28話 苦い記憶のこと

苦い記憶のこと








「・・・すまないな、イチロー」




コンビニでの大暴れを経て、友愛に向かう我が愛車。


その荷台に、アニーさんと並んで腰かけている。


後ろに向って流れる景色を楽しんでいたら、不意にアニーさんがそう言った。




「・・・お?」




皆目見当がつかない。


俺、何かアニーさんに謝られるようなことってあったっけか?


えーと・・・ああ、そうか。




「週4で朝霞とタッグ組んで布団に突撃してくることですね?サクラの機嫌がちょっと悪くなるんでほんとやめてくださいだだだだだだだ」




何故謝罪された俺が頬を抓られねばならんのだ!?


ひねっ!捻らないで!?




「・・・それではない、あとそれは絶対やめないからな」




「嘘でしょ」




・・・じゃあなんだろうか。


マジで心当たりがない。


あとやめてくんないかな・・・




「さっきの、コンビニでのことだ。思わず我を忘れて行動して・・・イチローが撃たれることになってしまった」




俺の頬から手を放したアニーさんは、下を向いてそう言った。




あー・・・アレか。


たしかに、いつもと違ってかなり興奮しているような様子だったな。


どっちかというと戦闘においては冷静な感じだもんな、アニーさんって。




「いやー、別にアレくらいなんともないですよ。さっきも言いましたけどあんなヘボ矢に当たるほど間抜けじゃないんで」




あんなんに当たってたら、師匠との稽古で百万回は死ぬ羽目になってるからな。


あの爺さん、鏃付けてないからってバンバン急所狙って射ってくるんだぞ。


先に放った矢を斬り払った陰にもう1本あるとかいうチートはマジでやめて欲しい。


危うく失明するところだったんだぞ、アレ。




「っていうか、アニーさんが前に出たら駄目でしょ。矢を撃ち落とせるくらいの技量はあるんでしょうけど、前衛の俺がいるんだから」




そう言うと、アニーさんは目を丸くした後に苦笑。




「あいにく、ウイリアムテルでもなければロビンフッドでもないよ。・・・まったく、謝罪しがいのない男だなあ」




そう言われましても・・・




「ずるい男だよ、キミは」




「あーちょっと!新品の箱があるのにナンデ!?」




先程回収したばかりの煙草を咥えようとしたら、案の定奪われた。


目の前にあるじゃん!6カートンも!!


なぜわざわざ俺が咥えたヤツを・・・




「ふふ、これが一番美味い喫い方なんだ」




「絶対嘘だ」




そう言いつつも、ライターを出す。


これも前にどっかのコンビニで回収したターボライターだ。


走ってる車の荷台でも、問題なく火がつけられる。




「ふうぅ・・・美味い」




アニーさんはおいしそうに紫煙を吸い込むと、ため息と共に吐き出した。


俺も新しいの出すか。


人が喫ってるのを見ると吸いたくなるんだよなあ。




俺も火を点け、煙草を楽しむ。


しばらく無音の時間が流れた。


・・・こうして見ると街は平和に見えるなあ。


普段じゃありえないくらい人が少ないけども。




あ、野良ゾンビだ。


ちょっと頑張って追いかけてくるが、すぐに諦めた。


昼のノーマルゾンビは楽でいいなあ。




・・・よく考えたらゾンビは全部野良みたいなもんか。


飼いゾンビとかちょと未来志向がすぎる。


マッドなマックスさんの世界じゃあるまいし。




「・・・イチロー」




短くなった煙草を咥え、アニーさんが話しかけてくる。


その顔はなんだか・・・ひどく弱々しく見えた。




「前に、キミの過去の話を聞いたことがあるな?」




・・・牙島でのことか。


領国のこととか、ゆかちゃんのことだろうな。


そういえば、あれのちょい前まではアニーさんのこと完全に男だと思ってたんだよなあ。


声真似上手すぎでしょ。




「ああ、そんなこともありましたねえ」




何か俺を気遣っているようだが、別に何か思う所はない。


もう終わったことだし、茶化すような聞き方でもないし。




「私がな、あの連中を殺したのは・・・目が、気に入らなかったからだ」




・・・目?


まあ、こっちとしちゃ警告されても立ち去らず・・・おまけに攻撃までしてきた連中だ。


ゾンビ騒動前ならともかく、今はああいう連中を生かしておく理由もない。


それについて思う所はないけども・・・目が何だって?






「連中が私やキャシディに向けていた目はな、同じ人間を見る目ではなかった。アレは・・・美味そうな『獲物』を見る目だった、何度も『同じこと』をしてきて・・・味を占めた目だった」






そう言ったアニーさんが、少し体を震わせる。


今日は暑いというのに、1人だけ雪山にでもいるような青ざめた顔で。




・・・その言い方からすると、あいつらは『経験者』だったってことか。


なんだ、それならなおのこと殺しておいて正解じゃないか。




「イチロー、私はな・・・ああいう目をした人間を見ると殺さずにはいられないんだ。息の根を止めなければ・・・気が、すまないんだよ」




・・・別にいいんじゃないの?


俺もそういう連中だったって知ってたら初手で脳天かち割りますし。




・・・が、今は口を挟むべきじゃないな。


それくらいの空気は読める。




「キミの過去を聞いたように・・・私の古い記憶も聞いてくれないか、イチロー」




そう言うアニーさんに、俺は新しい煙草を手渡した。


今咥えてるやつ、もうほとんど灰になってるからな。




「友愛まではまだまだ時間があるんで、いくらでもどうぞ」




「ふふ・・・ありがとう」




アニーさんはそれを咥え、また俺が火を点ける。


1回深く喫い込んで、重々しく息を吐いた。




「まだ私が少女だった頃・・・一番の友達が、いたんだ」




下を向き、俺から視線を外し。


そう、アニーさんは小さく呟いた。




「ソフィアという名前でね、笑うとまるで天使のような子だったよ」




宝物の名前を呟くように、そっとアニーさんはこぼす。


愛おしさが込められている、そんな話し方だ。




「家が近所だったし、年も同じだった。何より私たちは何故か馬が合ったんだ」




アニーさんの口元がほころぶ。




「まるで姉妹のように、いつでも一緒にいた。私が喜べば彼女が喜ぶし、彼女が悲しめば私も悲しんだ」




本当に大好きだったんだろう。


思い出を話すアニーさんは、少女のころに戻ったように嬉しそうだ。




「ケンカをしても、半日と経たずに仲直りした。家のこと、学校のこと、気になっているハンサムな上級生のこと、私たちはお互いに何でも話した」




紫煙が、ほころんだ口元から流れる。


そのソフィアさんと面識がない俺でも思わず微笑んでしまう程、その語り口は優しかった。




「きっと、大人になっても今と同じように仲がいいんだろう。結婚しても、子供ができても、孫ができたって・・・私達の関係は変わらないと思っていた・・・彼女もきっと、そう思っていただろう」




アニーさんの唇が、煙草のフィルターを湿らせ。






「―――そう、思っていたんだがなあ」






不意に、歯が噛み合わされた。


フィルターが歪み、噛み締めたその口元が強張る。




それから、アニーさんは何度も何度も深呼吸をした。


話したくないことを、無理にでも紡ぎ出すように。




それほど辛いなら話さなくても・・・と、止めることはしなかった。


それは、アニーさんが望まないだろうから。




「・・・クリスマスまであと少し、というころだった。私はその日・・・彼女と学校の図書館でいつものように話していた」




震える声を抑え、話が再開した。


さっきの思い出を語る時とは真逆の、冷え切った声色でアニーさんは続ける。




「『ナイショよアニー!私への今年のクリスマスプレゼントはね、子犬なの!パパったらドジで、ペットショップとの契約書をテーブルの上に出しっぱなしにしてたんだから!』・・・そう言って笑った彼女の顔を、今でもありありと思い出せるよ・・・」




かわいらしい声色を出し、アニーさんは泣き笑いのような表情になった。




「『日曜日のピクニック、楽しみだわ!今度は新しいサンドイッチに挑戦するのよ、楽しみに待っていてねアニー!』そう言って、ソフィアは元気に走り去っていった・・・それが、私が見た彼女の最後の姿だった」




煙草を咥えたまま、アニーさんは自分で自分を抱きしめた。


あの牙島で、『レッドキャップ』への思いを吐き出した時と同じに。






「彼女が見つかったのは、2週間後だった。・・・正確には、1か月後だったがね・・・鑑定をしなければ、親でもわからない姿にされていたから」






アニーさんの冷たい声が伝染したのか、俺の体温もまた冷えた。




「・・・たまたま、街に見下げ果てたペドフィリアの変態がいて、たまたま、ソフィアを気に入った。クソったれなそいつは、ソフィアで『楽しんだ』後、本職の肉屋のようにあの子をバラバラにし、山に捨てた」




煙草を挟んだアニーさんの指が、震えている。


俺は、何も言えない。




「楽しみにしていたクリスマスを迎えることもなく、あの子は遠い所へ行ってしまった」




淡々と事実だけを述べるように、アニーさんは言った。


どうしようもない悲しみだけが、そこには宿っていた。




「・・・犯人は、どうなったと思う?」




不意に俺を見たその瞳は、決壊しそうな涙で潤んでいた。




「警察がヤツの家に踏み込んだ時には、ハッピーになるクスリのオーバードーズでとっくのとうにあの世行き、さ。何の裁きも受けずに、あの男はこの世から勝手にいなくなった」




・・・復讐する相手がいないってのは、俺よりもキツイかもしれないな。


この手で、落とし前をつけてやることもできないなんて。




「私は泣いたよ。部屋に閉じこもって何日も泣いて泣いて泣いて・・・涙も枯れ果てた時には、今までなかった変な特技を身に付けていた」




鼻を軽く啜り、アニーさんは続ける。


最期まで一気に話しきるつもりのようだ。




「私はね、イチロー。何故か男の目を見れば、だいたいどんな人間かわかるようになったのさ・・・いい奴か、悪い奴かね」




・・・そうか、それでさっきの連中に繋がるわけか。




「嘘じゃあないぞ、今までに見た連中で外れた奴はいなかった。近所で評判のいい父親だと思われていた男はドラッグのバイヤーだったし、布教に熱心な教会の神父は男児へのレイプ容疑で刑務所にぶち込まれた・・・一目見た時から、私はそいつらの目が気に入らなかったんだ」




再びアニーさんは紫煙を吐き出す。




「神か悪魔か、どいつの悪戯か知らないが・・・まったく無駄な力をくれたものだよ」




荷台の床に、ぽたりと涙が落ちた。


それを皮切りに、俯いたアニーさんの顔からは幾筋も涙が流れた。


この人が泣くところなんて、初めて見たな。






「―――ソフィアが『ああなる』前に・・・欲しかった、欲しかったよ」






それだけを呟くと、アニーさんは声を殺して嗚咽している。


いつかのように、その姿があまりに悲しく見えたので・・・俺は彼女の肩に手を回して何度か優しく叩いた。


辛かったろうに・・・そんな話をするなんて。




「・・・いい子、だったんですね」




俺が聞くと、アニーさんは無言で頷いた。


そのまま、俺の肩に頭をもたれかけてくる。




「わたしが、わたしがああいう男を殺して回るのは、殺して回るのはな・・・ソフィアを、ソフィを救っているつもりなのかもしれない・・・もう、全部無駄なのに、無駄でしかないのに」




それだけ言うと、アニーさんは声を殺して涙を流し続けた。




俺は何も言わず、その頭を抱え込んで撫でた。


璃子ちゃんや、美玖ちゃんにするように。


・・・なんだか、アニーさんが小さな女の子みたいに感じたから。






「・・・彼女の笑顔がこの世から消えた事実が、残念でならない。生きていればノーベル平和賞も夢ではなかっただろうよ」




よくよく考えると恥ずかしい姿勢だということに気付き、気まずさを感じ始めた頃。


アニーさんは照れ隠しのように口を開いた。


少し元気を取り戻したのか、声色に明るさが宿っている。




しかし、前から事あるごとにアニーさんが『そういう男たち』を毛嫌いしていたのはそういう理由があったのか。


これでよくわかった。


俺だって考えたくないが、子供のころの友人がそんな目に遭ってしまったら・・・同じことをするだろう。


いつか、領国の野郎にしてやるのと同じように。




「アニーさん、俺から一つお願いがあるんですが」




そう聞くと、少し赤くなった目でアニーさんは俺を見た。




「なんだ?スリーサイズならいつでも聞くがいい、それとも今日の下着の柄かな?」




・・・いつものアニーさんに戻ったかな?


あとそこに興味はないです。




「違いますよ・・・」




その平常運行に苦笑する。




「いえね、アニーさんのその特殊能力ってんですか?これからもし、そういう手合いが出てきたら・・・俺にも教えてくださいね」




アニーさんにとって、女性を手前勝手に『好きにする』連中ってのが殺したいほど憎いということがよくわかった。


今までもそういう発言は度々あったが、過去を知ればなるほど無理もない。


俺も、そういう連中は大嫌いだ。


特にアニーさんの語ったような・・・子供をアレしてやろうって人種は領国の次くらいに大嫌いだ。




荷台に置いている『魂喰』を手に取る。


お前だって同じ気持ちだろう?




だから―――






「一緒にぶっ殺しましょう、そいつら。この状況なんだ、変態の1人や100人・・・消えても何とも思われませんって、それどころか世界がちょっとだけ綺麗になりますよ」






悪人感知レーダーとか便利すぎるじゃんか。


それなら先手を打って駆除できるしな。




「・・・ふ、ふふ」




アニーさんは呆けたように俺を見た後、急に下を向いて・・・笑い出した。




「あはは!はははははははは!!んふ、ふふふ!!はーっはっはっはっは!!!」




俺の太腿をバンバン叩きながら、アニーさんは少女のような顔でしばらく笑い続けた。


そこ打楽器じゃないんですけどォ!?


地味に痛い!!




「ひひ、ひ・・・んん、ふふ、ふ」




ひとしきり笑い転げた後、さっきとは違う種類の涙を目尻に浮かべるアニーさん。




「・・・この話をして、気味悪がらなかったのはキミが初めてだよ」




「えー、嘘でしょ。アニーさん相手ならみんなこういう態度になるんじゃないですか?」




ねえちゃんとか朝霞とかなら大丈夫じゃない?


朝霞は横で一緒にわんわん泣きそうではあるが。




「なにせ話すのはキミが初めてだからな」




「・・・その前提条件はちょっとずるくないですか?」




そもそも言ってないじゃん。




「いい女は狡いものだ、よく覚えておきたまえ」




アニーさんは完全にいつも通りになり、ウインクと共にそう言った。




「・・・キミに話せて、よかったよイチロー」




「聞き役でよければ、いくらでもどうぞ」




胸にため込んだモノっては吐き出さないと体にも心にも悪いからなあ。


ストレス、殺すべし!!




「ほう、ではリュウグウに戻ったら私のベッドの中で・・・」




「うーん眠くなってきた、おやすみなっさ~い」




アニーさんメンタルは通常モードになったので、いつものように妄言を斬り捨てて体を離す。


そのままごろりと荷台に寝転がった。


振動も少ないし、昨日からもう本当に色々疲れたからマジで眠くなってきたな。




「むう・・・まったくコイツは・・・」




頬をつつくアニーさんの指を感じながら、俺は夢の中へ戦略的撤退を実行した。






・・☆・・






「『アニー、それじゃあイチローの目はどんな感じなの?』」




「『・・・盗み聞きとは趣味が悪いな』」




「『いいじゃないの、運転手の特権よ。まあ半分も意味わかんなかったけどね~、ニホンゴって本当に難しいわ!』」




「『この短期間でそれだけできれば上出来だよ。しかしイチローの目か、目ね』」




「『ワイルドな男の目でもしてるの?それはそれで素敵だけれど』」




「『・・・前にキミが言っていたように、海だな』」




「『へえ、素敵じゃない!』」




「『深海に煮えたぎる海底火山を抱えた、穏やかな海だ。静かで美しいが、一度牙を剥けば死ぬまで焼かれるだろう』」




「『あー・・・納得』」






・・☆・・






「イチロー、そろそろ着くぞ。ほら、起きるんだ」




「にゃむ・・・」




優しく肩を叩かれ、目を開ける。


我ながらよく寝たことである。


大木くんカスタムのお陰なのか、それともキャシディさんの運転技術か・・・あんまり振動がなかったのが良かったのかもしれん。




「いつ見てもあどけない顔で眠るものだ。起きないと私に妙な性癖が寝覚めるかもしれんぞ」




なんか恐ろしい事言ってきたな。


起きよう起きよう。




荷台に身を起こすと、見慣れた風景の中を走っている。


ふむ・・・あのスーパーがあるってことはもう近所まで来ているな。




「ふふ、凄い寝癖だな」




アニーさんが俺の後ろ毛を撫でている。


うわあ、広がってるな。


寝てましたってのが丸わかりだ。




「そろそろ切ろうかな・・・」




この騒動が起こってから散髪はずっとお預けだ。


さすがに長くなりすぎかもしれん。


前髪は視線を隠せて戦闘で有利だから、このままでいいかもしれんが。




「ふむ、それでは高柳運送に戻ったら後ろを少し切ってやろうか」




「お、アニーさんそういうの得意ですか」




意外な特技があるもんだな。




「任せておきたまえ、これでも少女時代は羊の毛刈りをよく手伝ったものだよ」




「最終的に丸刈りになるじゃないですか!!」




俺の髪の毛はセーターの材料にはならんと思うぞ!!


前にテレビで見たことがあるが、あんなデカいバリカン使われたら一瞬でつるつるになっちまうわ!!




「キャシディさん、運転ありがとうございます」




「オキニナサラーズ。ウンテン、スキ!」




運転席のキャシディさんは楽しそうだ。


この前のバイクもそうだったけど、この人のドライビング技術は中々のものだと思う。


さすが、牙島派遣に選抜されるだけのことはあるなあ。




愛車は無人の街を走り続けている。




宮田さんたち、かなり周辺まで『掃除』したんだな。


ゾンビの姿を本当に見かけない。


たまにいたかと思えば、死体?が空き地や駐車場に山と積まれている。


・・・焼却処分するまでの一時置き場かな?




「焼いて処分するのも大変だろうなあ」




「さあ、どうだろう。この国なら故国よりは楽じゃないか」




「人口的な意味ですか?」




「あー・・・違う違う。この国は埋葬する前に火葬するだろう?だからその施設が使えるんじゃないかと思ってな」




そういえばアニーさんのお国では土葬が一般的だったか。


言われてみりゃ、日本は火葬場が多い。




「燃えにくいと評判のゾンビだが、さすがに骨になるような超高温で焼かれれば処分できる」




「何故か腐らないんで、どっかに置いといても疫病の元にはなりませんしね。この騒動が落ち着くまで放置してても大丈夫でしょ」




ほんと、ゾンビのそこだけは感謝だな。


そこらへんに転がしておいても無問題。




「世界中でゾンビ専門の火葬場が作られるだろうな、国民が生き残っていればだが」




「この国でも大丈夫なんだからアニーさんの国ならもっと大丈夫でしょ。なんてったってホームセンターで銃買えるんですから」




ゾンビ映画でもおなじみの光景だ。


街角にまで銃器店がいっぱいあるし。


牛丼屋かな?




「故国は逆に人間同士の殺し合いが頻発していそうだ。帰るつもりはないが、ひょっとしたらいくつかの国に分裂しているかもしれん・・・南北戦争がもう一度起きるかもな?」




「そっちかあ」




いつだったか神崎さんも似たようなこと言ってたな。


銃がお手軽に手に入る環境ってのも、善し悪しだ。




「それに、ノーマルゾンビだけならまだいいが・・・黒や白黒は銃を携帯していても難敵だぞ。拳銃弾を弾くようなデタラメな生き物には、イチローがするように近距離からの打撃が一番効果的だ」




「それならもっと大丈夫では?鈍器なんて世界中どこにでも転がってますし、なんたって無限に使えますからね、壊れるまでは!」




「・・・ソウダナ」




なんだろう、すごく可哀そうな生き物を見ている目をしたアニーさんである。


俺なんか変なこと言いましたっけね?




「イチロー!」




と、スピーカーから声。


キャシディさんだ。


同時に軽トラがスピードを落とし、路肩に停車した。




「どうしました?」




「『ユーアイの前が大渋滞よ!』ミチ、コンデル!」




・・・混んでる?




荷台に立ち上がり、天井に手を置いて単眼鏡を出す。


遠くに見える友愛の正門は、確かに何台もの車によってごちゃごちゃしている。




「一体何が・・・」




覗き込んだ単眼鏡の視界に、警察でも自衛隊でもない車両の群れが見えた。


数は全部で・・・5台いる。


先頭はピックアップトラックで、残りは山道を走りやすそうなオフロード車とトラックだ。




すわ襲撃か!と思ったが違うようだ。


内部で騒ぎが起こっている感じはない。




「ふむ・・・なるほど連中は『ハンター』か」




「ハンター?」




「昨日キミが見たような連中のことさ・・・もっとも種類は違うがね。あの最後尾のトラックを見たまえ、荷台だ」




アニーさんの指示に従って視線を動かす。


そこには・・・なるほど。




「そっちの意味でのハンターかあ、よかった」




トラックの荷台には、牙島で神崎さんがやっていたような・・・皮を剥がれた肉塊がいくつも転がっている。


ここからじゃ何の肉かはわからないが、それでも綺麗に処理されているようだ。




水産センターのように、野菜と交換するために持ってきたんだろうか。


俺の知らない新しいコミュニティだな、後で宮田さんに聞いてみよう。




「だからそんな目をするな、今回はイチローの大好きな血みどろの戦闘はナシだぞ」




アニーさんが、何故か慈愛に満ちた目で俺の頭を撫でた。




「人をヤバいタイプの殺人鬼みたいに言わないでいただけますかね?」




「そうだな、お互いに殺した数なら平和な時代の殺人鬼を優に超えている・・・ふふ、オソロイだなイチロー」




「どうしよう、なんか違う」




アニーさんと話していると、前方の『ハンター』さんたちが校内へ誘導されている。


やっぱり変な連中じゃなかったか。




「キャシディさん、オッケーです」




「ハーイ!」




俺の指示に、愛車がゆっくりと動き出した。


宮田さんには、色々報告することがあるなあ・・・




俺は、話すことを整理しながら煙草を咥えようとして・・・案の定アニーさんに奪われた。




「おっと、そういえばあの話を聞いてくれた礼をしていなかったな・・・動くなよ、足を撃ち抜くぞ」




そして、遠慮する俺にとんでもない脅し文句を言いながら頬に『挨拶』をした。


もう!この人はもう!!

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