてこのゲームをぶち壊す存在となったのだった。
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