第8話 パート・オブ・ユア・ワールド◆-1


「ちょっと…待つ!」

 

 聖女様の食事を持っていくと、俺を待っていたのか、開いた扉の目の前にいた聖女様が俺を押しのける。


「お、おい、食事は──」


「もらうっ!」


 俺から食事をひったくるように回収して、扉は閉められた。


 それから暫くして扉が開くと、今度は食器の下に敷いていたプレースマットで顔を覆い隠された。



◆◆◆◆◆◆◆◆


「聖女様?……それで俺に見せたいものって何だ?」


「海!」


 俺の後ろからそう言う聖女様。


 最近、彼女は少しずつ元気になって来た。


 起き上がっている時間も少しずつではあるが伸びてきた。


 流暢に喋るのはまだ苦手らしいが、聞き取りはかなり上達したらしい。


「海?どう言うことだ……?」


「海は作う…作る、した」


「海を、な。……というか作った?」


「そう、海を作るし……作った」


 彼女が何を言っているのか、何を伝えたいのか分からないのは時々あったが、言葉が通じている状態で、ここまで全く分からなかったのは初めてだった。


 だが、彼女の正気は疑いようもないし、摂取させる量は確実に減らしてきた。


 今更そんな事は無い筈だ。


 でも、作ったって一体なんだ?


「おーど…信じうは、ない?おーどは?」


「え、いや、そんな事ないぞ」


「ちょっと…しゃがむ、ここ」


 聖女様に手を引かれて、促される。


「しゃがんだ」


「うん…いい…」


 柔らかい何か俺の額に触れた。


『るぅなふ、いぶるぐんとむ、ぶくとらぐる』


 聖女様の声で分からない言葉が、頭の上辺りから聞こえた。


 ほんの少し目眩似た感覚が襲う。


「目……開けう」


 言われた通りに、目を開いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆



 庭園はいつもと違い、青い光に照らされていた。


 どうやったか分からないが、ステンドグラスが青く染められているらしい。


「……これは」


「これ…は、海!」


 壁も青く染められ、複雑な紋様と図形の組み合わせで魚や海獣の姿が描かれ、様々な色に彩られていた。


「あれは、いるか…くじら…さめ…」


 指差して教えてくれる聖女様は、子供のように無邪気な顔をしていた。


 だが、そこにあるのは子供が描くようなものではなく、宮廷の壁画や芸術品と相違ない緻密なものだった。


「じゃあ、あれはタコか?」


 にょろにょろとした腕のような物を広げた絵を指す。


「違う…おうむがい」


 違ったらしい。


 描かれたモノは、どれも俺の知る姿とは微妙に違う姿をしていて、恐らく誰かに聞いたものを描いているように見えた。


 どれも絶妙に一致しない。


 まあ、それをいちいち言う気にはならなかった。多分、これが彼女の世界なのだから。


 それを曇らせるような事は言いたくは無いし、やりたく無かった。


 海のことを話す彼女の、楽しそうな笑顔を見たことがある者なら、絶対にそうする筈だ。


「陛下に教わったのか?」


「そう!お父様!絵…描く!」


 ……陛下はそうだったのだろうか。


「あと、ふかみる」


「フカミル?なんだそれ」


「あれ」


 何処からから持ってきたのか、珊瑚のようなものまで、植えられている。


「なんだあれ……」


「生えう、した」


 ……珊瑚は陸に生えてくるものなのか?


 しかも室内庭園に……?聖女様がこの部屋から出るとは思えないが……


「……すごいな、一人でやったのか?」


「違う…鼓笛隊…一緒」


「鼓笛隊……?どこにそんなのが……」


 いるわけが無い、そう思った瞬間──

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