第6話 ローリング・ストーン.◇


 お父様が庭園に来なくなってから暫く。


 また、世話係の騎士が変わったらしい。


 珍しい黒髪、細身だけれど筋肉質な体つき。


 その青年は跪いて、私に何か話しかけていた。


 薬のお陰で意識が体から離れ、私がその誰かと話しているのを眺めていた。


 夢を見ているのとあまり変わらない。


 それが幸福な夢か、そうじゃないかって言う違いなだけで。


 どうせ何も変わらない、変わりようが無い。


 ここに来る騎士は、第三王子のように暴力を振るったりはしない。何もしないだけ。

 

 そしていつの間にか、いなくなる。


 お父様みたいに話してはくれない、何もしてくれない。


 彼らは私のことを名前で呼ばない、だから私も彼らの名前は知らないし、聞いても教えてくれない。


 私をここに閉じ込めておく為の見張りのようなもの。


 ……でも今回は何かが少しだけ違った。


 彼はお父様が新しく決めた騎士だと言う。


 私は、語りかける青年と寝ぼけた私の会話を眺めていた。


 夢の中にいる私が、子供のように拙く話す言葉を、彼は真面目に聞いていた、聞いてくれていた。


 彼は私と普通に話してくれていた。


 私をちゃんと、一人の人間として接してくれていた。


 不思議な気分だった、どうしてそうしてくれるのか、分からなかった。


 気がつくと、私は彼の目を見て直接会話していた。


 真っ赤な瞳をしていた。私が見たことのない赤色の瞳だった。


 お父様がいつか言っていた、お母様の赤い瞳は……多分こんな色をしているのかも知れない、そんなことを思った。


 私を眺める私は何処かに行ってしまった。


 私は、叶うはずのない事を彼に話していた。


 外に出て海へ行きたいなんて、


 そんな、叶うはずのない夢を。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 乱暴に開かれる扉、桜色の髪を揺らして足早に入って来る少女。


「へぇ、お姉様、今日◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎顔◾︎していますの、何◾︎良い◾︎◾︎◾︎◾︎?」


 騎士の彼がいない間に、庭園にやってきたのは義理の妹、アンナだった。


「……知う、ない」


「否定◾︎◾︎◾︎◾︎ですの。◾︎◾︎しますの」


 詰め寄ってくるアンナはニヤニヤしていた。


 余計な事は言わなくて良い、この子の性格は姉である私が一番よく分かってる。


 言ったら最後、いつまでもそのことでネチネチといつまでも言ってくるから、絶対に言わない。


「ない…」


「ま、気◾︎◾︎◾︎話◾︎◾︎◾︎、どーでもいーですの。◾︎◾︎◾︎これ◾︎やるですの!」


 アンナが私の手元にドサリと落としたのは何かの書類だった。


「なんで、やう、ない?」


 アンナは私と違ってきちんと教育を受けている筈なのに、その課題や何やらを私に押し付けてくる。


 ……幾何学や計算ばかりなのを見る限り、私に言葉を覚えさせるつもりはないらしい。


「なんで私◾︎、◾︎◾︎◾︎程度◾︎低い◾︎◾︎やらなければなりませんの?その為◾︎お姉様、その為◾︎◾︎ですわ、◾︎◾︎◾︎やる◾︎◾︎◾︎ないでしょう」


「そう…」


 この退屈な庭園ではそんな押し付けられたものでも、ないよりはマシなんだと、そう思うしかない。


「文字◾︎読めねー◾︎◾︎でも、計算◾︎◾︎◾︎、出来る◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎ですの。あ、◾︎◾︎お姉様◾︎名前◾︎◾︎借りましたの、お姉様◾︎領地◾︎◾︎◾︎ですから◾︎◾︎ですの!」


「…そう」


 この子は何をしてるんだろうか。


 聞き取れていない言葉の意味が分かったらその意味も分かるのだろうか。


「……つまらないですの、馬鹿◾︎◾︎◾︎◾︎そんな◾︎◾︎だと……なら望み◾︎◾︎、◾︎◾︎してやりますの!好きなだけ◾︎◾︎◾︎ていれば良いですの、アホ◾︎お姉様◾︎◾︎◾︎使われるしか◾︎◾︎無い◾︎◾︎──」


 何か気に食わなかったらしく、手を振り上げる。


 この子はすぐ癇癪のように手が出るから困る。


 目を瞑って耐えようとした。


 けれど、アンナの手は、私を打つ事は無かった。


「──◾︎◾︎◾︎◾︎、失礼致します」


 その手を掴んでいたのは、オードだった。

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