33話 それがないのはさすがに困ること 後編
それがないのはさすがに困ること 後編
「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
店員の服装をしたゾンビが、床に置いてある買い物かごをなぎ倒しながら走ってくる。
外傷はナシ、ってことは噛まれずに初手でゾンビになったクチか。
冷静に距離を見極め、兜割を八相に構える。
「ふぅう・・・っし!!」
周囲の服に当たらないように気を付けつつ、踏み込みながらコンパクトな横薙ぎ。
「ェグッ・・・」
ゾンビが伸ばした腕の上を通過した兜割が、首元に食い込む。
ごぎ、と骨の折れる感触。
「一丁、あがりっと・・・おっと」
「ギャバアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
首を破壊されて倒れ込むゾンビの後ろに、新手。
こっちは全身を齧られた形跡のある若い男だ。
作業服を着ているから、搬入の業者かもしれん。
「―――ボウズ!漫然と振るんじゃねえぞ!これも稽古だと思え!!」
横からおっちゃんの檄が飛ぶ。
あちらはまだ距離があって接敵していないらしい。
「応!!」
短く答え、新手に向き直る。
確かに、手癖で無意識に戦うってのも重要だが・・・今みたいに相手がさほど脅威じゃない場合は余裕を持ってしっかり対応するべきだな。
しっかり引き締めて行かないと一挙手一投足が雑になっちまう。
後ろにお姫様が3人・・・いや4人もいることだし、用心に越したことはないな。
「グルアアアアッ!!!!」
吠えるゾンビに対し、鋭く踏み込む。
「おおおおっ!!!!!!」
腰だめに力を溜め、体ごと突く。
足先から手先まで、ロスなく力をかき集める。
「―――ギィイ!?!?」
ゾンビの速度と俺の速度が、兜割の切っ先一点に凝縮された突きが胸を貫く。
衝撃が両肩に襲い掛かると同時に、切っ先は確実に心臓を破壊した。
南雲流剣術、奥伝ノ二『瞬またたき』
即死?したゾンビの腹を蹴り付け、兜割を引き抜く。
その奥に、新手の気配はない。
気配は、おっちゃんの方に向かっている。
「いい一撃じゃねえかよ、おっと・・・お客さんだ」
おっちゃんはいつものように口を歪め、肩に乗せていた何の変哲もない木刀をだらりと下げた。
俺とおっちゃんは、先んじて衣料品店に突撃した。
女性陣は入り口の近くの外部で待機している。
入ってすぐに万引き防止用ゲートをぶん殴ってでかい金属音を立てたので、店内のゾンビはこちらへ殺到してきた。
ここは入り口近くなので面積は広く、戦いやすい。
迎撃にはもってこい、だ。
「さあて、運動運動・・・っと」
おっちゃんがスタンスを若干広く取った。
普通の立ち姿、ではない。
見た目は普通だが、ポンコツな俺にもわかるくらい・・・隙が無い。
前後左右、どこから何が殴りかかっても倒されている姿が想像できない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
服の山を掻き分け、大柄な男ゾンビが迫る。
・・・若干肌が黒っぽい。
このまま行けば黒ゾンビにクラスチェンジしそうな個体、なのか?
おっちゃんの間合いに、ゾンビが足を踏み入れた瞬間。
「ほい」
気の抜けるような掛け声とは別に、腹に響くような打撃音。
「ァアッ・・・ァ・・・」
さほど速くもないように見えた木刀の一撃が、ゾンビの首にめり込んでいる。
俺の目でも、やっと追えるような速度で。
速いのに、遅く見える。
・・・相変わらず、底の見えない人だ。
「おいおい、人気者だな」
その後ろから、俺の時と同じように新手が現れた。
今度は女のゾンビだ。
「よい、せ」
おっちゃんは緩やかに、だが素早く踏み込みつつ―――柄尻を胸の中心に叩き込んだ。
踏み込みが、床を叩き割るほどの音を出す。
そして胸に叩き込まれた一撃は、ゾンビを来た方向へ弾き飛ばした。
「―――ァアッ!?」
胸の中心をクレーターのように陥没させながら吹き飛んだゾンビは、いくつかの棚をなぎ倒して止まる。
そして止まった頃には、既にゾンビは成仏していた。
「よぉし、快調快調」
木刀の峰で肩を叩きながら、おっちゃんは嬉しそうに笑った。
・・・バケモンめ。
なんで何の変哲もないノーマル木刀でそんな威力が出せるんだよ。
そして威力もだが、衝撃の逃がし方が抜群に上手い。
俺なら、初めの撃ち込みで木刀がへし折れてんぞ。
「ボウズ!まだまだ来るぞぉ!」
「おっと、了解!!」
店の奥から、足音と気配。
追加で盛大に音を出したからな、そりゃ気付かれるわ。
さーて、油断せずに店内を綺麗にしますかね。
気配に備え、息を吐きながら構えた。
・・☆・・
「アニーさん、クリアですよ~」
「いやあ、いい運動になったもんだな」
後ろを振り向き、外のアニーさんに声をかける。
おっちゃんは首をごきごきと鳴らしつつも全く疲れた様子を見せていない。
あれから殺到したゾンビは、あわせて12体。
元が結構でっかい店だっただけあって、店員さんも多くいたらしい。
だが、特に苦戦することもなく駆除することに成功した。
油断はしないし慢心もしないが、それでも苦戦する程の相手じゃない。
「無料で見るのが申し訳ないほどの絶技だったよ、2人とも」
俺の報告を聞きつつも、万が一を想定しているのか油断なくライフルを構えたアニーさんが入店。
銃口がブレずに素早く左右に振られている。
うーん、いい体幹だ。
「にいちゃん相変わらずかっけーし!モンドのおっちゃんも!」
その後ろから、目を輝かせた朝霞。
こいつは牙島でも修羅場を潜ったからな、体に妙な緊張はない。
「アクション映画みたいな動きだったよぉ・・・すっごいっていう感想しか出てこないよぉ・・・」
「あんな簡単に・・・すっごいですっ!感動しましたっ!!」
おっかなびっくりスタンバトンを構えた由紀子ちゃんと比奈ちゃんも続く。
こちらは緊張しているが、それでもパニックまでは起こしていない。
俺達を信頼してくれているようだ。
「おっちゃん、新手は?」
「わかりきったこと聞くんじゃねえ・・・ナシだ」
いやまあ、わかってたけどお墨付きって欲しいじゃん?
おっちゃんレーダーの方が格上の性能なんだしさあ。
「よし、じゃあこれからは・・・お好きにどうぞ、みんな。俺のファッションセンスは地に落ちてるから、荷物持ち以外は期待しないでくれ!」
「張り切って言うセリフではないぞ、イチロー」
呆れたように溜息をつくアニーさんが、まずカゴを持った。
「キャシディのもの含め、女性陣の下着はまず私が行こうか。3人は各々気に入ったものと、子供たちのものの回収を頼む」
「がってん!島からこっち、服屋なんて久々だから燃えるし!頑張ってにいちゃんをメロメロにする服を回収するんだかんね~!」
アニーさんの許しが出て、まず朝霞がカゴを回収しつつ店内へダッシュ・・・しつつも、床のゾンビを軽やかに跳び越えた。
アイツ・・・無駄にスペック高いでやんの。
「俺の悩殺とかは二の次にして、動きやすいモノを選ぶんだぞ~」
「だいじょぶ!シタギで悩殺するから~!!」
大丈夫要素が微塵もねえなコイツ・・・
前に島で見た絆創膏みたいなレベルの奴とか持ってこないよな・・・?
「よ、よーし!全品100%オフだよ比奈ちゃん!行こ行こ!!」
「はいっ!坂下先輩!!」
朝霞に遅れつつも、由紀子ちゃんたちも気合を入れて動き出した。
女性陣にとって服ってのは戦闘服みたいなもんなのかもしれん、俺にはイマイチよくわからんけどな。
まあ、甲冑や装甲服と同じって考えると・・・ちょいとわかる気がするけども。
「んじゃ、俺は出入り口付近で偵察しつつ一服しとくわ」
「俺ぁ美玖の土産でも物色しとこうかね・・・」
どうやらおっちゃんは俺よりも服に詳しいようだ。
さすがは妻子持ち・・・経験値が違うな!
「比奈ちゃん由紀子ちゃん!これどう?どう?」
「わ、わわわっ!?それもうほとんど紐じゃないですかっ!?」
「ど、どこも隠せないよう・・・そんなのも売ってるんだぁ・・・ここ」
「アサカ、紐タイプは値段で選べ。安物だと肌を痛めるからな」
・・・女性用下着コーナーから、破壊力の高い台詞が飛んでくる。
護衛だからあまり離れるわけにもいかんのが辛い。
朝霞よ、音量下げろよ。
っていうか紐ってなんだ紐って。
そしてなんでアニーさんはそんなに詳しい・・・いや、これ以上考えるのはよそう、うん。
入口のガラスにもたれ、紫煙を外へ吐き出す。
煙が消えていく空は、今日も今日とて晴天である。
そろそろ雨降ってくんないかなあ。
ここんとこ晴れ続きだもん、畑の水やりも大変なんだぞ?
水路や井戸で水は潤沢にあるが、それでも面倒臭いもんは面倒臭いのだ。
「実戦に勝る稽古無し、ってのはその通りだなボウズ」
物色を終えたおっちゃんが横に来た。
抱えている袋は、美玖ちゃんへのお土産だろうか。
「お前さん、俺の店まで探索しに来た時よりも随分動きが良くなってるぜ」
「まあ、多少・・・いやかなり修羅場も潜ったからね。ヘッポコのままじゃ死んじゃうし」
そんなに経っていないのに、まるで遥か昔のようだ。
あの頃はまさか、こんなに大所帯になるとは思わなかったなあ・・・縁って不思議。
特に後悔なんかはしていないけども。
「―――それだけじゃねえだろう?『仇』も『出所』してるんだって?」
おっちゃんの続く言葉に、体温が下がった。
領国のこと・・・おっちゃんも知ってたのか。
「どんだけ強くなっても、気持ちが顔に出るとこは変わらねえな。その顔、美玖の前ではすんじゃねえぞ」
「・・・なんで、領国のことを」
俺の問いかけに、おっちゃんは顔を顰めて答えた。
「あの事件は有名だし、俺ぁ警察関係者とも付き合いがあるからよ。それで領国の野郎のことは、元々知ってたんだよ」
「いや、そこじゃなくって俺との関係なんだけど」
「そこは田宮先生から昔にな。『時代遅れの敵討ちを指南してやるも一興じゃな』なんて言ってたぜ」
・・・師匠経由か。
そういえば入門の時にそんなこと、言ってたっけな。
「アイツ自体の腕っぷしは大したことはねえだろうが、その周りが厄介だな。鍛治屋敷のクソガキに、なんとかっていう軍隊もいるしよ」
「俺の見解も同じようなもんだよ。事実だから認めるけど、ヤツの人間性はクソだが頭脳はピカ一だ・・・囲い込んでるんだろうさ、大事に」
鍛治屋敷のカミさんに、領国。
そんな奴らを抱えて、『レッドキャップ』は何をしようとしているんだろうか。
あいにく俺みたいな平凡脳味噌じゃあ想像もできないが、ロクでもないことだってのはわかる。
例の強化型赤ん坊ゾンビとかな。
「それでも、ボウスはやるんだろう?」
「―――当然。やらないなら死んだ方がマシだよ、おっちゃん」
アイツが生きているだけで、この先不利益を被る人間は続出するだろう。
それもあるが、なにより俺が許せないのは・・・
「ゆかちゃんを・・・何も悪くない子供たちを28人も殺したアイツが、今も生きてるって事実だけで虫唾が走るんだ。俺だって大した人間じゃないけど・・・ヤツだけは、生かしておいちゃいけないんだ」
噛み締めたフィルターが折れる。
こうしてヤツの顔を想像するだけで、胸が爆発しそうなほど熱くなる。
それとは逆に、頭の芯は極寒の大地に放り出されたように冷えた。
「・・・ま、止めはしねえしするつもりもねえ。俺だっておめえと似た立場なら喜んでそうしただろうよ」
おっちゃんはもたれていた壁から少し体を離し、腰に手を当てて伸びた。
「幸いなことに法なんざとっくのとうにオシャカになってんだ。好きにやりな」
「そこだけは、ゾンビに感謝だね」
新しい煙草を咥え、火を点ける。
脳裏に、いつだったか聞いた師匠の言葉が蘇った。
『この世にはのう、生かしておいてはいかん連中がおるんじゃよ。時代が変わっても、法が変わっても・・・必ず、おるんじゃよ』
『ソレ』が領国かどうかは、俺にはわからない。
わからない、が。
いつか、きっといつか。
あの首を斬り落としてやると決めたんだ。
新しい煙草は、いつもよりも少しだけ重い感じがした。
「それだけにとらわれて視野を狭めんなよ・・・と、言いてえところだが。ボウスは大丈夫だろうな・・・なんてったって、年季が違わぁ」
・・・伊達に、人生の半分を恨んで生きちゃいないさ。
俺にとっちゃ、もう日常みたいなもんだしな。
「それにしても難儀だねえ・・・色々と。もっとシンプルに生きたいもんだ」
「馬鹿野郎。それこそが人生だ、ボウズ」
おっちゃんの格言めいた言葉に、俺は苦笑いしつつ紫煙を吐き出した。
・・☆・・
「にいちゃん、お待たせぇ!」
「おうお帰り、目当てのモンは見つかったか?」
おっちゃんと少しだけ重い話をした後、当たり障りのない会話をすることしばし。
店内でキャッキャしていた女性陣は、朝霞を先頭にして帰ってきた。
・・・とんでもない量の荷物を抱えて。
『そんなに必要なのか?』という言葉が喉元まで出かかったが・・・俺だって馬鹿じゃない。
それはしっかり飲み込みましたともさ。
「んふふ~!にいちゃんがケダモノになるくらいのを回収しといたかんね!今度見てね!」
「断固として拒否する」
「なぁんでぇ?」
心から不思議そうな顔すんじゃないの。
一体どんなモノを回収してきたんだか・・・
ここは一般的な服屋だから大丈夫だとは思うけども・・・いや待て紐とか言ってたな?
うーん・・・考えるのはよそう。
「・・・そうじゃなくって子供たちの服とか、その他諸々必要なもんだよ」
「バッチリだよおにーさん!ねー比奈ちゃん!」
「はいっ!動きやすくてカワイイものもいっぱいありますよっ!」
由紀子ちゃんと比奈ちゃんが袋を抱えたまま器用にハイタッチしている。
そっか、それならよかった。
「キャシーの注文品も中々いいモノが見つかったよ。ホラこれなどサイズが合えば私が着用したいくらいだ」
「見せんでいい見せんでいい!!」
最後尾のアニーさんが、何かとんでもなく布面積の少ない下着のようなモノを取り出した。
すかさず視線を外す。
・・・ちゃんと普通?のものもあるんでしょうね!?
確認するつもりはないけども!!
「よっしゃ、それならここにある段ボールに詰めて車に運ぶとする・・・どうしたのおっちゃん」
とにかく用事が片付いたので撤収作業に入ろうとすると、おっちゃんが無言のまま外を見ていた。
その表情はいつになく真剣である。
「・・・空気が臭うな」
「え?雨でも降ってくるっての?そんな天気には見えな―――!」
そう問い返した時、俺の鼻にも若干の違和感があった。
開けたままのドアから流れ込んでくる空気に・・・この、臭いは。
「―――血生臭ぇ。何か来るぜ、おい」
「アニーさん!荷物はここにおいて3人の護衛を!」
言いつつ、兜割を抜刀。
「アイコピー!みんな、私の後ろに」
アニーさんは表情を一変させ、荷物を床に落としつつ背中に回していたライフルを構えた。
残りの3人は、俺達の様子に慌てて荷物を落としてスタンバトンを握る。
何も言わずに外へ出たおっちゃんを追う。
「我々はこのままここに残るぞ・・・ふふ、心配するな3人とも。あの顔をしたイチローが負けるものかよ」
何やら全幅の信頼が少し恥ずかしいが、甘んじて受けようか。
さてさて、帰る前にひと悶着ありそうだな。
駐車場の中ほどまで歩き、広い空間を確保する。
相手が銃持ちのチンピラなら自殺行為だが、その心配はない。
なぜなら―――
「でっけえなあオイ、2メートル超えてんじゃねえか」
おっちゃんの言う通り、駐車場に面した道路の反対側。
そこに、歪な影があった。
「グルウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
そいつは俺達を視認したのか、大声を出した。
「へえ、アイツが『白黒』ってのか。死体以外じゃ初めて見るな」
道路の向こうで吠えたのは、白黒ゾンビ。
元は一般的な男性だったようだが、今はもうパッツンパツンに発達した筋肉で別物だ。
着ていた服も、ほぼ原型をとどめていないボロ布と化している。
「随分、暴れたみたいだねえ」
「だな、あれじゃ白黒じゃなくって赤黒だ」
その体中には、血痕や肉片がこびりついている。
それが人のものかゾンビのものかはわからんが・・・かなり『育って』いるようだ。
そして、奴は手に・・・なんだろうな、3メートルくらいあるデカい鉄の棒を握っている。
アレは・・・工事現場とかで使う鉄棒だろうか?
どっから見繕ってきやがったんだ?
七塚原先輩の八尺棒より長い。
「1匹だけか、よし」
「えっちょっとうおお!?」
呟くなり、おっちゃんは俺に持っていた木刀をひょいと放ると歩き出した。
ちょっと!?何考えてんだ!?
「元気なうちにひと当たりしときてえからな。手出すんじゃねえぞ」
「いや、それは別にいいけど武器!さすがに素手じゃ無理・・・い?」
歩き出したおっちゃんは、いつの間にか右手に杖のようなものを持っていた。
あれは・・・仕込み杖!?
あー!ナカジマをアレした時に持ってたヤツ!
また作務衣の中に隠してたのか!?
「おめえや無我と違って、俺ぁ重てぇ得物は好かねえのよ。コイツで十分さ」
しかし、あの仕込み杖いくらなんでも短すぎやしないか!?
たぶん刃渡りは2尺もないぞ!?
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
歩くおっちゃんに向かい、白黒が道路を走って横断してくる。
相変わらずアホみたいに速い。
あっという間に奴は駐車場に侵入し、こちら目掛けて疾走してくる。
おっちゃんはそれを迎え撃つように、足を止めた。
「そんなに急がなくっても逃げたりしねえよ、テメエごときにはな」
「グルガアアアアッ!!!ガアアアアアアッ!!!!」
間合いに踏み込んだ白黒が、走り込む勢いを全て乗せるような攻撃態勢に入った。
大上段に振りかぶった鉄棒を、片手で振り下ろす。
「はん、頭の方は猿といい勝負だぜ」
ごう、という風鳴り。
おっちゃんの脳天を叩き割る軌道で放たれた攻撃。
それが、駐車場の地面に突き刺さった。
アスファルトは割れ、破片が飛び散る。
「へぇ、馬鹿力だな」
だがおっちゃんは、その鉄棒の横に普通に立っていた。
・・・俺みたいに大きく避けてもいない。
最小限の体捌きで、直撃を避けている。
そして―――
「軽く添えただけでコレか。楽でいいやな」
いつの間にか鞘から抜けていた仕込み杖。
その刃によって、白黒が鉄棒を握っていた親指が切断されていた。
・・・おっちゃんは、振り下ろしを見切って避けつつその握り手の親指だけを斬り飛ばしたのだ。
白黒ゾンビの力を利用して。
「ガアアア!?ガギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
白黒は鉄棒を持ち上げようとしてそれを取り落とす。
握りの要である親指がないんだ、勢いよく持ち上げようとすればそりゃあそうなる。
「ホレ来い、うすのろ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
素手になった白黒は、すぐさま拳を握っておっちゃんに横殴りのパンチを浴びせようとする。
だが、そんなもんがおっちゃんに当たるわけはない。
「おお、斬れた斬れた」「ギャアアアアアウ!?!?!?」
ゆるりと足を広げ、姿勢を低くしたおっちゃんの上を拳が通過。
それと同時に、肘の部分に刃が『置かれた』
白黒は、自分の馬鹿力で関節を斬り裂かれる。
「っと」
噴出する体液を避けるように、おっちゃんが後方へ軽く跳ぶ。
拳を振り抜いた白黒だが、その右手はもう曲がることはないだろう。
おそらく神経を斬られている。
もはや、ぶらぶらと揺れるだけだ。
「グルウルルルウウウウウウウア!!!!アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
だが、そこは野生の獣より何倍も危機感のないゾンビ。
跳んだおっちゃんを追って、無事な左手を振り上げて跳躍した。
「お、いいねえ」
鞘を捨て、両手で仕込み杖を保持したおっちゃんが前に低く跳ぶ。
「そぉら」「ゲギャッ!?アアアアガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?」
大上段から振るったおっちゃんの一撃は、空中で白黒の片足首を深く斬った。
その頭上を飛び越えた白黒は、着地の衝撃と自分の体重で足首からぶちぶちと音を立てさせながら地面に沈む。
バランスを崩して片手を地面につき、倒れることだけは避けたようだが―――
「―――えぇええあッ!!!!」
おっちゃんが、この戦いが始まってから発した事のなかった裂帛の気合を吐きつつ鋭く回転。
振り返る動きを乗せた仕込み杖は、背中を向けて『丁度いい位置』にあった白黒の延髄を豆腐でも切るかのように通過した。
「ァア、ァ、オ―――」
首の関節の隙間を縫ったその斬撃は、容易に重要器官を切断したらしい。
少しばかり呻いた後、白黒は地響きを立てて前のめりに倒れ込んだ。
そして、一度大きく痙攣した後・・・もう二度と動くことはなかった。
残心を済ませ、おっちゃんは軽やかに血振り。
峰で肩をとんと叩いた。
「ふむん、まあこんなもんか。だいたいわかった・・・次に出た時は全部ボウズに任せるぜ」
いつものように、何の気負いもなくおっちゃんはそう言い。
こちらへ向かって鞘を拾いながら歩いてきた。
「ひゃああ!すっげ!モンドのおっちゃんすっげえし!!パねえ!!パねえ!!」
店内から、抑えきれない朝霞の歓声が聞こえてきた。
「はは・・・俺の周りの老人、全員バケモンだわ、ほんと」
俺は、ある意味わかりきっていた結論を呟くのだった。
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