37話 大規模作戦発令のこと

大規模作戦発令のこと








「Ready!!」




もはや見慣れつつある装甲服、それが号令に応えて筒・・・パイルバンカーを待ち上げている。




「Set!!」




両手で保持されたその先端は、運動場に積まれた土嚢の前でピタリと止まる。


同時に、左手で装填用のレバーが引かれた。




「・・・Fire!!」




最後の号令に合わせ、空気を震わせて轟音が響く。


本体の後方からは噴煙が噴き出て、まるでジェット噴射だ。




そして、先端から射出された杭の部分は―――何の抵抗も感じさせずに積まれた土嚢を貫通した。


いや、土嚢どころじゃない。


土嚢の支えになっていた分厚い鉄板すら貫通している。




「はあ~・・・すっご」




俺はといえば、アホみたいな感想を述べることしかできていない。


あんなに威力があるモノだったんか。




こっちに来る前に大木くんが見せてくれたのはデモンストレーションだったので、迫力が違う。


これだけの音と衝撃をそんなに鍛えていない彼が喰らったんだ、そりゃあ昏倒もするわな。




「はぇ~・・・すっご」




そして何故か開発者本人は横で俺と同じような感想を述べている。




「・・・いや、キミは知ってるだろ」




「ハハハ、撃った瞬間に気絶したんで僕」




「そ、そうか」




そんなドヤ顔で言うことだろうか?






・・☆・・






後藤倫先輩と黛さんの恐ろしい稽古?演武?が終わった後。


それほど間を置かずに、俺達の所へ古保利さんとオブライエン少佐、それから数人の兵士たちがやってきた。




そして挨拶を済ませたところで、早速パイルバンカーを使わせて欲しいと言われたのだ。


さすがは式部さん、すでにあらかたの連絡は済ませてくれていたらしい。




ちなみに先輩は疲れたと言って軽トラへ帰って行った。


荷台で昼寝するらしい。


自由人過ぎるよ、ほんと・・・俺、まともに立てるようになるまで30分はかかったんだぞ。


古保利さんたちが来る前に復帰できてよかったわ。




あ、黛さんも子供たちを連れてどこかへ行ってしまった。


なんでもみんなでオヤツを作るんだとか。


ここは物資が充実していて喜ばしい限りである。




それで・・・1人の装甲兵さんによって、今の試射が実行されたというわけだ。


なお、中の人は・・・




「『軍曹、撃った具合はどうだ!?』」




「『反動は大きいですが素直な上方向です!どの道これの有効射程では問題にはならないかと!!』」




オブライエン少佐に何かを聞かれ、ヘルメット部分のバイザーを押し上げたライアンさんが返している。


大声なのは、さっきの轟音が耳にダメージを与えたのかもしれない。




「大木くん・・・キミって奴は、随分面白いものを作ったねえ!」




「へへへ・・・男の浪漫ですからね!浪漫!」




試射の様子を見ていた古保利さんは、少し興奮した様子で大木くんを褒めている。


この人も浪漫を理解するサイドの人のようだ。


うんまあ、わかってたけど。




「設計図はこのUSBに3Dデータが入ってます。今回のものは頑丈さと動作性を重視したんでかなり重めですけど、そこらへんの塩梅は専門家にお任せしますよ」




「いやあ、助かるなあ・・・鉄工所確保しといてよかったよ」




大木くんは古保利さんにUSBメモリを手渡している。


・・・マジで作るだけ作って満足した感じだな。




「杭の材質を変えればもっと貫通力も上がると思いますよ。僕は見てないんで何とも言えませんけど、なんかでっかい赤ん坊みたいなキショイ新型ゾンビが出たんですよね?ソレの装甲板にも対応できるかもしれません」




「ソッチは確保してるし、とりあえずは早速あの試作型を使って試してみるよ」




あー・・・あのゾンビな。


確かに銃よりは見込みがあるかもしれんな。


当たれば、だけど。


まあ、そこはいつも使っている電気シールドで動きを止めて・・・とかやったらいいんじゃないのかな。


俺達には無理な集団戦闘なら、勝ち目はあるかもしれん。




「大木くんには足を向けて眠れないなあ・・・また火薬、融通するからね」




「最高の給料には最高の働きで報いますよ!やったぜ!!」




随分と物騒な給料だこと・・・まあ、大木くんにとっては何よりの報酬だろうけど。


彼の武装がグレードアップすればするほど高柳運送が安全になるから、俺としても文句はないけどな。


・・・なんかの間違いで暴発とかさえしなければ、だけど。




「オーキサン!少し、質問、お願いしもす!」




「オッケー!オッケーですよ~!」




試射の結果を検分していたオブライエンさんが大木くんを呼んだ。


技術的な質問っぽい。


だが、筋骨隆々な外人さんから放たれる薩摩弁はちょっと笑っちゃうな。




「いや~、いいプレゼントをありがとうね田中野くん」




「いやいやいや、俺はただ運んだだけですから」




古保利さんがこちらへ歩いてくる。


その顔を見るに、パイルバンカーはかなり気に入ってもらえたようだ。




「やっぱ多角的な考えって必要だよねえ、なまじ銃火器が充実している分ああいう方面は全く考えつかなかったよ」




「使えそうですか?」




「ノーマルにはオーバーキルだけどね、最近活発な特異個体群には有効的だと思うよ」




たしかに、拳銃とかよりは装甲に効果的だとは思う。




「・・・こっちで確保してる例の『赤子』ね、アレヤバいわ。ちょっと調べただけでとんでもないんだよ」




今は周囲に民間人がいないので、古保利さんは特に声を潜めることもなく話し始めた。




「装甲が厚いってのも勿論なんだけど、その『質』が今までの黒や白黒とはダンチ。しかも鱗みたいに重層的に配置してあるのよ・・・モーゼズさんの撃った弾丸、何割かは装甲の部分で止まってた・・・対物狙撃銃の弾丸がだよ?そこら辺の一般車両なんかは紙みたいに撃ち抜けるのにね?」




それは・・・恐ろしいな。




「アレが数で攻めてきたら、少なくとも通常の拳銃弾では対抗しきれない。貫通力の高い弾丸か、爆発兵器・・・それか、キミ達みたいに至近距離の肉弾戦の方が効果的かもしれない」




「七塚原先輩の八尺棒とかですか?」




「うん、『中身』にダメージを与える方法としてはその方がいいんだ・・・まあもっとも、アレほどの質量兵器を木刀並みの速度でぶん回さないといけないから誰にでもできるもんじゃないけどね」




七塚原先輩くらいにしかできない気がする、それ。




「あとはその『雷刀』みたいな・・・凄まじく鋭利な刃物で、正確に刃筋を立てて切断するか、だね。そっちに関しちゃ八尺棒より無理だけど?死体を見たってなんで斬れたのか皆目見当もつかないや・・・キミも結構人間辞めてるね?」




「人聞きの悪い・・・そりゃあ腕のことも関係はありますけど、その理由の大部分は『魂喰』がヤバい妖刀だからですってば」




俺もそれなりに強くはなってきたが、あれほどの切れ味はやはり『魂喰』あってこそだ。


以前使っていた松・竹・梅の三振りで同じことができるかどうかは正直自信がない。




「一朗太さんなら大丈夫でありますよ、ええ」




・・・背後から式部さんの全肯定ボイスが聞こえる。


あなたね、今更ながら俺のこと信頼しすぎじゃありませんか?


いくら命の恩人だからって・・・もう・・・




だが、まあ。


信頼にはできる限り答えないと、なあ。




「そう、ですねえ・・・式部さんに見捨てられないように、一層奮励努力しますよ」




「・・・!!!!ふ、ふふぅふ・・・しょ、しょれはよい心がけであります!うふ、ふふふ!」




なんか嬉しそうだな。


喜んでもらえて何よりです。




「はいはいご馳走様・・・こっちも会議続きでくさくさしてたんだけど、いいもの見れたよ」




何故か俺の肩を叩く古保利さんである。




「あ、そういえば午後からも会議なんですよね?時間大丈夫ですか?」




いまだに大木くんはオブライエンさんたちと何やら激論の真っ最中である。




「『仮にさらに装甲の強固な個体が出てきた場合は、炸薬量を増やせば~・・・』」




「『あーいや、それよりも内部を二段化して撃発を複数回起こして~・・・』」




・・・うん、何言ってるかわからないが激論だ。


大木くん、英語までペラペラなのか。


マルチな才能すぎる。


さぞ優等生だったんだろうなあ。




「大丈夫大丈夫、後は詰めるだけだし。午前中であらかた方針は決定したからね・・・今は神崎ちゃんたちが草稿をまとめてくれてるから」




神崎さんも大変だなあ。




「あの・・・俺が聞いていい事なのかわからないですけど、その、何の会議だったんですか?」




陸郷さんが随分重要そうなことを言っていたしな。


気にならんと言えば嘘になる。




「あ、それ聞いちゃう?申し訳ないけど最重要機密事項だからねえ~・・・」




案の定、おいそれとは話せないことのようだ。


それなら無理に聞いちゃ悪い―――






「―――詩谷駐屯地奪還作戦、だね」






・・・おいそれと言っちゃうんだ。




「奪還作戦?」




「そそそ。別にキミ達に言っても問題ないでしょ、チンピラや『レッドキャップ』に内通する可能性ゼロだもん」




からからと古保利さんは笑う。


そりゃあ・・・まあ、そうだけどさあ!




「詩谷駐屯地って、確か・・・」




「神崎ちゃんや花田くんが脱出した所だねえ。この騒動初期に壊滅してる」




だよな。


確かそうだったはずだ。




「えっと、ゾンビが減って確保できそうな状況になってるとかですか?」




今まではそれ所じゃなかったんだし。


なにかしら状況が好転したんだろうか。




「ドローン偵察によると、ゾンビの数は少なく見積もって1万体。特異個体の数もかなり多そうだねえ」




「ぜんっぜん好転してねえ!?控えめに言って地獄では!?」




あそこは近所に繁華街とかオフィス街があったもんな・・・元々の自衛隊員の数も多いだろうし。


なんだってそんな鉄火場に突っ込みに行くんだろうか。




古保利さんは俺の反応を見て薄く笑うが、その目は笑っていなかった。




「地獄さ、地獄だけど・・・『レッドキャップ』のことがある。このタイミング・・・各避難所の運営体制がある程度確立され、動きやすくなったこのタイミングで実行するしかないんだよ」




いつものように飄々とした口調だが、確かな決意の籠った口調。


そこには、この作戦に賭けた並々ならない決意が滲んでいるようだった。




「それは、近いうちに連中が仕掛けてくる可能性があるってこと・・・ですか」




背筋が寒くなる。




今をもって何を考えているかよくわからない『レッドキャップ』


奴らが、ついに動き出すって言うんだろうか。




「いや、それはわからない。来るかもしれないし、来ないかもしれない・・・目下、連中に表立った動きは確認できていないからね」




いつの間にか懐から取り出した煙草に、古保利さんは火を点けた。




「―――だが、何かが起きてからじゃ遅いんだ。準備は早ければ早いほど、いい」




古保利さんが紫煙を吸い込み、空中へ吐き出す。




「だからその前に、戦力は確保しておきたい。最悪の事態を想定して、ね」




・・・いつもヘラヘラしているから忘れかけているが、この人は指揮官。


多くの部下や避難民の命を預かっているんだ。


できることはすべてやる、そんな思いが伝わってきた。




「最低でもヘリは確保しておきたい。攻撃にも、偵察にも・・・空中戦力は絶大な威力を発揮するからね」




「・・・あ、そういえば前に駐屯軍のヘリは駄目になってるって言ってましたね」




ゾンビによってか、それとも人為的に破壊されてたんだっけか。


ひょっとして『レッドキャップ』の差し金か?


いや、鍛治屋敷がなんかやらかしてたのかもしれん。


あのオッサン、色々暗躍してそうだし。




「・・・あれ?でも戦闘機の方がその・・・攻撃力あるんじゃないです?」




素人考えだがそっちの方が強そうに感じる。


確保するなら戦闘機がいいんじゃなかろうか。


駐屯地なら必ずあるはずだろう?




「はっはっは・・・滑走路の問題がねえ」




「あー・・・」




一瞬で納得できてしまった。


たしかに、この状況下じゃ滑走路もロクに運用できてないわな、どこの飛行場も。


ヘリならそのまま離陸できるもんな。




「ってなことでね、長い長い会議をしていたってわけ。間違いなくこの騒動始まって以来の大規模作戦になる・・・自衛隊、警察、駐留軍の合同作戦だ・・・段取りはしっかりしているに越したことはないからね」




「なるほど・・・」




そりゃ、花田さんも太田さんも呼ばれるわけだよ。




「各部署から腕っこきの精鋭部隊を引き抜くわけだからね。全員出しちゃ防衛がガバガバになるからその折衝も含めてねえ・・・かれこれ2徹目だよ、超ねむい」




・・・よく見れば目の下に濃いクマがある。


指揮官、大変だなあ。


絶対やりたくない。


そもそも、できる気もしないが。




「あ、この作戦はキミたちに参加してもらうことはないからね。そこは安心して」




「・・・まあ、団体行動がキモでしょうしねえ」




個人戦闘が主な俺達南雲流には、出番はなさそうだ。


むしろ迷惑をかけかねない。




「そそそ。陽動やなんかはあるけど、基本的には正面から数で敵を圧殺する作戦になるからね・・・超絶戦闘力は必要ないんだ、今回はね」




・・・そんなに超絶って程でもないんだが。


数も少ないし。




「作戦中、詩谷方面の防衛は宮田くんを始めとした警察に、こちらは八尺鏡野さんにお任せすることになってる・・・攻撃の主力は駐留軍、陽動と偵察は僕たち自衛隊さ」




・・・それは、戦争映画も真っ青な大迫力戦闘になるんだろうなあ。


大木くんがカメラ持って突撃しそうではある。




「内部にもう『S』はいないと思うんだけど、これほどの人員が一気に動くと向こうさんに気付かれることも考えられるからね。準備はじっくり、実行は一瞬でやるよ」




えす・・・ってのはスパイのことだっけか?


以前そんな女がいたなあ。


しめやかに成仏しているだろうけども。




「なるほど・・・それじゃ、神崎さんや式部さんはそちらの作戦に参加されるんですか?」




この人なら大丈夫だろうが、それでも心配は心配だな・・・


無事に帰って来てほしいものだ。




「―――は?そんなわけないじゃん」




「へ?」




アホを見る目で見られた。


そして、何故か古保利さんは俺をものすごい勢いで引っ張って行き、声を潜める。


向こうの方で式部さんが首を傾げている。


サクラみたいでかわいい。




「(神崎ちゃんと式部ちゃんはそっち!ついでにグレンジャー曹長とグレイスン曹長もね!そっちで面倒を見てください!!)」




「め、面倒って・・・むしろこっちがお世話に・・・っていうかキャシディさんたちは怪我人だから別として、いいんですか?神崎さんたちみたいな凄腕を高柳運送に残しておいて?」




「(・・・前にも言ったじゃん、彼女たちは技能が突出しすぎて集団行動には不向きなの!自由に動ける環境下にいてもらう方が色々と都合がいいの!!)」




肩を掴む力が強い!


肩甲骨が分裂しちゃう!!




「・・・だから、お願いね!田中野くん!!ハイ返事ぃ!!!」




「は、はい!お任せください!何でもお任せください!!」




「おーう!なんでもするって言ったね!!言質とったからね!!!」




古保利さんの迫力が凄い。


・・・はい以外言えないでしょこんなもん!




「・・・ならいいんだ、励めよ田中野一朗太くん」




「なんでフルネーム・・・?」




そしてなんだそのいい笑顔は。




「(・・・現状、あの子たちは田中野くんにぶん投げとくのが一番なんだもんなあ・・・周囲に対する塩対応が加速しまくってて胃に穴が開きそうなんだぞこっちは・・・いや身の程知らずの男性隊員共が一番悪いんだけどもね・・・嫌われてるどころか感情が『無』だって気付けってんだよ・・・ああ、いやだいやだ)」




「え?なんですか古保利さん」




急に早口でしかも聞き取れないんですが?


なんか修行僧みたいな悟りきった顔になってるし?




「・・・適材適所って重要だよねって話さ、ははは」




「あー・・・まあ、そりゃそうですよね」




溜息をつくと、古保利さんは式部さんに向き直って背筋を伸ばす。


それを見た式部さんが、同じように姿勢を正した。




「―――達する、本会議終了時点をもって勤務地を高柳運送株式会社へ変更!以後、作戦終了もしくは別命あるまで当該社屋並びに周辺地域の警護警戒任務へ当たれ!」




「ハッ!式部陸士長、拝命いたします!!」




古保利さんの表情は見えないが、式部さんは目にやる気を漲らせて敬礼した。


うーん、ピシッとしていて大変格好いい。




「・・・というわけで田中野くん、式部ちゃんのお世話よろしくね。食料は多めに持ち込ませるからね、心配しないで」




「いや、そこは心配しないっていうか・・・むしろお世話されるのは俺の方では・・・?」




「ははは、そうかも。ま、とにかくよろしく」




俺が式部さんにお世話することってある?


いつもいつも面倒見てもらってる記憶しかないんだけど?




「(お世話・・・一朗太さんの!お世話!!)」




なんかすっごいやる気のオーラが見えるよ、式部さん。


あの、そんなに気合入れなくてもいつも通りでいいっていうか・・・?




「―――三等陸佐!」




校舎の方から自衛隊員が走ってきた。


会議再開の時間・・・ではないな、陸郷さんが2時間は休憩だって言ってたし。




「・・・藤田一等陸士か。どうしたんだい?」




駆けてきた隊員さんは、若い男だ。


高校を卒業したてといっても通じるくらいの。


一等陸士ってのは・・・確か陸士長の下だな。


いわば新人って所か。




「八尺鏡野警視がお呼びです」




「八尺鏡野さんかあ・・・何だろ、昼飯の献立が不満ってことはないだろうけど・・・まあいいや、どこ?」




「第1食堂でお待ちです」




ここ、マンモス高校だけあって食堂もいっぱいあるんだな。


第1ってことはそこ以外も絶対あるんだし。




「わかった、向かうよ。田中野くん、今回は本当にお疲れ様・・・大木くんにもよろしく言っといてね」




古保利さんはいつものようにへらっと笑うと、校舎の方にゆっくり歩き始めた。




「(あーそうだ、一等陸士。呼び出しは本当だね?)」




「え、は?・・・はい!」




「(・・・ふうん、精々身の程を知るといいよ。どうせ止めても無駄だろうからね)」




「―――ッ!!」




なんだろう、去り際に若い隊員になんか耳打ちしてる。


相手は緊張して・・・いや、怒っている、のか?


若さゆえの反発というやつだろうか。




「田中野くーん」




「はい?」




そして、古保利さんはもう一度俺を振り返り。




「先に謝っとくわ、ゴメンね。また連絡するからさ」




「・・・へ?」




悪戯小僧のような、悪い笑みを浮かべて去って行った。


・・・なんだぁ?




首をひねっていると、若い隊員・・・たしか藤田さんだったか?彼が近付いてくる。


なんだろ、オブライエンさんにも用事があるのかな。




かと思えば、彼は俺の目の前で止まった。




「藤田です」




「ああどうも・・・田中野です」




そして、何故か俺に自己紹介。


・・・自己紹介、なんだが。




「・・・一手、ご教授願えますか」




「・・・は?」




そう言ってきた彼の目は、俺への隠しきれない敵意で満ちていた。




なんだあ?


恨みを買うような覚えはないんだが・・・?




・・・あ!さっき古保利さんが言ったのってコレ!?


でもなんで!?




「花田三等陸尉と立ち合われたとお聞きしました、自分も、手合わせを希望します」




・・・花田さんとの件、噂になり過ぎだろ。


俺はバトルジャンキーじゃないんだぞ?




「一等陸士・・・?あなた、何を」




式部さんが恐ろしく冷たい声をしている!


いつもの口調じゃない!




「田中野さんはどなたの挑戦も受けるとお聞きしましたので、自分も興味が」




「だからといって、彼の都合も顧みずに・・・失礼ですよ!」




やっべ、なんか式部さんが怒ってる!




そしてなんだその設定!?


十中八九花田さんのせいだろ!?




「―――田中野さん、まさかお逃げにはならないでしょう?」




藤田さん・・・いやもう藤田でいいか。


なんだその目は、コイツ絶対ヤンキー上がりとかだろ。




何か知らんが随分と恨まれてるようだな、俺。


・・・そっちが、そうなら。




「式部さん、相棒をよろしく」




式部さんに腰の『魂喰』を預ける。


脇差と兜割はお留守番だから、これで丸腰だ。




「うあ、は、はい!」




式部さんが、まるで一級の美術品でも預かるように『魂喰』を受け取った。


いやまあ、一級の美術品に間違いはないか。




「いやー・・・随分とかわいらしい挑発をどうも。チワワの次くらいには怖いな、震えが来そうだ」




そう声をかけると、藤田の顔は真っ赤になった。


煽り耐性がクソ雑魚ナメクジ。


勝ったな(確信)




それを見つつ、式部さんから距離を取る。




「南雲流、田中野一郎太・・・その喧嘩、安値で買おう」




藤田に向かって歯を剥き、構える。


足は肩幅に、両手は平手を作って体から軽く離す。




「・・・どうも」




なんとか声を絞り出しました、って感じの藤田。


おいおい、戦う前から余裕がないなあ。




奴も構える。


ふむ、ボクシングか?


それなりに自信があるらしいな。




「ルールとかある?」




失礼な新人には敬語もいらんだろ。




「・・・ない!」




ホラ、あっちも使ってないし。


せめて使う努力はしろよ。


何がどうしてこんなに恨まれたのか皆目見当もつかないが・・・俺もこんな失礼なガキに礼を尽くすほどマゾじゃない。




「それじゃあ、いつでもどうぞ。来るのが怖いってんならこっちから行っても―――」




もう我慢の限界です、って感じで藤田が突っ込んできた。


踏み切りの速度は中々のモンだな。




「っらぁア!!」




踏み込みと同時に、ボディ狙いの右フック。


お、結構速い。


それに、殴り慣れてる感じだ。




その右フックを、左肘で受ける。


素直すぎるよ、攻めが。


フェイントとかご存じない?




「っぐ!?」




藤田は痛みに顔を歪めながらも、左ストレートの体勢。




が、遅い。


痛みで遅れたな。




左肘をぶち込んだ反動で右半身を加速させ、俺の顔面狙いの左ストレートの『内側』を回る。


そしてそのまま―――




「っし!!」「っが!?」




旋回した勢いを乗せた右肘を、下からかち上げるように鳩尾へぶち込む。


痛みで動きが止まる藤田。




「っふぅう!!」




鳩尾に右肘をねじ込んだまま、腹筋の緊張が解けた瞬間に―――思い切り踏み込む!




「っか、は!?」




内臓まで届く衝撃に、藤田は吹き飛んだ。


へえ、跳んで衝撃を逃がすくらいはできるんだな。


ちょいと遅いけど。






南雲流甲冑組手、『双輪』




・・・久しぶりだが、まずまずの精度だな。


相手が威勢だけの兄ちゃんで助かった。






藤田は思ったより遠くまで飛び、背中を強かに打ち付けて悶絶している。


お、さすが自衛隊員。


受け身はしっかりとったようだな。




「勝負あり・・・でいいよな?まだだってんならあと2、3発ぶち込むけど」




もがく藤田に近付きつつ、いつでも蹴りが出せる体勢で聞く。




「んっま、まいり、参りました、ァ・・・!!」




藤田は、寝転んだまま負けを認めた。


ふむ、思ったより潔いな。


もうちょいゴネるかと思ったんだが。


ま、楽でいいや。




「い、一朗太さんっ!お疲れ様でありますっ!」




サクラよろしくダッシュしてくる式部さんの背後に、ないはずの尻尾が見えた気がしてちょっと笑ってしまった。




・・・しっかし、花田さんも人が悪いよ。


この先こんなのが続いちゃ疲れちゃうなあ。




式部さんから『魂喰』を受け取りつつ、俺はそっとため息をついた。


・・・で、なんで俺そんなに嫌われてんのかな?






・・☆・・






「おーおー、飛んだ飛んだ。身の程知らずにはいい薬だねえ」




「・・・素晴らしいです、田中野さん!」




「キミもブレないね神崎さん・・・なんでいるの?」




「虫の知らせです、三等陸佐」




「さいですか・・・しっかし、ああいう手合いがこれ以上増えると彼に迷惑がかかるねえ」




「問題ないかと、田中野さんはあの程度の相手に後れは取りませんので」




「いやそういう意味じゃなくって・・・まあいいや、映像は撮ってるし。精々部隊内で笑いものにしてやろうか、抑止力にも期待して」

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