第10話 ドミニオン・オブ・ソード◆-1


 第二王女の私室に呼び出され、何故かお茶の席に座らされていた。


 侍女も使用人もいない奇妙な席だった。


「お前、何をしてるか、わかっていますの?」


 第二王女の表情は、聖女様の庭園に居た時とはどこか微妙に違い、落ち着いたものだった。


「……欺瞞であることは」


「直情的な馬鹿では無くて助かりますの」


「ご用件をお伺いしたく存じます」


「単刀直入に言いますの、我々の計画に協力するんですの」


「計画とは……」


「それは──」


「僕が主導する蜂起だ」


 部屋に入ってきたのは、第三王子のハインリヒだった。


「クーデター……でしょうか?」


「そうだ、この国の法は簒奪をも許容している」


 席に着いたハインリヒは、アンナが淹れた紅茶を口にした。


 簒奪……この男は陛下の命を狙っているのか。


「そして、お前はアレと共に、"行方不明"になってもらう」


「……何を」


 陛下ばかりだけでなく、聖女様の命すら?


「待ちますの。殺気立つところじゃ、ありませんの」


 俺の気配を察知したのか、アンナが口を挟む。


 殺気立つところじゃない……?


「聖女は反逆の大義名分にされる。故に、消えてもらう。公的には失踪として扱うがな」


 ……要は追放ということか。


「差し出がましいようですが、その意味を理解していらっしゃるのでしょうか?」


「暴君は消えるべきだ、聖女もな。必要ない古いモノは消し去る」


 人の命を古いモノの一言か。


「気に喰わないモノを排除したいだけでは?」


「むしろお前には得だろう?アレでも見た目だけは一級品だ」


 酷い言い草だ……それが婚約者に対する評価か?


「そうですの。アホのお姉様や、お前に罪を着せて処刑するなんて簡単、見せしめにする分には、少なくとも臣民の鬱憤は晴らされますの」


「……殿下の鬱憤の間違いでは?」


 つい、口が滑った。


「貴様……ッ!」


「どうどう。落ち着きますの、お互いに。我々はあくまで建設的な交渉を望みますの」


「……知り得ませんでした。建設的な交渉というのは、そちらが有利な条件を一方的に押し付ける事を言うとは」


「…どこが一方的ですの?」


 分からないようなフリをするアンナ。


「こちらに得がありません」


「はは、貴様らは命よりも高価な対価を望むのか?」


 嘲笑するような言い方をするハインリヒ。


「殿下、それは対価ではなく、前提条件では?計画に協力するのであれば、身の保証は──」


「貴様、身分と立場を弁えろよ?」


「……お兄様、褒美を与えないと民草は働きませんの、それを殺さずに置いてやるなんて事を言っていたら、いずれ殺されますの」


「……アンナ様はよくご存知のようで」


 知ってて何故放置していた?


「殿下は下の者と接する機会が少なかっただけですの!それをモノを理解できない愚か者扱いするのは、私が許しませんの!」


 擁護して無い上に、遠回しに馬鹿にしているようにも聞こえかねないが……。


「そ、そうだ!僕は王となるのだ!些事は配下が考えればいい!僕が考えるのは新しい帝国の秩序だ!」


 些事、か。人の命を些事と言えるのか。


「亡命先、資金、旅に必要な"足"に、物資、身分の保証する物、通行証或いは手形。騎士の小隊にそれを指揮する者、脱出に関する計画の全権」


「大きく出るではないか、お前らにそこまでの価値が有るとでも?」


「これは前提です」


「……は?」


「確実を考えるなら、これでも不十分でしょう」


「図々しいにも程があるぞ!」


「殿下、一人で旅をした事はありますか?」


「あるわけないだろ、それがなんなんだ?」


 訳が分からないという顔をするハインリヒ。


「分かりませんか?」


「僕の質問に質問で返すな!」


 やはり何の保証もないと。


 俺が陛下や他の王子に密告しない理由は無い、……断れば間違いなく聖女様の命は無い。


 ……だが、これを受ければ陛下を見殺しにするのと同じ……陛下を……聖女様の父親を……


 これが忠誠を試すための何かならば、どれだけ良かったか。


 聖女様を確保しつつ、彼らの首をもって陛下の元へ自首した方が余程……


 俺が死罪になる可能性は高い、だが、それはこの話を蹴っても、行き着く先は変わらない。


 どうせ死ぬのなら、価値のある使い方をするべきだ。


 あの待遇とは言え聖女様にとっては、まだ父親が生きている方が余程──


「なら──」

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