ゲームはゲームでもギャルゲーに転生したようです
丘月文
第1話 二次元の女の子になりたいとは思ったさ
社畜だった。そりゃもう、ブラック煮詰めてカフェインで人殺せるってくらい、ヤバい会社で働いてた。てか、実際に死んじゃったし。洒落にならん。
寝不足、食欲不振、おまけに偏頭痛。ふらついてウッカリ車道に倒れ込んだところに、車が。
車にはね飛ばされて、交差点にもの凄い勢いで叩きつけられて、思った。
(あ、これ、死ぬな)
あぁ、こんなことになるなら、家族からなじられようとさっさとニートになるんだった。
会社辞めて、引きこもって、見たかったアニメ見まくって、溜め込んでたゲームやりまくって、神ゲー周回してー………。
(――――――そうしとけば、良かった)
何だかボーッとして、でも涙が出た。
(我慢………してれば、いいこと、ある……………なんて、嘘っぱち)
全力で嫌なことに抗っていたらよかった。そうしていたら――――。
『運命に、抗ってくれますか?』
どこからともなく聞こえてきた声に、もう途切れそうな意識で思う。
(抗う、よ。次が、あったら、ね)
他人の意見に流されるままに生きたり。体裁の為に自分を偽ったり。したくもないことを無理してまで引き受けたり。
その生き方の結末がこれだとしたら、クソ食らえだ。
『…………………では、私は貴方に賭けましょう。どうか、世界を救って』
その声と共に、急に視界が眩しい光で埋め尽くされていく。
(世界を救う? 何か………ゲームみたいな台詞)
と、思って、奇妙なことに気付く。
先ほどまで途切れそうだった意識が、妙にはっきりしてきた。
でもって身体はちっとも痛くない。というか、感覚もない。なのに視界はキラキラと眩しいばかり。
(これ本格的に死んだわ、私)
いわゆる臨死体験ってやつなのかなー、とか思ってたのに。
視界が徐々に暗くなってきて、と同時にどんどんと呼吸が苦しくなって。
(って、私、息っ)
うっすらと開いた、目の前には黒いモヤが。それが身体中に巻きつき、ギリギリと締め上げている。
(何これ! いきなりピンチなのっ!?)
いやいやいや、ほらさぁ、途中で前世思い出すパターンって、熱出たりして寝込むんじゃなかったっけ。絶対安全圏な屋敷のベッドとか! それか、正ヒロイン見てさっくり思い出すとか!
殺されかけて前世を思い出すって、王道だけどこんなのあんまりだ!!
「くっ、ぅ!」
必死で何とかできないかと腕をバタつかせる。すると、右手にするりと何か紙のようなものが滑り落ちてきた。
思わずその紙を握り締めると、いきなり右手に光が弾けた。と同時に、モヤも霧散する。
(これ、は、護符?)
右手に持っているものをまじまじと見つめれば、それは神社に置いてあるような護符。しかも暗闇のなかでもはっきりと、自分が巫女の姿をしていることが分かった。
えーと、夜な夜な山のなかで一人、モヤモヤした人外とバトる少女ですか?
とりあえずドレスとかヨーロッパな世界観じゃないことは理解したけど。
ぼんやりとそう思っていたら、急に雲が途切れてさっと月明かりが辺りを照らした。
辺りに積もっている雪が月の光を反射し、青白く山の輪郭を浮かばせて。
ざぁぁぁぁと風が吹き抜け大きな木が揺れる。
(?)
神秘的な冬の山。そして、その頂にある巨木。
不意に脳裏に蘇ってきたのは、この少女の記憶だ。
まだ幼かった彼女が、恐る恐るTシャツ姿の男の子に問いかける。
「私のこと、怖く、ないの?」
青いワンピースは泥で汚れていて、それは悪霊から逃げ回っていた彼女にしてみたら、いつものことだったけれど。
巻き込んでしまった男の子が、一緒に悪霊を追っ払ってくれたのが信じられなかったのだ。
「ないよ! だってカッコいいじゃん!! 悪いお化けと戦ってるなんて!!」
「お化けって、普通は皆、怖がるもの、だよ?」
「だいじょーぶ! 俺、ヒーローだもん!!」
にかっと笑う男の子がそれは眩しかった。
彼女と彼の思い出がなだれ込んでくる――――いや、これは自分の持つ記憶とこの子の記憶が混ざってるのか。
あぁ、この子は、私は―――――
でもって、この町に引き寄せられてくる怨霊を退治する、神社の巫女。
………………………えーと、何だろう、この違和感。とりあえずオタ女子の見解として、これは転生でいいんだろう。
異世界かといわれれば違う気がするが、とりあえず怨霊なんてものが存在していて、それがさっきみたいに護符とかで追い払える、そんな世界なわけだ。
社畜オタ女子だった知識と十八才の健気なJKの記憶が混ざりあうっていう、とんでもなく混乱する事態だが、それでも段々と頭を整理できるようになってきた。
(そろそろ帰らないと、お祖父ちゃんに怒られるかな)
今夜のお祓いはここまで、と、そう考えられるくらいには。
つまりこの八坂葵という少女は、ひっそりとこの町を怨霊から守っているのである。
思い出の、あの男の子との約束を守る為に――――。
(あれ、これって…………)
ふとオタ女の知識が反応したが、その思考はしゃがれた低い声によって中断された。
「やっと戻ったか」
八坂神社、つまり葵の家の玄関で、お祖父ちゃんが渋い顔をして待っていた。
「怪我をしたろう。また無茶をして」
「………………ごめんなさい」
「謝るくらいなら怪我をするな。精進しろ」
葵は怨霊が見えるだけでなく、引き寄せる体質でもある。それが理由で彼女は十歳の時に両親から見捨てられて、この神社に預けられたというヘビーな過去の持ち主だ。
そんな葵を不器用ながら守り育ててきたのが、このお祖父ちゃん。しかしぶっきらぼうで、心配から厳しくし過ぎるところがあるようだ。
(辛い、な)
両親から不気味がられたこともトラウマだが、この厳しいお祖父ちゃんも葵にとっては辛い存在だった。たとえその厳しさが、葵を怨霊に殺されないための術を身につけさせる為だとしても。
葵が安らげる温かさはどこにもない。だから葵は自分の感情を麻痺させて、ただただ無表情に悪霊を祓うことだけを考える。
孤独に戦い続ける――――それが、八坂葵という少女だった。
さて、ではこの少女がオタクの知識を身につけて、何とする?
どうやら異世界転生でもなければ、悪役令嬢転生でもないようだぞ??
神さま、貴方は世界を救ってと告げたけど、どうすりゃいいのさー。多少のゲームっぽい要素はあれど、オタ女子の出番でもない気がするんですけどー。
なんて考えていたさ、次の日の、朝までは。
八坂葵がじきに卒業することになるであろう高校に。
二学期も終了間近の十一月末にやってきた転校生。
彼を見た瞬間、全てを理解した。オタ女の知識は、理解してしまった。
「あ、昨日の……………えっと」
「八坂先輩だよ、リョウマ。八坂葵先輩」
幼さはだいぶ抜けているが優しそうな表情は変わっておらず、茶色がかった柔らかそうな髪がさらっと揺れている。彼の名前は
そんな彼の隣で葵の名前を教えている、栗色髪をツインの三つ編みにした女の子―――は、
さらにいえば。
「逃げるな、リョウマ! リンはお前を許さないんだからな!!」
「痛! こら、飛び付くなって!
今から学校なんだよ。帰ったら一緒に遊んでやるから、家で待ってろって」
「そう言って帰ってこない気だろ! リンはお見通しだ!!」
「いや、普通に帰るぞ。他のどこに帰るってんだ」
黒髪を肩のあたりで切りそろえた中学生くらいの女の子が、大滝凌馬の背中を必死でよじ登ろうとしている。
彼女は―――リン。そう、ただリンという名前の子。
「うわぉ、先輩、その子、先輩の隠し子ですか? はたまた誘拐してきましたか!?」
「どっから湧いてきた、このミステリー大好きっこが」
「はっはー、私はどこからでも登場しますとも! 先輩の奇行を観察するためならばっ!」
「奇行、言うな!」
「で、先輩わロリコン確定ってことで良いっすよね」
「良くねぇわ!」
どこからともなく現れて、リンに背後から抱きつかれている大滝凌馬の写真をパシャパシャと激写している金髪ポニーテールの女の子は―――
あぁ、知ってる。知ってるわぁ、彼女達の名前を―――――っていうか!
これって、ギャルゲーじゃん!! 泣きゲーの名作と名高い、『冬の
神さま、完全に魂のチョイスミスだわっ!? アンタ、絶対にポンコツでしょ!!
この世界に転生させるならオタク男子を選べやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
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