40話 産声のこと

産声のこと








「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




空気を切り裂いて、ネオゾンビの右拳・・・いや、剣が迫る。


口に式部さんの三鈷剣が突き刺さってるってのに元気だなあ畜生!!


だが、アレならゲロは吐けまい!


・・・吐けないよね?お願いだから吐かないで!!




袈裟斬りの軌道で振られるそれを見極め、『魂喰』を合わせる。


峰によって根元を押さえ、体を動かしながら逸らす。




「っし!!」「ッギア!?」




剣を逸らしきった瞬間に、切っ先で脇腹の装甲・・・その隙間を突き刺す。


するりと潜り込んだ切っ先をすぐに引き抜き、そのまま後方へ跳躍。


左の剣の切り払いを避け、再び同じ構えで次を待つ。


・・・よし、問題なく使えてるな。






南雲流剣術、応報の型『弾』




相手の攻撃を逆手に持った刀の峰で逸らし、細かく鋭い突きを入れる型だ。


一撃で敵を殺す力はないが、じわじわと失血死を狙う大変に性格の悪い型である。


先程兜割を蹴り飛ばしてしまったので、日本刀で取れる戦法としてはこれがベターだろう。






「ギャバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」




それほどのダメージはなかったのか、再び右が来る。


今度は薙ぎ払い・・・これは逸らせないので大きく跳び下がる。


そして目の前を剣が通り過ぎたので踏み込みつつ突きを―――!?




「っちぃい!?」




踏み込もうとした瞬間に、肘の装甲が伸びた。


慌てて踏み込みを避けつつ、その刃を峰で逸らした。




・・・相変わらず出鱈目な体、しやがってよ。


おちおち踏み込みもできねえ。


だが、アニーさんと一緒に出会った時と今は状況が違う。


それは・・・




「田中野さんよ、コイツはどんなヤツだ!?」




「見た通り装甲が伸びます!でも引っ込みません!あと、関節の可動範囲が人間の二倍以上なんで無茶苦茶な動きします!!」




「デタラメじゃねえかよ、だが合点だ!!」




ネオゾンビの反対方向に、石川さんがいる。


その声に反応したネオゾンビが振りむこうとするが、顔をのけ反らせてその動きはキャンセルされた。


どうやら口に銃弾が直撃したらしい・・・こんなことができるのはあの人くらいだな。




「助太刀するであります!」




「陸士長のお陰で口が狙いやすいので助かります!」




先程MVP級の活躍をした式部さんと、今まさにネオゾンビの口に銃弾を叩き込んだ神崎さんは後方に。


そして、怪我人を下がらせて体勢を立て直した駐留軍の皆さんが周りを囲っている。




あの時とは状況が全く違う。


俺の動きが封じられているわけでも、守らなきゃいけない誰かがいるわけでもない。


兜割がないのでバンバン殴っていけるわけではないが、それでもかなり気が楽だ。




「臨機応変に!殴れるときに殴ってください!」




そう叫び、再びネオゾンビの間合いに踏み込む。




「ガギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!ガアア!!!」




ネオゾンビが目を見開いて吠える。


どうやら俺へのヘイトが一番高いようだ。


タンク役としては防御力が皆無なので難しいが、いわゆる『回避盾』ってことで頑張るか!




「来ォい!!」




返答もなく、頭上に剣が迫る。


それを逸らしつつさらに踏み込む。




「うおぉ!?っし!!」




剣が地面にめり込んで一拍後、二の腕の部分から装甲が伸びた。


避けたのがスレスレの所じゃなかったので、左に倒れ込みつつ胸を一突き。


すぐさま横方向へ転がりながら離脱。


あっぶねえ!第六感に従って助かった!!




「グギギギギギギ!!!!ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




癇癪を起こしたように叫ぶネオゾンビ。


今度は左腕を振りかぶりつつ俺の方へ向く。


完全に俺をターゲッティングしてるな。




ネオゾンビの意識が俺に向いた瞬間、視界の隅で迷彩服が飛ぶ。


式部さんだ。




「っは!!えぇいッ!!!」




体ごと飛び込んだ式部さんは、全体重を乗せてネオゾンビの脇腹を諸手で突いた。


さらに離れ際、その柄を蹴り込みつつ離脱。


半分ほど刺さっていた三鈷剣は、蹴りの勢いで鍔元までぞぶりとめり込む。




「ギィイイ!?」「降魔不動流・・・貫ノ法四段、『阿婆羅底あばらち』で、ありますっ!」




後方宙返りで離脱をしつつ、何故か俺に解説する式部さん。


器用だし余裕あんなあ・・・




しかし技名カッケー!!


・・・前がセイタカで今回がアバラチってことは、三十六童子から技名取ってるのか。


じゃあ最大で三十六個もあんの!?


すげえな降魔不動流。




「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




式部さんの方向へ、ネオゾンビの装甲がまた伸びる。


今回は肩口だ。


しかしとうの昔に式部さんは射程圏外へ脱出済み。


伸ばし損だったな。




・・・しかし、もしかして。


試してみる価値はある、か?




「おおおおっ!!」




叫びつつ踏み込む。


喚いていたネオゾンビが、こちらに振り向く。




「ガアアアアアアアアアアッ!!!」「しいぃい・・・いっ!!」




振り向く勢いを乗せた突きを、逸らす。


逸らしたまま手首をスナップで前方向へ。




「ぬんっ!!!!」「バッギャア!?」




そのまま首元を一突き。


またも後方へ跳躍し、距離を取る。




「ルウウウウ、ッガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」




すると、さっきまで俺がいた辺りに装甲が伸びる。


今度はヤツの額由来だ。


可能性の獣みたいな感じになってるな。




「・・・やっぱり、か!」




同時に、推論が当たったことを確信する。




「コイツは動作と同時に装甲を伸ばせません!!伸ばす時に必ず動きを止めます!!」




大声を出して周囲に教える。


この前の時はアニーさんが意識不明でそこまで考えてる暇なかったが、今は若干余裕があるからな。




ネオゾンビが装甲を伸ばす時には、まず標的を視認。


その後、数瞬動きを止めて装甲が伸びる。


動きながら・・・とかは無理だ。


ウチの『寸違』や『尺違』みたいな運用はできないってことだな。




「時間はァ!?」




どこからか古保利さんの声が聞こえた。




「たぶん1秒以上2秒以下です!!〇ァミ通の攻略本くらいの信用度だと思ってて下さァい!!」




「了解!翻訳しとく!!」




ネオゾンビの間合いに入ったり逃げたりしながら、相手にプレッシャーをかけ続ける。


今回は攻めない。


俺にずっとネオゾンビの意識を引き付け続ける。


なぜなら―――




「―――ッシ」




ネオゾンビの背中側から、恐ろしい目をした石川さんが今まさに踏み込んだからだ。




「えやぁあッ!!」「ッギィイイ!?」




どごん、という音。




ネオゾンビの体が、俺の方へ向けて揺らいだ。


それほどの、一撃。




爆撃をくらったように、ネオゾンビの背中側の装甲が空中に飛び散るのが見えた。




「・・・っふ!」




一撃を叩き込んだ石川さんが、両こぶしを腰だめに引きながら腰を落とす。




「コオオオォオオ・・・ッフ!!」




息吹が終った瞬間に、その上体がブレた。




「―――ッ!!!!!!!!!」




豪、とでも表現すればいいか。


そんな気合を発しながら、恐らく超高速のニ連打がネオゾンビに叩き込まれた。




「アバガッッギギギギギギギギ!?!?!?!?」




体液を口から吐き、ネオゾンビがさらによろめく。


あの拳速・・・後藤倫先輩の『天狼無拍子』に勝るとも劣らない。




「ガアア・・・ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」




が、それでもネオゾンビは大地を踏みしめて後方へ振り返る。


・・・とんでもねえ防御力だ!


衝撃もキッチリ内部まで伝わってるのに!!


ヤバい!石川さんの方の装甲が・・・!!




「ギギギギギガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




こちらへ再び注意を向けさせるべく踏み込もうとしたその時、石川さんへ向けて左手の剣がさらに根元から伸びた。


真っ直ぐ体を貫くように、突きの軌道で。




「ッシ!!」




だが、なんと石川さんは高速で伸びた剣に右手の甲を沿わせていなす。




「セイヤァ!!!」「ギャバァ!?」




それどころか、左足が鋭く跳ねあがり鳩尾に突くような軌道の蹴り。


足指の部分が真っ直ぐ鳩尾に突きこまれ、装甲が飛び散る。




「っじゃらぁあ!!!」「ェグ!?!?」




すぐさま蹴り足が引かれ、今度は右足が上へ跳ね上がる。


呻き、体を折るネオゾンビの顎先を正確に爪先が捉え、かちあげた。




・・・すっご。


あんなの生身の人間が喰らったら初手の鳩尾でショック死してるわ。




石川さんは追撃をせず、跳び下がって構えている。




「Now!!!!charge!!!!!!!」




一瞬呆けていると、オブライエンさんの声。


俺の横から、なんかとんでもない風圧を感じたと思ったら・・・アーマーを来た駐留軍がダッシュ。


あのシールドを前方に掲げ、凄まじい速度で走っている。


・・・100メーター12秒くらいの早さじゃない!?


あれだけの荷重抱えて、なんて加速だ!!




「オオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」




あ、ライアンさんじゃんこの声!




走る勢いを全て攻撃力に転換したようなタックルが、顎をかち上げられて動きの止まっていたネオゾンビの背中に炸裂した。




「Shoot!!!!!!!!!」




再びの号令。


同時に、通電したのかネオゾンビが弾かれたように痙攣。




「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」」」




気付けば、4方向からそれぞれ盾持ちの隊員が同じように突撃。


後方のライアンさんに気を取られかけていたネオゾンビは、痙攣しながらも混乱している。


ターゲットが絞れないようだ。




そうこうする間に隊員たちが激突。




「ガ!ギギ!!ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」




同じように電流が流され始め、ネオゾンビは悲鳴めいた叫びを上げている。


バチバチと重なりあった音が聞こえ、肉の焦げるような異臭が漂ってきた。


これでいける・・・と、思いたいが。




「ッギ!ギギギ!!ギギギ!!!!!」




ほら見ろ!なんか明らかに『溜め』の動作に入ってるじゃんか!!




「離れろ!!なんかやらかすぞっ!!!!」




俺がそういうよりも早く、隊員たちが一斉に離れた。


さすが軍人さん・・・さっきと同じ失敗はしないか。




「ギャガッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」




ネオゾンビは吠え、それと同時に全身から装甲を伸ばす。


まるでできの悪いイガグリもしくはウニだ。




駐留軍は回避動作が早かったのでケガはないようだが、シールドのいくつかは角度が悪かったのか装甲が貫通して破壊された。


しかも、それが疑似的な盾みたいになっている。


背中と両側面は盾ガードの状態だ。


銃や爆弾が使えるならいいが、今の状態ではアレを突破するのは難しいだろう。




―――だけど。




「ライアンさん!背中借りますッ!!しゃがんでッ!!!」




でっかい背中に向かって走る。




「ドーゾ!!」




いつかの御神楽での騒動よろしく、ライアンさんは即座に俺の目的を察してくれた。




助走の勢いをつけ、ライアンさんの肩を目がけて跳ぶ。


さらに、着地したそこを踏み切る。




南雲流、『きざはし




「ふうぅう、う!!」




跳躍の頂点で、逆手だった握りを順手に戻す。


それを、大上段に振りかぶる。




榊ソードでやれたなら、絶対にできるはずだ。


いや、できると信じる。


何百年も前から戦乱を潜り抜けてきたこいつなら、必ず!!






――りぃん






同意するように、いつもの音がした。




「――――さあ、かましてやろうぜ『魂喰』!!!」




「ガルア!!!ッガッガガガアアアアアアアアアアアアッ!!!!」




空中の俺を見つけ、ネオゾンビが吠える。


今更、遅いんだよ!!




「来い!!やぁあああっ!!!!!!!!!!」




俺が叫ぶと同時に、ネオゾンビの額の装甲がさらに伸びた。




振り下ろした『魂喰』と装甲が接触し、両方の側面から火花が散る。


装甲を添え木にするように、刀身が真っ直ぐヤツの顔面目掛けて落ちる。




「お、オオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」




落下速度と俺の体重、それに振りの速度を一点に込めた斬撃が、ネオゾンビの額・・・伸びた装甲の根元に斬り込む。


ぴしり、と顔面の装甲にヒビが入り―――




「があああ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」




俺の気合がそれを後押しでもしたように、ネオゾンビの顔面を勢いよく縦に斬り割った。


額から入り、顎下から抜ける・・・斬り込んだ長さは確実に脳に到達している。






南雲流剣術、奥伝ノ四『鋼断』―――成れり!!






着地し、後方に跳んで距離を稼ぐ。




「ァパ・・・ッガ、アア、アァ・・・アッ・・・」




痙攣し、呻くネオゾンビ。


それを見ながら、下段の構えは崩さない。


装甲が伸びる、酸みたいなのを吐く。


そんなビックリドッキリ要素の集合体みたいなヤツだ、油断はできない。




周囲が、息を呑んだように静まり返っている。




『鋼断』の反動で震え出す両腕を押さえ、まだ視線は逸らさない。




「ァ・・・ァ・・・」




やがて、ネオゾンビは膝を付き・・・頭をガクリと下げた。


そのまま、全身から力が抜けていく。




「ァ・・・」




蚊の鳴くような声を漏らし、遂にその全身が弛緩した。


まだ、構えは崩さない。


・・・震える俺の手によってか、それとも別の理由か。






『まだ終わっていない』とばかりに―――『魂喰』からもまた、かたかたと音が止まらないからだ。






ゆら、とネオゾンビの体が揺れた。


それに応じるように、足を踏み出す。




ネオゾンビの腹が、動いている。




トゲまみれになった外側から見ても、わかるように。




「―――ふう!うぅう!!ああああああああああああああああああああああっ!!!!」




内心に生じた気持ちを吹き飛ばすように、吠える。


吠えながら走る。




腰だめに『魂喰』を構え、何も考えないように走る。




ネオゾンビが揺れる。


『ネオゾンビ以外の』動きで。




いつの間にかパンパンに膨れていた、その腹が『内側から』さらに膨張する。


切れ目が、生じる。


腹が、割れる。






「―――南無阿弥、陀仏!!!!!」






そう叫びながら、俺は真っ直ぐ突きを放った。


混乱していても、俺史上最高精度で放たれた突きは空気を切り裂き―――






「おぎゃ、あ」






腹から飛び出して産声らしきものを上げ始めた、装甲に包まれた『黒い胎児』の口を真っ直ぐ貫いた。


鍔元までが胎児の口に突き刺さり・・・その動きを止めさせる。




「ァア・・・ァ」




串刺しにされた胎児が、真っ赤に染まった黒目のない目で俺を見る。


もう鋭い歯の生え揃った口を、歪ませながら。




「―――恨むぜ、畜生・・・中身は虫でも、これはないだろ」




突いた刀を捻ると、胎児は小さく痙攣して動きを永遠に止めた。




『魂喰』を引き抜き、残心。


動き始めないかどうかをきっちり見極める。


『母体』とへその緒で繋がったままの、胎児を。




結局、その小さな体は二度と動くことはなかった。






「脳内の『虫』が体の危機を察知して・・・体内にあった『予備の体』に避難したんだろう」




ぽん、と肩に手を置かれた。


古保利さんだ。




「だから『これ』はネオゾンビだ。人間じゃあない・・・スペアに避難した、ゾンビさ」




俺を元気づけているんだろうか。


その声には、優しさがあった。




「モーゼズ元中尉が言ってたのはこのことだね・・・流石南雲流、気付いてもらわなければ大変だったよ。『これ』が体内から飛び出した速度は、尋常じゃなかった」




そう言って地面を見つめる古保利さんだが、その目には少しだけ悲しみがあった。




「気に病む必要なんてない・・・とまあ、言いたいところだけど。それは別の人たちに譲るさ」




もう一度俺の肩を強く叩き、古保利さんは部下の方へ歩いて行った。




「僕もさ、はらわたは煮えくり返っているよ・・・『これ』を作ったとしたら、『レッドキャップ』にね」




その背中には、隠しきれない殺気が見えた。






駐留軍も坑道の方へ集結しており・・・後続を警戒している。


ライアンさんらしきアーマーの人が、こちらを心配そうに見ている。




「田中野さん、手が」




神崎さんの声がして、刀を握ったままの右手が温かくなる。


・・・手の甲に切り傷がいくつか。


最後に突きを入れた時に、装甲で切ったんだろう。


痛みすら感じなかった。




「・・・いやあ、気付きませんでしたよ。ははは」




「・・・田中野さん」




神崎さんは、俺の顔を潤んだ瞳で見つめ。




「えいっ」




むぎゅっと頬を挟んだ。


・・・え?




「だ、駄目ですよ!そんな顔をしていたら・・・朝霞さんたちに心配されちゃいますよ!」




「そうであります!そうでありますっ!」




後ろから式部さんの声が聞こえ、俺の顔に新たな手が添えられる。




「マッサージであります!マッサージ!」




そして2人によって、ピザ生地よろしく俺の顔はもにもにされ続けた。


・・・なにこれ。




しばらくの間俺の顔はパン工場の仕込みみたいに揉まれ続けた。


遠くの方で石川さんが爆笑している。




「・・・戻りましたね」「で、あります!」




神崎さんたちは俺の顔をマジマジと覗き込んだ後・・・満足げにうんうんと頷いている。


完全に置いてきぼりにされた俺は、いつの間にか心が軽くなっていた。


・・・頭ではわかっていても、ああして見ちゃうとなあ、きっつい。




「・・・ありがとうございます、ではお返しにどうですか?」




手をワキワキさせてふざけながら返すと、2人は物凄い勢いで後ずさった。


そんなに嫌がらなくっても・・・




『魂喰』を血振りし、刀身を確認。


歪みも刃こぼれもないし、ガタつきもない。


細心の注意を払って斬ったが、それでもこの頑丈さは異次元だ。




「・・・ありがとうな」




そう呟くと、陽光を浴びた稲妻模様がきらりと光った。






それからしばらくして、撤退することとなった。


坑道からの後続はなく、周囲に『レッドキャップ』やその配下の偵察もない。


完全に、あっちはこっちを認識していないようだ。




「今日は鹿肉のカレーですよ!田中野さん!」




「石川さんもどうぞであります!千恵子さんからご招待するようにと言われております!」




「おう、そいつは最高じゃねえか!俺も冷やしてあるスズキを持っていかなきゃよお!刺身が美味いぜ田中野さん!」




帰路の途中、皆が俺を気にしているのか色々話しかけてくる。




「ウヒョー!そいつは腹を減らした甲斐がありますねえ!!」




俺を見くびらないでいただきたい。


あの程度のことで動揺する田中野ではないのだよ。




坑道の方を振り返る。




あのネオゾンビは、色々調べるために自衛隊が回収した。


その他の黒ゾンビは、あっという間に掘られた穴に埋められて旗が立てられている。


いつか掘り出して高温で焼却するのだそうだ。




『レッドキャップ』のことを考える。




今までは領国や鍛治屋敷の付属物っていう印象しかなかった。


―――だが、今は違う。


知らず、噛み締めていた歯から力を抜く。




あいつらは、俺に赤ん坊を殺させた。




この世に生まれ出る前の、赤ん坊を。


もし、もしも・・・アレを創り出したのがアイツらだとしたら。




―――決して、生かしておくものか。




不意に振り返った神崎さんが、悲しそうに俺を見た。


俺は、ぎこちなくそれに笑い返した。








追伸。




あまりに気まずいので超ぎこちないウインクをしたら、神崎さんは帰るまで決して俺の方を見てくれなかった。




更に追伸。




式部さんが物凄い勢いで『自分にも!自分にも!!』と縋り付いてきた。


やったらやったで、目を合わせてくれなくなった。


田中野悲しい。

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