123話 療養とありがたいけどありがたくないこと

療養とありがたいけどありがたくないこと








「おじちゃーん、はいどうぞー」




「おっちゃん!これもこれも!」




「おじさん、あーん!」




「もががががががが」




葵ちゃんに、カイトに、美玖ちゃん。


3人が満面の笑みで俺に手を伸ばす。




そして・・・口いっぱいに食べ物が押し込められる。


これは・・・クッキーとパンとお煎餅だな、うん。


・・・死ぬゥ!!!




口の中の水分が一瞬でゲラウトしちまった!!!!


これ飲み込んだら喉につっかえて拙者死ぬんじゃない!?




半分涙目になりつつ、子供たちの後方で心配そうにしている神崎さんにアイコンタクト。


助けて相棒!田中野死んじゃう!!




「あ!た、田中野さんどうぞっ!」




俺の必死の形相に気付いた神崎さんは、慌ててこちらへやってきて・・・おにぎりを手に持った。




・・・違ァう!!!!!


なんで!?


ブルータスお前もか!?


これ以上水分がなくなったらマジで死ぬぞ!?




「・・・普通に水だと思うな、鬼怒川」




「神崎ですっ!あ、ああ・・・お水、そうですねお水です!!どうぞ!!!」




部屋の入り口からあきれ顔を覗かせた後藤倫先輩の言葉に、神崎さんは顔を赤くしながら病人用の水差しを用意している。


・・・ああ、ままならんなあ。




俺は、水不足と息苦しさにさいなまれながら天井を見上げていた。


ここは、高柳運送の俺の部屋。


あの鍛治屋敷との邂逅から、丸1日経っている。








御神楽高校の保健室。、


そこで夜に目を覚ましてから再び眠り・・・俺は自分の悲鳴で起きた。




体中が痛い。


しかも動かん。


まるで首から下が無くなったような気分だ。


そして全身には感電したような痺れる痛みが続く。


俺の悲鳴に気付き、何故か涙目で駆け寄ってきた神崎さんの作り出す振動ですら気絶しそうだった。


どうやらスヤスヤしている間に麻酔的なモノの効き目が切れたらしいと見える。




『ああ、打つとき言ったでしょ?副作用で体が動かなくなるってさ』




以前よりもより一層頑丈なギプスを付けた古保利さんは、保健室に来るなりそう言った。


・・・精々が酷い筋肉痛になるくらいだと思ってたのに・・・!




『いやまあね、ここまで酷いことになるとは思わなかったけど・・・尋常じゃない動きしてたしね、反動もデカいんじゃないのかなあ』




自分の流派の秘伝薬の癖に随分とふわっとした印象ですねえ!?


そんな俺の抗議に対して、古保利さんは真顔になった。




『いやいやいや、あの天蓋にトドメ刺した技・・・アレなに?なんで白黒より硬い相手の・・・しかも一番硬いであろう頭蓋骨を斬れるのさ?』




・・・そういわれても、無我夢中だったしなあ。


かなりの業物である榊ブレードもあったし。


なによりお薬ブースト。




『使う技の威力がデカけりゃデカいほど反動も大きいん・・・だと思うよ、うん。ま、とりあえず死ぬことはなさそうだし、ゆっくり療養しなよ~』




そんなことを言って、古保利さんは事後処理のために部屋から出て行った。


それと入れ替わるように石平先生が入ってきた。


先生は簡単な診察をした後、ため息をついて一言。




『・・・上半身の筋肉が酷くダメージを受けているよ。十兵衛先生といいキミといい、筋繊維が断裂するほどの技ってなんだろうね・・・』




いや、師匠はお薬なしでそれを連発する化け物なんで。


同じジャンルに入れられると困るんですが。




『こちらのような一般人サイドから見ると変わりはないね。拳銃でも艦砲射撃でもジャンルは同じ銃だ』




・・・乱暴ォ!


しかしぐうの音も出せない俺であった。




続いて体の現状について説明を受けた。




今回、頭部に傷はないので経過観察は必要なし。


全身の擦過傷は治療済み。


レントゲンはないので確認はできないが、肋骨は最低でもヒビが入っているので運動は禁止。


足の銃創については化膿しないようにしっかり清潔にすること。




・・・それらを、先生は神崎さんに説明していた。


これ完全に信用されてねえな、俺。


まあ・・・師匠のことがあるから仕方はないか。




『お任せください!』




と、キラキラした目でメモを取っている神崎さん。


最近、心配をかけすぎて俺が年上だということを忘れつつある。


神崎ママが爆誕したらもっと面倒臭いことになるので、俺も多少は気を遣わねばな・・・




この怪我ではしばらく禁煙させるだろうな・・・などと考えながら、俺は天上を見上げることしかできなかった。








・・・というわけで、高柳運送に帰ってきたのは昼過ぎである。


薬の副作用によってはまだ泊まることも考えていたのだが、昼前から体が動くようになってきたのだ。


激痛を伴い、カタツムリのようにゆっくりと動くことしかできんが。


お見舞いに来た八尺鏡野さんには引き留められたが、断った。




情報のすり合わせは古保利さんがやってくれるだろうし、高柳運送には子供たちがいる。


モンドのおっちゃん一家やチェイスくんたちが留守番をしてくれているが、それでも帰りたい。


ここにいても早く治るわけじゃないし、それなら家・・・じゃない前線基地でゆっくりしている方がいいと考えたのだ。


おっちゃんがいるなら、頼みたいこともあったしな。






ってなわけで軽トラの荷台に揺られて帰還したわけだ。




ちなみに後藤倫先輩は何本かの指にヒビが入り、手の甲を骨折したり腕の筋肉がダメージを受けている。


俺と同じように運動禁止だそうだ。


そりゃ、あれほどの打撃をぶち込んだもんな・・・手甲があっても反動は凄まじいものだっただろう。




そして七塚原先輩は、腕の金属片の摘出と縫合した以外は無傷・・・だが、傷が塞がるまでは運動禁止とのこと。


たぶんこの人が俺たち3人の中では一番軽傷だ。


その丸太みたいな腕の筋肉が役に立ったのだろう。




そして高柳運送に帰るなり俺は部屋に運び込まれ・・・先程の状況というわけだ。




「死ぬかと思った・・・」




「しゅ、しゅみません・・・」




口中のパサパサを水で流し込むことに成功した俺は、ふうと息をつく。


水差しを持った神崎さんは、ばつが悪そうにしている。




「みんな、おっちゃんは大丈夫だから遊んできな・・・頼むぞ美玖おねえちゃん」




部屋の中と、廊下から心配そうに俺を見つめる無数の目。


心配そうな子供たちを代表し、美玖ちゃんに声をかける。


この中では一番の年長さんだもんな。




「おじさん、でも・・・」




「大丈夫大丈夫、食って寝れば治る!おじさん超強いからさ」




ベッドの脇で心配そうにしている美玖ちゃんに手を持ち上げ、ゆっくりと頭を撫でた。


腕を起点として痛みが全身に伝播するが、無視。


この痛みの大部分は筋肉痛とお薬の副作用だ。


休めば消える。


傷の中で一番長引きそうなのは・・・肋骨か足の貫通銃創だろう。


それなら死ぬようなことはない。




「葵ちゃんも、カイトもな。2人がみんなのまとめ役なんだからさ、ホラ遊んだ遊んだ」




何気に年長者だし。


それになにより・・・心配してくれるのは嬉しいが、あの看病を続けられたら早晩窒息死する。


折角美玖ちゃんと年が近い子供たちがいるんだ。


是非とも親睦を深めていって欲しい。




「うごいちゃだめ、だからねー?」




「そうだよおっちゃん!はやくげんきになってね!」




2人は俺を心配そうに見た後・・・子供たちに声をかけて出て行った。


そうだそうだ、子供は大人の心配なんかしないで全力で遊べばいいんだよ、うん。




「美玖ちゃん、ここの皆とは仲良くなれたかい?」




まだ会って1日だけど、この子なら大丈夫だろう。




「うん!いっぱい兄弟ができた気分!」




「おー、そいつはよかったなぁ」




ここの子たちは愛情に飢えている面があるからな。


同じ子供なら、仲良くなるのは難しくないだろう。




「比奈おねーさんも由紀子おねーさんも楽しそうだよ!」




うん、庭の方から楽しそうな声が聞こえるからそうだと思った。


俺の部屋に来なかった保育園の子供たちと遊んでいるようだな。




「そっかそっか、じゃあおじさんはもう少し寝てようかなあ」




「そうして!今日の晩御飯は美玖もお手伝いするからね!」




「ご馳走が食えそうだなあ・・・ありがとう」




おばちゃんという助っ人も来ているしな。


斑鳩さんとおばちゃん・・・料理上手が揃ってしまった。


高柳運送の食事事情が凄まじく向上しそうだ・・・


いつまでいてくれるかはわからんが、ここにいる間は頼らせてもらおう。




なにせ近接組が揃って戦闘不能状態だからな・・・


小鳥遊さんや大木くんがいるから、遠距離攻撃要員は充実しているけど。


現状近接担当はおっちゃんと・・・美沙姉しかいない。


敦さんは力は強いけどどう考えてもインファイトには向いていない。


いっそのこと、屋上から岩でも投げててもらった方がよさそうだ。




「じゃあねおじさん、ゆっくり休んでねー!」




「はいはーい」




元気よく部屋から出て行く美玖ちゃんを見送っていると、体に振動。




「きゅん・・・わふ!」




ベッドの下でお利巧に待っていたサクラが、ぴょいと飛んできた。


うぎぎ、振動が痛い!




「おうサクラ、今回も生きて帰ったぞお父ちゃんは」




「きゅ~ん!きゅ~ん!ぁふ!ふぉん!!」




珍妙な鳴き声を上げながら、ベロベロと顔中を舐めてくるサクラ。


大分心配したんだろうなあ。


それでも子供たちの邪魔にならんように我慢したんだろうなあ、いい子だよ本当に。




「しばらくおんもはお休みだ。散歩は無理だが・・・ゴロゴロしたり映画見たりしようなあ、サクラ」




「わふ!わふん!おん!」




俺の手をガジガジと甘噛みしつつ、彼女は嬉しそうに吠えた。


しばらくは大規模な戦闘はないだろう・・・ないと信じたい。


久しぶりに、ゆっくりするとしようか。




サクラの体温を感じていると、だんだんと瞼が重くなってくる。


ああ、そういえばサクラの風呂、誰かに頼まないとな・・・




「・・・今回は本当にお疲れ様でした、田中野さん。ゆっくり、休んでください・・・」




こちらを見つめて微笑む神崎さんの声を聞きながら、しばし夢の世界に旅立つことした。






・・・む。


目を開けると真っ暗である。


しまった、どうやら夜まで寝てしまったよう・・・




・・・いや、違うなコレは。


このゴワゴワ、この体温。




「・・・レオンくん?」




暗闇の中でそう聞いてみると、




「ぎゃぁう!」




相変わらず何なのかわからん鳴き声が返ってきた。


この子はもう・・・なぜ俺の顔を横断して寝るのか。


マジでなんかフェロモンでも出てるのかもしれん。




・・・痛む腕を伸ばしてなんとかその体を撫でる。




「きゃぁう!くるるるる・・・」




上機嫌そうな声を上げ、視界がクリアになる。


ついでに腕時計を確認。


・・・あんまり寝てなかったんだな。


あれから1時間くらいしか経ってないぞ?




「・・・うぉっ」




部屋に人がいる。


ベッドの近くの椅子に腰かけて・・・比奈ちゃんがこくりこくりと船をこいでいた。


お見舞いに来てくれたのか・・・?


手にはお盆が見え、その上には水差しとなんかお菓子が入っている。




「わふ」




「きゃぁう!」




レオンくんは床に飛び降り、俺の腕の中にいたサクラを誘うように吠えた。


こっちはサクラを呼びに来たのか。




「行ってきな、おとうちゃんはずっとここにいるから」




どうしよう・・・みたいな顔で振り向いたサクラにそう言ってやると、彼女は俺の鼻をぺろりと舐めて床に下りた。


そうして二匹は連れ立って走って行った。


子供たちと遊びに行ったんだろうか?


まあいい、元気が一番だ。




「むにゅ・・・」




そしてこの比奈ちゃんはどうしようか。


ここまで気持ちよさそうに寝ていると、起こすのも忍びない。


もう少し寝かせてあげようかな。


別に何か頼みたいこともないし。




「ふぅう・・・」




ゆっくりと息を吐き、上体を起こす。


背中に電流に似た痛みが走るが、なんとか無視できる。


四苦八苦しながらベッドの上で体を起こし・・・深呼吸。


・・・ふう、なんとか動けはするな。




そしてベッドサイドに置かれていたペットボトルに手を伸ばす。


封の切られていないスポーツドリンク。


誰かの差し入れだろうそれの封を切って一気に飲む。




・・・うがあ!うまい!!


体中に染みわたるようだ・・・!


疲れていた分、体が欲していたようだな。




「・・・むにゅ?ふわぁ・・・」




あ、比奈ちゃんが起きた。




「比奈ちゃん、おはよう」




「ふぁい・・・おはよございましゅ、たなかのさん・・・田中野さん!?」




声をかけるとと、比奈ちゃんは寝ぼけ眼で俺を見た後、一気に覚醒した。




「うん、たぶん田中野だよ」




「お、起きて大丈夫なんですかっ!?」




比奈ちゃんは慌てながらこちらへ椅子ごと移動してきた。




「大丈夫大丈夫、別に病気じゃないんだから・・・水貰える?」




「あっはい!どうぞっ!!」




スポドリが文字通り呼び水になったのか、急に喉が渇いてきたのだ。


体が正常に復帰しつつある・・・ってことなんだろうか。




「どうぞっ!」




そして差し出される水差し。


・・・なんでさ。




「あの、自分で飲めるんだけd」




「どうぞっっ!!」




「・・・いただきまーす」




押しが強いなあ、みんな。




仕方がないので差し出された水差しの先端を咥え、ごくごく飲む。


ちょっと生ぬるいけど井戸水うめえ。


しばらく飲み続け、水差しはすっかり空になった。




「ふう、ごちそうさま」




「はいっ!・・・お元気そうでよかったです、ウチ・・・田中野さんたちがボロボロで帰ってきたから心配で・・・」




比奈ちゃんの真ん丸な目にじわっと涙が浮かぶ。


お元気ではないが、死ぬほどではない。


だがまあ・・・心配かけたのは事実だ。




「はは、まあね・・・生きてるだけで丸儲けってやつだよ。心配かけて悪かったねえ」




ぽんぽんと頭を叩くように撫でる。


あ、やべ。


これサクラとかにやる撫で方じゃん・・・人類に使ってはまずいな。




「えへ・・・」




まあ嬉しそうだからいいけど。


一人っ子だからか、比奈ちゃんはお兄ちゃんに憧れでもあるんだろうか。


俺よりも大木くんとかの方がお兄さん属性は強いと思うんだけど。




「そういえば・・・先輩たちはどうしてる?」




気になったので聞いてみた。


俺以外は問題なく動けているはずだが・・・




「えっと・・・後藤倫さんはさっき見た時倉庫の屋根で猫ちゃんとお昼寝してました!」




いつも通りだな、安心。




「七塚原さんは畑仕事しようとして、奥さんに無茶苦茶怒られてましたっ!」




・・・いつも通り過ぎる。


あの傷で畑仕事しようっている発想がすげえよ。


そりゃあ、鍬は八尺棒より軽いだろうけどさあ。




「平常運行だなあみんなは・・・比奈ちゃん、子供たちとは仲良くなれた?」




「はいっ!お姉ちゃんお姉ちゃんって皆言ってくれて・・・えへへぇ、ウチ、新鮮ですっ!」




そういえば今までは美玖ちゃん以外年上ばっかだったもんなあ。


子供たちはお姉ちゃんがいっぱいできて満足。


比奈ちゃんたちはかわいい子供に懐かれて満足。


うーん、これがwin-winってやつかあ。




「そいつはよかった。俺がこの調子だからおっちゃんにはしばらくいてもらうことになりそうなんだ・・・気に入ってもらえて満足だよ」




「しばらくどころか、ずっとでもいいですっ!」




力強い返事が返ってきた。


はは、比奈ちゃんは保育士とかに向いているかもしれんな。




「比奈ちゃんと知り合ってから大分経つけど・・・思えば遠くに来たもんだなあ」




あの時はこんな大所帯になるなんて考えもしなかった。


いまだに1人の方が気楽ではあるけど、この状況も嫌いじゃない。




「ですねっ!田中野さんのお陰ですっ!・・・これからどんどんお返ししますからっ!」




むん!と両手を握る比奈ちゃん。


あのトラックの屋根で半泣きになってた子が、立派になったもんだなあ・・・


俺はそんな親にも似た気持ちを抱きながら、しばしの歓談を楽しんだ。






「よぉ」




夕食の手伝いをするという比奈ちゃんが出て行ってからすぐ。


おっちゃんがひょっこり顔を出した。


・・・一升瓶片手に。




「まだ日も高いうちからこの人は・・・」




「いいんだよこの周辺は平和なんだから・・・おめえもやるか?」




「殺す気か」




この状態だといつもより100倍は酒に弱そうだから断固拒否する。


俺は酒より煙草が欲しい。




「そりゃそうか・・・具合はどんなだ?」




「超絶に酷い筋肉痛ってところかな。後は細々した感じ」




呼吸するたびに微妙に痛さが増すのは、たぶん肋骨のダメージだろう。


こればかりは治るのを待つよりほかない。




「神崎の姉ちゃんに聞いたが、随分と激戦だったらしいじゃねえか」




「そうそう、ゾンビどころか鍛治屋敷まで出たしね・・・刀は2本とも駄目になったけど、兜割が大活躍だったよ」




あれがなかったらヤバかったもんな。


刀も大事だが、打撃武器も同じくらい大事なのだ。




「おう、見たぜ。特に長尺刀の方・・・根元を手甲で折られたんだってな」




「気を張ってたから対応できたけどね・・・アイツマジでヤバいぜおっちゃん」




「鍛治屋敷か・・・」




酒瓶を呷ってどっかりと椅子に腰を下ろしたおっちゃんが顔を顰める。




「最初っから最後まで打ち込む隙がほぼ見当たらなかった・・・師匠の方が強いと思うけど、今まで出会った奴らの中じゃ一番だね」




「こんな状況だ、アイツなら思う存分『稽古』してるだろうしな・・・生身の人間でもよ」




だろうな。


あの隠しきれない雰囲気・・・相当の人間を殺していると感じた。




「そんで?やっぱりおめえが指名されたんだろ?」




「・・・遺憾ながらね。トップバッターだとさ・・・師匠んとこ直行してくれりゃあ楽に済んだのになあ」




今度こそは息の根を止めてくれると思うけどな、師匠。




「ああいう手合いは段取りを重視すっからな・・・順番はおめえが死なねえ限り変わらんよ」




「でしょうねえ・・・」




ため息が漏れちゃうぜ。


まあ、もう覚悟はしてるけど・・・




「ってわけで、だ」




「お?」




仕切り直し・・・みたいな口調のおっちゃんが立ち上がって入り口にある何かを持って帰ってきた。




「長物がなくちゃ締まらねえだろう。倉庫にあった古いもんだが、悪くはねえ」




そう言って、刀袋を差し出してきた。


・・・結構長いな。


『松』以上、榊ブレード以下って感じ。




「いや、悪いよおっちゃん」




「馬ぁ鹿、おめえが鍛治屋敷をなんとかしてくれねえと物騒でしょうがねえんだよ。死蔵してるもんだから気にせず使いな」




そう言うおっちゃんから刀袋を受け取る。




「まあ抜いてみな。きっと気に入るぜ」




「前に言ってた妖刀じゃないよね・・・?」




恐れていたことを口にする。




「違う違う、確認したけど錆び切ってて使いもんになんねえや、あれ」




「・・・その保管杜撰過ぎじゃない?」




「あれならもう誰も斬れねえだろうしよ、それでいいじゃねえか」




・・・いいのかな?


だがよかった。


さて、それでは拝見するとしようか・・・




刀袋からゆっくりと中身を取り出す。


・・・鉄拵えか、どうりで重いと思った。




質実剛健を絵に描いたような外見だ。


鞘まで鉄で覆われているようで、これで殴るだけでかなりのダメージになるだろう。


柄には質のいいい牛革が巻かれて、いかにも滑らなさそうだ。


榊ブレードの次に重い。




「・・・うぉ」




鯉口を切って抜くと、刀身がぬるりと顔を出す。


陽光を反射するその刀身からは、言葉にできない迫力が感じられた。




「作成年代は戦国末期。刃渡りは二尺八寸五分・・・」




おっちゃんが解説してくれている。


それが耳に入らないほど、俺は夢中になっていた。




「やや反り深く、刃紋は直刃」




こんな迫力のある刀は見たことがない。


いや、正確にはあるが・・・それは美術館とかのケース越しでのことだ。


こうして手に取るのは初めてだ・・・


いいのか、こんなもん使わせてもらって。




だが、俺の感動は次の言葉によって打ち消された。






「刀工は三代『庚迅雷かのえじんらい』・・・銘は『魂喰たまばみ』」






「・・・別口の妖刀じゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




俺の悲痛な叫びが、部屋に響き渡った。

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