第3話 アイ・アム・ア・ロック◇-3

ここ最近、この庭園に訪れるのは彼と妹くらいで、お父様の顔は暫く見ていない。


「◾︎◾︎、何◾︎聖女◾︎。◾︎◾︎寝て◾︎◾︎だけ◾︎はないか、お前◾︎◾︎、帝国◾︎◾︎◾︎◾︎そのものだ」


 私を見るなり顔を顰めるハインリヒは、かなり機嫌が悪いようだった。


 私とスカール達が使う言葉と、彼らが話す言葉はまるで違う、"言いたいこと"くらいしか分からない。


「何◾︎?その◾︎は?」


 ハインリヒは私を睨み付けていた。


 薬が効き始めたのか、意識が身体から離れて、自分を外から観察しているような気分になる。


「ごめん、なさ──」


「"白痴"◾︎、俺◾︎言う◾︎◾︎◾︎意味◾︎◾︎◾︎分からない◾︎◾︎◾︎◾︎ないか、すまなかったなぁ!」


「うっ」


 近寄ってきたハインリヒが私を蹴った。


 "白痴"──彼は私のことをそう呼ぶ、いくら言葉を知らなくても、それが蔑称であることだけはわかる。


 それを口にする時の彼の振る舞いで、私はそれが何を意味するのか覚えたのだから。


 薬も効き始めたのか、慣れているからか、何をされても、もう痛みも何も感じない。


「◾︎◾︎みたいな、知恵◾︎れ◾︎◾︎◾︎、何故、結婚せねばならない?一生、お前◾︎◾︎◾︎◾︎世話◾︎して生きろと?◾︎◾︎じゃない!」


 私の手から落ちたお母様の形見が、転がって行くのが見えた。


「や、ぇて…」


「痛がるフリ◾︎◾︎◾︎するな!◾︎◾︎。何◾︎しても◾︎◾︎◾︎◾︎治る◾︎◾︎◾︎◾︎、お前◾︎俺◾︎出来る◾︎◾︎◾︎◾︎にある◾︎◾︎◾︎?お前◾︎口◾︎◾︎◾︎良い◾︎◾︎、感謝◾︎言葉◾︎◾︎◾︎!」


 そう言って、私を踏み続ける。


 薬のお陰でそこまで苦しく無いのが幸いだった。


「言え!◾︎◾︎◾︎くださって、ありがとうございますとな!」


「……ぃや」


「このっ……!◾︎◾︎◾︎反抗◾︎◾︎目◾︎……!◾︎◾︎のよう◾︎◾︎◾︎いる◾︎◾︎……ん?何◾︎これは」


「あっ」


 ハインリヒは何かを拾い上げた。

 

 それは執事風の服を着せられた人形、笛を持った人形、そして緑色の人形。


 彼らの姿は、他人には物言わぬ人形にしか見えない。


 それか、彼の言うように私の方がおかしいのだろうか。


「….…◾︎◾︎歳◾︎人形遊び◾︎?」


「やぇて…」


「なんだ?◾︎◾︎◾︎◾︎、大事◾︎◾︎◾︎◾︎?◾︎◾︎◾︎◾︎発音◾︎◾︎」


「ぁ、大切…やぇて…や…め、て」


「◾︎◾︎◾︎、じゃあ◾︎◾︎◾︎◾︎」


 そう言って微笑むハインリヒ。


「よかっ──」


 しかし、人形はバラバラに引き裂かれた。


「……何……で?」


「こうすれば、◾︎◾︎◾︎気味◾︎悪い、独り◾︎◾︎無くなるだろう?良かったな、これで◾︎◾︎◾︎されず◾︎◾︎◾︎だろう!」


「ひどい……」


「黙れ。◾︎◾︎◾︎石ころ◾︎、俺◾︎◾︎◾︎◾︎石ころ◾︎しか無い。無価値◾︎、◾︎◾︎◾︎ない◾︎◾︎◾︎、相応しい◾︎◾︎◾︎!」


「私…聖女…魔術…封印」


「そんな"迷信"、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、陛下だけだ。それ◾︎◾︎◾︎◾︎教えた◾︎◾︎、陛下だろう。いい加減◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎は何◾︎意味◾︎◾︎◾︎、閉じ込められてるだけなんだってなぁ!」


 迷信、聖女の役目は何の意味もないと言われているらしい。


 私が何をしているのか、何の為にここに居るのかも、誰も知らない、誰も認めない。


「お父様……言う」


「狂った◾︎◾︎◾︎何◾︎分かる。◾︎◾︎、そうだとして、◾︎◾︎、そう言った◾︎◾︎◾︎放置している?陛下◾︎分かっているんだよ、◾︎◾︎◾︎何◾︎価値◾︎無いって事をなぁ!」


 そうして、私はなすすべもなく、暴行を受け続ける。


 お父様も、誰も、私を認めている人間など、どこにもいない。


 私の視線の先で、暗い虹色の宝石は何も反射しない。


 形見は私を助けはしない、所詮、ただの石に過ぎないのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私は大丈夫だった。


 私も石ころだったから。


 石ころは痛みを感じない。


 そして石で出来た島は決して涙を流さない。


 私は……多分、石ころだった。

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