126話 原野役場掃討のこと

原野役場掃討のこと








すったもんだの『みらいの家』騒動から少し時間が経った。


季節はもう梅雨を過ぎ、そろそろ夏の気配がある。




食って寝てストレッチして映画見て、食って寝てストレッチして映画見て・・・俺の体はすっかり治った。


いやあ、充実した時間であった。


鉄火場続きですさんだ心がどんどん癒されていったからな。


まあ、あまりにだらけすぎると後が怖いのでほどほどにのんびりしていた。




おっちゃんたちはそれを見届けて、一旦詩谷に帰っていった。


子供たちに惜しまれつつ・・・というか比奈ちゃんや由紀子ちゃんが一番惜しんでいた気がするが。


むっちゃ泣いてたし。


この先も定期的に遊びに来てくれるらしいので、子供たちは心待ちにしている。




由紀子ちゃんや比奈ちゃん、ついでに美沙姉も中々の人気だったが・・・一番人気はおばちゃんであった。


料理は美味いし、包容力もあるし、何より優しい。


子供たちも自分のお祖母ちゃんを思い出したのだろう、夜寝る時なんか一緒に寝る寝る大騒ぎだったからな。


結局ローテーションが組まれ、巴さんは少しすねていた。


年季が違うんで大目に見て・・・大目に見て・・・




子供は大人とのコミュニケーションで成長する。


今までは限られた人間しか周囲にいなかったが、詩谷に関しては安全になりつつある。


いきなり避難所に放り出すんじゃなくて、これからは秋月や友愛高校とも関わってもいいかもしれんな。


ゆっくりゆっくり慣れていってもらおう。




あ、ちなみにおっちゃんも結構な人気者だったぞ。


『おじいちゃんせんせー』とか『ししょー』なんて呼ばれて、剣術を教えて欲しいとよく群がられていた。




『・・・年寄りにあんまり無理させんじゃねえや』




なんて言ってたが、その顔は満面の笑みであった。


さすが、おばちゃんの旦那。


子供好きは似るらしい。




敦さんも七塚原先輩の代わりに人間遊具として活躍していたし、小鳥遊さんも小さい子に絵本の読み聞かせなんかをしてたな。


レオンくんも縦横無尽の大活躍だったしな。


ほんと、優しい人ばっかりでよかったなあ。






で、だ。




それはそれとして、俺は今外にいる。




「あの、本当に大丈夫ですか?」




「はっは、田中野完全復活ですよ。今なら神崎さんをおんぶして100キロ行軍でもなんでもできそうですな!」




「しょっ、そうですか・・・」




心配そうに声をかけてくる神崎さんに、小粋なジョークを飛ばせるくらいには元気だ。




「田中はすぐに調子に乗る、そしてすぐ禿げる」




「老衰で死ぬまでフッサフサでござーる!!!」




何故後藤倫先輩は俺をすぐ禿げさせそうとするのか。




「そんじゃま、行きましょっか」




軽トラの横で、正面を見つめる。


そこには、原野の役場があった。






病み上がりの俺たちが何故ここにいるかと言えば、2つの目標を達成するためだ。




1つは、俺たちのリハビリ。


そして2つ目は・・・




「残ってますよね、備蓄」




「かなり早い段階で壊滅したようですから・・・可能性は高いかと」




公的な避難所である役場に備蓄されている、食料その他を回収するためである。




以前に神崎さんとここを偵察した時には、こちらの人数も少なく食料にも困っていなかったのでスルーした。


今でもそれほど困っているわけではないが・・・子供も増えたし、長持ちする非常食や毛布なんかはそれこそいくらあっても困らない。


原野はマジで俺たち以外生きた人間は誰もいないので、朽ち果てさせるよりは有効活用しよう・・・ということになったのだ。




ちなみに七塚原先輩は防衛のためにお留守番だ。


すっかり傷は塞がったが・・・念のためというわけでね。


本人も最近巴さんからやっと畑仕事の許可が下りたので、朝からウッキウキで鍬を振り回している。


元気そうで何よりだ。




さて、役場だ。




2階建てのこじんまりした建物は、以前偵察した時と何の変わりもない。


ガラスはバリンバリンになっているし、崩れたテントもそのままだ。


そして・・・




「アアア・・・」「オゴゴオオオ・・・」「ガアアア・・・」




最早貴重ですらあるノーマルゾンビの群れ。


避難民を受け入れる側だったので、若いゾンビが多い。


っていうかここ以外は老人ゾンビばっかりだった。




七塚原先輩があらかたのゾンビを成仏させたが・・・ここは門によって疑似的に封鎖されているので後回しにしていたそうだ。




「見た所、黒や白黒に進化した個体はいないようですね」




「むーん、マジで進化の条件が分からん件」




「〇ケモンみたいにレベルが上がったら進化するのかも」




・・・っていうか今更ながらなんで共食いすんのかな。


今見ているゾンビ共は同族?には全く興味がなさそうなんだが・・・謎だ。


ま、俺は人類。


よくわからん謎虫の生態など知らんがね。




「特殊個体がいないんなら、それに越したことはないですねー」




言いつつ、兜割を抜いて準備。


さすがにゾンビしかいないのが分かり切っていたので、『魂喰』は置いてきた。


ゾンビが悪人かどうか微妙な線だし。


いざという時に呪いが発動でもしたら目も当てられんからな。


・・・いや、色々あったが完全に信じているわけじゃあないぞ。


なんか変な雰囲気というか気配があるし・・・たまに鍔鳴りみたいな幻聴がするし・・・適当に振ると音が出ないけど・・・




「さてと、そんじゃ・・・どうします?数だけは多いみたいですけdおいちょっと!?」




「お先ー」




どう攻めるか提案しようとしたら、後藤倫先輩がもう走り出している!


ちょっと待て猪パイセン!!




「2階からやるから、1階と外、よろし・・・っく!」




猛然と走る先輩は、気付いて吠えようとしたゾンビの腹部を蹴る。


そのまま蹴り足を支点にして、ゾンビの体を登り・・・頭頂部を震脚のような勢いで粉砕しながら飛んだ。




「ふっ、ほっ、っは!」




恐るべき身の軽さで続けて2体のゾンビの頭を踏みつけ、勢いをつけた後・・・1階と2階の中間にある配管パイプに見事しがみ付いた。


そのままスルスルと上へ登り、割れたガラスから内部に侵入した。




「・・・す、すごいですね、後藤倫さん」




「あの人の周りだけ重力仕事してない・・・してなくない?」




フリーランニングだかなんだかの大会に出れそうだな、先輩。




「ウウウウ!!!!」「ガッガアアアアアア!!!!」「ギギギギギギ!!!!」




遅ればせながら俺たち2人に気付いたゾンビが、こちらを向いて吠える。


作業着やスーツ姿の若いゾンビだ・・・若干動きが速い。




「さてさて・・・やりますかね。神崎さん、援護をよろしk」




バスバスバスバス、とくぐもった音。


最も近かった4体のゾンビが、脳天を綺麗に撃ち抜かれてくたりと倒れ込んだ。




俺の後方では、サイレンサー付きの拳銃を右手で構えた神崎さんの姿が。


残る左手には逆手にナイフを持ち、銃を握る右手と交差するように構えている。


うわぁ・・・かっこいい・・・そして速ァい。




「どうしましたか?田中野さん」




「あー・・・えーと、その・・・神崎さんの援護気持ち良すぎだろ!!」




「はいっ!お任せくださいっ!!」




・・・とりあえず俺も仕事すっかね。




兜割を抜いて緩く持ち、ゾンビの群れへ駆け出す。


神崎さんの射線を塞がないように、カーブしながら。




「ふうう・・・」




浅く呼吸を繰り返し、手始めに上段に振り上げる。




「っせ!」




「イギュ!」




軽く振り下ろした兜割の先端が、ゾンビの額をぼこりと陥没させる。


・・・ふむ、柔らかいなあ。


最近黒とか白黒とかぶん殴ってたからそう感じるだけかもしれないが。




細かく痙攣するゾンビをそのまま肩で吹き飛ばし、後方へぶつける。


3体のゾンビがそれをもろに受け、将棋倒しになった。


・・・よし、体は問題なく動くな。


休養した分、前より調子がいいくらいだ。




「・・・あ、そうだ」




走り込もうとしたのを止め、バックステップ。


兜割を収めながら、後ろ腰からズシリと重い警棒を引き抜く。


えーと『大木式・・・』なんだっけ、まあいいや、とにかくスタン警棒だ。


折角だからコイツの使い心地を試そうか。




勢いよく振ると、小気味いい音と共に警棒が伸びる。


長さは全長で30センチくらいかな?脇差と同じくらいだ。


ええと、展開したら引き金を長押し・・・いや長引きで電源が入るんだったよな。




『―――READY』




やたらイケメンな合成音声が聞こえた。


これでいいのか。


あとはインパクトの瞬間に引き金を引けばいい・・・と。




おあつらえ向きに1体のゾンビがダバダバと走ってきた。


その後方にはまだ何体もいるが、時間差で到達するな・・・丁度いい。




「よっ・・・っと!」




胸に向けて軽く突く。


先端がスーツに触れた瞬間に、引き金を引く。


チチ、という何かが弾けるような音。




「アバッ・・・オ・・・ォ」




40代くらいのおじさんゾンビは、一瞬痙攣してまるで糸が切れた人形のように倒れ込んだ。


後続が到達するには間があるので、観察。




5秒ほどそのまま見ていたが、動き出す様子はない。




「・・・こいつは楽だなあ」




自衛隊の電撃装備は白黒には効きが悪かったが、ノーマルにはこれくらいで十分だということか。


そんなことを考えていると、3体のゾンビが走ってくる。


役場の職員だったのか、全員作業服だ。


名札も付いている。




「っふ!っほ!っは!」




俺に近い順から首、腕、肩とリズミカルに叩いて電流を流す。




「ギャガ!ガガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」




「・・・おっとぉ!?」




2体は倒れたが、腕を叩いた奴だけ一瞬止まってまた突っ込んできた!


慌てて胸に蹴りを叩き込んで止め、その止まった胸に突き。




「イギュ・・・ガ・・・」




今度は強く痙攣し、そいつは倒れ込んだ。


・・・腕は駄目ってことか。


こいつらの本体は脳内の虫的な何か。


やはりそこに近い場所の方が電流も効果的なのかも。




でも胸は・・・ああ、心臓だよな。


ってことは・・・心臓にも虫的なサムシングが巣食っているのかもしれん。


うえ、想像したら気持ち悪いな。




人間として死んだ後に、虫に乗っ取られて動かされるのか・・・俺は絶対に御免だね。


噛まれたら死ぬ寸前に腹掻っ捌いて死んでやる。




しかしあいつら・・・現ゾンビだってそうだったんだろうな。


哀れである。


せめて早く成仏させてやるとしようか。


俺は、スタン警棒を握りしめると新たなゾンビの群れへ向かった。


・・・その周囲のゾンビが神崎さんによってどんどん倒れていく。


さすがにもうちょい働かないとな、立つ瀬がない。








『―――Time out』




外にいるゾンビを神崎さんと協力しつつほぼ掃討したところ、警棒がまたもやイケメンな音声を流した。


おっと、電池切れかな。


握り手のインジケーターを見れば、先程までと違って赤く点滅を繰り返している。


満タンは緑、使用可能が青、黄色が残量残り僅かで・・・赤が充電枯渇だったっけか。


大木くんは本当に器用だな、わかりやすい。




「大体30回ぶん殴ると充電が切れるくらいか」




長丁場の探索に出る時はモバイルバッテリーを持ち歩いた方がよさそうだ。


安物の軽いバッテリーをコイツ用にしようかな。


あんまりデカくて重い奴は持って歩くのしんどいし。




ともあれ、役目を終えた警棒を折りたたんで後ろ腰に引っ掛ける。


かわりに兜割を引き抜いた。




俺達が外で暴れている音に引き寄せられて、役場1階からもゾンビがまばらに出てきた。


残りは・・・いなさそうだな。


役場に入らずにあらかた片付けられるか?


あ、でも半身ゾンビいるかもしれんな、気を付けとこう。




2階は・・・先輩が大暴れしてたし大丈夫だろう。


鋭い掛け声が小さく聞こえる度に、哀れなゾンビがガラスを突き破って落下してきたり、窓枠に沿ってぐにゃりと倒れてたりしたしな。


正直何度か流れゾンビに当たりそうで冷や冷やした。


腕もすっかり全快ということだろう。




「ガガアアアアアアアアアアアア!!!」




役場の偉い人だろうか。


60代っぽいお腹の大きいオッサンゾンビが、声だけは威勢よく肉薄してくる。




「神崎さん、ちょっと下がっててくださいね」




「はいっ!」




いいお返事だこと。




兜割の切っ先を後方に逃がし、腰を落とす。


あんときはぶっつけ本番だったからな、申し訳ないがこのゾンビで試しておこう。




「ふうぅう・・・」




息を吐きつつ、低い姿勢でダッシュ。


ガリガリと兜割がアスファルトと接触する。


オッサンゾンビと、その後ろの若手ゾンビに照準を合わせ、間合いに入る。




「っぜああああああああああああああああっ!!!!!!!!」




吠えながら踏み込み、体を鋭く横へ回転させる。


疾走と遠心力で加速した兜割が、まずオッサンゾンビの膝に激突。


関節を逆方向にぶち曲げながら、足を刈り取る。


その勢いを殺さず、さらに一回転。


再加速した兜割が、瞬時に若手ゾンビの太腿に着弾。


大腿骨をへし折りながら、そいつの足も刈り取って吹き飛ばす。


ゾンビ2体は、ボウリングのピンのように半回転して地面に頭から叩きつけられた。






南雲流剣術、奥伝ノ七『荒噛すさがみ』


・・・よし、呼吸は覚えた!






「おみっ!お見事!ですっ!」




神崎さんの声を聞きながら、地面に倒れた2体の頭部をぶん殴って砕く。


・・・威力は十分だけど、人間相手の方が効果的かな、この技は。


ゾンビだと結局頭か心臓潰さんといかんし。


機動力を奪えるのはいいんだけどな。






残るゾンビも問題なく掃討し、役場は晴れて無風地帯になった。


うむ、ノーマルゾンビはもはや問題なく対処できるな。


・・・が、油断は禁物だ。


慢心しないようにしないと。




いくら弱かろうがゾンビはゾンビ。


噛まれれば一発KOなのはノーマルも白黒も同じ。


畜生、改めてクソゲーだぜ。




「おつおつ田中」




役場2階から階段を下りてくる先輩。


見た感じ疲れた様子はない。


当たり前か。




「上はどうでした?」




「んー、たぶん偉い人ばっかりいたのかな?動きの鈍いおじさんおばさんゾンビだけだった。楽勝」




「会議でもしてたんですかね?」




ゾンビ災害の対策会議とかかな?


ここがいつのタイミングで壊滅したかはわからないが、恐らくこの騒動が始まってそう遅い時期ではないだろうな。


地震や大雨の避難に使うような準備を仕掛けた・・・みたいな感じだ。


避難民の受け入れ準備をしていたらゾンビがなだれ込んできて・・・ってところか?


俺は専門家ではないので詳しいことはわからんのだが。




「あ、先輩。備蓄の物資って上にはありました?」




「んーん、血まみれの毛布とか血まみれの書類とか、あと血まみれの腐った弁当とかしかない」




つまるところ全部血まみれじゃねえか。


ということは2階には目ぼしいものはない、と。




「住民の目録があるかもしれませんが、今は必要ないでしょう。なくなるようなものでもありませんし・・・それに、データで残っているはずですから」




神崎さんが言う。


あ、そうか。


電気が使えなくなっただけでPCがぶっ壊れたわけじゃないもんな。


無理して紙媒体を回収するより、データを復旧した方が楽だな。


そしてそれは俺の仕事ではない。




「こういった施設の場合、備蓄物資は地下か冷暗所に保存されている場合が多いです。どこかに地図があるはずですが・・・ありましたね」




役場の正面入り口から中を見渡すと、さっき先輩が降りてきた階段の壁に地図がはめ込まれていた。


住民課、総務課、国保年金課・・・と部署の名前がずらずら書かれている。


2階は大きい会議室があるな。




「地下に倉庫の表記がありますね。恐らくそこでしょう」




その言葉通り、地下階には『災害用備蓄倉庫』というそこそこ大きい部屋があるようだ。


名前もそのものずばりだし、間違いなさそうだな。


地下への階段は・・・大きい階段の裏側か。




「電気もついていませんから、用心して進みましょう。この先は私が先に行きますね」




そう言うと、神崎さんはライフルのスコープについているスイッチを何やらいじっている。


暗視装置か。




「ん。キリキリ働け木下上等兵」




「神崎二等陸曹ですから」




いつものやり取りをしつつ、神崎さんを先頭に階段を下りる。


うお、先は真っ暗だ。


俺もヘルメットのライトを点けないと・・・




「撃ちます」




パスパスと銃声。


そうすると、暗がりの中から悲鳴が聞こえた。


・・・ビックリしたァ。




慌ててライトを点けて確認すると、階段を下りた所で2体の半身ゾンビがひっくり返っているのが見えた。


仕事が早いなあ。




「気を付けてください、私より前には出ないように」




出ません出ません。


穴の開いたレンコンさんになっちゃう。




階段を下りた先は分かれ道になっている。


お目当ての倉庫は左側だ。




「撃ちます」




音もなくスルスルと階段を下り切った神崎さんは、すぐさま右方向にライフルを向けて発砲。


微かな悲鳴と、何か重たいものが倒れ込む音が聞こえた。


うーん、これはもう俺の仕事はないかもわからんな。




「一家に一台神田川」




「人をそんな便利家電みたいに・・・」




俺の後ろでぽそりとこぼす先輩。


失礼が過ぎる。




「田中は・・・いらないかな」




失礼が過ぎる。




「番犬程度には役に立ちますよ」




「クロヒョウとかに生まれ変わったら考えてもいいかな」




つまり人間田中野はお呼びでないと。


切ない。




「田中野の需要はないんですね・・・悲しいなあ」




「ありますっ!ありますからっ!!あわわ!!」




聞こえていたのか、神崎さんの方からフォローが飛んできた。


優しい。




そしてそんな優しい神崎さんは、声に寄ってきたゾンビを慌てて撃ち抜いていた。


おや珍しい。


あのいつも冷静な神崎さんが。


・・・いや、最近ちょいちょいお仕事フィルターがサヨナラバイバイしてるな?




「そ、掃討完了です」




少し顔を赤くしているような気がする神崎さんが言ってきた。




「後藤倫レーダー的にはどうですか痛い!?」




小粋なジョークに対する返答は脇腹へのスナップの効いた裏拳だった。


スナック感覚でリバーを打つなリバーを。




「ん、気配なし」




・・・答えてくれるなら殴らなくてもいいじゃん。




「田中は殴るといい感触がするからそこだけはセールスポイント」




なんですかそのDVする配偶者みたいな感想は。


即刻販売中止にしたいものである。






残敵もなかったので、俺達は問題なく倉庫に到着した。


扉には鍵がかかっていた。


・・・ということは、ここの避難所はできた瞬間に壊滅したのかもしれん。


備蓄食料を搬出する暇もなかったということだからな。




なお、ドアノブを叩いてぶっ壊そうとしたら先輩が鍵を持っていた。


2階の偉そうなゾンビが持っていたらしい。




「・・・おお」




扉が開き、倉庫内をライトで照らす。




「かなりの分量ですね、軽トラ1台では搬出に時間がかかります・・・高柳運送のトラックを使いましょうか」




神崎さんの言う通り、倉庫内にはぎっしりと段ボールが積まれていた。


側面をライトで照らすと、内容物が色々書かれている。




「あっちは毛布、こっちは簡易テントに・・・アレは段ボールの簡易ベッドか」




とりあえず毛布と簡易ベッドは回収していこう。


寝具は健康に直結する。


特に子供たちにはいい寝床で寝て欲しいからな。




「田中田中!これ全部持って帰ろう田中!!」




はしゃぐ先輩の前には・・・なるほど。


乾燥フルーツ、クッキー、それに水で戻すタイプのあんころ餅。


蜂蜜や砂糖の表記もあるな。


甘い物ってのは極限状態では体にかなり有効だから、備蓄も多いんだろう。


お、氷飴なんて久しぶりに見たぞ。


・・・先輩にとってはそれこそ宝の山だろう。




「とりあえず一度戻ってトラックで出直しましょうか」




「そうですね」




特に食い物は運び出しておいた方がいいか。


今まで特に使っていなかったが、高柳運送にも地下にちょいとした物置があるんだ。


あそこの荷物を出してこいつらを入れておこう。




「行ってらっしゃい、見張りしてる」




「・・・つまみ食いする気でしょ先輩」




ジト目で見ると、先輩は憤慨した様子だ。




「馬鹿田中!見くびらないで欲しい・・・堂々と食べる!」




胸を張って言うことじゃないと思うな、俺。






まあとにかく、俺達のリハビリも備蓄物資の確認も問題なく終了した。


どれから味見しようかな・・・みたいなウキウキ顔で段ボールを検分する先輩を見ながら、俺と神崎さんは顔を見合わせて苦笑いした。

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