36話 近接ガチ勢の邂逅のこと

近接ガチ勢の邂逅のこと








『確認しました!どうぞお入りください!!』




スピーカーから声がすると同時に、御神楽高校の正門が自動的にゆっくりと開いていく。


ここも友愛と同じ、2つの門で区切る方式だ。


門から門への間には機関銃を持った自衛隊員が目を光らせている。


妙な動きをしたら粉々にされそう、しないけど。




『ありがとうございますー』




マイク越しに言い、アクセルを踏む。


俺の軽トラに続いて大木くんのバイクも動き出す。






スーパーで物資を確保してから、特に何事もなく到着することができた。


道中でゾンビや生存者を見かけることはあったが、ゾンビの方はすぐに諦めるし生存者の方も追って来ることはなかった。




明るい時間なので、ちょいちょい避難所?避難区域?のようなものが作られていることもわかった。


地域の集会所や空き地なんかを柵で囲い、ちょっとしたテント村って感じの場所だ。


さすがは我が県の県庁所在地、生き残りもそれなりに多いらしい。


こっちにちょっかいを出してこなきゃ、基本的に敵対するつもりもない。




・・・自分たちで頑張って生きていって欲しいものだ。


高柳運送はもう満杯だ。




「んぎぎ・・・ぎぎぎぎぃい・・・」




「おいおい、持つよ」




軽トラから降りて伸びをしていると、大木くんが例のパイルバンカーを担ごうとしている。


付属品?も一緒に持とうとしているから産まれたての小鹿みたいになってる。




「今回は荷物もないしな、ホレ」




「す、すいませぇえん・・・これ重い、超重いですわ」




「今更だけどなんで作る時に気付かなかったんだよ」




「テンションが上がりきってて・・・」




大木くんから本体を受け取り、結構な重さに驚く。


こんなのよく持って撃てたな、大木くん。


火事場のなんとかってやつか?




「先輩はどうしますー?」




荷台に寄りかかって、マジマジと校舎を見上げている後藤倫先輩に声をかけた。




ちなみに回収したアレコレは幌を被せて隠し、さらに鍵をかけている。


なんとこの幌、端に固定して施錠できるのだ。


大木くんの技術力、痒いところに手が届きすぎ問題。


特に問題ではないが。




「ん。前に来た時にお世話になったお医者さんに挨拶しに行く」




「あーそうですか。俺の分までお礼言っておいてください」




石平先生、元気にしてるかな。


ダイキたちも。




「田中たちは・・・営業?」




「んまあ、それが主目的ですしね。コレ持って入るわけにはいかないんで、先輩はお先にどうぞ」




勝手知ったる高校とはいえ、パイルバンカーを持ってズンズン行くわけにはいかない。


一応隠してはいるが、襲撃だと勘違いされたらえらいことになってしまう。


というわけで、ここの人とコンタクトを取って話をしなくちゃな。




「わかった。変なオンナについて行かないこと」




「俺は幼児ですか」




「似たような情緒だと思う」




何気に酷いことを言いつつ、先輩は玄関に消えていった。




・・・あの人は何の武器も持っていないが、ぶっちゃけ必要ない。


そこら辺のチンピラ程度なら指先一つでダウンさせられるもんなー・・・


武器禁止環境では南雲流で一番かも。


あ、師匠除きな。


あの爺さんはもうバグ、地球のバグ。






「さーて、知り合いの自衛官が歩いていないかなー・・・いたぁ!」




「うわびっくりした」




大木くんと駐車場に並んで立っていると、知った顔を見つけた。


声をかけようとすると、それよりも早く俺の方にダッシュしてくる影。




「チェイスくーん!おひさー!」「ヴォウ!バウ!!」




そう、陸郷さんとコンビを組んでいるチェイスくんだ。


相棒の彼は、リードに引きずられながら苦笑いしている。




「おーいい毛並み!可愛がられてるみたいだなあ!また遊びに来なよ~!」




わしゃわしゃと頭を撫でる。


サクラとは違う感触だが、それでも素敵な手触りだ。




「こんにちは田中野さん・・・それに大木さん、今日はどうされました?」




陸郷さんはいつものように姿勢よく聞いてきた。


花田さん肝いりの部下だけあって、いつでもピシッとしている気がする。


そっか、大木くんとも面識あるんだな。




「ええ、今日は大木くんがちょっと面白い武器を作ったんで・・・古保利さんに採用を検討してもらおうかと思いましてね。会議しているらしいですけど、もう終わったんですか?」




とりあえず相談するのは古保利さんがいいだろう。


なんか、勝手な想像だけどあの人こういうの好きそうだし。




「武器、ですか・・・大木さんの爆弾は三等陸佐も褒めていましたし、これにも期待できそうですね」




「いやあ、ははは、お恥ずかしい・・・こちとら爆弾作成くらいしか取り柄がありませんので~・・・」




大木くんはよくわからん謙遜をしている。


古保利さん、偵察の才能は褒めていたけど爆弾もか。


まあ、俺も何度もお世話になったしなあ。




「それで、会議ですが・・・」




六郷さんが腕時計を確認。




「・・・あと30分で一旦終了です。続きは午後になりますので、昼食と休憩で2時間の空きができますね」




「・・・マジすか、たしか昨日も会議だったんでしょ?随分とその・・・大掛かりな」




一体どんなややこしい議題を話し合っているんだろう。


いや、議題が1個とは限らないんだが。




俺が聞き返すと、六郷さんは周囲を一瞬確認し、声を潜めた。


そうか、周りに避難民がいるもんな。




「(ここでは詳しく説明できませんが・・・たいへん重要な会議です。詩谷から花田一等陸尉と太田警部補もいらっしゃっています)」




おいおいおい、マジか。


近隣の重要人物まで。


こりゃ、面白半分で首を突っ込んでいい話じゃないな。


宮田さんは来ていないようだけど・・・さすがに全指揮官を集結させるわけにはいかないからか?




「・・・そうですか、あのお・・・じゃあ会議が終わるまでここで待ってます。終わったらすいませんが連絡を―――」




『もっと撫でろ』と言うように足に体当たりをしてくるチェイスくんをいなしつつ、陸郷さんにお願いしようとしている時だった。






「―――ご心配なく、何から何まで自分にお任せください、であります!」






「うっお!?」




背後から嬉しそうな声。


振り向くと、いつものようにニコニコした式部さんが軽トラの横に立っていた。


・・・気配、相変わらず読みにくいなあ。




「お久しぶりでありますっ!一朗太さん、大木さんも!」




「えっと、たしか2日振りくらいじゃあ・・・?」




「お久しぶりでありますねっ!!」




そうかな・・・?


そうかも・・・




なんかいっつもいるからそんな気がしてきたぞ、うん。




「三等陸曹、ここは自分が引き継ぎいたします」




「あ、は、はい・・・それでは、よろしく頼みます陸士長」




呆気に取られた陸郷さんは俺達に軽く敬礼をし、撫でられて満足した感じのチェイスくんを伴って門の方へ歩いて行った。


歩哨の順番かな?




「式部さんは会議に参加してないんですか?」




「はいっ!自分は校舎内の・・・まあ、警戒担当であります。指揮官が軒並み会議に参加しているので、このタイミングでよからぬことを考える輩がいないとも限りませんから」




あー・・・なるほどなあ。


ここ、人が多いもんな。


変なのがまだ混じってるかもしれんのか。




「よからぬ人・・・キャシディさんたちがそんなこと言ってたなあ」




「ああ、例の覗き事件でありますね。嘆かわしい事であります・・・彼らは現在隔離して懲罰労働中でありますよ」




罰則もキッチリしてんなあ。


さすが古保利さんだ。




「一種の見せしめでありますね。やはり男女間のトラブルは問題でありますから・・・綱紀粛正は集団生活においての第一目標であります」




今回は相手が軍隊なのでよかったが・・・いやよくはないけど。


これが弱い立場の避難民に向いたりしたら大変だからな。




「その、反発とか大丈夫なんですか?俺が心配するようなことじゃないでしょうけど・・・」




・・・おい、大木くん。


今気付いたが何故そんなに離れているんだ。


式部さんが苦手ってことはないだろうし、何の考えがあって・・・会話が面倒臭いのかな?




「ふふぅふ、そこらへんのさじ加減は我々大得意でありますので。それに、もし本当に嫌ならここから出て行けばいいのであります」




・・・サッパリしてんなあ。


それくらいドライじゃなきゃこの状況で避難所なんか運営できないか、そもそも。




まあ、案の定心配するようなことは何もないようだ。


専門家?だもんなあ。




「・・・式部さんに怒られないように気をつけなきゃ・・・」




「自分が一朗太さんを怒ることなどありえませんので!ご安心を!!」




・・・何回か怒られたような気がするんだが、突っ込むのはやめておこうか。


嫌な予感がするので。




「それで、本日はどのようなご用事でありますか?」




「ああ、実は大木くんがコレを作ったんですけど・・・おーい、製作者よ説明してくれ」




パイルバンカーを持ち上げつつ、大木くんに声をかける。




「・・・仕方ないですねえ、申し訳ありません式部さん。もう大丈夫ですか」




「いえいえ、自分は大満足でありますので。お気遣いなく、であります」




「(・・・これでいいんだ・・・充電早すぎでしょ・・・)」




そして大木くんは式部さんと謎会話をしつつ、持ってきたモノの説明を始めるのだった。


俺の横に立っている式部さんの機嫌はとてもいいようだ。


歩哨に飽きていたんだろうか。






・・☆・・






「なるほどなるほど、これは確かに有効な兵器かもしれませんね。特に我々が運用するのであれば」




一通りの説明を聞き、式部さんは満足そうに頷いている。


当たり前だが実演はしていない。


こんな校舎のド真ん前でお披露目したら、会議中の精鋭部隊が飛び出してきそうだし。


すげえでかい音するからな、コレ。




「大木さんがお作りになったものですから問題はないでしょうが、会議の終了を待って三等陸佐にお話ししましょう。その後、中の運動場で試射をしましょうか」




「あ、そうしてもらえると助かります~。僕だとどうしても反動に耐えきれないんで、実戦でどんな感じに使うのかはそっちにお任せしますよ~」




なんかうまい感じに話がまとまったようだ。


よかったよかった。


これで今回の目的は達成できそうだな。


技術的な伝達のことは大木くんに丸投げするしかないし。




「・・・お、黛さんもいらっしゃってるんですね」




ふと視線を外せば駐車場の端に、いつか見た大型バイクが停まっている。


式部さんのお師匠、黛さんの乗っていた奴だ。




「はい!人手が足りないだろうとわざわざお越しいただいたであります!三等陸佐は少しお嫌そうでありましたが!」




・・・苦手にしてたもんな。


古保利さんも随分濃い親戚をお持ちのようで。




「今は小学生の子供たちと一緒に畑仕事をされているようであります。あ、よろしければソレを持ってお先に移動されますか?」




「コレを試す予定の運動場なんですか?」




「はい、一番奥まった位置にある運動場ですので。場所は、一朗太さんが以前に花田先生と稽古されていた所であります」




ああ、あそこね。


そういえば奥の方に畑が見えた気がする。


あの時は弦一郎さんとの稽古でそれどころじゃなかったけど。


毬みたいにポンポン転がされたもんなあ。




「よろしければ自分がお運びするでありますよ?」




「よろしくないです、こんな重いもの・・・式部さんに持たせるわけにはいけませんよっと!」




パイルバンカーに手を伸ばす式部さんを制し、肩に担ぐ。


そりゃ、戦いの様子を見てれば非力じゃないとは思うけどね。


でも俺が持てるんだから持つよ。


そこまでさせるわけにはいかない。




「(あぅ・・・ふ、不意打ちでありますかぁ、困った一朗太さんであります、特に困らないであります)・・・それでは、自分は一旦会議室へ行きますので!ソレは包んだままなら運んでいただいて結構であります~!」




少しモゴモゴと呟いた後、式部さんは綺麗な敬礼をして去って行った。


よし、許しも出たし移動しよう。




「よっしゃ、行くか大木くん」




「(・・・マジでこれもう僕と七塚原さんで囲って泣くまで説教するしかないんじゃない?いやでも、先走って気まずくなったらいろんな人に殺されそうだし・・・ううむ、どうしよ。難物にも程があるだろこのサムライ・・・)」




「大木くん?」




無茶苦茶考え込んでる!?


なんだ、急に心配事か!?




「・・・ハハハ、ナンデモアリマセンヨ、イキマショイキマショ」




「目が超疲れてるんだが大丈夫か?」




「ハハハ!キノセイキノセイ!!ハハッ!!(高音)」




急にどこかのマスコットような声を出し、荷物を担ぐとさっさと歩き出す大木くん。


おいおい、場所知ってんのかよ。




俺は慌ててその後ろ姿を追いかけるのだった。






・・☆・・






普段持っている全ての武器よりも重いパイルバンカーをひいこら担ぎ、なんとか目的地に到着した。


持てないほどの重さじゃないが、やっぱりコレ持って飛んだり跳ねたりするのは無理だなあ。




「立派な畑ですねえ!」




「だな、たぶん校庭をある程度掘り返してどっかから持ってきた畑の土を移植したんだろうな」




以前のままの姿だが、稽古の時は余裕がなくて見れていなかった畑がよく見える。


校庭の端の日当たりがよさそうな場所に、作物が青々と茂っている。


御神楽高校の総人口がどれくらいかは知らないが、かなりの規模だな。


ここ以外にも畑はあるだろうし、やっぱり大人数の避難所運営って大変なんだなあ。




「おー、トマトが実ってますねえ」




「な、ウチはまだだから・・・品種が違うんだろうか」




そんな風に、大木くんと会話している。




「・・・そろそろ言及しましょうか」




「・・・だな。正直無視するのも無理がある」




その、校庭の真ん中あたり。


小学生から中学生くらいの集団が、人だかりを作っている。




「おねーちゃん、がんばれー!」「おばちゃん、がんばれー!」「どっちもがんばれー!」




彼ら彼女らはキャッキャとした雰囲気で、お互いに話し合ったり応援したりといった様子だ。


まるで、ヒーローショーでも開催しているような盛り上がりである。


20人くらいの集まりの、その中心では・・・






黛さんと後藤倫先輩が、構えを取って向かい合っている。






「この短時間に何があったってんだよ・・・」




「RPGよろしくエンカウントしたんじゃないですか?っていうかあの尼さんお知り合いです?」




あ、大木くんは知らないんだったな。


知らない人から見たらパイセンが絡んでいるように見えるかもしれない。




「あー・・・南雲流の知り合い兼、式部さんの師匠だ。超強い」




「あ、把握しました。人外ジャンルの方ですね」




理解が早すぎるが概ね間違ってはいないのが酷い。


大木くんのこちらに対する態度は一貫している。




「じゃあ目が合ったから勝負!って感じなんすね」




「・・・違うと言いたいがたぶん違わないと思う」




黛さんの俺への対応とかもそうだったしなあ。


先輩も手合わせ大好きだしなあ・・・相手が強者なら特に。




子供たちを刺激しないように、少し離れた所で足を止める。


まあ、目の前の状況に夢中で気付いてもいないようだが。




だが、向かい合う2人にとってはそれが合図になったようだ。




「南雲流、後藤倫綾」「降魔不動流、黛伽羅」




2人は静かに名乗る。


先輩は心なしか嬉しそうに、黛さんはいつものように笑顔だ。




「いざ」「いざ」




初手は先輩。


ぬるりとした動きとは裏腹に、足元の地面が陥没する程の踏み切り。


一瞬で肉薄し、右の抜き手を放つ。




ぱぱぱ、と軽い音が連続。




先輩はバックステップし、また間合いが広がる。




「えっと、今何が?」




「・・・先輩が右の貫き手、それを黛さんがいなしつつ逆手の裏拳。んで、先輩がそれを左手で迎撃して下がった」




「格ゲーかな?」




なんとか目で追えたが、さすがは近接ガチ勢同士。


回転率と鋭さがダンチだ。




「・・・まあ、周囲に子供たちがいるから殺し合いにはならんのじゃないかな。武器も使わないだろうし」




「それは本当によかったと思います、ハイ」




先輩が再度動く。


今度は踏み込みながら瞬時に膝を折り、足を払う。




黛さんが軽く跳んでそれを躱しつつ、空中で先輩の側頭部を狙う蹴り。


更に姿勢を低くし、先輩が躱す。




蹴りを空振った反動で先輩は横へ逃げる。


黛さんはそのまま着地する。




「っしぃい!」




先輩が、体に土を纏わりつかせたまま立ち上がりつつ突っ込む。


今度は胴体狙いの横蹴り。




「ほい」




黛さんがそれを伏せて躱しつつ、先輩の軸足を払った。


払われる前に先輩が跳び、その軸足を空中で振り下ろす。


なんちゅうバランス感覚だ。




今度は黛さんがバックステップ。


先輩は振り下ろした軸足で立った。




ハイレベルな立ち回りすぎる。


黛さん、俺相手の時には本当に手加減してくれてたんだなあ。


あの時にあのレベルの動きを見せられたら、あえなく昏倒してたかもしれん。




「・・・ふふぅふ、その若さでえろう練り上げとるなぁ。十兵衛はんも鼻が高いやろ」




「・・・光栄、です」




先輩が敬意を示している。


普段の態度からは想像もつかないが、あの人は目上の人間にはかなり礼儀正しいのだ。


自分より弱い人間の名前は覚えないけども。




「せやけど、このままやったら千日手やねえ。そうや、『捌き』でやろか?十兵衛はんから教えてもろてるやろ?」




「・・・はい、胸をお借りします」




・・・マジで?


アレやるの?




まあ、周囲が子供まみれだからダイナミックな立ち合いは無理だし刺激が強いけど。


それがベスト・・・か?




「せんせー、『捌き』ってなんですか?」




大木くんからの質問。


誰が先生か。




「まあ、見てりゃわかるが簡単に言うと・・・足を止めた手技だけの殴り合いだ。中国拳法とかにも同じようなのがあるって聞くけどな」




「ひええ・・・ここってバトル漫画の世界線でしたっけ?」




「あの2人の周辺だけたぶんそう」




俺達の会話が終わる頃、2人が近付く。


先輩は少し恥ずかしそうに、俺を睨みながら土を払っている。


うわ、気付かれてたか。




「かわいい後輩くんも見とるし、気張らなあかんなあ」




「・・・かわいくはありませんが、無様は晒せません」




何気に酷いことを言いつつ、2人の距離が近付く。


うわあ、近い近い。


徒手の間合いだから超至近距離だ。




「いきます」「はいな」




短い会話の後、2人の両腕がブレる。


徒手だというのに、木刀でもぶん回してるような風切り音。


そして擦過音、打撃音。




字を当てれば・・・ぼ、とかご、になるんだろうか。




さすがに速すぎて目で追うこともできない。


俺ならあの間合いに入られる前に勝負をつけるしかないな。


まあ、通常の戦いならあり得ない状況ではあるが。




「うっわ・・・ど、どうなってるんですか、アレ」




「スマンがもう見えない、距離が離れすぎてるし、何より拳速がとんでもなさすぎる。大木式ハイスピードカメラを開発してくれ」




「検討しようかなあ・・・」




大木くんが謎のやる気を出す中、2人の速度はさらに加速している。




『捌き』のルールは単純である。


足を止めて、拳のみを使用する。


つまり、相手の攻撃を捌くか受け止めつつ殴る。


そういうシンプルなものだ。


目的は・・・なんだっけ?


たしか拳打の正確性と防御の訓練・・・だっけか。




俺も何度かやった(やらされた)こともあったが、1分少々で床とお友達になった記憶がある。


相手?もちろん師匠だよ。




「「「・・・」」」




さっきまでキャッキャと応援していた子供たちは、全員息を呑んで黙っている。


うん、そりゃあそうだよね。


あんまりしっかり見ない方がいいぞ、目が回っちまうからな。




2人の拳打はさらに回転数を増し、腕が6本くらいに増えてるんじゃない?という様相を呈している。




「後藤倫さんすっげえ・・・互角じゃないすか!あんな強キャラっぽい人相手に!」




大木くんの強キャラ認定はよくわからんが、互角に見えているんだろうな。


だが、違う。




「いや、あr」




「―――お師匠の方が優勢でありますね。しかし後藤倫さん・・・あの若さでとんでもない力量であります」




式部さんキャンセルが来ちまった!


ちくしょう、格闘漫画の解説キャラみたいなムーブがしたかったのに・・・!!!




「お疲れ様です式部さん・・・見えてます?あの攻防」




「・・・今、お師匠の掌が後藤倫さんのお腹に入りました。その前に後藤倫さんが貫き手を放っていましたが、打点をズラされましたね」




・・・しっかり見えてる!!


俺が気付いたのは単純に先輩の顔色が変わったからなんだが・・・


恐るべし、降魔不動流。




その後も断続的な打撃音が続き、2人は体勢を崩すことなく打ち合いを続けている。


どちらかの打撃は空を切り、いなされ、たまに鈍い音を立てる。


どちらかに当たっているようだが、2人とも顔には出していない。




・・・しかし、その状況が急に動いた。




「っく、う、うぅ・・・あ、ありがとう、ございました」




何度かの打ち合いの後先輩が動きを止め、息を吐きながら頭を下げた。


顔色は蒼白で、珍しく汗をかいている。




「・・・ふふぅふ、末恐ろしい、かいらしい子ぉやわあ」




黛さんはいつも通りの笑み・・・ではない!


汗をかいている、少しだが。




「・・・後藤倫さん、何故アレで喋れるのでありますか」




「俺にも皆目見当がつきません、見間違いじゃなければですけど・・・肺に打撃が通ってましたよね?掌でのニ連打」




最後、の一瞬・・・黛さんの右の掌が先輩の右胸に叩き込まれた。


しかも、トトンとニ連打。


・・・強制的に息を吐かされ、呼吸するのもキツイはずである。


さすが先輩、我慢強い。




「さすが一朗太さん、見えてらっしゃいましたか!・・・アレは『無垢光むくこう』という技であります。自分が喰らった時は半日気絶したであります」




てへへ、と恥ずかしそうに式部さんは笑う。


・・・俺なら1日は気絶してそうだ。




「この世界はゾンビ漫画じゃなくてバトル漫画だった・・・?」




大木くんは何かよくわからないことを言っていた。






「すごーい!」「かっこいい~!」「〇面ライダーみたい!」




何かすごいことが起こった、ということはわかっているのだろう。


子供たちが歓声を上げている。


黛さんはいつものようにニコニコとして手を振っているが、先輩にはさすがに余裕がなさそうだ。




「田中ぁ・・・」




子供たちの称賛の声を割りながら、先輩がこちらに来る。


・・・足が震えている。


胸以外に、何度かいい打撃をもらったらしい。




「疲れたあ・・・支えて」




「うわわ」




よほど疲れたのか、先輩は俺の前まで来るとふらりと倒れ込んできた。


慌てて受け止めようとした時に、それは起こった。




「ぬんっ」「っが!?!?」




手を広げて受け止めようとした俺の胸に、先輩の両掌が同時に叩き込まれた。


軽い接触のはずなのに、衝撃が背後まで突き抜けた。


ついでに肺の中の酸素も放出される。




「っなに、しやがんだ、こ、この、ちびっこ・・・」




視界が暗くなり、膝を付く。


そのまま俺は校庭の土とお友達になった。




「なん・・・なんと!後藤倫さん、あの一瞬で術利を会得されたでありますかっ!?それはそれとして一朗太さん!大丈夫でありますか!?」




「だいじょば・・・ない・・・」




俺の背中を、優しく叩いたり摩ったりしながら心配する式部さん。


回復しつつある視界で、俺は上を見上げる。




「今チビって言ったろ田中。・・・気分がいいから許してやる」




先輩は、汗をかきながらも凄まじいドヤ顔を披露していた。


・・・じ、自由人・・・!!

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