124話 妖刀と静養のこと

妖刀と静養のこと








『輪廻、というものがあるそうな』




『死んだ後に魂はその肉体から離れ、極楽か地獄で洗われてまたこの世に戻ってくるという』




『―――許せぬ』




『儂の娘や、孫を手にかけたあの外道とてそうなのか』




『娘らがまた帰って来るこの世に、あの外道も帰って来るというのか』




『―――許さぬ』




『帰れぬように、してくれる』




『体はもとより・・・その穢れた魂までをも、両断し雲散せしめる刀を打ってくれる』




『御仏の慈悲すら及ばぬ外道を、この世にもあの世にもおれぬようにしてくれる』




『故に儂がこれから打つ刀は全て同じ銘とする』




『儂の名なぞ残らんでよい、儂の妄執も残らんでよい』




『ただ、外道を喰らうこの銘だけが残ればよい』






『故に、故に銘は――――魂喰』








・・・戦国末期を生きたとされる刀工、『庚迅雷』


本名を『庚五三郎忠邦かのえごさぶろうただくに』という。


代々続く刀鍛冶の三代目であり、それまでは質実剛健な刀を打つことで知られていた。




彼が、変わってしまったのは50を過ぎた頃。




在所が大戦に巻き込まれ、娘と孫を一度に失った。


本人も、片腕を失うほどの大怪我を負ったという。




まだ傷も癒えぬうちから、彼は取りつかれたように刀を打ち始めた。


周りの知己や家族は止めたが、彼は頑固として聞き入れなかったという。




それから彼が死ぬまでの20年間、それこそ何かに取り憑かれたようにただ刀だけを打った。


同じ銘を冠した刀だけを。




刃紋は決まって直刃。


拵えも、ただただ頑丈なだけで一切の華美さはない。


その刀は、並大抵のことでは折れも曲がりもしなかったという。




そして、決まって刻まれる銘は『魂喰』




それだけのことだから後世に贋作が多数出回ったが・・・決して見分けがつかなかったことはない。


何の装飾もなく、何の美しさもない。


ただ、刃紋に決して真似できない特徴があった。




それらは刃紋は決まって直刃だが、違うところが一つだけ。




刀身のどこかに、決まって出る特徴があったという。


直刃から、飛び出したように・・・あたかも雷のような、不可思議な文様が。


まるで、迅雷の怒りが浮き出たように。




それだけは現在に至るまで、どんな刀工も再現できなかった。


故に、『魂喰』は別名で―――




雷刀らいとう』とも、呼ばれたという。






「あるなあ・・・マジで」




ベッドの上で、まじまじと刀身を見つめる。


切っ先からほど近い場所に、確かにそれがあった。


飛び出したような、稲妻の模様が。




「これ・・・これ、重要文化財レベルじゃん・・・」




「いいじゃねえかよ、やるって言ってんだからよ」




おっちゃんは酒瓶を呷りながらがははと豪快に笑った。




「それに、おめえにはピッタリじゃねえか・・・知ってんだろ?そいつの逸話」




「・・・眉唾物だと思ってたんだけどなあ」




三代目の『庚』だけが妖刀と呼ばれるのには理由がある。




曰く、『善人は斬れない』というものが。




正確に言うと斬れるのだが・・・何故か決して殺せないのだという。


明らかに殺せる角度で斬り付けても、急所を外れる。


それどころか、いきなり折れて振った側の急所に突き刺さった・・・なんて話もある。




有名なのはアレだ、さる大名が癇癪を起こして侍女を斬ろうとして・・・何故か勢い余って切腹したってやつ。


突き入れた後に捻るほどの念の入れようだったらしい。


・・・まあ噂だろうが、この刃を見ていると真実かもと思わせられるくらいには説得力がある。


それほどの名状しがたき迫力があるのだ。




・・・じっと刀身を見る。


優美さはない。


禍々しさもない。




ただ、なんというか・・・『何か』がある。


俺に訴えかけてくるような、何かが。




「・・・いやいやいや、このご時世に妖刀なんてあるわけないじゃん」




自分に言い聞かせるように呟く。




「どうだろうなあ?現に『狗神』のほうはたまーにカタカタ鳴ってたからなあ」




「・・・トイレに行けなくなるからやめてくんない?っていうかそんなの錆びさせて祟りとか大丈夫なの?」




そんな事実を今明かさないで欲しい。


マジで。




「へへ、龍玉神社の清め塩を溶かした極濃塩水に1週間突っ込んでやったぜ」




「お祓い・・・なのか、それ?」




「現に錆びてからは何の動きもしてねえぞ。前におめえにやるって言ったのも冗談だしな、ありゃ人が持つもんじゃねえ・・・少しばかり血を吸い過ぎてる」




そりゃあ、あの神社は霊験あらたかで有名だけどさ・・・平安時代より前からあるって話だし。


それにしたってそんな怖いもんを塩水にぶっこむとは・・・おっちゃんもネジ外れてんなあ。




「とにかくよぉ、そいつは売るつもりも、博物館に寄贈するつもりもねぇ。おめえに使われた方が幸せってもんだろ、そいつも」




「・・・折っても怒らない?」




「怒らねえ怒らねえ・・・もっとも、簡単に折れるようなもんじゃねえけどな。そいつなら『鋼断』も使えるだろうさ・・・榊の刀でできたんならな」




・・・なんで知ってるの?




「聞いてもねえのに神崎の嬢ちゃんがそりゃもう熱く語ってくれたぜ。『格好良かったです!』ってなあ・・・」




うん、言うな・・・あの人は。


容易にその光景が想像できる。




「とにかく、そいつはもうおめえのもんだ。精々使いこなして見せるんだな」




喉が渇いたのか、おっちゃんはそう言うと酒瓶を呷る。


・・・日本酒はそんなスポーツドリンクみたいに飲むもんじゃないってば。




「おじーちゃーん!ご飯できたよーっ!!」




刀に視線を落としていると、階下から美玖ちゃんの声がする。


さっきからカレーのいい匂いがしてくるんだよな、腹減った。


おばちゃんのカレーは絶品だし、斑鳩さんもいる。


今日のカレーは至高の逸品かもしれんな。




「おじさんはそこにいてね!美玖が持って行ってあげるからー!」




おやおや、至れり尽くせりでござるなあ。




「そんじゃな、俺は下で食うからよ・・・子供まみれでうるせえけどなあ」




「でもここの子供たちは好きでしょ、おっちゃん」




「・・・というより、不憫だ。美玖がいかに恵まれてるかわかっちまうからよ」




ほんの少しだけ、おっちゃんは痛々しそうに顔を歪めた。


・・・この人も子煩悩だからなあ。


すぐにおっちゃんは部屋を出て行った。


・・・そうだな、あの子たちは親兄弟がどうなっているのかもわからんからな。


未だにそこらへんは聞けていないが・・・いつかは聞かねばならんだろうなあ。


はあ、気が重いぞ。




・・・だが今はカレーを楽しもう。


食わねば。


食って元気にならねば。






「はいおじさん、あーん!」




「あのね、デジャブを感じるけどおじさん自分で食べられ・・・」




「あーん!!」




「うまうま」




押しが強い・・・強いよ美玖ちゃん。


っていうか俺の周り、押しが強い人しかおらんな?




「むーさん、あーん!」




「むぐむぐ」




そして何故ここにいるのか、七塚原夫婦よ。


子供たちにも食えるように甘くなっているカレーがさらに激甘になっちゃうだろ!!




「下は人数も増えたけえな。わしはでかいし、子供らぁは中村先生たちに任せとる」




・・・さいですか。




「おじさん!このじゃがいもね、美玖が切ったんだよ!」




「こんなうまいジャガイモは生まれて初めて食べるなあ・・・いい子いい子」




目をキラキラさせる美玖ちゃんの頭を撫でる。




「えへぇ・・・サクラちゃんもおいし?」




「はう!わふん!」




ベッドの下で同じように食事・・・ドッグフードの上に茹でたジャガイモを乗せたものを食べているサクラが答えた。


好き嫌いせずなんでも食えて偉いなあ、サクラ。




「ところで先輩、腕の具合はどうです?」




でかいスプーンで巴さんに給仕されている先輩に尋ねる。




「・・・ん。元から神経も腱も切れとらんしのう、軽い痛みがあるだけじゃ」




うっそだあ。


ざっくり刺さってたじゃん鉄片。


それ、俺なら激痛レベルじゃすまないと思うんだよな。




「化膿の様子もないけえ、明日からでも畑はでk」




「だーめですっ!!!!!!!!!!!!!」




「・・・おう、わかっとるわい」




普段は優しい巴さんが目を吊り上げている。


この人が怒るのはマジで珍しいからな。


前に見たのは・・・確か、先輩が六帖先輩と飲み過ぎてベッロベロになった時だったか。


家まで送っていった時だったな。


あの時は怖かった・・・




『風邪でも引いたらどうするんですかっ!!!』




なんてぷりぷり怒ってたな。


・・・基本的に先輩のことでしか怒らないんだよなあ、巴さん。




「まったくもうっ!むーさんも田中野さんも働きすぎですっ!たまにはのんびりしなきゃ駄目ですっ!」




「そーだよ!おじさんたちが軽トラで運ばれて来た時、美玖もすっごい心配したんだからねっ!!」




俺にも流れ弾が着弾したァ!?


藪を突いてないのにヤマタノオロチが出たぞォ!!




「働いてない・・・いや、働きたくないでござる・・・」




だが訂正だけはしておかねば。


これは俺がやりたくてやっていることなのだ。


働くなんて・・・そんな恐ろしい・・・




「掃除も料理もお洗濯も!美玖たちがやってあげるからね!おじさんたちはゆっくり休むんだよ?いい?」




「それに畑もですっ!!いいですかっ!!!!!」




「・・・ハイ」




「・・・おう」




我々男は、ただただそう返すしかできなかったのであった。


腕っぷしでは勝てない世界が、ここにはある。


・・・さっきは甘かったカレーが今度は苦いよぅ・・・




「・・・くぅん」




食事を終えたサクラが、そんな俺を憐れむようにベッドの端に頭を乗せて見ていた。


この幼さにして空気を読むスキルを身に付けるとは・・・さすがわが娘よ。




「おじさんっ!聞いてるっ!?」




「サー!イエス!サー!!」








「おーすごい、ちゃんと腕も足もありますねえ」




「キミは俺をなんだと思ってるんだ」




夕食を終え、しばし休憩をしていると・・・大木くんが訪ねてきた。


お見舞いだという。


開口一番によくわからないことを言われてしまったが。




「いやー、だって田中野さんって・・・なんか戦いに行くたびに大怪我して帰って来るもんで」




「ぐう」




ぐうの音しか出ない。


間違ってはいないからな。




「だから今度は腕くらい吹き飛んでるかなって思って・・・あ、3Dプリンタで簡単な義手義足なんかは作れますからね、心配しないでください」




「優しさのベクトルが盛大におかしいとは思わんかね」




よっこいしょい・・・と声を出しながら大木くんは椅子に腰かけた。


美玖ちゃんたちは片付けがあると言って出て行ったので、この部屋には誰もいない。


サクラはレオンくんと一緒に遊びに行ってしまった。




「ま、中村さんがいるから心配しないで寝ててくださいよ・・・あの人なんなんです?あんな強そうなお爺ちゃん見たことないんですけど。素振りしてても木刀がブレて見えないくらい速いんですけど」




「師匠とか神崎さんのお祖父さんとか・・・結構いるよああいうタイプ」




「周辺の老人が強すぎる件について」




・・・否定はしない。


ああいうタイプを見慣れているせいで、一時期普通のご老人を見たら違和感を感じるようになってしまったからな。


むしろ師匠たちがイレギュラーなんだが・・・




「あーそうそう、あの金属ばらまく爆弾めっちゃ役に立ったわ。ありがとう」




「お!前のと比べて軽くしてみたんですけどどうでしたか?」




「・・・正直わかんない。前のも十分軽かったし」




「ふふん、そうでしょうそうでしょう!威力は据え置きどころか強化してありますしね!」




・・・話を聞いているようで聞いていないな?


まあよかろう、爆弾はおおいに役に立ったことだし。


大木さまさまである。




「あっとそうだ・・・遅くなっちゃいましたけど、これどうぞ」




大木くんがベッドの上に何かを置く。


む・・・?なにこれ。


なんか警棒+機械みたいな感じだけど。




「・・・あ、これスタンガンか」




「正確に言えば『撃発型スタンバトン大木式』・・・とでも名付けましょうかね。いや、『マジェスティックブレイド』の方がいいかな・・・」




「・・・マジスティック要素もブレイド要素もないからやめといたほうがいいと思うな」




手に持ってみると、意外に重い。


頑丈そうだ・・・あ、これは俺がそう注文したからか。


握り手には握りやすいように溝があり、丁度人差し指のあたりにトリガーがある。




「かなり頑丈に作ったつもりですけどあくまでスタンバトンなんで、これでゾンビの頭とか叩き割るのは辞めといてくださいね」




「俺はちょっと賢い猿かなにかか?」




そこは普通に兜割を使うよ。




「引き金を引きながら叩くだけで電流が流れます。握り手は絶縁体で作ってるんでご安心を」




ふむふむ、シンプルでいいな。




「握り手の・・・ここのインジケーターが電池残量を示してます。電気が枯渇したら・・・ここです、ここにコネクタを繋いで充電してください。一般的な携帯用の規格にしてますんで」




「おおなるほど。これ、世界がまともに戻っても護身用とかで売れるかもしれんよ?」




警備員とかによく売れそうだな。




「あ、駄目です。何がとは言わないですけど法律を逸脱する威力なんで売ったらポリスメンに捕まります」




「・・・さよか」




ってことはゾンビ以外にも襲撃者とかにも使えそうだな。


折りたためるみたいだしベルトに引っ掛けておこう。




「今回の作戦前に完成したらよかったんですけど・・・」




「んー・・・今回の敵はイレギュラーまみれだったからね。効いたかどうかもわからんぜ?自衛隊謹製の電撃装備もあんま効果なかったみたいだし」




申し訳なさそうにしている大木くんにそう返す。




「ほほーう?自衛隊の電撃装備・・・どんな感じでした?」




「いや俺も詳しくは知らんのだが、でっかい盾にくっつけてあって・・・」




暮れかけた窓の外を横目で見つつ、大木くんとしばし話し込んだ。








画面の中では、乳母車がからからと音を立てて動いている。


それを押すのは、眼光鋭い1人の浪人だ。


それに乗っている子供もまた、幼さに似合わない眼光でまっすぐ前を見つめている。




役者だというのに、浪人の姿は歴戦の戦士そのものだ。


目の配り、体の動き・・・まさに達人のそれと言っていい。




やがて浪人の前に、編み笠姿の侍たちがワラワラと集まってくる。


誰もが刀を抜き放ち、怒号を発しながら。




浪人が、乳母車に乗った幼子に低い声で言う。






『―――冥府魔道に入るぞ』








そう言い放つや否や、浪人は乳母車から棒を取り外し・・・きりきりと回転させる。


バネ仕掛けの刃が、びいんと音を発しながら展開された。




『参る!』




低くそう発し、浪人は凄まじい勢いで敵の集団に斬り込んだ。






「うっひゃあ!すっげえ血!うははは!すげえ!!」




「和製スプラッタの走り・・・なんて言われてるくらいだからな、景気よく出るわ出るわ」




画面の中の大立ち回りを見ながら、大木くんがゲラゲラ笑う。




話だけでもあれなので、映画でも見ようということになった。


俺に気を遣ってか子供たちはここへ来ないので、どうせならお子様に見せられないタイプのアクション映画を・・・と思ってコイツにしたのだ。




この国どころか世界でも大人気の、乳母車を押すクソ強い刺客の物語だ。




いやーしかし、いつ見てもカッコいいわこの映画。


このちょいぽっちゃり体系の癖して、この役者さん無茶苦茶動くからなあ。


他にも名優と呼ばれる人たちが大勢同じ題材を演じているが・・・やはりこの人が一番上手い。


弟さんが主演の、居合がむっちゃ上手い按摩さんもキレが凄いけど。




「うええ!?なんすか今の!?宙返りしながら・・・え!?いつ抜いたんすか!?」




「着地する前に逆手で抜刀して・・・着地しながら斬ってまた逆手で納刀したんだよ。わかってても速すぎて見えないなあ」




昔のカメラの性能もあるんだろうが、俺もこうまで軽業じみた抜刀はできない。


いや、そもそも馬に乗った侍を宙返りしながら斬るってシチュエーションがないんだがな・・・


・・・懐かしいなあ、昔道場で真似して手首痛めたっけ。


師匠はこともなげに成功させてたけど。




「お芝居だってわかっててもすごいですね・・・この人ぽっちゃり系なのにすげえなあ。ちょっと田中野さんに似てません?動きとか」




「違う違う全然違う。俺は剣速はおんなじくらいだと思うけど・・・見ろこの剛剣!スピードと威力が両立してるんだよ!俺なんかまだまだまだまだ・・・」




「まだまだ言い過ぎでしょ・・・」




あの分厚くて重い戦場刀が、まるで小枝でも振るように縦横無尽に走り回っている。


しかもお芝居の動きじゃない。


しっかり腰も入った本物の剣術の動きだ。




この人を知ってから、他の時代劇がしょぼく見えるようになっちまったなあ・・・


おっちゃんが大好きな江戸の殺し屋さんなんかはいいけどさ。


最近の若い役者はもう・・・ひどいもんだよ。


中にはおお!って思う人もいるけど・・・若手俳優なんかもうね・・・


『剣術の達人』って設定なのに重心がブレっブレだったり、刀の構え方がヘンテコだったり・・・動きも変に軽いし。




「いやでもいくらなんでもお芝居はお芝居・・・」




「貴様ーっ!〇山先生を侮辱するかーっ!!!」




「ぎゅええ」




思わず大木くんの首を軽く締めていると、扉が開く。


そこには、眉をひそめて目を吊り上げた璃子ちゃんの姿が。




「こらーっ!!おじさんは怪我人だからおとなしく寝てなさぴぇっ!?!?」




運の悪いことに、璃子ちゃんは丁度画面の中で首がブシャーっと刎ねられるところを真正面から見てしまったようだ。


おお、しかしよく飛ぶなあ。


見ろ大木くんよ、首が飛ぶのは特撮だがその前の刎ねる動きの技の冴えときたら・・・!






『よかろう・・・お相手仕る』




周囲を囲う虚無僧に、浪人がゆっくりと刀を抜く。


左手は鯉口に残したまま、右手を肩まで上げ・・・切っ先はゆるく下を向く。




ざあざあと降りしきる雨。




浪人は川の中央にゆっくりと腰を沈めた。


その刀もまた、水中に。




『・・・おぉああ!!!』




好機と見たか、虚無僧の1人が上段から猛然と刀を振り下ろす。




『ぎぃい!?っあぁ!?』




水中からぬるりと出た刃が、虚無僧の胴を鮮やかに払った。


・・・後から振ったのになんて速さだ。


ううむ、撮影風景が見たい。




「ふわぁ・・・かっこいい・・・!!」




そして俺の横にはお目目をキラキラさせた璃子ちゃんがいる。


どうやらいたく時代劇が気に入ったらしい。


結構グロいんだけど、そこは大丈夫のようだ。


さっきはビックリしただけらしい。




「ね!ね!おじさん!今のってできる!?」




「波切の太刀ね・・・うん、真似したなあ」




「今度やってやって!」




「お、おう・・・水辺に行ったらねぇ」




「わぁい!」




・・・これ、やった後の掃除むっちゃ大変なんだけど。


しかしまあ・・・こうまで期待されちゃなあ。


すまん『梅』ランクもしくは『みらいの家』の遺産よ・・・犠牲になってくれ。


え?『魂喰』はって?


使うわけないだろ物凄い勢いで祟られたらどうすんだ!!




「ジダイゲキっておもしろいんだね~・・・ね、ね、まだある」




「こちらに」




DVDケース『時代劇部門』をずらりと見せる。


映画黎明期から現在に至るまで、ある程度の名作は収集済みでござるよ。




「うわーっ!見よ見よ!ちっちゃい子たちが寝た後にいっぱい見よ!!」




「御意御意」




期せずして時代劇愛好家が増えてしまった。


いいことである。




「むへへへ・・・これでこの星の核はミートボールとなるのだぁ・・・むへへへへ・・・」




なお大木くんはとうに酔いつぶれてダウンだ。


何だよその夢は。


それ映画にしたら面白そうだな。




「おじさんがいると毎日楽しいね!・・・でも怪我には気を付けることっ!!」




「・・・はーい」




「声が小さいっ!!」




「アイアイマーム!!」




守れるかわからない約束を交わしながら、俺は苦笑いを噛み殺した。

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