40話 秘伝甲冑と人生のこと
秘伝甲冑と人生のこと
おっちゃんの後に続くと、店の倉庫のような場所に着いた。
おお・・・木刀やら柔道着やらが積まれている。
学生用から大人用まで、武道関係のモノなら何でもござれって感じ。
当たり前だけど武道具店だもんなあ。
「この奥だ」
一般在庫の奥に、両開きの扉があった。
七塚原先輩でも手こずりそうな、でかくて古い南京錠が付いている。
「そう頻繁じゃねえけどな、手入れも欠かしてねえから問題はねえと思う」
扉が重々しく開いていくと、その内部が明らかになっていく。
「うお・・・」
思わず声が漏れた。
これが、おっちゃんの倉庫か。
入るのは初めてだ。
整頓された20畳ほどの空間には、古めかしい木箱が雑然と積まれている。
なんというか、ただの荷物じゃなさそうだ。
・・・俺の見間違いじゃなければ、お札がベタベタに貼ってある箱もちょいちょい見えるんですけど!?
近付いただけで呪われそうだ・・・例の別口妖刀とかもここにあったのかな?
床がコンクリなので、外よりも大分ひんやりしているのがより一層雰囲気を盛り上げている。
あと薄暗いし。
そして、木箱群に混じって布に覆われた小山がいくつもある。
あの形・・・鎧だな。
かなりの数がある。
虫干し的な感じだろうか?
「っと、コイツだ。俺の所に回ってきた時から欠品と破損はねえと思うが・・・確認してくれ」
おっちゃんがその小山のうち1つの布を持ち、ゆっくり引く。
細かい埃が舞い、その下にあるモノが露になった。
「・・・間違い、ないです。前に見たのと同じだ」
石川さんは、感慨深そうにその甲冑を見つめている。
それは、なんとも奇妙な甲冑だった。
パッと見た感じの造りはいわゆる『当世具足』って奴に該当するんだろう。
戦国時代を舞台にした映画やドラマでよく見かけるような、『ザ・ヨロイ』って感じだ。
細かく見ると違和感が凄いが。
兜の前立て・・・額の部分にある〇ンダムのツノみたいな部分がない。
見た目はかなりシンプルだ。
装飾がほぼなく、そして分厚い。
額の部分なんか、ほぼ鋼でできてるんじゃないか?
生半可な刀ならへし折りそうな感じだ。
そして、兜は面頬と金具で連結されている。
面頬の方も髭や装飾はなく、ただ空気穴だけが空いている。
うーん、常軌を逸したシンプルさだ。
胴鎧の部分は、薄い鉄板が何層にも重ねられているタイプだ。
・・・しかしよく見ると、鉄板は糸ではなく鎖で固定されている。
また、何層もの鉄板の下も分厚い鉄板だ。
内側には布が貼ってあるが、無茶苦茶重そうだ。
さらに草摺・・・股間から腿を覆う部分だが、それも鉄板。
やはり鎖で鉄板が固定されている。
肩と、太腿の部分に鎧はない。
後は手甲と脚絆があるばかりだ。
これは・・・空手というか格闘の時に邪魔になるから排除してる感じか?
残る手甲と脚絆だが、なんか見覚えがあるなー・・・と思ったらアレだ。
牙島で石川さんが付けてたハンドメイドのモノにそっくりだ。
だが、いかにも突貫工事といった感じだったアレと違ってこちらは造りも細かい。
指や手首足首の部分は蛇腹状の加工がされていて可動しやすそうだし、それ以外の打撃に使う部分は頑丈そうだ。
後藤倫先輩の手甲よりも、一回り以上分厚い。
「しっかしこれ・・・いったい何キロあんだよ・・・」
通常?の具足が20キロ前後だったっけ?
そんなに詳しくないからわからんが・・・どう見てもそれより重そうだ。
有体に言えば鉄の塊だぞ、塊。
普通の具足は布や糸の部分もあると思うが、こいつは・・・
「これだけなら大体25キロってところだな、そして・・・こいつだ」
おっちゃんはとんでもない発言をしながら、脇から何かを取り出す。
それは、鎖帷子だった。
だが、全身を覆うものではない。
首から上腕の部分と、腰から太腿の部分に分割されている。
「これを合わせればまあ、30キロいかねえぐらいかな」
「米俵じゃん・・・大丈夫なのこんなの着て」
「馬ぁ鹿、南雲流と違って貫水流だぞ。どっちが優れてるってことじゃねえが、こと肉体を頑強にするって分野じゃ大違いだ」
確かに。
我が南雲流は回避とカウンター、そして最終的には相討ち狙いの為に防御を軽視しがちの部分はある。
あの甲冑の制作理念は真逆だろう。
敵の攻撃をすべて受け止めたうえで、粉砕するための鎧だ。
「ともかく、どうだい石川さんよ。何か足りねえ部分はあるかい?」
おっちゃんの問いかけに、甲冑を見つめていた石川さんは息を吐いて答えた。
「・・・いえ、これで完璧です。完璧な『
それが正式名称なのか。
絶対に何をしても壊れない、という四字熟語。
ううむ、名は体を表す。
「急がねえんだろう?試着して庭先で動いてみな。爺の手慰みだが、ちょいとした調整はできるぜ・・・俺より若ェんだから遠慮すんじゃねえぞ」
「いえあの・・・いや、はい。お世話になります」
石川さんは、何かを言おうとして言えず。
頭を深々と下げるばかりだった。
・・・おっちゃん、なんだかんだ言っていい人だなあ。
しっかしここ、他にもいろんなモンがありそうだな。
前に『危ねぇ』なんて言ってたから、もっとヤバいものがゴロゴロしてるのかと思ったよ。
・・・札付きの木箱からは目を逸らしておこ・・・う?
「・・・あの、おっちゃん、奥にまだ扉があんだけど」
「おう、入るか?見りゃわかる程度の有様だがよ」
「・・・謹んでお断りするわ」
この倉庫の、さらに奥。
その壁に、まだ扉があった。
おっちゃん宅の面積から、その扉の向こうはたぶん・・・10畳くらいだろう。
だが、問題はそこじゃない。
その扉には、ここへ入る時にあったような南京錠が5つ。
そして、扉全体に霊験あらたかそうなお札が所狭しと張り付けられていたのだ。
「ま、よさそうなモンを見つけたら探しといてやるよ」
「呪われない感じのアレでよろしくね・・・」
幽霊なんて見たことはないから何とも言えない。
言えない、が。
見えてる地雷に突撃するほど、さすがに俺はアホじゃないのだ。
・・☆・・
「元気かレオンくんよ、今度ウチの馬に会ってやってくれよ。でっかいからビックリすんだろうけどな」
「ぎゃぁう!くるるぅ!」
縁側に座り、膝の上にいるレオンくんを構っている。
食い物か、それとも風呂の影響か・・・もしくは愛情か。
どんどん毛並みと毛艶がよくなるな。
いいことだ。
「田中野さん、お茶です」
「あ、こりゃどうもありがとうございます」
小鳥遊さんがお盆を持ってきた。
その上には、湯気を立てる湯呑と・・・手作りっぽいおかきの姿が!
デラックスだ・・・
「レオンくんにはこれよ、はい」
「きゃぁう!ぎゃるぅ!」
俺の前にお盆を置き、小鳥遊さんは何かを手の上に乗せた。
それを見たレオンくんはすかさず走り寄り、目を輝かせながらその膝に縋り付いている。
食いつきが凄い。
「なんです、それ?」
「ふふ、干していたタケノコですよ。水で戻したのでレオンくんにも食べられます」
はー、なるほど。
タケノコも食うのか、レッサーパンダ。
・・・考えてみりゃ笹食うんだし当然?か。
はぐはぐと美味そうにタケノコを貪るレオンくんを見ながら、俺もお茶を飲む。
うーん、おいしい。
「小鳥遊さんも狩りで大活躍してるみたいですね、お世話になってます」
「い、いいえそんな・・・猟師さんが減って獣の警戒心が薄れてるから、簡単に狩れるだけですから・・・」
謙遜しているが、弓の腕のお陰だろう。
大会で優勝するくらいの腕前なんだし。
「法律では、弓での狩猟は禁止されているんですけど」
「法律はお亡くなりになったので無問題ですな、ハハハ」
そんなことを話しながら、縁側でくつろぐ。
あ、そういえば。
「由紀子ちゃんたちの姿が見えませんね、美玖ちゃんもいないや」
「あの子たちは隣の家ですね、おばさんに裁縫を教わっている時間ですよ」
「裁縫教室か、そりゃいい」
おばちゃんは裁縫の名人だもんな。
この状況だと、そういうスキルはあった方がいい。
そのうち服でも作れるようになってるかもしれん。
そうなったら、いつかスウェットでも作ってもらおうかな。
「おうボウズ、香ちゃんもいんのか」
おっちゃんが庭に入ってきた。
その後ろには・・・おお。
「・・・かっこいいですねえ、石川さん」
「がはは、だろう?」
先程の『金剛不壊』をしっかり着込んだ石川さんがいる。
重そうに見えるが、驚くほど鳴る音が小さい。
内側に貼ってある布や革が、消音になっているんだろうか。
だが、踏みしめた庭の地面はかなり沈んでいる。
・・・俺なら動くだけでもしんどそうだ。
「かなり体形に沿っているハズだから、体感の重量はマシだろうな。どうだい?」
「ええ、ちょいと動かせてもらいます」
おっちゃんに答え、石川さんは庭の中央まで歩いて行く。
見慣れない甲冑お化けが怖かったのか、レオンくんが戻って来て抱き着いてきた。
かわいい。
「ふうぅ・・・ッシ!!」
肩幅に足を開き、息吹を吐く石川さん。
そのまま腰を落とし、正拳突きの体勢へ。
「ッハ!ッセィ!ッハ!ッセィ!」
発声と同時に、手甲に覆われた左右の拳が空気を断ち切る。
重量を感じさせない速度だが、風鳴りは冗談みたいにでかい。
石川さんは何往復か拳を放った後、型をなぞるような動作に入る。
今までのは準備運動って訳か。
「ッハ!!」
踏み込みながら小さく蹴りつつ、恐らく敵の喉の部分に貫き手。
今のは、相手の足を折りつつ下がった喉を潰す動きかな?
「エェイ!!」
今度は左手を頭上に振りつつ、右正拳を中段へ。
攻撃を受け止めつつのカウンター・・・かな?
「オォッ!!」
右の中段蹴り。
爪先を鳩尾にねじ込んでいる。
「ッシ!!」
今放った蹴り足が地面についた瞬間、軸足へとシフト。
そのまま勢いよく後ろ回し蹴り。
勢いのついた足が轟音を上げる。
「ふぅう・・・!」
息を吸い込みつつ、溜めの動作。
「ッケェエイ!!」
一瞬の溜めの後。
左、右と連撃の蹴り。
左は上段蹴り。
そして右は下段蹴りだ。
あんな鉄の塊を着てて、よくもまあ機敏に動けるもんだよ。
恐るべし、貫水流。
蹴りを放ち、石川さんは息を吐きながらゆるりと姿勢を戻す。
「ほいよ」
と、体から力を抜いた瞬間におっちゃんが死角から大きな薪を放り投げた。
このままだと、後頭部に当たる軌道だ。
「―――ェアッ!!」
石川さんは振り向きもせず、右の裏拳を放った。
手甲によって、空中の薪は粉砕されてコンパクトになる。
木片が散らばる中、残心も見事なものだ。
「見事、見事。いやあ、わかっちゃいたがそいつを着込んでよく動くもんだ・・・気になるところはあるか?」
「いえ、驚くほどよく動きます。まるで体に吸い付くみてえに」
構えを解き、石川さんが全身を動かす。
軽くジャンプもしているが、動きの軽さに反して振動がすごい。
おお、レオンくんが目で追っている。
まるでヘドバンだ。
「・・・うん、各所にガタつきもねえな。どうしても鉄の塊だからよ、錆には気をつけな・・・錆止めもオマケしといてやる」
「・・・何から何まで、本当に・・・」
「やめろやめろ、こっちは倉庫から重てェ在庫が消えて万々歳だぜ。竜義にゃあ世話になったしな、義理とはいえ息子に恩返しも兼ねてんだよ」
その後、しばらく各部の動きを確かめた後、再び石川さんは去って行った。
脱いで運びやすいようにまとめるらしい。
「香ちゃん、俺にも茶をくれねえか」
「あ、はーい!」
小鳥遊さんに注文しつつ、おっちゃんは縁側の俺の横へ腰かけた。
「・・・ボウズ」
「ん?」
おっちゃんは、先程までの好々爺っぽい表情が嘘のように暗い。
小鳥遊さんには聞かせたくない話、なのかな。
そのためにお茶を頼んだのか。
「あの石川っての、辛ェな」
ぼそり、と呟くおっちゃん。
「・・・わかるの?」
「知ってるさ、そりゃあよ。アイツの義父たあ50年来の知り合いだったからな・・・例の事件も、その後の顛末も、全部知ってる」
おっちゃんが、天を仰いで息を吐く。
「―――今日話してわかった、アイツには『未来』がねえ」
「・・・未来?」
・・・聞きはしたが、俺にもなんとなくわかる。
「大事なモン、守りてえモン、命より大切なモン・・・それが、もうアイツにはない。この世に、未練が残ってねえんだ」
牙島でのことを思い出した。
『もう俺には復讐しか残っていない』
そう、血を吐くように叫んだ石川さんを。
「閉じてんのさ、アイツの人生はな。たぶん、妻子が死んじまった時によ」
「・・・だろう、ね」
守るために死ねと言われたなら、喜んで死ねただろう。
そんな対象が、この世にもういない。
・・・それは、どれほどの地獄だろうか。
俺にとってのあの子のように。
「ボウズ、お前はな・・・ああは、なるんじゃねえぞ。お前の人生はな、まだ閉じちゃいけねえんだ・・・復讐とかそういうのは別にしてな」
「・・・」
石川さんが復讐を果たした時、彼はどうなってしまうんだろうか。
俺も、本懐を遂げた後・・・どうなるんだろう。
まだ、考えもつかないことだが。
「・・・野暮用が終わった時に、考えるさ。その時に生きてりゃね」
「おう、しっかり考えな。60年は考えるんだぞ」
「ぎゃあぅ!」
『そうだぞー!』みたいなニュアンスでレオンくんも吠えた。
「生き急ぐほど、お前はまだ生きちゃいねえだろう・・・あ?なんだそのツラ」
「あー、夢の中で大師匠に・・・いや、うん」
おんなじこと言うんだもんな。
それほど、切羽詰まった顔でもしてんのかね、俺。
「よくわかんねえボウズだな・・・まあ、それだけすっ呆けてりゃ大丈夫か」
「ひっでえ判断基準だな、おい」
何が気に入ったのか、おっちゃんの表情が元に戻った。
そのすぐ後に小鳥遊さんがやってきて、俺達は3人・・・途中で合流した石川さんも入れて4人でお茶を楽しんだ。
たが、さっきの話の影響か・・・少しだけ、お茶が渋い気がした。
夕食を食って行けと誘うおっちゃんに断り、俺達は中村武道具店をお暇することにした。
裁縫教室やらで忙しそうだしな。
・・☆・・
「ブルル」
「ひぃん」
「ぎゃ・・・ぎゃぅ・・・」
「痛い痛い爪が痛い!」
『お客さん』のレオンくんが俺に全身全霊でしがみついている。
そんな彼を、興味津々で見つめる目が4つ。
ヴィルヴァルゲ母娘だ。
「かわいい!かっこいい!毛並みがきれーい!」
そして『お客さん』2号の美玖ちゃんもいる。
おばちゃんの裁縫教室が終わり、俺達が帰る準備をしていたら一緒に行きたいと言ってきたのだ。
どうしても馬が見たいとのことで、石川さんに許可を取って連れてきたってわけ。
おっちゃんたちは後日迎えに来るそうだ。
なんか完全に別荘扱いだな、ここ。
・・・レオンくん?
なんか・・・来ちゃった。
「ひひん」
「ぷわっ!?あはは!あははは!!」
ゾンちゃんが美玖ちゃんを舐め回している。
一瞬で気に入られたな、いいことだ。
美玖ちゃんの方も、舐められながら首や頭を撫でている。
「ただいま、おかあちゃん。こっちはレッサーパンダのレオンくんだ・・・いだだだだ、大丈夫だからレオンくん、でっかいけど草食動物だから!安全だから!!」
ヴィルヴァルゲにレオンくんを紹介しようとしたら、いっそう爪の力が強くなった。
俺の体は巨木ではないのでそろそろ傷が付きそうだ。
「フシュッ・・・」
「ぎゃうぅ・・・」
俺にしがみ付いたまま、レオンくんが視線を向ける。
2匹はお互いに見つめ合った。
・・・大丈夫、か?
「わん!わふ!」「バウバウ!!」
おっと、社屋からサクラとなーちゃんも来た。
知り合いが増えれば大丈夫だろう、たぶん。
「・・・きゅるう」
レオンくんは地面に下り、おずおずとヴィルヴァルゲの足元へ。
彼女はそこに、そっと顔を近づけた。
「ブルル」
立ち上がったレオンくんに、ヴィルヴァルゲが鼻面を押し付けた。
鼻息の大きさに若干ビクついていたが、さっきみたいに俺の方に逃げても来ない。
「ぎゃう・・・きゃぁう」
大丈夫だと感じたのか、レオンくんはゆっくり頭を擦り付けた。
それを見るヴィルヴァルゲの目は、いつも通り優しい。
・・・なんとか、なったか?
「・・・仲良くなれたかな、サクラ」
足元に来たサクラを抱え上げる。
「わん!」
同意するように、サクラが吠えた。
かわいいやつめ。
「・・・人生、閉じねえな、たぶん」
笑う美玖ちゃん、じゃれるゾンちゃん。
ヴィルヴァルゲに鼻を押し付けられて、仰向けにゴロンしたレオンくん。
そして腕の中で楽しそうにしているサクラと、撫でろ!と主張するなーちゃん。
「うん、俺は・・・大丈夫だ」
手のかかるかわいい子がいっぱいいるもんなあ。
復讐は大事だし人生の一部だが、それだけって訳じゃないもんなあ。
・・・やらなきゃならんし、やらない気もないが。
それだけじゃ、ないわな。
「おっかえりにいちゃん!あーしの頭も寂しがってみぎゃあ!?なぇんでぇ!?」
「なんとなくだ、うん」
最高に手のかかる朝霞に軽いアイアンクローをかましつつ、俺はなんだか嬉しくなった。
「脂がのってて美味いなあ・・・マジで」
「ヒモノは最高だな、イチロー・・・飲まないのか?」
アニーさんがワインを勧めてくる。
「飲みませんよ、お気になさらず」
すっかり日も暮れ、周囲は涼しい。
「ヤケテル?」
「はいどうぞ~」
「ワーイ!」
七輪の上で焼けていたアジの干物をキャシディさんに渡す。
「エマさんも」
「ワーイ!」
エマさんにはサバだ。
うーん、いい匂いすぎる。
「んみみぃ!なぁおおおん!!」
「待ってろって、今ほぐして冷ましてやるから・・・さっきアツアツの奴に噛みついてのたうち回ったの忘れたのか?」
膝の上でグルグル唸るソラにそう告げ、小さいアジをほぐす。
あちち。
ちなみにこれは干物ではなくただの生魚だ。
当たり前だが全然長持ちしないので、とっとと食わせないとな。
「ほんと、今がゾンビまみれなんて嘘みたいだな」
高柳運送の屋上で、そう呟いた。
今日の晩御飯は、石川さんが作った干物とおっちゃん宅から貰った野菜と燻製肉でバーベキューだ。
野菜の種類は少ないが、それでも全く問題はない。
子供たちは倉庫の所で食べている。
大勢で楽しそうだ。
俺は気が付いたら屋上に連行されて、外人部隊の焼き係に任命されていた。
・・・なんでだろう?
ま、いいか。
「カイガイしい・・・というやつだな。ほれイチロー、褒美の『アーン』だ」
「もがごごご」
口調は優しいが、丸ごと1匹ねじ込むのはやめてくれませんアニーさん!?
いくら小さいアジだからって・・・!
あ、美味い。
「もひゃごご、めめめっむ(子供にはやんないでくださいよ)」
「私が誰彼構わずこんなことをする女だと?悲しいなあ・・・」
優雅にワイングラスを傾けるアニーさん。
いつだって無敵だよこの人は。
「イシカワと知り合ってよかったな・・・うむうむ、今日も人生は最高だ」
「『美味い酒!いい男!美味しい魚!』」
「『肉と野菜も!あぁんもう原隊に復帰するのやだぁ~!』」
エマさんとキャシディさんは肩を組んで盛り上がっている。
楽しそうで何よりだ。
「一朗太さんっ!自分が!自分が代わるでありますっ!!」
「いや、式部さんは休んでてくださいよ・・・来たばっかりなんですから」
「嫌であります!!」
「うおお!?」
いつの間にかいた式部さんにトングと干物を奪われた。
そして押し付けられるペットボトル。
「お世話であります!何から何まで自分にどどんとお任せくださいであります!!」
「もう介護じゃん・・・」
「いいでありますねっ!一朗太さんの介護!!」
「えぇえ・・・?」
式部さん、恩義感じすぎじゃない・・・?
まだヘルパーのお世話になるほど老いちゃいないぞ。
「みゃぁあう・・・もみゃみゃう・・・みぃいあ・・・」
膝の上のソラは、幸せそうな声を出してアジと格闘を始めた。
・・・口の構造上仕方ないけど膝がアジまみれだ。
かわいいから許すがな!
「それで?悩みは解消したかイチロー」
アニーさんが横に椅子を持ってきて、肩に頭を預けてきた。
・・・気付かれてたのか?
「ふふん、その目を見ればわかるがな。人生についてでも考えていたのか?馬鹿め、そういうのは老衰で死ぬ直前にするものだ」
「・・・ええ、解決しましたよ」
ほんと、敵わないな。
ソラを見ながら苦笑する。
「皆さんのお陰ですよ、俺は本当に・・・いい人たちに恵まれてる。有難くって涙が出ちゃいます」
「ほう、ふふふ。聞いたかアカネ、今日のイチローは素直でカワイイな!」
「で!あります!!」
「俺のカワイイ要素はどこ・・・?」
何やら式部さんとキャッキャしているアニーさんを見ながら、俺はソラ・・・じゃない空を見上げた。
まあ、なんというか。
こういう空気は、嫌いじゃない。
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