昇竜拳は出せるが外に出られない

あq

昇竜拳は出せるが外に出られない

多くの格闘ゲーム初心者プレイヤーを挫くのがコマンドシステムだ。十字キーかスティックを特定の順番に入力して攻撃すると特殊な必殺技が出る、というものだが、例えば遠距離技である波動拳の↓↘→+Pだって、頭では四半周させればいいと分かっていても、最初はなかなか出ない。上空の敵を落とす昇竜拳コマンドの→↓↘+Pに至っては、初心者は指をどう動かしていいかすら分からない。

しかし出せないままに格闘ゲームを続けることは難しい。波動拳や昇竜拳で戦略の幅は大きく広がるからだ。グラセフでチートコードを使うか使わないかくらい違う。公道を走る中で最も高い車を盗んだって、相手がヘリコプターからロケットランチャーで狙撃してくるならどうしようもない。

だから、僕は猛烈に反復練習をした。ウメハラがそうしろと言っていたし。

1日目は手元や入力履歴を見て自分の指がどう動いているのかを確認する必要があった。2日目になると、なんとなく自分の中に残る動作の印象で出るか出ないか、どのように入力が間違っていたかを察知できるようになった。そして3日目には、ようやくほぼ完璧に昇竜拳を出せるようになった。昇竜拳を出すぞ、と脳内で思った頃には動作が開始していて、→↓↘+P等と考える頃には動作が完了している。完璧だ、これで準備は完了した。オンライン対戦で並みいる強豪の仲間入りをするとしよう。

そう考えた時に、非常に空腹であることに気づいた。気がつけば、もう5時間もぶっ通しでトレーニングモードをやっている。

食事にしよう、キッチンにパスタか何かがあるはずだ。そう考えて、僕は座ったままキャラクターのしゃがみガードを解除した。流石にひとりで笑ってしまった。格闘ゲームあるあるかもしれないが、持ちネタの1つにできるんじゃないか。

そう思ったが、それほど長くは笑えなかった。身体の動かし方が分からないのだ。目だけはぎょろぎょろと動き、冷や汗が頬を伝うのは感じる。しかし、縛られたかのように身体が動かない。その一方で、キャラクターは大いに暴れている。悪夢にもがく様に、パンチやキックを繰り出している。再びキッチンに行こうと考えると、キャラクターがキッチンの方向に戦闘態勢のままトレーニングダミーを押しのけて歩いていく。


10分ほど動かない身体と格闘していると、インターホンがなった。首が動かないから誰が来たか確認しようがない。誰でもいいから助けてくれと叫びたかったが、声も出ない。

僕は必死に考え、とにかくキャラクターを暴れさせ、来訪者に返事がないのにテレビの音はすることを不審に思わせ、窓から様子を見に来させる、という計画を立てた。望みは薄いが、今僕にできることは格闘ゲームだけだ。


「昇竜拳!」、「昇竜拳!」、……、「波動拳!」、「昇竜拳!」、「昇竜拳!」、……、「昇竜拳!」、……、「昇竜拳!」、「波動拳!」

僕は実戦ではなかなか昇竜拳が出ないものだな、と思った。

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