第17話 ウェイクアップ・リトル・マナ◇-2

◇◇◇◇◇◇◇◇



『お願い……!』


 その時、首にぶら下げた、母親の形見が輝いた。


《──》


 ほんの一瞬、誰かの声がした。


 白い光の柱が天高く登る。


 周囲に虹のような輝きが満ちる。


「──!」


 ……魔術は成った。願いは光となって私の目の前に現れた。


「◾︎◾︎◾︎◾︎……?」


 怪物が、こちらを向いて戸惑うように動きを止める。


 瞬間、私を中心にして、足元から岩礁のようなものが隆起して橋が揺れた。


「あっ、わっ……」


「◾︎◾︎◾︎◾︎──ッ」


 怪物はそれに足を取られ、膝をつく。


「マナ様っ!……いや、これならっ!」


 その一瞬の隙にオードが、怪物の身体を駆け上がった。


「オード!」


「大丈夫だ!これで──」


 オードがその背中に手を掛けた時。


 ──私の足元は崩れた。


「あっ……」


 立っている事が出来ず、体勢を崩した私は、背中から落ちた。


 落下する瓦礫、視界の彼方に去って行く橋の姿。


 激しい風が音を鳴らして耳に響く。


 橋がどのくらいの高さなのかも分からない。


 もう、体に力も入らない。


 私がこれまでいた宮殿が"空"に浮かんでいるのが見えた。


 自分がそんな場所にいたなんて、ちっとも知らなかった。


 世界にあるものは全て、あるべき姿に戻ろうとする。


 石は空にあるべきものじゃない、だから地面へ向かって落ちる。


 私も落ちて、あるべき場所へ行くのだろう。


 私はずっと、ただの石ころだった。


 空は曇って真っ白に覆われている。


 それでも、私が見れなかったモノの一つではある。


 地面に叩きつけられるまで、どれほどの時間が残ってるか分からないけれど、もしこれが最後なら。


 真っ直ぐ手を伸ばし、手をかざす。


『……届かない…な…』


 流れて行く空気を手の平に感じた。


 海を見る事は叶わなかったけれど。


 魔術はあった。私は間違ってなかった。


 馬鹿なことをしたかもしれないけれど、オードはきっと助かった。


 それでも、たった一瞬の夢でも、悪くなかったと笑ってやろう。


 そんな、負け惜しみを……


「────!!」


「っ!?」


 凄まじい勢いで黒い何かが横切った。


 オードが戦っていた白黒の怪物だ。


『……そんな、オード……』


 あと少し雲を眺めていたかったけれど、もう時間切れらしい。


 目を閉じる。


 アレに噛み砕かれるのも、地面に落ちるのも変わらない。


 さあ、夢から覚める時が──。


「マナ様!!手を!!」


「えっ……?」


 私の手を掴む誰か。


 誰かは私を引き寄せて抱き留めた。


 硬い男の人の感触。


「待たせた」


「ど、どうして……」


「俺はマナ様の騎士だからな」


 顔を上げた私の目に映るのは、風に舞う黒髪、紅蓮の瞳。


「…………遅い…死ぬ…思う」


「済まなかった。だがもう問題無い」


「どうして……?」


「下を見てみろ」


 オードに言われるがまま、自分が落ちるはずだった先を見る。


「あ──」


 遥か遠くその先に霞む山々、足元に広がる広大な都市、空を行く船。


 壁のない景色。


 彼方まで広がる丸い地平線、そのどれも私が話でだけ知っていたモノ。


「……これは……外…世界」


 それは手を広げても、どこまでも続いていた。

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