第14話 パラダイス・ロスト◇-2

◇◇◇◇◇◇◇◇


「聖女様!早くここを出よう!」


 庭園を出た私の前に、息を切らして駆けつけたのは彼だった。


「なんで…?」


「今はその話をしている場合じゃない!この国は荒れるぞ!」


「あっ」


 珍しく慌てた様子のオードは、私の手を取って抱き抱える。


「我慢してくれ、聖女様の体力じゃ一緒に走れないからな!」


 そして、私を抱えたまま走り出す。


 宮殿の景色が過ぎ去っていく。


「……わかった…でも…私…歩く」


 でも、出来る事なら初めて踏む外の地は、自分の足で踏みたい。


「そうか……そうだな!だけど少し待ってくれ!必ず願いは叶える!」


「……うん」


 何故か分からないけれど、私は呆然と彼の顔を眺めていた。


 前を向いている彼の真っ赤な瞳。


 私とは違う色のそれを見ていると、なんだか動悸が激しくなってきた。


 ……私は大丈夫なんだろうか。


 今更、外に出るのが怖くなったのかも知れない。


 外への不安と期待、未知への恐怖、お父様への後悔、二人への怒り、頭の中が感情で渦巻く。


 自分でそう思っているだけで、本当はハインリヒやアンナの言うように、私はまともじゃないのかも知れない。


 言葉だって上手では無いし。


 自分一人で何か出来るわけでもない。


「おーど」


「なんだ?」


「私は、大丈夫…?」


「大丈夫だ。俺を誰だと思ってる」


 ……あっさり肯定されてしまった、でもどう言う意味かよく分からない。


「……?おーど?」


「俺はこれでも、それなりに強い方なんだ」


 真面目な顔で言う彼、それがどんな事なのかは分からないけれど、きっと自信にはなるんだろう……信じていいのだろう。


「それを、初めて聞く」


「信じろ、俺は聖女様の盾であり剣だ」


「もう…聖女は、違う」


「あー…いや、なら何て呼べばいい?」


「……私は、呼ぶ時…名前…おーどは、違うの?」


「不敬……というかその…」


「私は、許す…問題は、ある?」


「……わかった、わかったよ!マナ様!これでいいか!」


「顔は、赤い?」


 顔がほんの少し赤くなったオード。


「気の所為だ」


 そう言って顔を背ける。


「様を、いらない」


「そこは線引きだ」


「意味は、なに?」


「分からなくていい」


 ……少なくとも、一人はいるのかも知れない。


「そろそろ外に出るぞ!」


「うん……」


 "どれだけ怖がっても、〈時〉というの来てしまう、どれだけ逃げても時必ず追いついてくるのだ。〈時〉という猟犬は"


 いつか、お父様が私に言った言葉を思い出した。


 その意味がやっとわかった。これまでただの音の集まりでしかなかった言葉の意味が。


 私は……やってくる時を迎え入れるとしよう。


 転がる石に過ぎなくても、"そこ"まで運ばれているのだから。

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