42話 増える目標のこと
増える目標のこと
「むーん・・・」
空が青くてきれいだ。
背中に感じる熱も心地いい。
「そうだろうなあって何となく考えてたけど、やっぱりそうかあ・・・」
砂浜に寝っ転がり、空を見上げている。
今日も今日とて暑いことは暑いが、湿度が高くないので過ごしやすい。
「キュン」
「お、いらっしゃい。一緒にゴロゴロしようぜ~」
なーちゃんが寄って来て顔を覗き込んでくる。
昼寝のお供に誘ったら、彼女は俺の顔を舐めて波打ち際方面へ駆けて行った。
どうやら今はその気分ではないらしい。
俺は姿勢を崩さず、飽きもせずに空だけを眺めていた。
「やっぱり生きてた、かあ・・・」
ぼそっと呟いた声が、波音に消される。
「鍛治屋敷、なあ」
その名前を言うだけで、ズンと気分が重くなる。
空は晴れ渡っているのに心は曇り空って感じ。
大木くんが大分テンパりながら報告をしてきたのは、昨日のこと。
種もみを回収するために龍宮の施設に行ったら、なんとその帰りに鍛治屋敷親子に遭遇したと言うのだ。
『親父は普通にヤバいですけど、娘も酷いですよ!なんですか!?あんな目をした人間見たことありませんよ!!』
遭遇した大木くんは100点満点の対応をし、危害を加えられることはなかったが・・・生きた心地がしなかったという。
娘の目が怖かったそうだ。
自分をそこらへんの石ころ程度にしか本気で思っていない、そんな目が。
『猛獣の檻に蹴り落とされた気分ですよ!いや・・・猛獣っていうかあれ!もうファンタジーのバケモンです!キメラとかドラゴンとかそういうの!!』
だそうだ。
娘の方も以前見ているが、身のこなしは尋常じゃなかった。
不意を突いたとしても、神崎さんにナイフを当てる腕前だもんな。
英才教育のたまものってやつかな。
「しかし、大金星だぞ大木くんよ」
マジで彼の今回の働きはMVPものである。
彼が脅威に見えなかったのか、それとも興味がなかったのか。
鍛治屋敷たちは、大きな情報を残してくれた。
現在の住居と、鍛治屋敷の状況である。
『牙島の北にある貨物船』は、古保利さんが把握していた。
ドローンを使って海面ギリギリを飛び、かなり遠くから北地区を偵察していたらしい。
それによると、確かに北地区の港から500メートルほどの沖合に停泊している貨物船があったとのこと。
さすがにそれ以上はミサイルのこともあるので接近できなかったらしいが、それでも情報に合致する。
いきなり攻め込むわけにはいかないが、それでも有益な情報である。
そして、鍛治屋敷は片目が潰れているが元気に動けているということ。
長脇差が完全に突き刺さったと思っていたが・・・どうやら、運がよかったらしい。
目は殺せたが、脳までは刺さらなかったということか。
動けているということは、身体機能に問題がないという証拠でもある。
片目の視界なら以前のように動けまい・・・と、思うが。
希望的観測はやめておこう。
例えば師匠が片目になったとして、それで弱くなるかと聞かれれば・・・うん、あり得んな。
それに、『かあちゃんが作ったアレ』という言葉。
何らかの、有用な装備を身に着けているということか。
一体何なんだろうな・・・爆弾魔の嫁さんお手製の装備。
以前の飛び出す爪やピンポン玉くらいの爆弾もある。
何が飛び出すかわからん。
〇ケットパンチとか〇レストファイアーが搭載されていても驚かんぞ、俺は。
・・・いや、胸の熱光線はさすがに無理か。
「面倒臭いなあ・・・」
心のどこかで、生きてるんじゃないかと覚悟していたが・・・実際に出てこられるとその、なんだ、困る。
未だに確認できていない嫁さんに、同じくらいネジの外れた娘もいる。
そして当の本人は俺を絶賛ターゲッティング中だ。
・・・死んだと思われていたら楽でいいかな、とも一瞬考えたが。
そうなると、恐らく次の標的は後藤倫先輩になる。
先輩がやられるとは考えられないが、俺が生きてるのに戦わせるわけにはいかない。
となると、奴に俺が生きていることを知らせる必要があるが・・・それはまあ、この先『レッドキャップ』とかち合えば嫌でも伝わるだろう。
アイツラ、協力関係っぽいしな。
「じゃあ逃げるか?なんて考えはハナから存在しないし・・・」
鍛治屋敷は女子供を積極的に殺して回るタイプじゃないが、だからといって博愛主義者では決してない。
あの爆弾テロがそれを証明している。
強い相手は『殺したいから』殺す。
それ以外は『死んでもどうでもいい』そういう奴だ。
今回大木くんが生き残ったのも、『たまたま殺す気がなかった』からだ。
『リハビリ』で疲れてたってのもあるんだろう。
そうそう、『リハビリ』についてだが。
奴らが去った後、大木くんは鍛治屋敷が歩いてきたビルの方向を偵察した。
そこには、20人を超える死体の山があったのだそうだ。
ある者は首をへし折られ、ある者は頭を砕かれ。
まるで大型の猛獣が暴れた後のような様相だったという。
『見たところ腕自慢のチンピラって感じの連中でしたけどね。死んでも困るタイプの人間じゃなかったです』
とのこと。
おおかた鍛治屋敷の『練習台』にされた哀れな一般土着チンピラだろう。
特に同情はしない。
だが、その状況から察するに・・・以前と同じくらい動けると仮定していた方がよさそうだ。
希望的楽観は死を呼ぶ。
慢心は敵だ。
それで顔に傷が付いちゃったんだしな、俺。
「ま、これ以上考えても仕方がねえな・・・」
横に伸ばした手で、砂を掴む。
「なあに、殺す相手が1人増えただけだ」
それを握りしめながら、俺はなんてことないように呟いた。
「田中野さん、田中野さん」
神崎さんの声がする。
「んがご・・・む?」
考え込むうちに、眠ってしまったようだ。
目を開けると、笑顔の神崎さんが見えた。
その背後は、相変わらずの青空。
よかった、夜まで寝ていたわけではないようだ。
体がバキバキになっちまう。
「ふふ、こんな所で寝ると風邪をひきますよ?」
「・・・いやあ、結構砂があったかいんで中々乙なもんですよ。神崎さんもどうですか?」
神崎さんたちは日々お仕事に忙しそうではあるが、たまには息抜きをしても罰は当たらないんじゃないかな。
俺?俺は・・・便宜上療養中の無職だし。
「それは魅力的なお誘いですけれど、コーヒーはいかがですか?」
神崎さんは手に持った魔法瓶を見せてくる。
お、いいな。
「うわあ、ありがたい。神崎さんが淹れたんですか?」
「はい。千恵子さんから豆をいただいたので」
それを聞きつつ、上体を起こす。
うお、髪に結構砂が付いてるな・・・やっぱり髪切ろうかな。
「ワン!」
「あら、あなたにもお水とオヤツがあるわよ?」
「ゥオン!バウ!!」
俺が起きたので、波打ち際で遊んでいたらしいなーちゃんが走ってきた。
神崎さんの言葉に、文字通り躍り上がって喜んでいる。
かわいい。
「はい、どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
「あじゃじゃーす」
ドッグボウルから勢いよく水を飲むなーちゃんを横に、コーヒーを受け取る。
うーん、いい匂い。
コーヒーの美味さって8割くらい匂いが重要だと思う。
神崎さんは自分の分のコーヒーを用意し、俺の横に座る。
潮風が心地いい。
「うま~」
ほどよい苦みと酸味が眠気を吹き飛ばす。
やっぱりコーヒーはいいなあ。
「そういえば、式部さんはまだ龍宮に?」
「はい。向こうで接収する荷物の関係で一泊したようですね・・・本人は夜にでも帰るつもりだったようですが、体のことを考えて止められたと嘆いていました」
アグレッシブすぎない?
1日に何度も海に潜るとか・・・俺絶対やりたくない。
いや、1回でもやりたくない。
真っ暗な海を1人でとか、考えただけで震えがくる。
「それに、鍛治屋敷の件もありますし。あちらでも警戒する必要がありますから」
「爆弾持ってますもんねえ。好戦的で虐殺大好きの大木くんみたいなもん・・・こりゃさすがに失礼だな」
「そうですよ!大木さんはその・・・ぜ、善人ですから」
言いよどむ気持ちはわかる。
いや、彼は間違いなく善人なんだが・・・その、攻撃力がストップ高だから。
カテゴリー的には善人・・・善人ってなんだ(哲学)
「あの・・・また、戦うんですか。あんな、大怪我をしたのに」
神崎さんの声色が悲しそうな感じになる。
ああ、鍛治屋敷とのことか。
「・・・まあ、そうなるでしょうねえ。俺が生きてると知ったら、嬉々として再戦申し込んで来そうですし」
やりたくはない。
やりたくはないが、やらないわけにはいかない。
残りのコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
腰についた砂を払・・・ったら神崎さんにかかるな、やめとこ。
振り向き、眉をしかめた神崎さんに視線を合わせる。
「南雲流の理念とか、師匠との因縁とか・・・まあ、建前は色々あるんですけどね」
それもあるが、それだけじゃない。
「アイツが生きてると、困るんですよ」
我ながら酷い意見ではあるが、それが真理だろう。
「こんな状況だから、ゾンビに喰われたり人に殺されたり・・・いろんな理由で人が死んでるでしょうけど」
その全員を助けることはできないし、する気もない。
「アイツを放っておくと、もっともっと人が・・・子供が死ぬ気がするんです」
神崎さんは、じっと俺を見ている。
「それがねえ・・・どうにも、俺には気に入らないんですよ。俺がなんとかできるはずの相手に、俺が何もしないでそれをやられちまうってのはね」
それに、奴が組んでるのは『レッドキャップ』
胎児を使って実験をするような・・・お釈迦様が見たらぶん殴りに行くような外道共だ。
放っておけば、間違いなく大惨事になる。
「それに・・・」
足元に置いていた『魂喰』を持ち上げる。
「俺が、この世で一番殺したい相手は・・・たぶん、鍛治屋敷を殺さないと、殺せない」
領国。
アイツは・・・素行はともかく、有能な科学者だった。
いくつもの特許技術を開発し、社会にも貢献していた。
そんな人材なら、現状ではそこらへんで歩哨をさせられているわけないだろう。
きっと、『レッドキャップ』の中心に近い所にいると思う。
こうして心で考えるだけでも、一瞬で体が熱くなる。
ゆかちゃんの笑顔。
『田中野くん!』
祭壇に飾られた、笑顔の遺影。
『なんで、なんでぇ・・・この子が、この、子がぁあ・・・』
小さな棺に縋り付いて泣く、今にも死んでしまいそうなお母さん。
『一朗太くん、よく・・・来てくれたねえ』
必死に喪主を務めていた、泣き腫らして目が真っ赤だったお父さん。
それを見て痛いほど噛み締めた口内の、血の味。
やり場のない、説明できない・・・渦を巻く怒り。
フラッシュバックのように、心があの頃に戻った。
「・・・ここにね、小学生の俺がいるんですよ」
胸に手を置く。
「そいつがずっと『許さない』って叫んでるんです」
手に血が滲んでも木刀を振っていた、あの小さな俺が。
1人で、道場の裏で泣いていたあの日の俺が。
「だから、俺はここで降りるつもりはありません」
決意を後押しするように、風が吹いた。
それに合わせるように、ちり・・・と『魂喰』から音が聞こえた気がした。
「『レッドキャップ』をボコして、鍛治屋敷をぶち殺して―――」
「―――そして領国の野郎に、今までのツケを利息付きで返してやるんですよ」
小さな、小さな棺。
アイツは、あんな悲しいものを・・・28個もこさえやがった。
鍛治屋敷もきっとそうだ。
おっちゃんの後輩夫婦の子供のように、あの時あの場所にいた人たち。
きっと、彼らの家族も・・・俺のような気持だったんだろう。
ふと、ゆかちゃんのご両親のことを考える。
あの人たちは今どうしているんだろう。
生きているなら、今もどこかで悼んでいるんだろうか。
あまりに早くに逝ってしまった、娘を。
理不尽に奪い取られた、命を。
「・・・っ」
胸が温かくなる。
神崎さんが立ち上がり、俺の胸に手を添えていた。
「一緒、ですよ田中野さん。私も・・・一緒に戦いますから」
そう言って、神崎さんは俺を射貫くように見た。
潤んだ瞳に、険しい顔の俺が映っている。
・・・ありがてえなあ、ほんと。
「・・・俺の、私怨ですけど、それでも」
添えられた手を、握り締めた。
あんなに強いのに、手は柔らかく優しかった。
「・・・よろしくお願いしますね、相棒」
「勿論です!相棒ですから!」
神崎さんは少し顔を赤らめ、花が咲くように笑った。
血生臭い、復讐の助太刀だというのに。
人を殺す話をしているのだというのに。
俺は今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だと・・・そう思った。
「ごらああああ!イチャイチャすんなし!!すんなし!!!」
なんともこそばゆい空気は、乱入してきた朝霞によって吹き飛ばされた。
この野郎!シリアスさんが死んじゃったじゃないか!!
あー死んだ!今この空間のシリアス成分さんがしめやかに息を引き取られました!!!
「うおお!?巻き付くなっつうの!そんな話をしてたんじゃないってば!!」
「ユダンもスキもないし!カンザキサンはやっぱり敵だし!!」
聞いちゃいない!!
あっという間に巻き付かれ、さらに背中にしがみ付いてくる。
「シキブサンがいないから安心してたのに!!むがー!!にいちゃんはあーしのにいちゃんだかんね!!」
「なんで式部さんが出てくるんだよ!?っていうかお前妹じゃなくて従妹の子じゃねえかよ!!」
「いいもーん!そんなの知らないもーん!!」
「もーんじゃない!」
しょうもないものを見たな・・・みたいな顔で、なーちゃんが大あくびをしている。
朝霞、お前情緒で犬に負けてるぞ・・・!
「ふふ、ふふふ、あははは!あはは!!」
神崎さんは、そんな俺たちを見て腹を押さえて笑っていた。
・・・楽しんでいただけてなによりです!!ハイ!!!
やっぱり俺にシリアスは似合わないなあ!!!
「ふむ、どうしたイチロー・・・そんな顔をして」
話の腰を朝霞に複雑骨折させられ、なにやら疲れた俺は釣竿片手に海へ来ていた。
『あーしも!あーしも!』と言っていた朝霞は、ねえちゃんに晩御飯の仕込みだと連れて行かれた。
神崎さんも何やら仕事があるみたいだったので、ノージョブでフィニッシュな俺は暇つぶし兼食料調達というわけ。
そうして何匹かアジを釣り上げた頃、アニーさんがふらっとやってきた。
「シリアスさんの死を悼んでいました」
「・・・?すまない、その表現はよくわからないな」
「いや、別に何でもないです。暇だったので」
そう言うと、アニーさんは咥え煙草で俺の横に座る。
「ん」
「はいはい」
片手でライターを出し、火を点けてあげる。
もうすっかり慣れたものだ。
満足そうに微笑んだアニーさんは、美味そうに紫煙を楽しんでいる。
・・・俺も喫おう。
人が喫ってると欲しくなるんだよな、煙草。
「ふぅう・・・そうならそうと言えばいいものを。日本人の表現は回りくどいな」
「なんかすいません」
懐から煙草を取り出し、咥える。
すると、アニーさんが顔を寄せてきた。
いやあの、ライターあるんで・・・ちょっと!腕を押さえないでくださいよ!!
どうにもならんので、おとなしくその火を使わせてもらう。
うわあ・・・いい匂いするゥ。
「ふふふ、このウブめ」
悪戯っぽい顔でニヤニヤするアニーさん。
そうすると大分若く見えるなあ。
・・・っていうかこの人いくつくらいなんだろう?
俺よりちょい上・・・いや下か?
日本人女性の年齢もわからんのに、外人さんなんかもっとわからん。
「・・・アニーさんは自分がどえらい美人だってこと、意識した方がいいっすよ」
「しているともさ。その上でかわいいかわいいサムライを誘惑している」
「タチが悪い超悪いこの人」
俺は周囲の女性陣に誰1人として口では勝てない自信があるが、アニーさんはその上位だ。
とらえどころがなさすぎる。
「では私も参加しようか」
予備の釣竿を持ち、アニーさんも参戦した。
お、前のリベンジかな?
「チエコさんのお陰ですっかり海の魚が好きになってしまった。特にサシミとナメロウは最高だな」
「渋いですねぇ」
「本国でも日本食のレストランはあるが、サシミは初挑戦だったからな・・・あんなに美味いモノを今まで食わずに生きてきたとは、人生を損した気分だよ」
生魚を食う文化って珍しいらしいからなあ。
それに、生で食えるってことはその国の衛生観念や環境がしっかりしてるってことの証拠だし。
「訓練では蛇でも生で食ったものだが、あれは最悪だった。二度と食いたくない」
「・・・焼けば意外と美味しいらしいですよ?」
「いーやーだ。食わないったら食わない」
よほどトラウマなのか、軽く身震いまでしている。
いや、俺でも嫌だけどさ。
さすがに蛇を生食は寄生虫とかも怖いし。
「・・・イチロー、死ぬんじゃないぞ」
しばらく無言になったアニーさんは、急にそんなことを言ってきた。
どうした急に。
「コホリから色々聞いた。これから少し『北』が物騒になりそうだからな」
「ああ、そういうことですか」
今までとそう変わりはないと思うけどなあ。
ゾンビも軍人も、似たようなもんだ。
油断すりゃ死ぬって点で。
それから、しばらく会話が止まった。
俺たちは黙々と釣りに勤しんだ。
お互いに何匹か釣り上げた後、アニーさんが口を開いた。
「私は・・・私は戦いに行けない」
アニーさんは釣竿を持ったまま、自分で自分を抱きしめた。
寒くてたまらない、とでも言うかのように。
「もう軍人ではない・・・と、自分を誤魔化しているが・・・・アイツらが怖いんだ、怖いんだよ、私は」
日は高く、まだ暑いというのにその顔色は白い。
「苦楽を共にした仲間だった。ある意味、家族同然だと思っていた・・・そんな連中が、急に狂った」
いつもとは違い、海へ向いたその目には怯えが見える。
「隊長も、それ以外も・・・まるで、悪魔にとり憑かれたように。私の知る連中ではなくなってしまった」
ついに顔も俯いてしまう。
肩が微かに震えている。
「私は、嫌だ。私は人間でいたい・・・私は、悪魔にはなれない・・・なりたく、ない」
絞り出すようにそう呟き、アニーさんは無言になった。
その体が、あまりに小さく見えて。
まるで美玖ちゃんや葵ちゃんを思い出した。
・・・今まで気を張っていたんだろうなあ。
ねえちゃんや朝霞を守るために。
強がっている・・・というか強いけど、それでも俺しかいないここで弱音を吐いたんだろう。
それくらいには、信用されたってことかな。
「・・・『餅は餅屋』って言葉がありましてね」
思わず、俯いたその頭に手を置いた。
優しく撫でると、アニーさんの体がびくりと震えた。
「・・・モチ、モチ?」
「物事は専門家に任せときゃいい、って意味です」
釣竿を置き、立ち上がる。
例によって『魂喰』も持って。
「俺の流派はね、嘘か誠か・・・1000年も前からその『餅屋』なんですよ。人をぶっ殺すことだけ考えて、1000年続いてきた・・・ね」
言語化すると碌でもないな、おい。
まあ、どこでも武術なら一緒か。
なにか眩しいものでも見るように、アニーさんが俺を見上げている。
「アニーさんは、ねえちゃん朝霞と・・・なーちゃんを守ってください」
『魂喰』を少し抜き、音を立てて納刀。
きん、と澄んだ音が波音をかき消した。
「南雲流、田中野一朗太・・・餅屋らしく外道は斬って捨ててやりますよ、ええ」
・・・叩いてこねる、の方がよかったかな?
アニーさんは目を軽く見開き、何かに驚いたような顔だ。
今の話のどこにビックリ要素があったのかな?
「・・・あーいかん、これはいかん・・・私としたことが」
何を思ったのか、アニーさんは急に立ち上がると後ろを向いた。
「・・・私は、先に帰る。イチローは私の分を合わせて200匹くらい釣ったら帰って来い」
「ええ・・・業者かな?」
「モチハモチヤだろう?それくらいは頑張れ・・・じゃあな」
そう言うと、アニーさんはすたすた歩き出した。
振り返りもしない。
釣竿を持ち、座り直した所で遠くから声が聞こえた。
「じゃあ、モチヤに任せることにする。・・・愛してるよ、サムライ」
いつになく優しいその声に、俺は笑って竿を振った。
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