120話 教主サマのこと 後編
教主サマのこと 後編
ちらつき、霞む視界。
壁に衝突し、そこへヒビを入れた白黒が、俺に振り返る。
俺は、反対側の壁に飛ばされてずるずると下へ滑っている。
・・・咄嗟に跳んだが、それでも衝撃は殺しきれなかった。
足に、力が入らない。
後藤倫先輩が視界の隅に見える。
必死の形相で走ろうとしているが、蹴りの余波でどこかを痛めたのか動きがぎこちない。
神崎さんは俺に当たらないように銃を撃っているが、白黒は俺しか見ていない上に効いていない。
隊員たちは、距離が離れすぎている。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!」
耳鳴りの酷い音に混じって、白黒が吠えた。
そのまま、俺に向かって走り出す。
へ、元気いっぱいじゃねえかよ。
「ご、ごい、よ・・・」
口内に溢れる血を吐きながら、俺は反動をつけて立つ。
まるで泥の中にいるように、体が重い。
だが、愛刀はまだ・・・俺の手にある。
『刀を離すなよ、小僧』
いつか聞いた、師匠の声。
『刀は、武器は心じゃ。離せば死ぬぞ・・・臆して死ぬ』
その真剣な目が、脳裏に浮かぶ。
『じゃが離さなければ・・・いくらでも戦える。立ち向かえる』
―――うん、わかってるよ師匠。
『お主に負けられぬ理由が残っておる限り、のう』
―――あるんだよ、俺にもさ。
体は重いが・・・刀だけが、驚くほど軽く感じる。
刀身を横に倒し、息を吐きながら脇に構える。
迫る白黒の拳が、間近に見える。
俺は、途切れそうになる意識を必死で保ちながら。
「・・・ふう、う!!」
それを、真っ直ぐ突き出した。
脳天からつま先まで、かき集めた力で。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!!!」
白黒の拳は、俺の頬を掠め。
「があああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
カウンターの形で突き出された突きは、その大きく開いた口に飛び込んだ。
南雲流剣術、奥伝ノ二『瞬』
自分の突進力で剣先を押し込んだ形になった白黒が呻く。
・・・これなら、どうだ!!
瞬間、手の内に感じる違和感。
・・・刀が、折れた。
「ゴオオ・・・ガアアアアアアアアアアア!!!!」
振るわれた拳を、必死で転がって躱す。
手元に残った愛刀は、中ほどからポッキリ折れていた。
残りは白黒の口から突き出ている。
さよなら、俺の『松』ランク・・・今までありがとうな。
「ゴオオア・・・ガガガ・・・!!」
口から大量の体液を漏らしつつも、まだまだ白黒は元気そうに見える。
そうか、アレは体液じゃなくて虫的なモノの集合体なんだよな・・・
そんな場違いな感想を抱きつつ、体勢を立て直す。
マジでもう体中が痛い。
痛すぎてどこがどう痛いのかわからんほどだ。
だが、痛いだけで体は動く。
運のいいことに、急所は全部無事らしい。
「囲えっ!!押さえろ!!」
俺が時間を稼いだお陰で、隊員たちが追いついてきたようだ。
古保利さんの号令通りに、隊員たちが盾を構えて白黒の周囲を囲う。
「ゴウラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
囲え、なかった。
白黒は、周囲を蹴りで薙ぎ払った。
隊員たちは、手にした盾を大きくへこませながら吹き飛ばされる。
電撃を撃つ暇もなかったようだ。
そうして白黒は、俺にまっすぐ目を向ける。
その目には、まぎれもない殺意が宿っていた。
「気に、入られたもん、だなあ」
口内に満ちる血を吐く。
ああ畜生、たぶん歯が折れてんなコレ。
吹き飛ばされた時にやっちまったのか・・・?
ま、内臓由来の出血じゃないからいいけどさ。
脇差を引き抜こうとして、違和感。
・・・あれ、ないぞ?
あ、そういえば白黒の拳に使って・・・その後はどうなったんだ?
白黒の拳には刺し傷こそあれ、見当たらない。
・・・見つけた。
廊下に転がってる。
兜割は、死んだ白黒の目に突き刺さったままだ。
ってことは・・・俺に残された武器ってのは・・・
背中に背負った榊の長尺刀しか、ないのか。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!」
白黒が吠え、疾走の気配を見せる。
クソ、こうなったら・・・
折れた愛刀を下に落とす。
胸の前で結んでいた紐をほどき、長尺刀の柄を前に持ってくる。
右手で柄を握り、鯉口を切りつつ・・・左手で鞘を後方へ放るように抜刀。
こうしないと抜けないもんでな。
ライトを反射して鈍い光を放つ刀身が、ぬるりと現れた。
・・・何人もぶち殺してきたような凄みを感じる。
いや、俺の『松』ランクもそうなんだが・・・こいつは元々の出来が違うんだろう。
「ギャルガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
白黒が、恐ろしい勢いで踏み切る。
それに呼応するように、いつもの刀より二倍は重い長尺刀を、肩に乗せる形で構える。
・・・あれから稽古はしているが、普段全く使っていなかった長尺刀でどこまでやれるのか。
ふと浮かんだ弱気な考えを、消し飛ばす。
弱気になったら死ぬぞ!
ここで、コイツで・・・やらなければ!!
この刀では、いつもの技は出せないだろう。
特に奥伝は無理だ。
重さが違い過ぎて一拍遅れてしまう。
そしてそれは、この場合では命取りだ。
だから・・・唯一使えるあの技を出すしかない!
迫る白黒。
タイミングを計る俺。
・・・勝負は、一瞬!!
と、思ったその瞬間だった。
白黒の背後に、何かが見えた。
後藤倫先輩かと思ったが違う。
先輩よりも、さらに速い。
古保利さんだ。
無表情で苦無を構えた古保利さんが、凄まじい速さで走っている。
嘘だろオイ。
なんであんなに低い体勢で走れるんだ!?
衝撃を受けた俺をよそに、古保利さんはその速度で斜めに跳躍。
壁を蹴って、さらに跳躍した。
速度を一切落とさない、凄まじい脚力だ。
古保利さんは三角飛びの頂点で、逆手に握った苦無を構えている。
あれ、口にも何か咥えて・・・?
まるで地表を走る稲妻めいた速度で跳躍したまま、俺に気を取られている白黒の・・・鎧の隙間。
延髄に向けて、落下の勢いと体重を乗せた苦無が突き刺さった。
「ギガ!?!?!?」
予想外の一撃に混乱するような白黒。
・・・突き刺さったァ!?外側の皮膚にぃ!?
なんちゅう・・・なんちゅう馬鹿力!!
「やっべ!?」
我に返り、斜めに転がって白黒の体を躱す。
思わぬ攻撃によって狙いを外した白黒は、古保利さんを肩に乗せたまま顔面から壁に激突。
「いやあ、面目ない、ね!」
絶妙のバランスを取りながら、古保利さんは苦無をさらに押し込み・・・口に咥えていた黒いものをぷっと吐き出す。
アレは・・・アレだ!スタンガンだ!!
普通?の!
「延髄経由なら・・・どうだ!」
古保利さんは、そのスタンガンの先端を・・・苦無の金属部分に押し当てた。
盾のものより控えめな音が響く。
「ッギ!?ガ!?ガガガ!?アガガガガガガガガガ!?!?!?!?」
だが、体内に直接電流を流し込まれるのはかなりきついらしく・・・白黒は出鱈目なダンスでも踊るように痙攣している。
その揺れる体から振り落とされることもなく、古保利さんは電気を流し続けている。
・・・感電しないのかな?
「合図で一斉に叩きつけろ!いいか!?1、2のぉ・・・さんっ!!!」
いつの間にか追いついて来ていた隊員たちが、その号令と共に盾を叩きつけた。
叩きつける前から電流を流していたらしく・・・ばちばちという音が何個も聞こえる。
「ギャガギャアアアアアガッガガガガガガガガッガッガッガ!?!?!?!?!?!?」
さすがにさっきのようにはいかないのか、白黒は悲鳴を上げながらなすすべがない。
古保利さんは苦無を白黒の首に残したまま、ひらりと跳んで俺の横に着地した。
足音が、ほぼない。
流石は現代に生き残ったニンジャ・・・『月影流』!
さっきの加速といい、跳躍といい・・・まるで師匠みたいな動きだった。
見た目は普通のシュッとしたおじさんなのに・・・そういうところもニンジャっぽい。
「や、遅くなってすまないね・・・もっとも、僕が来なくても何とかなりそうだったけどさ」
「・・・ご冗談を、もう死にそうでしたよ、ははは」
視線を白黒へ向けたまま、軽口を叩く。
「ギイイイア!!!ガアアアア!!!ギャアアアアアアア!!!!!」
四方から電流に晒されても、白黒はまだ俺を睨んでいる。
・・・執念深いなあ、謎の虫くんたち。
何がそんなに気に入らないのだろうか。
そんな感想を抱きながら・・・俺は自然に中指をおっ立てていた。
「生きてるだけで迷惑なんだ、とっとと成仏しろよ」
お前は多分悪くないが・・・それでもお前が悪い!
ゾンビと人間は共存できんのだ。
恨むなら・・・うん、お前をそんなに改造した『みらいの家』でも恨むんだな!
「オ・・・ア・・・ォ・・・ォ・・・」
電撃の波状攻撃を浴び続けた白黒は、ついに口から煙を吐いて・・・どずんと地響きを立てて倒れ込んだ。
隊員の一人が、その背中に盾を押し付けてまだ電撃を流し続けている。
「19・・・20!三等陸佐!規定の秒数です!!」
「よし・・・総員離れ!経過観察!!」
その声に、他員たちは一斉に白黒から距離を取る。
銃持ちは4方向からまだ頭部を照準している。
念を入れてるなあ・・・しかし、ゾンビはいつ死んだ?かわかりにくいからな、仕方ない。
しばらく無言の緊張が続く。
「田中野さん・・・」
俺に駆け寄ってきた神崎さんが、目に涙を溜めながら俺に肩を貸す。
「やぁ、どうもどうも・・・」
いつもなら恥ずかしいが、今はもうそんなこと言ってられない。
有難く体重を預ける。
神崎さんの体温を感じながら、俺はようやく安堵のため息をついた。
あれから白黒は起き上がることはなく。
俺は、廊下に座り込んで古保利さんの部下である衛生兵さんに診察を受けている。
その後ろから、神崎さんと先輩が俺を見つめていた。
神崎さんはともかく、先輩まで心配そうに。
・・・こりゃ、明日は大雪か・・・槍でも降るかもしれん。
「擦過傷多数、貫通痕1・・・肋骨と、頬骨にヒビ・・・極めつけは全身の打撲・・・これだけの傷でよくもまあ動けましたね」
俺より若干年上っぽい彼は、どこか呆れたように手当てをしてくれる。
「いやあ・・・まだ仕事、残ってますからねえ」
最上階、そこに行かなければ今回の目標は達成できない。
教主をぶち殺さなければ。
「いやいや、馬鹿な事言わないでくださいよ!この先さらに負傷すれば・・・肋骨は確実に折れますよ!?今はなんとかヒビで済んでいますが・・・」
至極もっともな注意をしてくる衛生兵さん。
うん、俺も他人の立場ならそう言うと思う。
正直、こうして座っているだけでも痛みのオーケストラが絶賛上演中なのだ。
「大丈夫ですよぉ、俺、頑丈みたいなんで・・・」
「あのですね、そう言う問題ではなく・・・」
なんとか俺を諭そうとする衛生兵さん。
「いいじゃないか、本人がこう言ってるんだしね」
その後方から古保利さんがやってきた。
「三等陸佐!彼を殺す気ですか!?」
「平時なら止めるけどね、僕も。でもね、今は戦力が惜しい・・・下の部隊もまだ合流できない今、彼のような高い水準の近接格闘スキル持ちは貴重だ」
よせやい、照れるぜ。
・・・っていうか、確かに八尺鏡野さんたち遅いな。
耳をすませば外から銃声が聞こえてくるのを考えると、まだ外には敵がわんさかいるらしい。
「しかしどうするんですか!鎮痛剤の在庫もないのに・・・!このまま彼を戦わせる気ですか!」
・・・ヒエッ!?
暑く語る衛生兵さんの後方・・・神崎さんと先輩が、古保利さんを呪い殺せそうなほど睨んでいる。
怖い・・・怖すぎ。
2人とも、それは人類に向けてはNGな視線ですぞ・・・
「―――遺憾ながら、薬はある」
古保利さんはそう言うと、腰のポーチから小さい注射器を取り出した。
・・・なにその中身の色。
なんで紫色なの。
「僕用の虎の子だったんだけど、これは田中野くんに使おうか」
そう言って、古保利さんは近付いてきた。
「田中野くん、これね・・・いつぞや話していた月影流秘伝の丸薬・・・・の、現代バージョン」
・・・成分的にアレだっていうやつ?
「ああ、大丈夫。この中身は全て合法の薬品だから・・・ギリギリ」
最後に小声で怖い事言わんでくださいよ。
「・・・効果は?」
「鎮痛、筋肉のリラックス、精神の高揚、感覚の鋭敏化、思考の高速化・・・エトセトラエトセトラ」
・・・それマジで合法なの?
「ま、これを打てば・・・最低3時間は大暴れできるね」
「・・・その後は?」
「向こう2日は動けなくなると思っといて。あと2回目は続けて使えないからね、最悪死ぬかも」
反動がデカすぎる。
なんちゅうアイテムだよオイ。
だが・・・
「どうぞ」
俺は迷うことなくインナーをまくり上げ、腕を突き出した。
迷っている時間はないし、使わないという選択肢はナシだ。
使えるものは、なんでも使う。
俺の性分を理解しているのか、神崎さんたちは悔しそうに顔をゆがめている。
あーあー、2人して美人が台無し・・・じゃないな。
どんな顔してても美人は綺麗だなあ。
いいなあ美人。
「その意気や良し!だね」
古保利さんは真剣な顔で・・・俺の首筋に注射器を何の躊躇もなく突き刺した。
ナンデ!?腕じゃないの!?
「ここが一番早く効くもんでね~」
せめてあらかじめ教えてくれよ・・・
注射された瞬間、全身がカッと熱くなる。
血管を熱湯が駆け巡っているようだ。
「効果が表れるまでちょいとかかるからね、ゆっくりしといて・・・こっちは新手を警戒するから」
古保利さんはそう言うと、手を振って去っていった。
「ああそうそう、田中野くん」
去り際に、こちらを振り向く古保利さん。
「さっきのキミね、目が田宮先生ソックリだったよぉ」
・・・それこそ目の錯覚でしょ。
師匠なら無傷で完封勝利だよ。
入れ替わるように小走りで近付いてくる神崎さん見ながら、俺は震える手で煙草を咥えた。
「・・・マジであの薬合法なんだろうな・・・?」
「あの、大丈夫ですか?」
白黒の死体から兜割を引き抜きつつ、ぼやく。
さっきからずっと横に張り付いている神崎さんが、何度目かになる言葉を繰り返す。
謎のお薬を投与されてから30分後。
俺は、それはもうピンピンしていた。
あれほど痛みを訴えていた全身が、嘘のように軽いし痛みもない。
「大丈夫すぎて怖いんですけど・・・」
「え、ええと・・・そ、それはなにより、です?」
「元気ならいいけど、無茶しちゃ駄目」
落ちていた脇差を俺に差し出しながら、後藤倫先輩がジト目で睨んでくる。
「いやあ・・・でもあの場合は仕方ないでしょ」
「むぅ・・・先生に目以外も似なきゃね、田中」
・・・無理を仰るなあ。
残った五体満足の隊員たちが整列している。
おっと、そろそろ行くのか。
怪我人は10階へ下がって本格的な治療を受けるそうなので、その中の一人に折れた愛刀を鞘ごと託した。
一応白黒の口から残り半分も回収したが・・・もう修理はできないだろう。
研ぐとかそういう次元ではない。
本職の刀鍛冶に頼むレベルだ。
それも、脇差になんとか形成できるかな・・・ってレベルだ。
・・・くそ、予備に『竹』ランクでも持ってくりゃよかった。
贅沢は言っていられないけども。
まあ、贅沢を言っても仕方あるまい。
手元にあるものでなんとかしなけりゃな。
いよいよ・・・これからが正念場だ。
あれほど手こずった11階からの階段は、何事もなく通過できた。
恐ろしいほどの静寂だ。
俺たち以外の足音も、気配もない。
他には、外から断続的に聞こえてくる銃声くらいだ。
そして・・・とうとう俺たちは12階へと足を踏み入れた。
目の前には、『展望大会議室』
広い両開きの扉があるばかりだ。
「・・・いる、この先」
小さく、後藤倫先輩が呟いた。
「・・・ゾンビですか?人間ですか?」
「んん~・・・たぶん、人間だけ」
おや、どうやら特製の白黒ゾンビは打ち止めらしい。
最後の砦的な感じだったのかな?
確かに、今までの白黒とは文字通りレベルが違う相手だったが・・・それも後の2体は。
「ようやく使えるな・・・ここで撃ち尽くすつもりでやれ。展開」
先頭の古保利さんの号令で、4人の隊員が扉の前に走る。
その手に持っているのは・・・前にライアンさんが持っていたようなデカい機関銃だ。
あの、ベルト給弾のやつ。
クソ強ベトナム帰還兵が持ってそうだな・・・
どうやら、扉越しに撃ちまくるつもりらしい。
わざわざ入るまでもないもんな。
「構え・・・撃て!!」
その瞬間、腹に響く銃声とともに4丁の機関銃が猛然と火を噴いた。
分厚い頑丈そうな扉に、瞬く間に弾痕が刻まれていく。
・・・うおお、耳が遠くなりそう。
これで決着が付けば楽なんだが・・・さて、どうなるか。
「~~~!~~~!!」
俺の横で何やら後藤倫先輩が話しているが、一切聞こえない。
唇を読むか。
えーとなになに・・・『花火大会が懐かしい?』
・・・馬鹿じゃないの痛い!?
頬を抓るのはやめてください!!!
しばらくの間、凄まじい掃射は続き・・・扉はボロボロになった。
その隙間から見える内部は・・・赤い。
真っ赤だ。
今の銃撃でのものかと思ったが・・・どうやら以前のテントよろしく血を使って塗られているらしい。
・・・趣味が悪い、胸糞も悪い。
初手銃撃という卑怯かもしれん戦術ではあるが・・・あいつらにはお似合いだ。
「残弾、無し!!」
「下がれ!・・・盾、前進!」
全弾を撃ち切った隊員に、盾持ちが入れ替わる。
そしてそのまま、室内へと進軍が始まった。
・・・案の定、その広い会議室の壁や床は赤黒い塗料・・・血で塗られていた。
これをやるためにいったいどれだけの人間を殺したのか。
湧き上がる怒りを抑えられない。
今すぐにでも突っ込んで、生き残りがいるなら皆殺しにしてやりたいくらいだ。
趣味の悪い空間には、椅子も机もなかった。
だだっ広い室内には・・・一列に並んで事切れた死体の山がある。
さっきの銃撃でやられたんだろう。
何故壁際に逃げなかったのが不思議だが・・・とにかくその30人ほどの集団は、死ぬか瀕死の状態だ。
「―――ようこそ」
そんな空間に、場違いなほど穏やかな声が響いた。
死体が並ぶ、その奥。
そこに、豪奢な椅子に腰かけた男が一人いた。
上等な刺繍の施された黒ローブを着込んだ、病的なまでに痩せた男が。
眼だけが、別の生き物のようにギラギラと輝いている。
・・・この死体の山は、コイツを庇ったのか。
っていうことは、コイツが・・・
「・・・龍印、天蓋か」
そう呟きながら、古保利さんが手に持ったサブマシンガンを撃つ。
すぐさま顔面を穴だらけにするかと思われたが、何もない空間に火花だけが散っている。
一体何の手品だ、あれは・・・!
「ふふ、いきなりの銃撃とはご挨拶ですね」
にこやかに笑う男・・・コイツが、『みらいの家』の・・・
教主サマってわけか。
「特殊防弾ガラス・・・信者が死んでるってのに、随分と臆病なんだな」
防弾ガラス?
マジで、そんなもんが・・・?
・・・じゃあ信者連中無駄死にじゃん。
こっちとしては手間が省けるからいいけどさ。
「余裕綽綽なところで悪いが・・・まさか、それで身を守っているつもりか?」
古保利さんが手を上げると、後方から例の機関銃を持った4人が前に出る。
お、予備弾倉あったんだ。
「これで、それが割れるまで射撃を加えてもいいし・・・こっちには力自慢もいる」
また手を上げると、今度はいかにも力の強そうな2人が進み出た。
その手には・・・嘘だろ、さっきの白黒の持ってたハンマーじゃないか!
よくあんな重そうなもん持てるな。
ま、何にせよこれで詰みだ。
俺たちの出番はないかもな。
「いや、私は自分で外へ出て行きますよ」
あくまでも穏やかに、天蓋は告げる。
虚勢でもない。
ただ、事実を述べるように淡々と。
「―――だったらとっとと出て来いよ、膾にしてやるから」
兜割を引き抜き、俺は言う。
あ、この武器じゃ膾じゃなくて挽肉の間違いだったな。
「―――あなたは、自衛隊とも違うようですね。怖い目だ、まるで竜のような」
「見たことあるってのか、詐欺師の親玉がよ」
「詐欺師とはひどいですね・・・」
「だったらなんだ、人殺しの快楽殺人鬼集団の親玉か」
・・・なんだこいつは。
話しているのに、話している気がしない。
まるで・・・まるで石像にでも話しかけている気分だ。
それに、コイツと会話していると、背筋に絶えず寒気が走る。
どう見ても弱そうなのに・・・不快感が凄い。
「ふふ・・・私はね、時間が少し欲しかっただけなんですよ」
そう言いつつ、天蓋はローブから何かを取り出してこちらに見せつけてきた。
「さて」
それは、まるで馬にでも使うようなデカい注射器で―――
「皆さんが、始まりです」
そしてその中身は―――
「私がみず、から、天井の、座に、招く・・・ニン、ゲン・・・・ハ」
空だった―――
「―――総員っ!!!!!」
ぞくり、と背筋が強く粟立つ。
天蓋の目は、もはや人間のそれではなかった。
真っ赤な白目だ。
ローブから覗く肌も、病的に白い。
あれは、死体の色だ。
ゾンビの、色だ。
「―――撃ち方、はじめぇえ!!!!!!!!!」
古保利さんの号令と共に火を噴く機関銃。
他の隊員たちも、手持ちの銃器を残らず発砲している。
天蓋の周囲に火花が散り、少しずつ空間にヒビが入り始める。
「ははぁ・・・は、はは、ははは・・・」
一人だけ地震にでも晒されているように、天蓋の体が出鱈目に痙攣を始めた。
「ハハハハハハハハハハア!!!!ッガ!!ガガガガガガガガガガガ!!!!!!」
黒ローブから露出している肌が、真っ黒に染まり始め―――
「ゴオオオオオオオガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
その玉座から仰け反るように、『ソレ』は吠えた。
・・・もう、人間ではない。
先程の瘦身はどこへやら。
一瞬で全身を筋肉達磨めいて変形させ、黒ローブが内側から弾けた。
その全身は、黒く染まっている。
「神田川、私の後ろから出ちゃ駄目」
「神崎です!・・・了解!!」
『元』天蓋が、拳をガラスに叩きつけた。
銃撃でも付かなかった、大きなヒビが入る。
その拳に、腕に、足に。
皮膚から染み出るように装甲が纏わりつき始めている。
「固まるな!各員散開!・・・各自の判断で行動せよ!!」
古保利さんが叫んだ瞬間。
ガラスが、内側から弾けるように砕けた。
奴が、出てくる。
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