29話 報告・連絡・帰還のこと

報告・連絡・帰還のこと








「それはこっちに!」




「血抜きは済んでるけど、なるべく早く冷やした方がいいぞ~!」




「荷車!荷車持ってこい!」




例の『ハンター』さんの車列に続いて友愛に入ると、そこはさながら戦場のようだった。


警官や自衛隊、それにガタイのいい民間人たちがトラックから肉塊を下ろしている。


かなりの分量だなあ・・・どこの猟師さんたちだろう。




「アレは鹿だな。なかなかいいサイズじゃないか」




「はえー・・・よくわかりますねえ」




「オッキイ!」




そして俺たちは、いつもの来客用駐車場に車を停めてそれを見物している。


今はちょっと忙しそうだしな。




「キャシディさん、これどうぞ」




「アリガート!」




荷台から、さっきのコンビニで回収した煙草の箱を1つキャシディさんに渡す。


しばらくは、ゆっくり喫煙でもしながら待つとするか。




「フムン、よく手入れされた猟銃だ。持ち方を見ても、昨日今日手に入れた感じではないな」




アニーさんは、ハンターさんたちの持っている銃や装備を観察しているようだ。




「恐らく、元々ライセンスを持っていた連中だろう。残念だったなイチロー・・・変なのはいない」




「全然残念じゃないんですけども」




アニーさんの『目』のチェックによると、男性は安全らしい。


あと俺は戦闘狂じゃないっての。




「イチロー!イチロ~!」




「あ、ライターがなかったんですね。そりゃすいません」




ライターで火を点け、キャシディさんの口元へ。


・・・よく考えたらかなり怪我したのにタバコ吸ってもいいんだろうか?


まあ、アニーさんが何も言わないんだったらいいか。




「田中野さん!」




肉を下ろしている一団の後ろから、見知った顔の警官がこっちへ走ってきた。


あれは・・・兄貴の方の森山さんだな。


双子かってくらい似ているが、よく見ると微妙に違うんだ。


兄貴の方が若干筋肉が多くて、精悍な顔をしている。


弟はまだ水産センターなんだろうか。 




「森山さん、お疲れ様です」




さすがに荷台に座ったままでは失礼なので、地面に下りて挨拶する。




「お疲れなのはそちらでしょう・・・今回も随分と大事だったようで、お手数をおかけしました」




水産センターに向かわせたことを気に病んでいる感じだが、好きで行ったんだから別に気にしていない。




「いやいや、向こうには知り合いもいましたし・・・結果的には行ってよかったですよ」




自惚れではなく、あの赤子ゾンビは一般市民相手だとかなりの強敵だっただろう。


最悪、噛まれまくって避難所がゾンビまみれになる可能性もあったと思う。


前座のチンピラ連中なら放っておいても大丈夫だっただろうが・・・後詰には鍛治屋敷の糞野郎もいたしな。




「あの、例のゾンビですが・・・」




周囲を気にするように、森山さんは声を潜めた。




「こちらで回収し、龍宮からの研究班に引き渡す予定です・・・僕もチラッと見ましたけど、なんですかアレは・・・?」




「・・・たぶんゾンビ汁を凝縮して無理やり作ったんじゃないかと思います。例の『レッドキャップ』がね」




森山さんは鷹目さんと組んで詩谷と龍宮を行き来しているから、そこらへんは知ってるだろうと思って名前を出した。




「ああ、牙島にいるっていう特殊部隊ですか・・・まさか、あんなものを作るなんて」




やっぱり知っていた。


なら、これも言っておこう。




「森山さん、真偽は不明ですけど・・・奴らは女性を探しているみたいです。くれぐれも注意してください」




前に、リッパーだかなんだかがそんなことを言っていた。


あの赤子ゾンビ・・・『量産』させるわけにはいかない。




ゾンビの姿を見たという森山さんの、顔色が変わった。


アレが元々『何か』ということに思い至ったのだろう。




「・・・僕の、命に代えても必ず守りますよ」




だが、その目に宿った意思は揺るがない。


・・・ほんと、いいカップルだな。




「フムン、いい男じゃあないか。羨ましいなあ、羨ましすぎるなあ」




「ムワーッ!?!?!?」




そんなシリアスな空気を、アニーさんが後ろから抱き着いてくるという行動が粉々にした。


あー!またシリアスさんが死んだ!!




「同じ男として思う所はないのかイチロー?んん?」




「すごい!すごいと思うので離れて!離れてくださいよ!」




むっちゃ人いるのにここ!


周囲の視線が痛い!!


ハンターっぽい人たちがむっちゃ睨んでくる!気がする!!


お仕事中にすいません!俺悪くないけど!!




「『大変!お怪我は大丈夫ですか!?』」




おっと、鷹目さんもこちらへやってきた。


運転席のキャシディさんの状態に気付いたようで、何やら心配そうに声をかけている。




「『アラ大丈夫よ、化膿さえしなきゃ健康体ね』」




「『保健室でもう一度診察した方が・・・今、外科医さんがいるんですよ』」




「『本当に大丈夫よ、アニーは軍医の資格もあるからね』」




なんか・・・中で治療しようみたいに言われてるのかな?


やってもらえるならその方がいいと思うが・・・




「『何分急な処置だったからな、どうせならしっかり見ておきたい。どれ・・・私も一緒に行こう』イチロー、キャシディを保健室で治療してくる。ここの責任者への説明は任せたぞ」




アニーさんはそう言うと腕をほどき、さっさと荷台から下りた。


そして何事か言うキャシディさんを運転席から引っ張り出すと、鷹目さんと連れ立って校舎の方へ消えていった。


・・・行動が早い!




「あー・・・それじゃあ森山さん、宮田さんの所まで一緒に行ってくれます?」




「あ、はい!どうぞ!!」




俺たちも、校舎の方へ行くことにした。


慌ただしくしている人たちには悪いので、いつもは使わない別の入口に行く方がいいな・・・






・・☆・・






「田中野さん、お疲れ様です。まずはおかけください」




校長室に案内されると、宮田さんが立ち上がって迎えてくれた。


相変わらず強そうな人だこと。


自主トレを欠かしていないのか、いつも通りの筋肉だ。




フッカフカのソファーに座ると、森山さんが温かいコーヒーを注いでくれた。


・・・鷹目さんのお手製かな?




「さて・・・初めに、片桐巡査長をお助けいただいたこと、誠にありがとうございます」




俺の向かいに腰を下ろした宮田さんが、深々と頭を下げてきた。


・・・かたぎり?


え、存じ上げないんですが・・・あ、もしかして!




「あのチンピラ共に拷問された警官ですか。その、彼の容体は?」




「そちらのモーゼズさんの処置が良かったお陰で、安定しています。あれなら後遺症が残ることもないでしょう」




あー・・・そりゃよかった。


アニーさん、むっちゃ手際よかったもんな。


俺も牙島漂流中には大分世話になったもんなあ・・・足を向けて寝れないや。


・・・でも布団に入ってくるのはカンベンな!!




「水産センターの方でも怪我人は出ましたが、死者はいません。あちらからの通信で、田中野さんの注意喚起が無かったら爆発に巻き込まれていたと大変感謝していましたよ」


「ああ、別にそんな・・・なんか嫌な予感がしたし、相手方に鍛治屋敷がいたもんで絶対爆弾仕込んでるだろうなって」




鍛治屋敷の名前を出すと、宮田さんの眉間に皺が寄る。


マトモな陣営にとって、あれほどの厄介キャラもいないもんなあ。




「やはり、生きていましたか・・・」




「ほんと、〇キブリよりも生命力がありますよねぇ」




俺も似たようなもんだがね。




「やっと各避難所との連携も機能してきて、食料も安定して確保でき始めた矢先に・・・頭が痛いですよ」




「ですね。で、この上の厄ネタで申し訳ないんですけど・・・アイツ、『俺と戦うのよりまだまだ先約がある』みたいなこと言ってました」




そう言うと、宮田さんは深く息を吐いた。




「・・・我々にできることは、偵察と警戒が主になりそうです。特に、女性警官や女性自衛官の単独行動の禁止、ですかね」




「宮田さんも見ましたか、『アレ』」




ゆっくりと、宮田さんは頷く。




「私はさほど宗教に熱心な人間ではありませんが・・・アレを人間が作り出したとすれば『神をも恐れぬ所業』とでも言いたくなりますな」




「神様もいるならいるで、大分性格が悪いと思いますけどねぇ」




慈悲深い神様ってのが本当にいるんなら、まずゾンビが発生していないと思う。




「それで・・・田中野さん、実際に戦ってみてどうでしたか」




実際、実際ねえ。


うーん・・・




「とにかく動きが速いです、しかも獣みたいに4足歩行するんで通常のゾンビとは違いますね。加えてあの装甲がクッソ硬いです、しかも変形します」




「・・・なんと」




宮田さんは絶句している。




「たぶん確認したんなら、口がガバーっと裂けてたでしょ?アレ、俺と戦ってる最中にあの大きさになったんですよ」




「・・・装甲の強度はどのくらいですか?」




森山さんも話に入ってきた。




「ええっと・・・白黒よりも気持ち硬いくらい・・・ですかね。ただ、今回は援護に来たアニーさんがぶっ放した対物ライフルで割れていました、貫通はしていなかったと思います」




「あの傷はそれで・・・ちなみに距離についてはわかりますか?」




「あの時は乱戦気味だったんですが・・・たぶん、50メートル前後だったと思います」




今思えば、アニーさんよく当てられたよな。




「それと、キャシディさんの拳銃でも目は破壊できました。かなりの近距離ですが」




アレも凄い命中精度だったな。




「「・・・」」




警官2人は揃って黙り込んだ。


しばらくその状態は続き・・・宮田さんが口を開く。




「・・・田中野さんたちのように突出した戦闘能力がない場合、個々で当たると大惨事になるな」




「ええ、事前にわかっていれば電気シールドで囲い込む戦法が取れますけど・・・突発的な遭遇の場合は・・・」




「何人かに1人の割合で散弾銃を支給するほかないな、ストッピングパワーが強い銃弾も合わせて」




戦術の練り直しだろうか?


正直、集団戦法については素人なので何も言うまい。




「強化型スタンバトンも数を揃えないといけないな・・・」




「駐留軍の装甲服は効果的ですが、重すぎてロクに動けませんしね・・・むしろなんで彼らはアレで戦闘機動がとれるんでしょうか」




「待て、私もできるが?」




「スミマセン、巡査部長も突出側です」




・・・宮田さん、あの装甲服着て動き回れるのかよ。


すっげえ・・・さすがの筋肉パワーだ。




「そういえば、駐留軍のグレイスン曹長が負傷されたとお聞きしましたが」




おっとと、俺に質問が飛んできた。




「あーはい、マイクロバスの爆発に巻き込まれて左腕を怪我したんですよ。アニーさんが縫合したから大丈夫らしいんですが・・・今はここの保健室で詳しく調べてもらってます」




「森山、保健室に連絡。必要な薬品は全ての使用を許可すると伝えろ」




「了解しました、直ちに」




森山さんは軽く敬礼すると、すぐさま校長室を出て行く。


おおう・・・ありがてえなあ。




「ありがとうございます!宮田さん」




「いえいえ、避難所を助けての負傷ですから当然ですよ」




友好的な関係でよかったあ。




「・・・新型のゾンビについてはこれくらいですかね。龍宮で詳しく研究するそうなので、いずれもっとわかることも増えるでしょう」




「御神楽高校ですか?」




「いえ、その近辺の製薬会社を最近確保したそうです。さすがに、避難民に見せるには刺激が強いですし」




はえー・・・古保利さんたち、俺が牙島にいる間にも色々動いていたんだなあ。


さすが、有能な指揮官が3人も揃ってるだけのことはある。


・・・3人とも何故か最前線で大暴れしがちだけど。




「それで・・・田中野さん、そちらはもう落ち着きましたか?何か困りごとなどはありませんか?」




俺達のことまで気にかけてくれるなんて、ほんっといい人だなあ。




「いやあ・・・俺以外はみんな平和に過ごしてますよ。高柳運送の近所も七塚原先輩がゾンビを根絶やしにしてくれたおかげでタヌキやらキツネやらが・・・ああそうだ、これ見てくださいよコレ!」




懐からスマホを取り出し、写真を表示する。


大木くんお手製のデラックス馬房でくつろいでいるヴィルヴァルゲ母娘だ。




「この前迷い馬を保護したんです、俺はよく知らないんですが有名なサラブレッドらしくて―――」




「ひょっとしてこれは・・・ヴィルヴァルゲですか!?」




「ヒエッ」




宮田さんが目を見開いておられる!?


いつだったかの襲撃で一緒に戦った時くらいの気合の入れようだ!?




「そ、そうです、そうです・・・あの、近所にあった牧場がその、チンピラに壊滅させられて逃げたらしくて・・・」




「そうか、竜庭牧場・・・!壊滅、ですか・・・それは、なんとも・・・」




宮田さんが目に見えて落ち込んでいる。


ひょっとしてこの人も競馬大好き勢なのか?




「随分詳しいですね宮田さん。競馬、お好きですか?」




「他府県で叔父が牧場をやっていましてね・・・競馬と言うより、馬が好きなんですよ」




あ、七塚原先輩と同じタイプだこの人。




「この馬房・・・よほど馬好きの人間が作ったんですね。かなりしっかりとした造りです」




「ああ、大木くんがもう死ぬほど頑張ったんですよ。なんでもヴィルヴァルゲで200万くらい儲けたからってのと、この仔馬の父親が大好きらしくって」




あの大木くんの爛々とした目、夢に出てきそうなくらいのすっごい迫力だったもんなあ。




「彼が・・・ふむ、ちなみにこの仔馬の父はなんと?」




「ええっと、確か・・・しゅ、シュターレバイター?でしたっけか」




馬の名前ってカッコいいけど、ちょっと覚えにくい。


これは俺が今まで競馬に全然興味なかったからだろうけど。




「ああ、あのシルバーコレクターですか。まさかラストクロップがまだ生きていたとは・・・田中野さん、もしこの画像を競馬関係者が見れば涙を流して喜びますよ」




そんなにぃ?


でも、競馬はブラッドスポーツって言うからなあ。


確かに、優秀な遺伝子は大切なんだろうな。




「まあ、そういうわけで元気にしていますよ。動物が増えたんで、少しでも子供たちの心のケアになりゃいいんですがね」




「なるほど、動物ですか・・・ここにも小さい子供たちがいますからね、自衛隊の警備犬だけでなくヤギや羊を飼うのもいいかもしれませんな。それくらいの余裕は出来つつありますし」




ここも子供多いもんなあ。


新たちは家族そろってるからいいけど、親を亡くしたり行方が分からなくなった子供もいるだろうし・・・動物は効果あるんじゃなかろうか。




「秋月から何頭か都合してもらうことも考えましょうか。ここの周辺も少しは掃除ができつつありますので」




「そりゃあいい。羊なら毛で服も作れるし、ヤギ乳も体にいいって聞きますしね!」




こうやって植物や動物が増えていけば、人間にだっていいことずくめだ。


・・・ゾンビとチンピラっていうイレギュラーに目をつぶればだけども。




「あ、動物で思い出したんですけど・・・さっき肉を持ち込んでた集団はどこの方たちですか?」




「アレは八千代田やちよだの猟友会が中心になっているグループです。最近になって連絡が取れましてね、向こうのまとめ役が引退した警察官なんですよ」




八千代田ってーと、秋月よりもさらに奥の町だな。


山がいっぱあるところだったな。


たしか、以前に大木くんの古本屋に攻め込んできたチンピラがいた場所だ。




「元警官ですか、それはよかった」




「早期退職した変わり者の先輩だったんですが、今はその縁に感謝です。おかげで避難民の皆さんに肉を提供できますし」




マジでゾンビ関係がなけりゃ、ここの避難所は大丈夫そうだなあ。


あと鍛治屋敷が妙なちょっかい出してこなけりゃいいが・・・




「それにしても田中野さんがお元気でよかった・・・あなたは詩谷と龍宮の仲立ちをしてくださった功労者でもありますからね」




「いやいやいや、そこらへんは有能な神崎さんがやってくれたことで、俺はノータッチというか・・・」




ゾンビとチンピラを畳んできた記憶しかないぞ。


妙に評価が高いとこそばゆいでござるよ。




「はは、まあ・・・そういうことにしておきましょうか」




「ですです・・・あ、状況が落ち着いたら馬見に来てくださいよ、馬」




「ああ・・・それはいいですな、実に楽しみだ」




そうして、俺と宮田さんは揃って煙草に火を点けたのだった。


落ち着くなあ・・・




本当にそんな穏やかな日が来ればいい。


心からそう願うのだった。






・・☆・・








「キャシディさんの怪我は大丈夫ですか?」




「ン、おおむね問題はなかった。緊急時だから荒く縫合しすぎたかと思ったが存外具合がいい・・・あれなら残る傷も最小限になるだろう」




「マジですか、よかったあ」




宮田さんとの会話が終わり、車の所まで戻ってくるとアニーさんたちがすでにいた。




「しかし完全に皮膚が癒着するまでは高柳運送で静養だな。フフ、イソーローが増えるなあイチロー」




「別に俺の家じゃないし部屋も余ってるんで・・・問題ありませんよ」




キャシディさんには大いに助けられた。


ゆっくり休んでいただきたい。




「『包帯巻いて長袖にしとけば、子供たちに心配されないで済むわね』イチロー、モウカエル?」




「あー・・・そうですね。俺に用事はありませんけど・・・アニーさんはどうです?」




海方面の偵察に来たっての、すっかり忘れてた。


他にも見てない港なんかは残ってるが、どうするんだろう。




「概ねの状況は把握したし、ここへの伝達も済んだ。後は警官やジエイタイに任せて様子見といった所かな・・・今回の遭遇戦の情報は『向こう』も把握しているだろうし、同じような場所を攻めてくるほど馬鹿とは思わんさ」




十中八九、鍛治屋敷経由で伝わっているだろうしな。


詩谷には宮田さんや太田さん、花田さんがいる。


あの人たちなら、今回の情報を大いに活かしてくれるだろう。




「ふーむ、じゃあ帰りますかね、高柳運送に」




モンドのおっちゃんの家には顔を出さなくても大丈夫だろう。


どうせ、すぐにまたやってきそうだし。


キャシディさんは怪我人なんだ、用事がないならとっとと帰って休んでもらいたい。




「それでは愛の巣へ帰還するとしようか、イチロー!」




「まーた言ってるよこの人は」




急に元気になったアニーさんを無視し、俺は運転席へ・・・




「ウンテンシタイ、ダメ?」




「・・・『怪我、大丈夫ですか?』」




「ドントウォーリー!ノープロブレム!!」




運転が大好きなキャシディさんのおねだりには勝てなかったので、荷台に乗ることにする。


助手席にはアニーさんに乗ってもらおう。


俺は優雅に寝転んで帰還するとしようか。




荷台に寝転び、毛布を枕にする。


空を見上げると、いい天気と・・・知った顔が3階の窓から顔を出していた。




「おじさん!もう帰っちゃうの!?」




新だ。


その横には志保ちゃんもいた。




「おう!こっちでの仕事が終わったんでな!元気でやれよ!また来るからな~!」




「うん!次は稽古つけてね!!」




「田中野さんもお気をつけて~!また来てくださいね~!!」




2人に手を振ると、ほぼ同時に軽トラが発進した。


新たちは、車が門をくぐるまでずっと手を振ってくれていた。


・・・ここの避難所は大丈夫だろう。


次に来るまで、元気でいろよ。






・・☆・・






「おじさん!おっかえり~!!」




「にいちゃん怪我してない!?腕とか取れてないよねっ!?」




その後はゾンビにも土着チンピラにも遭遇することはなく、無事に高柳運送まで帰って来ることができた。


門を開けるなり、璃子ちゃんと朝霞がすぐに出迎えてくれた。


たった2日なのに、随分と離れていたような気がするなあ。




そして朝霞よ、お前は一体俺をなんだと思ってるんだ。


というツッコミを入れるよりも早く、朝霞は荷台に乗り込むといつものように巻き付いてきた。




「おま、お前なあ」




「にいちゃんケツボウショーだし!干からびるところだったし!!」




「人を禁止薬物扱いすんのはやめなさいよ、まったく・・・ただいま」




「んへへぇ、おかえりい」




なお、璃子ちゃんは横でドン引きしている。


おい、中一に引かれてんぞJK。




「皆さん、お疲れ様です・・・友愛からの通信は受けていましたが、大変だったよう・・・で・・・」




小走りに近付いてきた神崎さんが、荷台の俺を見て一瞬でジト目になった。


拙者は悪くないでござる。




「元気そうで、何よりです。キャシディさんは負傷したと聞きましたが・・・」




「ゲンキヨ~!デモヤスムヨ~!ココデ!」




「縫合や治療は完璧だ。経過観察でしばらく滞在してもらうことになったがな」




アニーさんの補足に、神崎さんは頷く。




「ええ、問題ありません」




そんな会話を聞き流していると、馬房で仔馬と遊んでいたサクラが走ってきた。




「わう!わん!わふ!」




おーおー、元気だな。


朝霞を巻き付けたまま荷台から下りた所で、丁度飛びついてきた。




「たーだいま、サクラ。出張終わったぞ~」




「ひゃん!」




抱き上げると、顔をベロベロ舐めてくるサクラ。


うーん、何故か青臭い・・・お前、飼い葉とか食ってない?




庭のあちこちにいる子供たちからのおかえりに手を振りつつ、馬房の前に。


エマさんはいないな・・・社屋の中かな?




「よーう、ただいまおかあちゃん。お前さんのファンってどこにでもいるのなあ」




ダッシュで腹に頭を叩きつけてきた仔馬を撫でる。


その奥にいるヴィルヴァルゲは、ゆっくりとこちらへ。


抱いていたサクラは奥の方の・・・おが屑の山の中で爆睡しているなーちゃんの方へ走って行った。


いないと思ったらあんな所に・・・




「そこらへんの芸能人なんか目じゃないな、さっすがサラブレッド」




「ブルル」




「あででで」




仔馬と同じように顔をぶつけてくるが、衝撃が違うな。


体重何百キロあるんだろ・・・




「あ、そういえば朝霞よ。このお嬢ちゃんの名前って決まったのか?」




仔馬の頭を撫でると、いつものようにベロンベロン舐められた。


うーん、懐かしの青臭さ。




「すんすん・・・うん!決まったよ!」




サクラよろしく背中を嗅いでいた朝霞。


コイツ、どんどん動物ジャンルに近付いて・・・!


しかしやっと決まったのか、よかった。




「へえ、どんなだ?」






「ゾンネンキント!外国語で『太陽の子』って意味なんだってー!」






その朝霞の声に、仔馬はひひんと可愛らしく嘶いた。




太陽・・・太陽の子ね。


いいじゃん。




「いい名前貰ったなあ、ゾンちゃん」




「ぶるるっ!ひぃん!」




即座に略した俺のあだ名が気に入ったのかどうか、仔馬は目をキラキラさせてもう一度嘶いた。

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