41話 平穏と急報のこと
平穏と急報のこと
ピピピ、と音がする。
この生活になってから聞き馴れた、腕時計のアラーム音だ。
どうやら時間らしい。
鳴り続けるアラームを止め、ボタンを操作する。
真っ暗闇の中に、現在の時刻を知らせるディスプレイ表示が浮かび上がった。
えーと?
PM13時55分・・・と。
真昼間だな、外は。
「・・・頭痛、倦怠感、発熱どれもなし。意識もバッチリときたもんだ」
仰向けに寝転がって出した声は、少しだけ掠れていた。
あー、喉乾いた。
手探りで枕元に置いたペットボトルを取り、ぬるくなった井戸水を喉に流し込む。
砂漠で遭難でもしたかのように乾いていた喉は、あっという間に潤いを取り戻した。
「・・・どうやら今回も死なずに済んだな。いいこといいこと」
生の喜びを噛み締めながら、体を起こす。
首を回すと、ボキボキと豪快な音がした。
・・・ねえちゃん宅のベッドに慣れ過ぎたな。
たまーに硬い床で寝るとこれだ。
まあいいか、これで今晩はベッドに戻れるんだし。
スマホのライトを起動し、室内を照らす。
8畳ほどのがらんとした空間がぼやりと浮かび上がった。
窓すらない、殺風景な倉庫だ。
床に置いていた『魂喰』を持ち、ドアに向かう。
『内側から』かけていた鍵を開け、ドアノブを捻る。
「うおっまぶしっ」
軋んだ音を立てて開いたドアの隙間から、日光が容赦なく襲い掛かる。
目が・・・すっげえ眩んでる!
「約40時間ぶりの日光が目に沁みにゅい!?」
なんだ!?
腹に何かが・・・巻き付い・・・て。
ああ、うん。
俺の知り合いに巻き付いてくるヤツなんて1人しかいねえな。
「にいちゃん!にいちゃぁん!!だいじょぶ!?ねえだいじょぶ!?」
そう、朝霞である。
若干まだ霞んでいる視界では判別し辛いが、どうやら目が真っ赤だ。
泣いた・・・にしては様子が違うな。
ひょっとしてコイツ寝てないのか?
「おう、心配かけたな。ゾンビ田中野の登場はどうやら無しだ」
そう言いつつ、頭を撫でる。
朝霞は嬉しそうに俺の胸に頭をぐしぐしと擦り付け、こちらを向いて笑った。
「わはーい!心配したんだかんね!!もっとあーしを撫でろし!撫でろし!!」
「はいはい」
嬉しそうな朝霞を撫でつつ、俺は人間でいる喜びをそこはかとなく噛み締めていた。
さて、何故俺が1人で倉庫なんぞに籠っていたのか。
その理由は先日・・・いや、一昨日か。
あの日、ネオゾンビと戦ったからである。
もっと言えば、奴のよくわからんゲロを腕に喰らったからだ。
受けた瞬間に広く浅く皮膚を削いだし、ゲロは酸っぽい感じで、血液っぽくないから大丈夫だとは思ったが・・・念のため俺は俺自身を周囲から隔離することにした。
希望的観測でゾンビ化したら目も当てられないしな。
もっとも、その場合はもう既に俺は俺ではないんだが。
とまあ、そういうわけで俺はここ・・・家から離れた場所にある倉庫に籠っていたわけだ。
100人乗っても大丈夫そうなコンテナ倉庫である。
ねえちゃん宅で使う農機具を収めていたものだ。
俺が籠るにあたって、マットレスと枕、それに食料を持ち込んだ。
そして約40時間という縛りは、以前に敦さんを詩谷駅から救出した時のものを参考にした。
ゾンビ化は早くて半日、遅くても1日半で完了する・・・らしい。
ソースは神崎さん。
とうわけで、『あーしも!あーしも一緒に入るゥ!』とか本末転倒で意味不明な主張をする朝霞を引き離し・・・皆に心配されながらも俺はプチ引き籠りとなっていた。
「おんぶして!おんぶしてにいちゃん!」
「別にいいけど答えを言う前に背中に移動すんじゃないの」
正面の巻き付きから朝霞は瞬時に俺の背後に回り込み、そのままスルスルと背中へ。
〇パイダーマンかコイツは。
地獄から来たギャル!〇パイダーマ!!(BGM)って感じ。
「久しぶりの背中だぁ~へへへ~・・・へむ・・・にゃむ・・・」
「朝霞、おい朝霞?・・・嘘だろ、もう寝やがったこの子」
嬉しそうに俺の首に手を回したかと思うと・・・朝霞の体はすぐさま弛緩。
全体重を俺に預けてきた。
「・・・どっかの21世紀からロボ送り付けられる小学生か、お前は」
どうやら俺が『隔離』している間ろくに寝ていなかったらしい。
まったく、懐かれたもんだね。
・・・それにしても、どんどんコイツ幼くなってないか?
「田中野さん」
寝た途端に重くなった朝霞に四苦八苦していると、家の方から神崎さんが歩いてきた。
「どーも、40時間ぶりです」
「・・・お元気そうで何よりです。心配したんですからね?」
朝霞で手が塞がっているので頭を下げると、神崎さんはにっこりと微笑んだ。
「いやあ・・・面目ない。まさかゲロ吐いてくるとは思わなかったもんで」
「手の傷の具合は・・・ああ」
神崎さんが俺の手を取り、包帯の様子を確認して溜息をつく。
「とりあえず、化膿の兆候は見られませんね。かなり広範囲だったので気になっていましたけど」
『魂喰』の切れ味が異次元だし、戦闘が終わってすぐに消毒したからな。
あの時はああするのがベストだと思ったし、悔やむつもりもない。
「・・・でも、痕が残りますよ」
「今更ですって今更。他にももっともっと派手な傷があるんですから」
ほんと、この騒動始まってから傷が絶えないねえ・・・俺。
戦闘スタイル的に仕方ないけどな。
「『戦士の傷は勲章』って師匠も言ってましたし・・・これで男ぶりがますます上がるんじゃないですか~?」
「それはそうです!そうですが!もっとご自愛なさってくださいね!!ね!!」
「痛ァい!?」
脇腹を抓るのはやめてくらさい!!
「そ、そうだ。俺が籠ってる間に何かありましたか?」
話を逸らしつつ、家に向かって歩く。
見た感じでは何か面倒ごとが発生した気配はない。
「『レッドキャップ』関連では何も。『防衛隊』絡みで1つ動きがありましたが」
「うえ?まーた喧嘩でも売ってきましたか?」
だとしたら懲りないねえアイツラも。
仏の顔も三度とは言うが、古保利さんはそんなに許してくれないぞ?
こりゃ公民館が地上から消える日も遠くはないかな?
「いえ、構成員の半数が行方不明になりました」
「・・・へ?」
トチ狂って中央地区にでも逃げたのかな?
それをしたらこっちの存在がバレるからヤバいんだけど。
「自分たち用の漁船に乗り込んで本土方面へ逃走した・・・と推測しています。他地区への通路は歩哨とカメラで監視されていますので、そちらへは行っていないかと」
「自分たち用?」
「住民から徴収した船は全て我々や駐留軍が監視していましたので。どこかに隠し持っていた可能性が高いです」
・・・ふむ。
本土へねえ。
あれ?じゃあミサイルは?
「ミサイルやそれに準じる兵器の発射は現在まで確認されていません。恐らく民間人・・・それも男ばかりが乗っているのを確認して捨て置いたのかと」
そういえば『防衛隊』って男所帯なんだよな。
男しかいないから見逃した・・・ってことは。
「ミサイル弾数もそう豊富ではないでしょうし、脅威以外の相手に使用するつもりはないのかと推察されます。油断は禁物ですが」
「あの、男だけだから・・・ってのは、やっぱり?」
「・・・それも推測でしかありませんが。向こうは『女性』を求めている・・・ということでしょうか、純粋に弾数が少ないということも考えられますが」
あのネオゾンビを思い出した。
正確には、腹から出てきた『スペア』を。
「・・・『アレ』、奴らが作ったと思いますか?」
「可能性は低い・・・と、考えています。前にアニーさんと田中野さんが遭遇した個体のように、制御の痕跡が見られませんでしたから」
・・・ああ、あのヘルメットのことか。
っていうことは、奴は自然発生の黒ゾンビってことか?
それとも制御機構を組み込むまでに逃げられた、とか。
「あの個体は、あの日の晩に龍宮に移送済みです。向こうの隔離された環境で隅々まで調べられることになっています」
「・・・えらい硬いですけどメスで切れますかね?」
「ふふ、田中野さんが執刀します?」
神崎さんはそう言うと悪戯っぽく笑った。
そんなことになったらチェーンソーが欲しい。
『魂喰』並みの切れ味のメスがあれば話は別だけど。
・・・そんな危険物あってたまるか。
「ワフワフ」
お、なーちゃんが小屋から出てきた。
今日もご機嫌だな。
尻尾が扇風機みたいにぶおんぶおん回っている。
「やっと撫でれる・・・と言いたいところだけど、朝霞がコレだから後でな」
昨日の晩とか倉庫の外でキュンキュン鳴いてて可哀そうだったもんな。
いや、犬はゾンビにならんし襲われないから入れてもよかったんだが・・・朝霞の気配もしたしな。
なーちゃんと一緒になだれ込んでくる予感がしたもん。
コイツは絶対そういうことする。
最近どんどん幼くなってきてないか、ほんとに。
「おやおや、元気そうで何よりだな」
俺たちの様子を見てか、庭に面した窓が開いた。
いつも通りのアニーさんが、俺を見て手招きしている。
「アサカはずっとここでキミのいる倉庫を見ていたからな。甲斐甲斐しい事じゃないか」
「なーちゃんの亜種かな?」
忠犬アサ公・・・字面が間抜けすぎる。
だがまあ、それだけ心配してくれたんだろう。
「んにゃむ・・・へへ・・・フヒヒ・・・」
だから・・・現在俺の肩に注がれている涎も許してやる。
苦笑いをしつつ、朝霞の部屋までこの忠犬を運ぶことにした。
「やあ、元気そうだね。さすが南雲流・・・あ、荒川さんどうもこんちは」
「あらあら古保利さんいらっしゃい、お茶菓子いかが?今ちょうど焼いた所なの」
「いやあ申し訳ありませんねえ・・・でしたら、遠慮なく」
俺にとんでもない力で巻き付いていた朝霞をなんとかベッドに放り込み、居間に戻ってくると古保利さんが庭先に立っていた。
アニーさんや神崎さんの姿は見えない。
「いっくんの分もあるからね~」
ねえちゃんが嬉しそうに台所へ走って行く。
今日は・・・この匂いからするとクッキーかな?
俺の周りは料理上手がいっぱいいて恵まれているなあ。
「南雲流とは関係ないですよ・・・ま、なんとか今回も生きて帰れました」
「ノーモーションで腕の皮削いだ時はビックリしたよ。ウチの部下なんかドン引きしてたけどね」
しょうがないじゃん!
アレやらなかったら感染してたかもしれんのだから!
「しかしまあ・・・こちらから頼んだのにキミを最前線に立たせて本当に申し訳ない」
そう言うと、古保利さんは深々と頭を下げてきた。
「いやあ、気にしないでくださいよ。俺がやるって言ったんですから」
無理やり連れて行かれたってんなら文句も言うだろうが、あの戦いに参加したのは俺の意思だ。
別に古保利さんたちの作戦が駄目で怪我したってわけでもないし、何も言うつもりはない。
「・・・それにしても、音に聞く『鋼断』を二回もこの目で見れるとはね。免許皆伝も近いんじゃない?」
「・・・俺、技名とか説明しましたっけ?」
恥ずかしいから神崎さん以外にはほとんど言わないんだけどな。
あの人は・・・言うまでキラキラした目でじっと見つめてくるんだもん。
いつも圧力に負けちゃう。
「いや、田宮先生が昔演武で見せてくれたんだよ。自衛隊で出稽古した時にね」
あー・・・師匠か。
「『真似できるならばすればよい』ってね。脇差でヘルメットを真っ二つさ・・・すごかったなあ、アレ」
脇差で!?
師匠の愛刀って確か・・・普通?の無銘刀だったよな!?
やはり俺との腕前は雲泥の差だなあ。
「私もその時に詩谷にいたかったです・・・!」
そしていつの間にかいる神崎さんである。
安定のスニーキングスキル。
「ははは、そのころ二等陸曹はまだ産まれてすらいないよ。残念ながらね・・・僕がまだペーペーの新人だった頃さ」
あの爺さん昔っから元気だなあ・・・
いや、今アレだけ元気なんだから当たり前か。
想像するだけで恐ろしい。
「他にも色々見せてもらったよ、剣術、槍術、実演付きで甲冑組手や立ち技もね・・・痛かったなあ」
どうやら演武に引きずり込まれたらしい、ご愁傷様である。
「あとさ、明らかに実戦で使えない技もあるんだね南雲流。キミが使うのはどれもゴリゴリの実戦剣法だから忘れてたけど」
・・・?
ウチの流派にそんな見せ技みたいなのあったか?
「『外典げてん』って言ってたっけなあ。田中野くんもあの下段からの大ジャンプできるの?」
「・・・アレかあ」
南雲流のご先祖様たちが面白半分に作ったとしか思えないトンデモ技。
下段からのジャンプってことは・・・わかった。
「わた!わたし!私気になりますっ!田中野さんっ!!」
ハイ死んだ!俺のシャツの襟元死んだ!!
武術好奇心に火が点いてしまった神崎さんにとっては、こんなものよく伸びる布でしかない。
「んおお・・・神崎さん、言うからスコシオサエテ・・・」
「はいっ!!」
いいお返事だこと。
しかし死んだシャツの襟元はもう戻らない。
・・・許せ、朝霞の兄貴。
『 ダ ブ ル ク ラ ッ シ ュ 』シャツはお亡くなりになったのだ。
「ええと、ですね」
「はいっ!!」
お目目をキラキラさせた神崎さんの後ろで、古保利さんが笑いを噛み殺している。
他人事だと思ってこの人は・・・!!
更にその後ろでは、神崎さんのいつもと明らかに違うテンションにビビッて腰が引けているなーちゃんの姿が!
大丈夫だから!しばらくするとこの発作終わるから!
「南雲流の各派・・・剣術や槍術とかには比較的使いやすい通常の技と、使い所が限られる上にやたら難しい『奥伝』があるってことはもう知ってますよね?」
「はい!七塚原さんや後藤倫さんにもいくつか見せていただきました!」
この人そんなこともしてんのか・・・ムムッ!?俺のとこには来てないぞ!?
・・・ああ、実戦の中で見たいっていつか言ってたな。
相棒だから・・・か?
「それでですね・・・そのどちらにも属さない『外典』ってのがありまして・・・具体的に言うと、人間相手だととても使えないような変な技の集合体なんですよ」
「それは・・・儀礼的な技、ということなんですか?」
「どっちかと言えば身体能力を見せるためのデモンストレーション的なもんだと思いますけどね・・・例えば・・・」
説明しようとして、やめる。
口で説明するのも面倒くさいし、何より実際に見てもらった方が早いだろう。
師匠のを見ただけだから、上手くできるとは限らんが。
「ちょっとすいませんね・・・」
『魂喰』を掴んで2人から離れ、しばし柔軟。
なーちゃんも十分離れてるな。
サクラもそうだけど、この子も賢いなあ。
いつの間にかいたアニーさんとねえちゃんも見守る中、深呼吸。
抜刀し、目を閉じる。
いつだったか師匠が見せてくれた動きを脳内で再生。
少しだけ瞑目し、目を開く。
「ふっ!」
踏み込みつつ、深く膝を折る。
重心の移動によって生まれた力で、刀身を加速させる。
「っし!」
地面すれすれを、鋭く斬り払う。
ブレーキはかけずに、そのまま刀の軌道に逆らわず体を回転させる。
ほぼ一回転するあたりで、足に力を込める。
「っはぁ!!」
回転の勢いを斜め上に変換。
伸びあがるように地面を蹴る。
そのまま、3メーターほどの上空を薙ぐように刀を振る。
着地に気を付け、こけないように・・・おっとと!
ちょっとヨレちゃった・・・恥ずかしい。
「えっと・・・今のが古保利さんが言ってたヤツだと思いますけど」
姿勢が崩れた恥ずかしさをごまかしつつ問いかけると、古保利さんは目を丸くして答えた。
「うん、あの時見たまんまだね。何度見てもその・・・奇妙な技だ」
言葉を選んでいらっしゃる。
いいんですよ別に正直に言っても。
俺もコレ絶対役に立つ気がしないもん。
だってさ、下段払いはわかるよ?有用だから。
相手の足を殺すのは、たとえ即死させなくても戦闘力を著しく半減させるしな。
だが次の斬り、おめーは駄目だ。
この地球のどこを探せば地上3メーターの所に喉がある人間がいるってんだよ。
アレか?キリンでも仮想敵にしてんのかこの技は。
「田中野さん田中野さん!今の!今の技は何というお名前なんですか!?」
しかしそんなツッコミどころ満載の技も神崎アイの前では些細なことらしい。
周囲の苦笑いをガン無視し、俺にグイグイ聞いてくる。
マジで武術関連となると人が変わるなあ、この人。
ある意味普通のミーハーな女性っぽくなって、正直ちょっとかわいいと思う。
・・・たまに目が怖いけど。
「南雲流剣術、外典・・・『屠龍太刀とりゅうのたち』です。マジで龍と戦うつもりだったんですかね?ご先祖様は」
「とても格好いいお名前ですね!!」
・・・そうかあ?
しかし、まあ・・・うん、俺も実は嫌いではない。
中学二年生的なアレで。
しかし、何度やっても変な技だなあ。
もしもこの世にドラゴン的なサムシングが存在していれば・・・
初撃で爪を斬るか迎撃し、二太刀目で喉か首を狙う・・・みたいな動きなのかな?コレ。
「案外大昔にはいたかもしれないね、ドラゴンがさ」
古保利さんが楽しそうに言った。
「そいつらが現代に生き残ってないのは大変ありがたいですね、ええ」
ゾンビだけでも大変なのに、その上ファンタジー生物まで相手してられるかってんだ。
今でも結構ギリギリになりつつあるし。
「イチローのその技が有効なタイプの敵が出てこないのを、私は祈るよ」
アニーさんがニヤニヤしている。
・・・本当にやめていただきたい。
頼むゾンビよ、空気を読んでこれ以上ヤバくなるな・・・マジで頼む!!
ねえちゃんが差し出したお茶を受け取りながら、俺はそう切望した。
俺の体調を確認し終えた古保利さんは、お茶を飲んで帰って行った。
『あれだけ動ければ大丈夫だね』
とのことであった。
そりゃそうだ。
俺も風邪とかひいてたらとても無理だし。
そういえば式部さんの姿が見えないな・・・と思ったら、また龍宮へ戻っているようだ。
何かの物資を受け取りに行ったらしい。
また夜の海を潜ってか・・・俺なら絶対に嫌だね。
頭が下がるなあ。
「にいちゃあん、あ~ん!あ~ん!」
「はいはい」
「もももむ」
居間でくつろいでいる俺に巻き付いている朝霞の口に、姉ちゃん特製クッキーを無造作に押し込む。
さっき起きてくるなりこの状態になった。
なんでも、『にいちゃん分の補給~』だとか。
お前四六時中補給してるじゃないか。
たかだか40時間しか離れていないというのに。
「お前・・・龍宮に行ったらどうすんだよ。一生高柳運送に住むわけにはいかんだろ」
離れたら禁断症状とか出るんじゃね?
・・・俺は非合法薬物か何かか?
「んぐ・・・え?にいちゃんはどうすんの?」
「俺か?・・・うーん、とりあえず面倒見てる子供たちが独り立ちできたら実家に帰るんじゃないか?」
何十年とあの生活を続ける気はないが、かと言って今日明日あたりに解散するつもりもない。
子供たちの心の傷は深いからな・・・まだ時間が必要だ。
ここで『はいじゃあサヨナラ~』ってわけにはいかんだろうよ、助けちまったんだから。
「じゃあその時にあーしもついてくね!!」
「じゃあってなんだよじゃあって。ホラホラおかわりどうぞ~」
「めめむめむ」
とりあえずクッキーを詰め込んでおいた。
・・・本当に着いてきそうで怖い。
その頃にはゾンビも落ち着いてるだろうし、そこは牙島に帰れよ・・・と思うが、口には出さない。
薮をつついてドラゴンを召喚する趣味はないのだ。
「田中野さん!」
「まめぐ!?!?」
庭先から神崎さんが血相を変えてやってきた。
盛大にクッキーを詰まらせて悶絶している朝霞にお茶のボトルを渡す。
「どうしました?」
「龍宮経由での緊急連絡です!」
そして、俺に通信機が差し出された。
緊急連絡!?なんで俺に!?
そう問い返す間もなく、通信機からは聞き馴れた声が。
『っだ、だながのざんん・・・!』
「・・・大木くんか!?どうした!高柳運送で何かあったのか!?オイ!?」
喉がガラガラな大木くんの声だ。
どうした、3日連続でカラオケしたみたいな声だぞ。
『んっがっごっごっご・・・!!ぶはあ!!!』
向こうで何か飲んでいるようだ、
盛大な喉慣らしの音がした。
『はぁあ・・・落ち着いた。じゃない!!田中野さん!!出たんですよ出たんです!!!』
「・・・おい落ち着けって!何がだ!?幽霊か!?」
息を吸い込み、大木くんはこう言った。
『違いますっ!!!鍛治屋敷とその娘が龍宮に出たんですよォ!!!!!』
・・・死んでろよ、糞が!
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