第13話 パラダイス・ロスト◇-1

「もう聖女は不要だ。国から消えろ」


「お姉様ご心配なく!婚約も解消ですの!」


 庭園に訪れた二人、ハインリヒ第三王子と妹のアンナはそう告げた。


「どういう…意味…?」


 私が聞き返すと、ハインリヒは舌打ちをした。


「陛下が亡くなった。よって聖女なんて古臭い制度、もういらない。強制されたお前との婚約もこれで終わりだ」


「……?お父様…亡くなった…?」

 

 突然の事で、何が何やら分からない。


「"白痴"のお姉様に分かりやすく言いますの!ハインリヒが皇帝になりますの!」


 アンナは微笑みながら説明した。


「……?」


「よーするに、外に出ても良いってことですの!」


 けど、何を要約したのか全然分からない。


「外……?」


「お姉様を閉じ込める役職も、怖ぁいお父様も"消え"ましたの!この帝国から出て行くことが出来ますの!」


 今更、私を白痴扱いする事に何か思ったりしないけど……消えた……?


「どうして…お父様…消え…る?」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「事故ですわ、事故!それは痛ましい事故でしたの!」


 何を言われているのか理解できなかった。


 ハインリヒは、皇帝になると言う。

 

 お父様……皇帝は事故で消えたと言う。


 そして、それを笑顔で話すアンナ。


 ……ああ、そうか。


「……お父様は、殺──」


「あまり余計な言葉を口にするなよ、マナ」


 私の言葉を遮るハインリヒ。


 もう十分だった。


 ……殺したんだ、実の父親を。


 血の繋がった私の家族を。


「何故……お父様……は」


「説明する必要があるか?お前に?」


「知らない方が良いこともありますの」


「……っ」


 言うつもりは無いらしい。


 私は呆然と、ただ、父が亡くなった事実を感じていた。


 もう会えないと言う事実だけが、私の目の前にあった。


 何もかもから、切り離されたような気がした。


「……わかる、ました…騎士…一人…連れて行くます…いい?」


 頼れるのはオードしか思いつかなかった。


「さ、さっさと出て行くといいですの!」


「生かしておくだけで感謝しろ。まあ、宮殿の外に出たところで、暴君の娘が無事に国外まで行けるかは、知った事では無いが、くくっ」


 妹のアンナは愉快そうに微笑み、婚約者だったハインリヒは、見下すように言う。


 悔しい、でも今は自由を得たこと、それだけで十分だと思うしかなかった。


 オードのお陰で彼らが何を言っているのか聞き取れるようにもなった。


 もう、私をここへ留めるものは何もない。


 唯一の肉親すら、この世から居なくなってしまったんだから。


「なんだ?そら、早く負け惜しみの一言でも言ってみろ」


「…ない…言葉」


「……お姉様、悔しくないんですの?」


「……意味…ない」


「おかしいですの!これだけしてるんですの……なんとか言ったらどうですの!」


『いえ、げるめ、えふしゅふぇけて』


「また訳の分からん言葉か」


「……なんて、言ったんですの?」


「貴方達…それ、を後悔する」


「はははっ!言ってろ!所詮ただの小娘、何するものぞ!」


「……あの正義の味方気取りと、さっさと国を出るといいですの」


 嘲笑うハインリヒと、俯いたアンナに背を向けて、私は庭園の外へ一歩を踏み出した。

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