51話 闇夜の脱出のこと

闇夜の脱出のこと








「よし、とりあえず動くか」




牙島役場の2階部分から階段のなれの果てを眺めつつ、呟く。




刻一刻と焦げ臭い空気は増しており、役場のいたるところからぎしぎしと軋む音が聞こえる。


古保利さんは20分後に爆破予定だって言っていたが、それよりも早くここは倒壊しそうではある。


とにかく、この場所からはすぐに離れる必要がある。




俺と、キャシディさんは。




「戻りましたよ~」




燃え盛りつつある部屋に戻る。


うお、ヤバいな・・・火が一層強くなってる。




「オカエリ!」




床に座り込んだキャシディさんは、俺を見て手を軽く上げた。


その周囲には、銃や弾薬が集められている。


・・・さすが精鋭部隊、この短い時間で周囲から使えそうなものをかき集めたらしい。




「あー・・・『階段、地下、崩れました。私たち、単独で脱出・・・オッケー?』」




もう少し英語の授業をまともに受けておけばよかったかな・・・と思う。


世界がこうなってから外人さんと話す機会が増えるとは皮肉なもんだが。


石川さんの流派よろしく、南雲流も外人さんに大人気だったらなあ。




「『ワオ、それは最悪ね。でもまあ・・・サムライの護衛がいたのは不幸中の幸いってやつだわ』・・・ダイジョブ!イチロー、イル!ヒャクニンリキ!!」




変な日本語をやたら知っているのは、駐留軍独特のものか・・・?


まあ、俺への信頼がやたら高い以外は元気そうだ。


足にヒビが入ったくらいじゃへこたれないらしい、タフガ・・・いやいやタフガールだ。




「ははは・・・『歩けますか?』」




さっきはちょっと触診しただけだが、あの痛がりよう・・・少し難しそうだ。


足首が無事だったのはよかったが・・・体重がかかると酷く痛むだろう。




「・・・チョット、イタイ」




かわいらしくそう言うが、ちょっと所ではないだろう。


その証拠に今露骨に目を逸らしたしな。




「とにかくここを移動しましょう・・・あー・・・『爆発、20分、後。急ぐ』」




「オッケー!ブキ、アツメタ!イツデモ!」




キャシディさんはナップザックのようなものにざらざらと武器・・・手りゅう弾やマガジンを流し込む。


それを背負い、ライフルをスリングで首から下げた。


拳銃は腰のホルスターにしまい、あの装甲は付けていない。


脱出には不向きと判断し、ここへ放棄するようだ。




「ンン!・・・フッゥウ・・・!」




少し艶めかしさのある悲鳴を上げつつも、彼女は立ち上がる。


体重を分散すれば、なんとかなるようだ。


・・・ここ以外の安全な場所に移動し、添え木の一つでも作ってあげようか。




キャシディさんの横に移動し、肩を貸す。


俺の方が若干背が低いのが恨めしい。


駐留軍みんなでっけえなあ。




「『・・・私汗かいてるわよ、臭くない?』」




キャシディさんが何か言ってる。


スメル・・・確か匂いとかそういうことだったっけ?


女性だから気にあるんだろうな。




「『嫌な臭い、ない。素敵』」




「・・・ワオ『ひょっとしてフェチ?あなたも素敵よ?』」




後半は早口でわからんかったが、嬉しそうなのでたぶん通じたんだろう。




肩を貸しながら部屋を出て、階段が残っている踊り場部分まで行く。


歩く度にうめくキャシディさんが痛々しい。


足は動きの要だからな・・・せめて腕ならよかったんだが。


それに、あまり足を酷使させすぎると悪化するかもしれない。




俺の判断ではヒビだが、『奇跡的に骨がズレていない骨折』の可能性もあるのだ。


動きによって骨がズレれば大怪我どころの話ではない。


黴菌が入ってえらいことになる可能性もある。


無理させ過ぎて切断・・・とか、考えるだけでも震えがくる。


極力歩かせない方がいいだろう。




踊り場でキャシディさんを待機させ、1階へ飛び降りる。


高さは3メートルちょいってくらいか。


受け身を取る必要もない。


彼女の荷物も持ってきたので、踊り場のキャシディさんは手ぶらだ。




「カモン!」




両手を広げて声をかけると、キャシディさんは頷いて踊り場から身を躍らせた。


冷静に落下を見極め、痛めている足に衝撃がいかないように注意しつつ受け止めた。


ぐおお、重・・・くない!重くない!!


軽い軽い!だから頑張れ俺の腰!!




「ダイジョブ?イチロー?オモイ?オモイ?」




「『・・・まるで、羽みたい、でした!軽い!とても!ハハハ!!』」




恥ずかしそうに俺の顔を覗き込んだキャシディさんに返す。


女性に重いなんて言えないし、見せれない。


特に彼女は怪我を気に病んでいるからな、不安にさせるわけにはいかない!




キャシディさんを下ろし、腰を下ろす。




「『リュック、背負ってください。私が運びます、どうぞ』」




「ノー!メイワク、ダメ!」




彼女はそう拒否するが、これから結構移動しないといけない。


しかも可能な限り早くだ。


ここの爆弾の件ももちろんあるが、ミサイル陣地の大騒ぎを見た『レッドキャップ』の方が怖い。


1人2人ならなんとでも戦えるが、腐っても特殊部隊の本隊だ。


この状況で見つかればあっという間に穴あきチーズめいた死体になってしまう。




・・・それに、キャシディさんは『女性』だ。


それもとびっきりの美人。




俺は殺されるだけで済むが、彼女が捕まればどんな目に遭うか想像もしたくない。


アニーさんがそうされかかったみたいに性欲のはけ口にされるか・・・それとも。


ゾンビの『苗床』にされるか。


・・・それは、許されない。


許すつもりも毛頭ない。




「『迷惑、違う。あなた、大事、とても』」




そう言うと、キャシディさんは目を見開いた。




「『・・・あなたの英語、必要最低限の部分しか選択してないからだろうけど・・・絶対誤解されるわよ、それじゃ』」




何故か彼女はジト目になり、早口で何かを言った。


すまねえ、お米言語はからっきしなんだ。




なおも姿勢を変えない俺に諦めたのか、キャシディさんは俺に体重を預けてきた。


ううぐ・・・さすがに璃子ちゃんたちよりは重い、な!


だが・・・これくらいなんだというのだ!


俺はあの師匠に、七塚原先輩をおんぶして山道を10キロ歩くという遠回しな拷問を受けたことがあるんだ!


アレが修行なもんか!刑罰の一種だ!!


だからこんなもん・・・軽い!軽い!!




「っふ!『軽い軽い、天使かと思った!』」




「『・・・羽は生えてないけどね。お願いするわ、イチロー』」




キャシディさんが諦めてくれたので、早速移動を開始する。




「キャシディさん、あー・・・『私、運ぶ人。あなた、銃を撃つ人』・・・おっけー?」




俺の両手は塞がっている。


それに、これから行く方向は真っ暗だ。


お互いに暗視装置があるが、いちいちキャシディさんを下ろして戦うわけにはいかない。




「オッケー!『今世紀最大の固定砲台になってやるわ!頼むわね、かわいいハンヴィーさん!』」




キャシディさんは、俺の顔の横で拳銃を振っている。


サイレンサーも完備だ。


それじゃあ、行きますかね。




時刻はなんやかんやで9時を過ぎている。


これからどう頑張っても南地区には帰れない。


夜間移動はリスクの塊だし、その他の危険も多い。


なので、とりあえず夜を乗り切る必要がある。




目的地は、以前古保利さんから聞いていた場所だ。


あの時はこんなことになるなんて思っていなかったが、聞いておいてよかったと本当に思う。




「田中野タクシー・・・行きまーす」




すっかり緑色に染まった視界で、俺は足を踏み出した。






古保利さんに言われた目的地、それはバス会社である。


『牙島交通』という名前で、島内を走るマイクロバスと、橋を渡って龍宮まで行く大型バスを有している。


場所は東地区だ。


中央地区からは、山を下りるようなルートで到達できる。


東地区は以前アニーさんと行った場所なので地理はわかる。


さらにあのネオゾンビが大暴れしてくれたので、ノーマルゾンビの数も少ないだろう。




「『周囲にゾンビはいないわ』ゾンビ、イナイ」




「おっけーおっけー」




役場を出発して結構歩いた。


キャシディさんを背負っているとはいえ、彼女は(七塚原先輩と比べたら大幅に)軽いし、道は下り坂である。


加えて索敵は彼女に丸投げしているので、俺はただ歩くことに集中できる。


まあ、夜のゾンビはめっちゃ動くのである程度まで近付かれたら俺にもわかるが。




「あ、やべ」




そこまで考えて気付いた。


もうそろそろ爆発の時間じゃないか。


早く耳を塞がなければ。


アッ無理だ両手が塞がって―――




「うおおおお!?」




「キャッ!?」




背後からの閃光。


そして地震かと思う程の揺れと爆音。




「アッー!?目が!?目がああああああああああ!?」




「『そりゃナイトビジョンで直視すればそうでしょうよ・・・以外に抜けててカワイイのね、イチロー』」




思わず振り向いてしまった俺は、視界を覆いつくす閃光をもろに見てしまった。


め、目の前にフラッシュを何百個も喰らった気分だ・・・


脊髄反射してしまった・・・おおう


目をつぶって身悶えする俺を、何故かキャシディさんが撫でてくれた。




しかし、何ちゅう規模の爆発だ。


ミサイル陣地を吹き飛ばしたのより規模が大きくないか?


ひょっとして、役場に残った武器や装備をもろともに吹き飛ばす目的もあるのだろうか。


証拠を隠滅するために・・・とか。


ありえる。




「イチロー!」




キャシディさんが鋭く声を出す。




「クル!ゾンビ!!」




・・・あ、そっかあ。


あれほどの爆音だもんなあ。




やっと復活した視界に、ちらほらと動くものが見える。


まだまだそこら中にいるってわけか。




「おっけー!スニーキングミッション開始!」




今まで歩いていた道の中央から、端の木々に入る。


若干スピードは落ちるが、発見される可能性は低くなる。




ノーマルゾンビ相手なら多少は無理もできるが、この状況で戦闘はあまりしたくない。


キャシディさんの能力が不安ってことじゃない。


無理をさせて怪我が酷くなったら困るからだ。




俺たちの現在位置は、ちょうど中央地区と東地区の間だ。


遠くの方に集落が見え始めているので、遠からず東地区の端っこには到着できるだろう。


そして、ゾンビらしき影はその東地区からこちら・・・爆音の方向へ向かってくるようだ。




ゾンビは頭ゾンビであるので、道に沿って歩いたりはしない。


だから俺たちはその予想進路から外れるであろう方向へ動けばいい。


夜間のゾンビはまったく相手にしたことがないので不安だが、近付かれたらキャシディさんに任せるとしよう。




「『あなたを信じます。いかしたガンマンに』」




「『フフ!そう言われちゃ、ご期待に応えないわけにはいかないわね!』」




耳の後ろから拳銃をコッキングする音が聞こえた。


いつも聞いているが、この状況では何より頼もしい。




「・・・善人悪人判断はわからんがな、美女の命がかかってるんだからいざとなったら頼むぜ『魂喰』よ」




そう問いかけるが、愛刀は何のアクションも起こさない。


彼女で十分だと思っているんだろうか。




「ガアアアアアアア!アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




おっと、運悪くこの道を選択したゾンビがいたらしい。


遠くの方から叫び声が聞こえてくる。


昼間なら50メーターも走れば諦めるのに、何故か夜は長距離選手になるんだよなあ。




木の影に身を潜めるていると、ばたばたとやかましい足音が近付いてくる。


あんなガバガバ走りでよくもまあ速く走れるな。


黒や白黒は洗練されたというか、二本足の肉食獣みたいな走りだけど。


やっぱり脳内の謎虫が増えると『操縦』も上手になるんだろうか。




「『少し待ちます。ゾンビの索敵・・・範囲?探ります』」




「『了解よ』」




2人で息をひそめる。


足音が大きくなり、丁度目の前を男子高校生っぽいゾンビが走り抜けていった。




「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」




よし、動かなかれば見つかることはないな。


昼間と同じで、どうやらノーマルゾンビは聴覚に依存しているらしい。


・・・考えてみりゃ当然か。


視覚頼みなら、夜はもっと動けなくなるもんな。


残るは嗅覚だが・・・俺たちはそんなに凄まじい臭いは発していないはずだ・・・ハズだよな。




「あの・・・『私、臭くないですか?』」




ゾンビが十分遠くへ去ったので、聞いてみる。


いや、ゾンビは認識していなかったから大丈夫だとは思うが、一応ね、一応。


エチケットのために制汗剤やデオドラントシートは使っているが、今はどちらも使えてないからな。


・・・ちなみに制汗剤を使用すると、朝霞の機嫌が物凄く悪くなる。


わけわからん、やっぱりあいつの前世はワンちゃんだ。




「ン~?ンフフフ」




「わひゃ!?」




キャシディさんは俺の首筋に鼻を突っ込んできた。


痛い!暗視装置が俺の延髄にゴリゴリ当たる!!


っていうかなんでそこまでガッツリ嗅ぐんですか!?ちょっと!?




「『ん~・・・アハ!戦う男の匂いがするわ!私大好きよ!って・・・』イチロー、ケガシテル?」




へ?ケガ?




「チノニオイ、チョト、スル」




いや、別に怪我をしている覚えは・・・あ。


ひょっとしてどこかしらの縫合がまた開いたのか?




「あー・・・えっと」




ヤバい、この場合に最適な英語を思いつかない。


クソ、どうすれば・・・そうだ!映画だ!


腐るほど見てきた映画の名台詞に何か使えるものはないか!?


吹き替えばっかり見てるけど、名作は字幕でもそこそこ見ているんだ!


何かないか、何か・・・!




というか今までもこの方法使えばある程度意思疎通できたんじゃないの!?


まあいい、とにかく今は名台詞を・・・これだ!




「『・・・人生はチョコレートの箱みたいなもの。開けてみるまで分からない』」




違う!馬鹿じゃねえの俺!


そりゃあこの映画大好きだけどさ!!


『走ってフォレスト!走って!』の演出とか大好き!!




「『・・・アメリカ大陸をマラソンで横断するくらいには元気ってわけね』ワタシモ、ソレスキ、イイ映画」




マジか通じたぞおい!!


言ってみるもんだなあ!!




「『映画、お好きですか?』」




「ダイスキ!」




わぁい!なんていい同道人なんだ!


・・・だが目下の問題は俺の言語力がクソ雑魚ナメクジってところかなー・・・


映画談義とかしたいが、いかんせん意思の疎通がなあ。


たすけて未来から来た青色猫型ロボット。


俺にもあのコンニャクをおくれ。




「『おうちほど素敵な場所はないわ!って心境ね、今の私は。もっとも、本当のおうちは何千キロも彼方だけれども』」




ムム!前半は・・・ああ!あのカンザスの農園から虹の彼方の魔法の国へ飛ばされた主人公の名言だな!


俺も本当にそう思う。


できるなら一生おうちにいたいものだ。




「『せめて、ブリキのサムライになりたいです、私は。さあ、行きましょうかドロシー』」




「『あら、私はライオンも素敵だと思うんだけど。抱きしめて毎晩寝ちゃうわ!』」




なんとなーく喜んでいる雰囲気は伝わってきた。


さてさて、ゾンビもいなくなったしさっさと行こうか。






何度か立ち止まってゾンビをやり過ごしつつ、東地区まで無事に到着することができた。


ゾンビ共の興味はやはり爆音にあったようで、どいつもこいつも俺達には目もくれずに全力ダッシュだったな。


元々の数も少なかったようであまり危険はなかった。


1回だけ避けようがない方向から来たが、そこはキャシディさんが1発で眉間を撃ち抜いてくれたので問題はなかった。


やっぱすげえや・・・




「『牙島交通』・・・あったあ」




一度地図アプリで確認した甲斐もあり、俺達は特に苦労することもなく目的地に到着した。


っていうか、以前アニーさんと来た造船所の近所だった。


見覚えが若干あるわけだ。




「ちょっと下ろしますよ・・・」




「ハイ!アリガトウ!『最高の乗り心地だったわ!専属契約を年単位でお願いしたいくらいに!』」




田中野タクシーがお気に召したのか、ニコニコのキャシディさんである。


一切歩いていないので足も大丈夫なようだ。




さて、目的のバス会社である。




門は開け放たれ、屋根付きの駐車場にはバスが何台も停まっている。


動くものは見えない。


とりあえ門を閉めることにする。




「イチロー!」




キャシディさんが叫んだ。


門が錆びついており、閉じる時に嫌な音を立ててしまった。


それによって、昼間よりも耳がよくなっているのか・・・駐車場の暗がりから影がいくつか飛び出してきた。




「『門柱に登って!!』」




キャシディさんに叫び返し、兜割を引き抜く。


ゾンビなら、刀よりはこっちの方がいいだろう―――!?




咄嗟に横へ跳ぶ。




さっきまで俺がいた場所に、何かが命中した。


これは!?




「『ゾンビ、違う!気を付けて!!』」




キャシディさんに再び注意しながら、体を低くして走る。




「撃て撃て!誰でも構わねえから殺せ!!」




男の声がする。


それと、多数の銃声。




暗がりから出てきたのは、銃で武装した人間たちだった。




「女の声がしたぞ!」




「門の方だ!!」




クッソ、流石にゾンビよりかは耳がいいな!!


だが、こうして暗視装置で見ていると誰一人として同じものを付けていない。


俺やキャシディさんの声の方向にめくら撃ちしているようだ。




大きく、大きく迂回しながら走る。




俺の足音は、奴ら自身の立てる銃声によってかき消されているようだ。


さっきの言葉遣い、それにこのお粗末な戦法・・・絶対『レッドキャップ』じゃないな。


だが、近接武器と違って銃はまぐれ当たりでも重傷不可避だ。


気を付けなければ。




「畜生見えやしねえ!投光器持ってこい!!」




「それよかバスのエンジンかけた方が早いだろ!!」




「女は殺すなよ女は!!」




相変わらず適当な狙いだが、疑似的な弾幕を張っている。


少し厄介だが、馬鹿が自分から声を張り上げてくれるので人数も大体わかった。


たぶん10人前後だ。


人間を撃つことに一切のためらいがないので、ろくな人間じゃないこともわかる。


・・・え?俺?


ノーカン!ノーカン!!




「持ってきたぜ―――!?」




ご丁寧に説明してくれた男。


その喉に、棒手裏剣が突き刺さる。




「ぁあ、が、お、おご~~~~!?!?!?」




「っひ!?な、なんだぁあ!?」




投光器の男に視線が集中している。


ので、反対側の男に向かって・・・空中に放り投げた兜割の柄尻を蹴り飛ばす。




南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕』




「ぇぎゃぁ!?!?」




兜割に刃は付いていないが、それでも先端は鋭い。


闇を切り裂いて飛んだ兜割は、その男の脇腹に容易く潜り込んだ。




「おい!ヤマシタ!おい!?」




「何人だ!?一体何人・・・!?」




騒ぐ連中を尻目に、俺は迂回しながら駐車場の横まで来ていた。


さて、後はもう少し混乱を助長させれば・・・




「ぅぐ!?ぎゃあああああああっ!?いで、いでええええええええええっ!!!」




そう思っていると、1人の男が足を押さえて倒れ込んだ。




「ぎゃっ!?あっぎい!?たすっ!?たすけっ!?」




倒れた男の腕、肩、耳から血が飛ぶ。


キャシディさん・・・最高!


即死させないでさらに混乱を大きくしてくれたな!




「斬っても心が痛まない種類の敵だな、相棒!」




小声でそうこぼすと、微かに鈴の鳴るような音がした気がする。




倒れてのたうち回る男に気を取られている敵集団に向かって、思い切り地面を蹴る。


低く、低く。


地表スレスレを飛ぶように。




「―――はえ?」




さすがに俺の接近に気付いた1人が振りむこうとする。


その片足を、唸る愛刀が通過した。




「えぇ?」




痛みにも気付かず、男は足首から下を失ったことで倒れる。


さあ、次!!




「なんっ!?」「敵!?」「どこ!?」




夜の闇。


それと限界まで身を低くした俺をとらえきれず、振り向きつつ必死で銃を向ける男たち。


残念だったな!もうちょい下だよ!!




「りぃい・・・やぁあああ!!!」




男2人の間を駆け抜けつつ、独楽のように体を回す。


涼やかな風鳴りとともに、そいつらは足首と別れを告げた。




南雲流剣術、『ニ連草薙』




切断された足首の痛みが脳に届いたのか、俺の後方で悲鳴が上がる。


それを聞きつつ、足元を蹴りつけてほぼ直角に跳ぶ。


バスの影に消えた俺を見つけられず、奴らは狂ったように銃を乱射する。


それが、さらに俺の足音を消してくれる。


馬鹿だなあ、それに・・・




俺だけ気にしてていいのかなあ?




「っい!?」「アッ」「おっ!?」




まず、足を斬った連中の叫びが消えた。


そして、1人また1人と他の連中も静かになっていく。


懐に飛び込んだ俺の動きを見て、キャシディさんも連中を即射殺する方針に切り替えたみたいだ。




「門だ!門の方を先に撃て!アイツは銃を持ってりゅっ!?」




「あああ!ヨウジ!ヨウジぃ!!」




脳の記憶容量に問題があるのか、奴らは俺そっちのけでキャシディさんを撃とうとしてバンバン射殺されている。


馬鹿じゃねえの、せめて遮蔽物に入れよ。




「っひ!ひぃい・・・なんだお前!?ああっが!?」




ま、こっちに来たら俺の餌食になるわけだが。


男の腹部を貫通した『魂喰』を捻って引き抜きつつ蹴り倒す。




「後ろ!後ろに来やがった!!バスのか―――」




俺の方を見て何か言いかけた男の頭が半分吹き飛ぶ。


キャシディさんは拳銃からライフルに切り替えたらしいな。




「どっち!どっちだクソ!?」




「やめてくれぇ!降参するぅ!!」




「馬鹿野郎逃げるんじゃねぅ!?」




あっという間に集団は崩壊。


逃げようとする奴はキャシディさんに撃たれ、反撃した奴も撃たれた。


そして。




「お前で最後だな」




「っひ!?ま、ままま待って―――」




「残念、時間切れだ」




最後の1人は命乞いをしながら俺に銃を向けるという矛盾をかましてくれたが、残念ながらこっちの方が早い。




「ぇぴゅ!?」




瞬時に懐に飛び込み、大上段から斬り下げる。


引き金を引く前に唐竹割りにした男が、意味のない言語を呟きながら倒れ込んだ。




「・・・ふう、暗視装置持ってるタイプの敵じゃなくてよかった」




しばし残心し、生き残りがいないことを確認。


キャシディさんがキッチリトドメを入れてくれていたようだ。


うーん、有能。




「『ミッション完了!援護感謝します!』」




「ワザマエ!オミゴト!!『もう最高!じっくり見れちゃった・・・!あなた最高よ!セクシー!!』」




「ウワーッ!?待って待って!迎えに行くから待って!!」




門の影から何かを叫びつつケンケンでこっちに来るキャシディさんを見ながら、俺は慌てて駆け寄った。

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