54話 月下の死闘のこと
月下の死闘のこと
「『・・・コレで全部か、そこそこ多かったな。おい、頭はしっかり確保しておけよ』」
「『はいはい・・・うげ、手に付いちゃったわ。なんでアタシがこんな手作業を・・・あら?リッパーはどこ?ひょっとして死んだ?』」
「『アイツがこんな相手に殺されるもんかよ。・・・いつもの散歩だとさ』」
「『ゾンビ相手とはいえ、いい趣味とは言えないわねぇ・・・待って?じゃあアイツが帰るまでこっちも待機ってこと?』」
「『いいや、隊長からの指示にそれはない。それに、放っておいても1人で帰って来るだろう』」
「『よっ・・・と、それはよかったわ。じゃあとっとと帰りましょ、一刻も早くシャワーを浴びなきゃ』」
「『それに関しては同意する。総員、撤収・・・ホームに帰るぞ』」
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宿直室を出て事務所に移動する。
周囲は静寂に包まれていて、何の物音もしない。
耳が痛くなるほどの静かさだ。
虫の音も聞こえない。
だが、何かの気配がする。
幽霊とかそういう感じじゃない。
生きた人間の気配だ。
・・・幽霊、見たことないけど。
事務所を通り、外への扉に手をかける。
「『なあに?お散歩?』」
背後から声。
振り向くと、少し眠そうなキャシディさんが宿直室から顔を覗かせている。
・・・起こしてしまったか。
そもそも彼女は軍人。
気配には敏感だろう。
今回は俺が動いたから起きたのだろうか。
「あー・・・『ちょっと、気になります。警戒、お願いします』」
「『サムライのシックスセンスってやつ?うん、わかったわ』イッテラッシャ、キヲツケテ」
彼女は拳銃を持ち、俺に向かって軽く手を振った。
「『安心してください。何が来ても・・・ぶっ殺します、俺』」
安心させるように微笑むと、俺は扉をゆっくりと開けた。
月明りのお陰で、敷地内はそれなりによく見える。
「『ワオ・・・あんな顔もできるのね。やっぱり素敵、カメラ持っておけばよかったわ』」
後ろで何か聞こえたが、大したことじゃないだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
後ろ手に扉を締めつつ、素早く視線を動かす。
バスの横には、さっき成仏させたチンピラ連中が適当に積んである。
特に気になる部分はない。
ゾンビになってもいないし、霊的な現象も起こっていないようだ。
だが、どんどんと違和感が強くなる。
何も見えないし、何も聞こえないが・・・確かに何かが、いや誰かがいる。
それも、近くに。
うまく言語化できないが・・・そう、殺気、殺気だ。
それと、血の匂い。
数えきれないほど多くの生き物を殺した誰かが、近くにいる。
足音を立てないように気を付けながら、ゆっくりと歩く。
左手は『魂喰』に添え、右手は既に棒手裏剣を握っている。
何が来ても、即座に対応できるように。
駐車場を通り過ぎ、開けた場所に出る。
月に照らされる空間には、俺以外誰もいない。
・・・いや。
「『いい月だと思わないか?』」
声がする。
門柱の、こちら側。
その影の中に、誰かがいる。
「『・・・悪い、英語はサッパリわからないんだ』」
そう返すと、影が動いた。
「ニホンジン、か?」
「当たり前だろ、ここは日本だぞ」
俺に返しつつ、影が月明りに照らされる。
身に着けているのは駐留軍の軍服。
それと、アニーさんが顔を隠していたようなガスマスクを着用している。
だが、口の部分は露出している。
不思議なことにライフルは持っていないようだ。
俺と同じくらいの身長だが、鍛え上げられている。
・・・この体付き、男か。
「コンバンワ」
そして、そのガスマスクの上には・・・深紅のベレー帽。
・・・たまげたな、『レッドキャップ』ってのはそのままの意味だったのか。
てっきり別の意味でもあるのかと思ってた。
そういえば、ミサイル陣地の連中はしてなかったな。
何かかぶるのに階級とかが必要なのかもしれん。
「ヒト、探してる」
男はゆっくりと言った。
・・・何の感情もこもっていない、機械が喋るような感じだ。
「そうか、悪いが手助けにはなれそうもない。俺もここに間借りしてるだけだしな」
男は手を動かし、腿のあたりに置く。
・・・拳銃か?
棒手裏剣をいつでも放れるように、俺も投擲の体勢に入る。
重心を片足に移し、横に跳べるように。
「ここに」
男の手が何かを掴む動作。
「―――いるだろう、女。ソレ、よこせ」
その冷たい声に、俺はコイツをここで殺す決意をした。
「っし!!」
横に跳びつつ、棒手裏剣を放つ。
タイミングもバッチリだ!回避できまい!!
棒手裏剣は月明りを反射して、真っ直ぐに飛ぶ。
「っぐぁ!?」
左の肩口に、熱。
何かが、浅く刺さった。
これは、苦無・・・じゃない!
スローイングナイフか!!
「・・・」
男の胸にも棒手裏剣は刺さったようだが、奴は何の悲鳴も上げていない。
投げる動作が見えなかった!
跳ばなければ、首に刺さっていたかもしれん!
「『面白い』」
男が動く。
ゆら、と地に倒れるように。
「っ!!」
鯉口を切りつつ、抜刀。
勘を頼りに、虚空を薙ぐ。
微かな金属音と衝撃で、ナイフを弾いたのが分かった。
「『いいな、お前』」
俺に向けてナイフを放った男は、次の瞬間には間合いに入りつつあった。
弾く動作の間に、これほど速く・・・!!
地を這うような前傾姿勢!!
「っしぃい!!」
虚空を払った刀を旋回させ、こちらに突っ込んでくる男の脳天目掛けて振り下ろす。
ぎぃん、と音が響いた。
「『一応聞いておくか』女、寄越せば殺さない、お前、逃がしてやる」
俺の切り下げを受け止めつつ、男は言う。
腿から引き抜いたのは、ナイフか!
神崎さんが持っていたような大型のアーミーナイフだが・・・もっと大きい。
脇差クラスの長さだ。
「抜かせよ。それだけは絶対に嫌だね」
全力ではないが、それでも『魂喰』の一撃を易々と受け止めるアーミーナイフ。
しかも、片手でだ。
ナイフもこの男も、只者じゃない!
「ふぅううう・・・!」
近距離ではナイフの回転力に負ける。
なんとか刀の間合いで勝負しなければ!
「・・・」
男の手がブレる。
ナイフを持っていない、左手が。
「っふ!!」
背筋を寒気が走り、その左手に向けて蹴りを放つ。
が、その左手はまるで蛇のように動いた。
膝に、熱。
くそ、斬られた!
「『・・・大したものだ。動脈を狙ったのだが』」
男が片手に握っていたものは、スローイングナイフ。
俺に投げたのは、これか!
蹴らなければ太腿をやられていた・・・!
「・・・随分とご挨拶だなあ、おい」
地面を蹴ってバックステップ。
膝は表面を斬られただけだ、問題なく動く。
男は交差するようにナイフを構えると、ゆらゆらと体を左右に振っている。
重心の所在が分かり辛い。
それに、無作為に揺らされる両手・・・次の一手が酷く読み辛い。
「『僥倖だ。つまらない散歩に出た甲斐があったというものだ』」
さっきまでつまらなさそうに歪んでいた男の口が、急に弧を描く。
まるで三日月のように。
「『極東のサムライ。楽しませてもらおう』」
声に若干の愉悦を感じる。
・・・こいつも、どうやら結構な人で無しらしい。
元からそのつもりもないが、生かして帰すわけにはいかないな。
『魂喰』を両手で握り、下段へ。
「なに言ってるかわかんねえよ、リスニングの成績は悪かったんだ・・・南雲流、田中野一朗太参る!!」
「『もう少しゆっくり話してくれないか』」
男の左手が二度動く。
同時に、こちらも。
虚空から金属音が鳴り、俺の後方で地面に当たって跳ねる。
男は持っていたスローイングナイフを投げ、さらに袖口から新しいものを取り出してその勢いで投擲してきた。
正確無比な投擲、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
どれだけ『在庫』があるかわからんが、こちらもお返しといこう!
「っ!!」
横に動き、狙いを外しながらこちらも投擲。
手裏剣ホルダーから取り出した十字手裏剣を、指に挟んで放つ。
行きと、戻りで2枚!!
南雲流手裏剣投法、『重かさね』
「『ほう、興味深い。これがシュリケンか』」
飛来した手裏剣は、1枚がナイフで弾かれてもう1枚が男の腹に突き刺さった。
・・・明らかに刺さりが浅い。
たぶんボディアーマーで止まってるな、手裏剣だと有効打にならんか!
「っしぃいい・・・!!」
ならば、正面から斬り捨てるまでだ!
手裏剣を放ったまま地面を蹴り、一足で間合いに飛び込む。
「おおっ!!」
跳躍の途中で振り上げた刀を振り下ろす。
男は後ろに下がりつつ頭を下げ、地面に這いつくばるように避けた。
「・・・」
そして、避けた瞬間にぐんと伸びつつナイフを振る。
標的を見失った刀を引き戻す時間すら与えない、とばかりに。
首を狙ったその斬撃を、さらに踏み込みつつ体を折って避け―――っくそ!!
こいつ、順手で振るったナイフを、俺が避けた瞬間に空中で逆手に持ち替えやがった!
「っし!!」
俺の延髄を狙うそれを、さらに低く体を折って躱し・・・膝を折る。
その勢いを横方向へ転換。
そのまま男の足を薙ぐ。
南雲流剣術、『草薙』
「『低い、なんとも』」
初見のはずのそれを、男は軽く跳んで回避。
そのまま後方へ跳躍しつつ、空中でナイフを投げる。
足を空振った斬撃を止めず、もう1周回転しつつそれを弾く。
片手を地面につき、右手のみで刀を横に構える。
男はふわりと着地し、ナイフを構えている。
・・・こいつ、強い。
殺気があり得ないほど薄い。
だが、斬撃や投擲の威力は本物だ。
・・・まるで幽霊を相手にしてるみたいな感覚。
鍛治屋敷とはまるで違う、だがやりにくい相手だ。
「『素晴らしい。見世物とは違う、殺害に特化したケンジュツ・・・優美さすら感じる』」
言いつつ、男は右手のアーミーナイフを左手に持ち替えた。
そのまま、右手をベルトに伸ばす。
「『楽しいな、サムライ』」
奴がバックルを掴んだ瞬間、体が動く。
半分転がるように回避した視界に、銀光が閃く。
それは、さっきまで俺がいた地面のアスファルトを薄く削り取った。
「・・・マジかよ。そんな漫画みたいな武器、実在したのか」
男が持っていたのは、鞭・・・じゃない。
ベラッペラの鞭みたいな刃物だ。
ベルトの上に巻いていたらしい。
「『躱すか、本当に面白い』」
握り手はアーミーナイフと同じような感じ。
刃渡りは・・・たわんでいてわからん、だが脇差以上日本刀以下って感じか?
なんだっけ、ウルメ・・・いやこれじゃイワシだな。
とにかく、そんな名前の武器だったはず。
切れ味はさっきのを見る限り鋭い。
そして、頑丈でもあるだろう。
あんな武器を相手にした経験なんて、さすがにないぞ。
師匠の稽古にも流石に鞭の項目はなかった。
・・・いや、たしか濡らしたタオルでぶん殴られたことはあったな。
切れ味はともかく、動きとしてはアレに近い・・・か?
その時、男の手が動いた。
「っ!!」
半ば無意識に、顔の前で刀を振る。
軽い衝撃と共に、たわんだ金属が目の前で翻った。
・・・手首をああ動かすだけで、真っ直ぐ前に飛んできた。
鞭は動きが読みにくいな・・・難敵だぞ。
「っし・・・!」
距離を離せば翻弄される。
だが、あの性質なら懐に潜り込めば・・・!
一足で飛び込みつつ、諸手で突きを放つ。
唸る愛刀が、空気を切り裂いて奴の胸目掛けて最短距離を走る。
男の左手が動き、ナイフで切っ先を迎撃する。
僅かに切っ先を叩き、今度は右手が動く。
まるで生き物のように、しなる刃物が山なりに大きく動く。
弾かれた勢いを殺さず、それを切り払―――
「っぐ!?」
畜生!斬り払った刃物が蛇みたいに動いて肩を斬られた!
傷は浅いがコイツ・・・的確に防弾チョッキを避けて斬っている!
「るぅう・・・あっ!!」
体を回転させ、剣先を加速。
膝を折―――ると思ってるよなあ!!
先程の『草薙』と見せかけて、体は折らずにそのまま鋭く回転。
この動きは予想外だったのか、一瞬動きの止まった男の腹を浅く裂いた。
この手応え・・・!
ボディーアーマーの防御は突き抜けたぞ!
南雲流剣術、『片喰かたばみ』
が、それでも致命傷ではない。
奴は驚くべき反射神経で、刃物を振って崩れた体幹でも僅かに後ろへ下がった。
アーマーは斬れたが・・・恐らく皮一枚って所か・・・?
お互いに跳び下がる。
おまけとばかりに空中で投擲した棒手裏剣は、アーミーナイフによって容易く迎撃された。
「トテモ、タノシイ」
「ノウ、絶対にノウ」
お互いに深手は負っていないが、ヒリつくような真剣勝負。
精神力はガリガリ削れ、せっかく拭いた体に冷や汗がだらだら流れる。
対して奴は、まるで初めから汗を流す器官が存在しないかのように自然体だ。
楽しいだあ?
このバトルジャンキーがよ。
「『ゾンビより、女より子供より老人より・・・やはり戦士を刻むのが一番楽しい』」
奴の呟いた一言に、背筋が震えた。
俺のクソ雑魚英語力でも理解できたからだ。
「―――てめえ、今子供って言ったな」
重心を前に。
峰を、肩に乗せる。
「子供って、言ったなァ!!!!」
地面を蹴る。
間合いを詰めながら、左手で兜割を引き抜く。
「死ね!!!」
放り投げたその柄尻を、愛刀の柄尻で叩く。
怒りで加速でもするかのように、兜割は真っ直ぐ飛ぶ。
南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕・春雷』
「ッ!?」
さすがにこれは予想外だったのか、奴は慌てた様子で飛来した兜割をナイフで弾く。
だが、今までの手裏剣とは違う質量に・・・その体幹が目に見えてブレた。
「っしぃいいい・・・!!!」
その刹那、間合いに踏み込む。
迎撃に繰り出される鞭剣に向かい、上段から全体重を乗せた斬撃を放つ。
「っしゃああ!!!!」
虚空を断ち切った『魂喰』が、唸りを上げて鞭剣と衝突。
火花が散るが、拮抗せずにこちらが押し勝つ。
攻めには厄介だが、剛性が足りんなあ!!
鞭剣はたわみ、こちらの切っ先が奴の肩口に吸い込まれ―――
「ッグ!!」
なんと奴はナイフを捨て、鞭剣の刀身を手で掴んだ。
グローブ越しに鮮血が飛び散る。
『魂喰』の切っ先は、首筋に食い込んだが・・・クソ!鎖骨で止まったか!
「ガアアアアッ!!!」
今までとは違って獣のような咆哮。
奴は俺に向けて爪先を跳ね上げた。
「っぐ!?」
鋭い痛み。
防御のために使った左手。
その掌に、何かが食い込んでいる。
・・・ブーツの爪先に、隠しナイフ!!
「じゃっ!!!」
鎖骨で止まった刀を引き、少しでも傷を広げる。
引き戻したソレを片手平突きの形で突き出すも、もう奴はバックステップを完了している。
切っ先はアーマーに軽く突き刺さるが、それだけだ。
「・・・タノ、シイ」
首筋から鮮血を滴らせながらも、奴の口元は嬉しそうに歪んでいる。
「『だが、楽しい時間は長くは続かないな』」
俺から一瞬外れる目線。
それは、背後に向けられている。
「『無粋なお客様だ』」
魔法のように、奴の手に現れるスローイングナイフ。
それと同時に、背後で聞こえる金属音。
「―――駄目だ避けろ!撃つな!!」
そう叫びながら、斜め後ろへ跳ぶ。
「『今日の所はこの辺にしておこう。さらばだサムライ』」
そう言いつつ、放たれる無数のナイフ。
その射線に割り込みつつ、弾道を予測して刀を振る。
なんとか振れたのは2回だ。
「っぐあう!?」
心臓と、顔に向かう2本は弾いた。
だが、残った2本は太腿と肩に突き刺さった。
「イチローッ!?」
キャシディさんの悲鳴。
だが、決して視線は外さない。
「『ああ・・・楽しかった、本当に』」
奴は、闇に溶けるように消えた。
門柱を飛び越えたはずだが、何の音もしない。
「『この○○○野郎!ファック!ファック!!』」
キャシディさんが何発か発砲したようだが、恐らくもう当たる範囲にはいないだろう。
・・・とりあえず、キャシディさんに当たらなくてよかった。
あいつ、逃げる時間を稼ぐためにワザと俺にわかるように投げやがったな。
あの視線の外し方もわざとらしすぎた。
「イチロー!ゴメン!ゴメンネ!!」
キャシディさんがケンケンで近付いてくる気配がするが、まだ残心は解かない。
彼女が俺の背中を抱くように体をぶつけて来て、やっと息を吐いた。
「『ねえ!大丈夫!?ごめんね、あたし、あたしがもう少しうまくやれてたら・・・!!』」
「『いいえ。問題ありません、超元気ですから』」
鼻声になりつつあるキャシディさんにそう返しながら、俺は麻痺していた痛みが戻ってくるのを感じていた。
気にしないでくださいよキャシディさん、生きてりゃ安い。
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