121話 激闘と邂逅のこと

激闘と邂逅のこと








「ルルル・・・グガグ・・・ガガガ!!」




謎言語的なモノを発しながら、『元』天蓋、『現』ゾンビがガラスをぶち破って出てきた。




体色は・・・黒。


だが、通常の黒ゾンビと違って・・・なんかこう、光沢がある。


まるで、黒曜石のような金属のような・・・そんな感じだ。




白黒とも、黒とも違う。


アレは全くの別物だろう。




「オオオ・・・」




ゆっくりと歩きながらも、現在進行形で鎧が形成されている。


ガラスをぶち破った時は腕と足だけだったのだが、今では胴体も装甲が見える。


首元からも装甲板が伸びつつあるので、顔全体も覆われるのだろう。




「・・・うひょお」




さっきから背筋の悪寒が止まらん。


間違いなく、今までに出会ったどんな敵よりも・・・コイツはヤバい。


雰囲気が違う。


どこがどう違うのか聞かれてもいまいち答えられんが・・・でもこいつは違う。




身にまとう気配が違うとでもいうか・・・


今までのゾンビがどっちかと言うと動物さんサイドだとすると、アイツは人間サイドだろう。


いや、理性のある動物・・・か?




暑くもないのに、額に汗が噴き出る。


だというのに、体は芯から冷え込んでいるように感じる。




「・・・ぅ」




誰かの喉から声が漏れた。




「うあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」




それを皮切りに、周囲を囲んだ隊員が一斉に発砲を始めた。


同時に、奴に電撃をぶち込むべく・・・盾持ちも走る。




周囲から銃弾を浴びる天蓋。




軽く首を傾げるような仕草で、特に防御もしていない。


体中の装甲が火花を上げているが、全く意に介した様子は・・・ない。


・・・硬度は白黒以上か!


生身の部分なら、前の白黒は弾痕くらいは付いていたというのに!




しばらくの間、奴は銃弾の雨を浴び続けていたが・・・




「ギィイ・・・ガ、ガガ、ガ」






―――唇の両端を持ち上げて、確かに笑った。






どん、と天蓋は床を蹴る。


見るからに重そうな装甲からは、全く想像もできない速さだ。




「っなぁ!?」




奴は、そのまま手近な隊員の方へ瞬く間に肉薄し―――


腕を、振り上げた。




「回避しろォ!!!」




古保利さんの声も空しく、




「ぇっ」




その隊員は、拳の一振りによって・・・目に見えて胸部を陥没させられて吹き飛んだ。


そのまま、壁まで飛ばされて轟音を響かせる。




「・・・バケモンが」




壁に張り付いたように動かない隊員は・・・恐らく即死だろう。


何だあの胸の傷・・・バカでかい馬に蹴られたみたいな感じじゃないか。




「・・・先輩」




「・・・ん」




兜割を抜き、俺たちは前に出る。


遺憾ながら・・・あれはそこらへんの人間に対応できる相手じゃない。


・・・俺たちなら勝てるというものでも、ないが。




「ゲゲゲ!ゲゲゲゲゲゲエゲ!!」




隊員を殴り飛ばし、天を仰いで笑う天蓋。


・・・最低っぽいが、明らかに『知性』がある。


これは、強敵だ。




「皆さん、これから突っ込んで何とかしますんで・・・隙ができたら電撃ぶち込んでくださいね」




アレに今までのような電撃が通用するかは未知数だ。


だが、試してみる価値はある。




「とりあえず仕掛ける。田中・・・死なないでよ」




「そっちこそ」




兜割を正眼に構える。


俺の横で、先輩も同じように拳を構えた。




「南雲流、田中野一朗太」




「南雲流、後藤倫綾」




背を向けた格好から、首の可動域を無視した動きで天蓋が振り向く。




「「参る!!」」




自分を奮い立たせるように叫び、俺たちは揃って床を蹴った。






「破ッ!!」




俺に先んじて、先輩が飛び込んだ。


床を蹴った勢いをそのまま拳に乗せ、小手調べとばかりに首だけをこっちに向けている天蓋の・・・背中の中心に。




きいん、という・・・およそ人体から出たとは思えない硬質な音。




先輩の手甲と天蓋の背中から、同時に火花が飛んだ。




「ふっ!」




先輩はそのまま、天蓋の背中を蹴りつけて離脱。




「田中、硬い、凄く硬い」




その横を通る俺に、そう声をかけてくる。


・・・だろうな!音でわかったよ!!




脇構えにスイッチし、走る。


どんどん大きくなる天蓋の背中が、不意にブレた。


こちらに振り向く・・・!


おそらくは、拳打!!




「ギィイ」




ぼ、と風を起こし。


とんでもない勢いで拳が俺に迫る。


まともに喰らえばさっきの隊員のように無事には済むまい。




まともに、喰らえばだが!




「っしぃい!!!」




踏み込みながら体を沈め、同時に兜割を振るう。


重心移動と振りで加速した兜割は、拳と火花を散らしながらすれ違った。




天蓋の拳は、空を突き。


兜割は、拳の内側を通って伸びきった腕の付け根に激突する。




「―――っぐ!?」




硬い!


まるで鉄柱でもぶん殴ったような感触だ!


瞬時に手首の力を抜き、衝撃を逃す。




「ギギギ」




カウンターで完全に決まった一撃も意に介さず、天蓋がまた笑う。


・・・生きてる時より感情が豊かじゃないかよ!!




殴った勢いのまま、天蓋の背中方面へ抜ける。


すぐさま振り返り、先輩と俺で挟み撃ちの陣形。




・・・若干、手首に痺れ。




今までぶん殴ったどのゾンビより、硬い。




「こりゃ参った、苦無じゃ歯が立ちそうにないや」




新たな参戦者、古保利さんがぼやく。


俺と先輩と古保利さんとで、ちょうど三角形の陣形となった。




「・・・門外不出の殺し技とかありません?こう・・・離れた所から気を飛ばす的なの」




「残念ならがそういうのはないねえ。あったらこんな腕になってないでしょ」




ごもっともである。


軽口を叩き合いつつも、冷や汗が止まらない。




「鎧越しに心臓を止めるってのがあるにはあるけどさ・・・効くと思う?」




「ウチのパイセンも似たようなの使えるんですけど・・・どうです先輩?」




「殴った感触が変。中まで『通す』ためにはもうちょい殴って確かめないと」




天蓋を見たまま言い合っていると、不意に奴が動く。




「ギ」




どん、と床を蹴り・・・信じられないことに助走なしで斜めに跳んだ。


俺たちの、身長より高く。


古保利さんの頭上を飛び越え・・・天蓋は部屋の中央に跳ぶ。




落下点には、先程蜂の巣になった信者の死体の山。




「脳味噌喰ってパワーアップでもする気か!?」




攻撃してきた俺たちを意識もしていないなんて・・・!


はなから脅威と思われていないのか!?




追う俺たちを尻目に、天蓋は死体の山から信者を引き出した。


・・・わずかに息がある。




「あ、ああ・・・教主、さま、なんと・・・尊い、おす、がぎゃあ!?!?!?が!?」




何事か世迷言を呟く信者の首を、まるで野菜でも収穫するように引っこ抜き・・・そのまま大口を開けてかぶりついた。


スイカめいて、さくりと欠ける頭部。


・・・なんちゅう顎の力だ。




とにかく、今までのゾンビはアレで進化した。


これ以上進化されるわけにはいかん!


一刻も早く止めなければ!!




「このぉ!させるか!!」




狙いに気付いた隊員が、それを止めさせようと機関銃を発砲。


死体の頭部を銃撃した。


なるほど、喰われる前に脳を駄目にするのか!




天蓋が次に持った死体の頭が、ぱあんとはじけた。


おお、流石は古保利さんの部下・・・いい腕だ!




「ガァ・・・?ガガ」




天蓋は頭の欠けた死体を不思議そうに見つめている。




「ギ」




次の瞬間、その持った死体を片手で無造作に放り投げた。




「っぐ!?」




死体は凄まじい速度で宙を舞い・・・銃撃をした隊員に衝突。


この攻撃は予想できなかったのか、隊員は死体と一緒に壁の近くまで吹き飛ばされた。


衝突した死体は、その衝撃で糸の切れた操り人形のように手足をぶらつかせている。


隊員は・・・口から大量の血を吐いてくたりと首を折った。


・・・肋骨か、内臓か。


無事では済まないだろう。




「ギッギ・・・ガガガガ!!!!」




不意に、何か閃いたように天蓋は再び笑い。


信者の死体を掴み、すぐさま首を引っこ抜いた。


そしてそれを・・・




「・・・避けろオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」




俺がそう叫んだとほぼ同時に、天蓋は手当たり次第に死体を放り投げ始めた。


首・・・つまり脳を確保し、残った体を投げている。




「ぐあ!?」「っぐう!!」「があ!?」




飛来する死体に、隊員たちはなすすべがない。


少なく見積もっても50キロ以上の投擲物が、恐ろしい勢いで飛んでくるのだ。


避ける以外に対処法はない。


避けそこなった何人かが、死体ごと吹き飛ばされて無効化されていく。




「っ!!」




すぐさま床を蹴って走る。


あの人たちを攻撃させるわけにはいかん!


こちらに注意を、引きつけなければ!




「ふうぅ・・・!」




同じ考えだろう先輩も、低い姿勢で疾走。


古保利さんも同じだ。




「やれやれ困った、重い武器は得意じゃないんだけど」




そう言いつつ、先程腕自慢の隊員が持っていた例のデカいハンマーを持っている。


さすがに、床を引きずりながらだが。


・・・片手でアレ持って走れるだけでもすげえんだけどな。




「ギィ・・・」




またお前らか・・・みたいな顔で天蓋がこちらを見る。


脅威ではないが、ウザいくらいの印象は持たれているようだ。


いくらなんでも人間臭すぎる。


さっきゾンビになったっていうのに、どういうことだ。


・・・色々予想はできるが、今はノイズだ!


生き残った後に考えればいい。




「ほぼ同時に、3か所!」




「ん!」「了解!!」




古保利さんの言葉に短く答え、俺たちは揃って奴の間合いに踏み込んだ。




「っし!」




先輩が、腰を殴り。




「っふ!」




古保利さんが、胸板を殴り。




「っしゃあ!!」




俺が、肩口を殴る。




同時多発的に攻撃を加えることによって、奴に俺たち以外を攻撃させないようにする!!


即席連携ではこの程度の作戦でいいだろう。




案の定、手が痺れるほどの反動が返ってくるが・・・


一発で駄目なら・・・何度も何度も繰り返すのみだ!


できるだけ同じ個所を、連続して殴る!!




「ギィイイ!!!ガアアアア!!!」




ハエにでもたかられている気分なのか。


ダメージを受けている様子がない天蓋が、腕や足を出鱈目に振り回す。


技も糞もない攻撃だが、速さと威力だけは一級品だ!


急所に当たれば死ぬし、足にでも当たれば動けなくなっちまう!




だが、コイツがいくら化け物でも手足は2本ずつ。


大地に立って活動している以上、先の動きは読める!


人間とは関節の可動域が若干違うようだが・・・腕が分裂するわけでも足が飛ぶわけではない。


集中して先を読め田中野!ポカしたら即死だぞ!!




大振りの一撃を避けて。




「うらぁ!!」




殴る。


手に感じるのは、相変わらずの硬さと痺れ。


・・・このままでは駄目だ。




「ギ!」




筋肉の上にまるでカニのような装甲を纏った足が、空気を切り裂いて飛ぶ。




「っし!!」




それをしゃがんで避けつつ、また殴る。


・・・やはり駄目だ!




この殴り方では、この装甲を砕くには時間がかかりすぎる。


軽く・・・やっと軽くヒビが入る程度だ。


それに、チンタラやってたら古保利さん印の謎薬の効き目が切れてしまう!


あと2時間程度は大丈夫だとは思うが・・・それでもマズい。




奴の装甲を砕くには、もっともっと力がいる。


かといって力を溜めて殴ろうとすれば、回避が遅れる。


この攻撃・・・掠っただけでも致命傷だ!




「っふ!」




先輩がまた胸を殴る。




「っ!!」




古保利さんがハンマーを遠心力でケツに叩きつける。




奴の注意が俺から逸れた瞬間に、大きく深呼吸して回復。


・・・2人の攻撃も未だ決定打にはなっていない。




七塚原先輩がいればなあ・・・あの攻撃力なら何とかなるかもしれん。


が、今はいないのだ。


あの状態の先輩を、これ以上無理させるわけにはいかない。


腕の異物がなんかの拍子にズレれば、たちまち動脈切断だ。


この状況では失血死してしまう。


・・・しまう、かもしれん。


うん、先輩だからな・・・筋肉の収縮で血とか止めそうだけども。




だが、ここは・・・俺たちが、いや俺が、やらなければ!




攻撃の間隙を縫って、まずはヘルメットを脱ぐ。


次に、もはや何の武器も残っていない防弾ベストも。


・・・うし、これで身軽になった。




「田中野さんっ!?」




後ろから神崎さんの悲鳴が聞こえる。


心配してるんだろうなあ。


悪いなあ・・・




だけど、コイツの攻撃力なら当たった時点で詰みだ。


防具なんてあってないようなもんだからな。


今は・・・何より速さが欲しい!!




「ギィイイ!!」




唸りを上げる拳を、ギリギリで躱す。




「ああぁあ!!!!」




そして、『躱しながら』その腕の付け根を殴る。


先程より、重い手応え。




奴の速度と攻撃力を利用したカウンター。


現状、これが俺にできる最大の攻撃だ。




当たれば死亡確定の攻撃を、一度ももらわずに殴る。


我ながらとんでもない攻撃方法だが・・・これしか、ない!




「っふ!」




殴る。




「っは!」




殴る。




「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」




殴る、殴る殴る殴る!!!!




薬のお陰か、それとも別の理由か。


驚くほどに苦しくない。


思考がクリアだ。


余計な考えも、浮かんでこない。


体中のすべての動きが、最適化されているようだ。




ただ、躱しつつ殴る。


―――何千何万と繰り返した、稽古の型をなぞるように。






『積み上げたものは、決してお前を裏切らぬ』






いつかの師匠の笑みが、脳裏に浮かんだ気がした。






「りぃい・・・やあぁ!!!!!!!!」




何度同じことを繰り返しただろうか。


その瞬間は、唐突にやってきた。




「―――ギィイ!?」




初めて、天蓋がその顔を・・・驚愕に歪めた。




俺の兜割が、腕の付け根の装甲を砕いている。


放射状に入ったヒビが拡大し、その奥には・・・肌が見える。


ようやく、か。




「―――田中っ!しばらく相手しててっ!!」




「応っ!!」




先輩が大きく後ろへ跳んだ。


その顔は汗だくだが・・・目が輝いている。


なにか、やってくれそうだな!




「田中野くん!・・・先輩ちゃんの後でデッカイ隙、作るから・・・後は頼んだよ!!」




「必殺技ですか!?」




ハンマーを天蓋の顔面に叩きつけた古保利さんも叫ぶ。


あちらも、何か秘策があるようだ。




「正真正銘・・・月影流の虎の子さ!動けなくなっちゃうからさ!マジで頼んだよ!!」




急に責任を押し付けないでいただきたいものだなあ。


・・・だが、了解!




「ガガアアアアアアアアアアア!!!ガガア!!ギイイイイイ!!!!!」




癇癪を起した子供のように天蓋が吠える。


なんでコイツらは死なないんだ・・・そんなことでも考えているのかもしれん。


出鱈目に振り回す拳をかいくぐりつつ、連撃を胴体へぶち込む。


ヒビが、大きくなる。




「悔しいか化け物ォ!ホラホラ来いよ来いよォ!俺を殺してみろ・・・・ってんだァ!!!」




「ゲヒュ!?」




腕を振り回したことでがら空きになった顔面に、兜割をぶち込む。


ダメージというよりは驚愕だろう。


そんな顔をしている。




「確かにてめえは・・・どんどん進化してるみてえだなあ!!」




再び俺に向かって振るわれる拳を避けつつ、胴体に突き。




「だけどなぁ!人間様・・・舐めてんじゃねぇぞォ!!!」




見え見えのテレフォンパンチに、兜割を合わせる。


火花を散らしながら、上方向に逸らす。




「てめえがどれだけ進化しようがなぁ!南雲流には1000年の歴史があんだよォ!!!(※要出典)」




「ガァウ!?」




踏み込み、打突。


すぐさま太腿を蹴りつけて離脱。




「『技無き力は、即ち無力也』・・・だ!!」




俺を追ってくる・・・その両腕をくぐり、体ごとぶつかる。


兜割の先端が、胴体の装甲を欠けさせる。




視界の隅で、先輩が動いた。


狙いは・・・天蓋の、がら空きの背中!




「ふぅう・・・う!」




音も立てずに加速した先輩が、踏み切る。


放たれる矢のように、右拳を引いたまま。


照準のように、左手を前に出して。






「――――――鋭ッッッッッッ!!!!!!!!」






矢のように放たれた右拳が、空気を切り裂いて・・・いや、『貫いて』天蓋の背中に着弾。


右拳を放った瞬間に引かれた左拳が、それを追って再び着弾。


打撃音が重なるほどの、超高速のニ連打。




「ォブ!?!?!?!?!?」




ここへ来て、初めて奴に明確なダメージを与えた。


驚愕に目を見開き、天蓋の動きが止まる。




何かを感じて跳び下がる俺の目の前に、真っ黒な何かの汁が落ちる。




「ッバ・・・バァア・・・!?」




天蓋の大きく開いた口から、噴出するように体液が出ている。


おお、避けてよかった。


アレ浴びたら寄生されそうだ。




先輩は再び跳び下がって残心の構え。


両方の手甲の隙間から、鮮血が滴っている。


・・・指がいかれたか、無理もない。






南雲流甲冑組手、奥伝ノ十『天狼無拍子てんろうむびょうし




一打目で鎧を砕き、すかさず二打目で内部・・・心臓、もしくは重要臓器を破壊する。


重く硬い鎧を着た相手を、瞬時に無力化する技だ。


こうして見るのは、師匠の演武以来だな。






「―――お願い、田中。もう無理」




精も根も尽きた、という状態の先輩。


足は震え、呼吸は乱れている。


・・・あれに、全てを注ぎ込んだのか。




「直視を避けてね!!」




動きが止まった天蓋に、さらに肉薄する影。


古保利さんだ。


凄まじい勢いで床を蹴り・・・ギプスに包まれた左手を、天蓋の頭部目がけて突く姿勢。


一体、何を・・・!?




「これ痛いから、嫌なんだけど・・・ねっ!!」




ギプスが天蓋の頭部に触れた瞬間、閃光と轟音が響く。


咄嗟に目を逸らした俺の視界に、吹き飛ばされてくる古保利さんの姿があった。




爆薬を・・・仕込んでたのか!あのギプスに!?




「ギイイイイイイイイアアアアアアアアアア!?!?!?!ギャバ!?!?ガッガアアアアアア!?!?!?!!?」




頭部を押さえ、天蓋が悲鳴を上げている。


爆発の影響か、そこを守る鎧は・・・もうない。




「こ、これぞ月影流・・・奥義、『微塵砕き』・・・がああ!?やっぱりいってええええええええええええ!?!?!?!?」




煙を上げる左手を押さえ、古保利さんはのたうち回っている。


ギプスは砕け、その下の左腕はボロボロである。


あの飄々とした表情も吹き飛んでいる。


無茶苦茶痛そうだ。






「アガアア・・・アア、アアアア・・・・」




天蓋は崩壊した装甲を押さえ、蹲った。


活動停止ではないが、それでも大ダメージを受けたようだ。




―――ここが、勝機!!




俺は兜割を捨て長尺刀の鞘を払った。


鈍い光が、反射する。




先輩が、古保利さんが・・・俺を信じてくれた。


全ての力を、技を使って、お膳立てしてくれた。


ここで駄目なら、皆死ぬ。


コイツが外に出たら・・・他の皆も、死ぬ。




―――そんなことは、させん!!


させて・・・たまるものか!!!




「っしぃい・・・!!」




全力で、床を蹴る。




兜割では、この技は放てない。


斬撃を主体とするこの技は。






『斬れるか、ではない。斬れると信じることじゃ』




師匠の言葉が、脳裏に響く。




『己を信じることじゃ。繰り返してきた鍛錬を信じることじゃ』




天蓋が、頭部を押さえる手の隙間から俺を見る。




『―――さすれば、そう』




その目には、何故か怯えの色があった。




「『斬れぬものなど、この世にない』ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






大上段に振りかぶった長尺刀を、真っ直ぐに振り下ろす。


全身の力をそれのみに込めた斬撃が、天蓋の頭頂部に食い込む。


柄が、刀身が軋む。




「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




裂帛の気合を込めた一撃が、するりと頭部に斬り込む。


俺の振り下ろしによって、天蓋は床に膝を付き―――




長尺刀の刀身は・・・その鼻の下までを真っ直ぐ斬り下げ、音を立てて折れた。






南雲流剣術、奥伝ノ五『鋼断はがねだち


・・・でき、た。


できた!






天蓋は頭に残った刀身を不思議そうにより目で見つめた後。




「・・・カ・・・ァ・・・」




空気の漏れるような声を出し、ゆっくりと前のめりに倒れた。




三分の二程残った刀身を下ろさずに、残心。


・・・どうやら薬のキャパを越えたらしい。


がたがたと震え出す両腕を、なんとか気合で抑え込む。




「・・・ぐぅう、だ、誰でもいい!電撃!電撃を!!」




静寂を、古保利さんの号令が切り裂く。


我に返った何人かが走り寄り、ボロボロの盾を天蓋に押し当てた。


だがもう、天蓋に動く様子は、ない。




・・・終わっ・・・た・・・




ともすれば座り込みそうな肉体に鞭打ち。


俺はまだ立っていた。


天蓋は、動かない。






安堵の息を吐こうとしたその時、視界に違和感を感じた。






―――窓際に、誰かがいる。


ちらつく視界に、今までそこにいなかった誰かが。




夏前だというのに、そいつはトレンチコートを羽織っている。


ゆったりとしていそうなそのコートは、内側の筋肉によって張っている。


身長が高い。


・・・恐らく、男。




そして・・・そいつは場違いなことに、拍手をした。


部屋に、ぱんぱんと軽い音が響く。




「―――お見事、お見事」




錆を含んだような、ざらついた低い声。


隠しようもない、暴力と血の臭いが・・・する。


そしてそいつは・・・俺を真っ直ぐ見た。


顔中に縦横に走る傷跡が、見えた。






「―――やるじゃねえかよ、南雲流」






あくまで自然体に、どこかおかしそうに。




鍛治屋敷は、そう言って笑った。

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