110話 がんばれ森山さんのこと 前編

がんばれ森山さんのこと 前編








「もっと!もっと速く走れないんですか田中野さんっ!!」




「これ以上は無理ですって!そうまで言うならパトカー使えばよかったじゃないっすか!!」




「僕は運転がからっきしなんですよ!!」




「ああそうですかっ!・・・ちきしょうギリギリまで飛ばしますよ!舌噛んでも怒らんでくださいねっ!!」




「鷹目さんを助けられるんなら!舌の一つや二ついりませんよォ!!」




「そういうことじゃないんだってば・・・!!」




普段には中々あり得ない高速で走行中の軽トラ車内。


振動と風切り音に負けじと、怒鳴り合うように会話している。




「だ、大丈夫・・・大丈夫だ、鷹目さんは、大丈夫・・・!」




怒鳴ったかと思えば、今度はライフルを抱えて青い顔をし始める同乗者。




「大丈夫に決まってんでしょ!射撃の名手なんだからさ!!」




その様子があまりにも哀れなので、思わず慰めてしまった。




彼の名前は、森山次郎。


階級は・・・たしか巡査長。


まあとにかく、詩谷の友愛高校にいる森山くんの・・・瓜二つのお兄さんだ。




現在俺は、彼を助手席に乗せて急遽詩谷市に向かっている。


道には他に走っている車はないが、放置車両がちょこちょこあって走り辛い事この上ない。


免許取った時のS字コースを思い出すなあ・・・




「鷹目さん・・・鷹目さぁん・・・」




必死にライフルを抱きしめる彼の眼には、涙が光っていた。




「センセイ!ハリアップ!!」




「危ないからその話しかけ方はやめて欲しいなあ!?」




荷台に乗っているライアンさんも、運転席の窓に身を乗り出してきている。


・・・マジで危ないからやめろォ!!


俺のゴールド免許を消滅させる気かァ!!


・・・あ、今免許とか意味ない世界なんだった・・・


俺も焦っているらしい。




さて、なぜこんな状況になっているかと言うと・・・事の発端は今朝に遡る。








「久ぶりのお出かけですねっ!田中野さん!」




「ええ・・・そうですねえ。風が気持ちいいや」




「はいっ!」




朝だというのに、やたらテンションの高い神崎さん。


頬は紅潮し、目はキラキラと輝いている。


よほど外出が好きらしい・・・レア神崎さんだ。


最近の出現頻度は高いけれど。


これは・・・その内アンコモン神崎さんにでもなるな?




「ま、関係はないでしょうけど・・・報連相は大事ですからねえ」




「はいっ!!」




昨日・・・というか今日の早朝。


俺たちは、例の高柳運送の元社員を成仏させた。


今日は、その報告・・・っていうか、彼らの言っていた複数の避難所について確かめるために御神楽へ向かっている。


別に無線でもいいかな・・・なんて思ったけど、折角変なのがいなくなったので直接行くことにしたのだ。




煙草の在庫が心もとないので、その回収も兼ねて。


むしろこっちが本命だがな。


龍宮は危険がいっぱいだが、物資もいっぱいだからなあ。


でも、強化型白黒ゾンビだけは勘弁な!






で、久しぶりに御神楽に着いた。


着いたんだが・・・




「行かせてください!」




「駄目よ、現状増援は出せない」




「いいんです!僕だけでも!!」




「なおさら駄目よ、貴方は貴重な戦力の1人だと認識してちょうだい。みすみす死なせることはできない」




「知ったことですか!!それなら辞職します!!」




「却下します・・・何を見ているの、彼を拘束して!」




「うわっ!?・・・離せ!!は!な!せ!」




・・・職員室が大惨事なう。




八尺鏡野さんと森山さんが、なにやら言い争いをしていて・・・今まさに彼は屈強な警官たちに押さえつけられている。


おいおいおい、何だこの状況。




「行かせてください!!いま、今ここで行かなかったら僕は一生後悔します!!お願いします警視!!お願いします!!」




3人の警官に押さえつけられてなお、森山さんは暴れている。


とんでもない馬鹿力だ。


あの普通体系のどこから、そんな力が出てくるんだろう。




「鷹目さんが・・・鷹目さんが僕を待っているんですよォ!!!」




・・・とりあえず動機は理解したわ。


何が起こっているかは完全にわからんけど。


隣の神崎さんは・・・あ、これ無表情だけどテンパってるわ。


なんとなくわかる。




「ふぅむ、愛とは偉大だねえ」




「おおう!?」




全く気配を感じさせずに、俺の横に古保利さんが現れた。


左腕に鎧みたいなゴツいギプスを装着している。


痛々しいな・・・でも立って喋れるのか。




「大丈夫なんですか古保利さん・・・その、怪我の具合とか」




「はは、寝てても立ってても痛いならどっちでも同じだからねえ」




・・・なんかとんでもない事言い始めたぞ。




「流石は月影流ってとこですか?」




「・・・なんでバレてるの?」




「半月大苦無で」




「・・・ああ、なるほどね。いや、コレはただのやせ我慢さ・・・秘伝の丸薬も手持ちがなくってね」




ニンジャ秘伝の丸薬!


マジで!?


実在したのか!!漫画の中だけかと思ってた!!




「は、ほほほほ本当ですかっ!古保利三等陸佐!!」




あっ!


あまりに衝撃的な発言に神崎さんのお仕事フィルターが吹き飛んだ!!




「はっは、嘘だよ。厳密に言えばあるけど・・・そのね、成分的に現代で作ると手が後ろに回っちゃうからさ」




何だ嘘・・・でもないな。


成分的に、か。


うん、俺は何も聞かなかった!


神崎さんが分かりやすくしょげているが、申し訳ないけどちょっと可愛い。




「・・・で、あの騒ぎは何なんです?」




気を取り直して質問する。


ニンジャに気を取られたが、明らかに尋常な事態ではない。


あの森山さんがあそこまで大暴れするなんて。


森山くんと違って(鷹目さん関連以外では)落ち着いているのに。






「うん、さっき連絡があってね・・・詩谷の中央図書館が武装集団に襲われてるってさ」






・・・は?


あまりに普通な様子で古保利さんが言うので、理解するのに若干時間を必要とした。




「それで・・・森山くんはあの状態ってわけ」




分かりやすい!


・・・じゃなくて!!




「いやいやいや、大丈夫なんですか図書館は!?」




「うん、現在も通信は繋がっているし、壊滅してはいないようだね。それにあそこは太田警部補が仕切ってるんだよ?そうやすやすと陥落はしないでしょ」




いやまあ、そうなんだけどさ・・・確かに太田さんは腕も立つし頭も切れそうだけどさ・・・


っていうか古保利さん、太田さんのこと知ってるんだ。




「襲撃者は、どのような相手なのですか」




緊張した顔の神崎さんが聞く。




「さて・・・謎の武装集団ってことしかわかんないな。銃で武装した50人ほどの集団らしいけど・・・」




それって、まさか。




「いや、服装は普通。黒ローブじゃない」




先回りされた。


分かりやすく顔に出てたんだろうなあ。




「だけど堅気とも思えない練度だそうだ」




「・・・では、暴力団関係者と?」




神崎さんが聞く。


ヤクザか・・・でも瀧聞会は(物理的に)解散したしな。




「う~ん、現状では何とも言えないね」




「あの、援軍とかは・・・無理なんですか?」




さっきはそんなこと言ってたからな。




「・・・うん、現状では外部に派遣できる戦力はないんだ。怪我人も多いし、それになにより防衛と『みらいの家』関連でリソースはいっぱいいっぱいなんだよ」




・・・まあ、仕方なかろう。


ここの第一目標は避難民の防衛だ。


で、その次が目下の大問題『みらいの家』


どちらも、おろそかにはできない。




「それにね、彼が普通の警察官ならぶっちゃけ単独行動を許しても・・・なんなら辞めてもらってもいいんだけど、そうもいかんのさ。彼の射撃の才能は非凡すぎる」




加えて彼は貴重な戦力・・・ってわけか。


なるほど、詰みだ。


どう転んでも、森山さんを単独で外に出す気はないらしい。




今も必死で暴れている森山さんを見る。


顔を真っ赤にして、なんとか拘束を解こうと必死だ。




「皆ァ!頼む!!頼むゥ!!」




拘束している警官も、その周りで見ている自衛官たちも。


一様に、痛ましそうな顔をしている。


好かれているんだろうな・・・森山さん。




ふと、記憶が脳裏によぎった。






『ぼくが、僕がもっと・・・もっともっと強かったら、強かったら!!』






夕暮れの道場。




ひたすら木刀を巻き藁に叩きつける俺。




破れた血豆。




噛み締めた、口の中の血の味。






『強かったら・・・!強かったら・・・!!』






いつだろうか、これは。




道場に入ってすぐのころだっただろうか。






『ゆかちゃんは死ななくて済んだんだ!!』






涙を流しながら木刀を振るっていた、いつかの記憶。


どうしようもない、挫折の記憶。




それが、急に蘇ってきた。






「行かせてくれよォ!今行かなきゃ・・・今行かなきゃ一生後悔するんだ!死ぬまで後悔するんだああ!!!!」






そうか。


あの日の俺と、よく似ているんだ。




だが・・・だが。


森山さんは、まだ間に合う。


・・・俺と、違って。


まだ間に合うのだ。






「森!!!山!!!さぁん!!!!!!!!!」






俺が急に大声を出したので、職員室の面々は一斉に俺を振り返った。


八尺鏡野さんは珍しく目を丸くしている。


俺たちがいるのに今気付いたんだろう。




当の森山さんも、毒気を抜かれたように俺を見ている。


あらら、泣いちゃって・・・ま、無理もないか。




横の神崎さんは、何かを諦めたような笑顔。


古保利さんは・・・楽しそうにニヤついている。


・・・ひょっとしてわかってるかな?


俺が何を言うのか。






「お得な南雲流の助太刀はいりませんかぁ!?いらないんだったら勝手に連れて行きますけどォ!?」






そう叫ぶと、森山さんのどこか諦めかけていた眼に力が戻った。






「お願い・・・おねがいしまあああああす!!!!!!!!!」






はは、いい声だ。




「・・・ってなわけで八尺鏡野さん、俺も行きますよ。これで単独じゃないでしょう?」




目を丸くしていた八尺鏡野さんは、気を取り直したように俺を睨む。


・・・こわっ。


なんて眼力だよ、おい。




「承認できかねます。貴方の腕前は十分承知していますが、それでもたった2人では―――」




「ノゥ!3人デス!!」




不意に、俺の後ろから声。


この声は・・・




「MS.ヤタガノ!ワタシも、センセイと森山サンについていきマス!」




ライアンさんだ。


・・・が、いつもと違う。




「ライアンさん、その腕は・・・」




「ちょっと、ミスしましタ!」




両腕には血のにじんだ包帯が巻かれている。


痛々しい。


あ、もしかして・・・




「以前、硲谷で『みらいの家』から子供たちを助けた部隊って・・・まさか」




「そうデス!子供、みんな無事!これくらいのケガ、ノープロブレムです!!」




やはりそうか。


偵察の予定をかなぐり捨てて、攫われそうな子供を守るために突撃したってのは・・・ライアンさんたちだったのか。


その結果がこの怪我か。




「弾丸、ゼンブ抜けてマス!ダイジョーブ!」




そのにこやかな顔からは、確かに何の苦痛も感じられない。


ううむ、頑丈な人だ。




「さて・・・というわけですが、どうです?駄目だって言うんなら、俺1人でも突撃しますけどね」




顔を顰めている八尺鏡野さんを見る。


そして神崎さんが俺をものっそい睨んでいる気がする。


言葉の綾ですから!




・・・と、とにかく、これで3人。


自分で言うのもなんだが、それなりの戦力のはずだ。


いきなり突撃でもしなければ、早々死ぬことはあるまい。




「戦力的には問題ないかと。自分も、もちろん同行しまs」




「あー、ごめんね二等陸曹。キミはちょっとここにいてもらう」




援護射撃をしてくれようとした神崎さんを、古保利さんが遮った。




「何故、で、ありますか・・・三等陸佐」




神崎さんの目が超怖い。


上官・・・っていうか、味方に向けて良いタイプの目線じゃない!!




だが、そんな恐ろしい視線にも全く気にした様子はなく。




「例の作戦について、秋月も含めて話し合いたいんだよ。丁度いいからね・・・そんな顔しないの、彼らなら大丈夫だって」




そう、古保利さんは話を続けた。


・・・メンタルが強すぎる。




ふむ、『例の作戦』・・・とな?


何かは知らんが、必要なことなんだろう。




「ご安心を、神崎さん。不肖田中野一朗太、これでも結構強いんで」




唇を噛む神崎さんに、笑って言う。




「そ、それは!それは・・・理解していますが・・・!」




「はっは、それなら大丈夫でしょ。吉報と一緒に帰ってきますから、ね?」




そう言うと、神崎さんはしばらく苦しそうな顔をして・・・ゆっくりと、頷いた。


どうやら、許されたようだな。




「八尺鏡野警視、彼らなら大丈夫では?」




「ノープロブレムかト」




古保利さんと、黙って騒ぎを見ていたオブライエンさんが援護射撃してくれる。




「・・・わかり、ました」




責任者2人がかりの説得を聞いて、渋々といった感じで八尺鏡野さんが頷く。




「拘束を解け・・・森山巡査長、死ぬことは許さん」




いつもとは違った低く有無を言わさぬ口調で、許可が下りた。




「は、ハイッ!!」




床に倒れたままの森山さんが、涙目でそう返した。


お許しも出たことだし、それではとっとと出発するとしようか。




「田中野さん」




神崎さんが、不意に俺の背中に手を置く。




「くれぐれも・・・くれぐれも、お気をつけて」




その必死な視線に、俺は黙ってサムズアップをしたのだった。








というわけで、現在俺はアクセルベタ踏みで中央図書館へ向かっている。




先程まで必死だった助手席の森山さんも、黙っている。


エンジンの唸りと、ごうごうと吹く風の音だけが車内を満たしていた。




いつものように田舎道経由で詩谷に入り、目的地を目指している。


このペースだと・・・あと30分以内には到着しそうだ。


道が前と同じ状態ならな。


最近は変なのも多いが、今回は特に出会いたくない。




「・・・あの、すみません田中野さん」




若干落ち着いたのか、森山さんが謝ってきた。




「部外者のあなたに、ここまでしてもらっているのに・・・僕は勝手なことを・・・」




変わらずライフルを握りしめながら、絞り出すように。




「いいんですよ、気にしないで・・・これは俺の性分と、自己満足ですからね」




咥え煙草に火を点けつつ、そう返す。


俺が好きでやってることなんだ、別に気にしなくてもいい。




「自己満足、ですか・・・?」




不思議そうな森山さん。


どうやら荷台にも聞こえていたようで、ライアンさんも視線を向けてきた・・・気がする。




「・・・むかーしむかしね、俺にも初恋の人ってやつがいたんですよ」




別に言う気もなかったが、口が滑る。


なんか・・・ここでは言ってもいいような気がしたんだ。


気の置けない人しかいないし。




「でもねえ・・・俺が弱かったもんでね、その子とは永遠に会えなくなっちまった」




夕暮れの教室の、あの笑顔を思い出した。




瞬間、胸に走る痛み。


何十年経っても、こればっかりは慣れない。


トラウマってやつかな、俺の。




別にその時に俺が強かったとしても、守れたかどうかはわからん。


『あの時』は、一緒にいなかったわけだし。


考えても仕方がないことだが・・・


それでも、思わずにはいられない。




森山さんは、黙って俺をじっと見ている。


俺を心配しているのが、何となく感じられる。




「―――でも森山さんは、助けられる」




さっき思ったように、口を開く。




「だからね、俺は首を突っ込んだんですよ。臭い台詞ですけど・・・俺と同じ思いをする人が1人でも減りゃいいってね」




いい人だしな、それに。




幸せな人は、増えてほしい。


たとえ・・・こんな世界でも。


こんな、世界だからこそ。




「田中野さん・・・」




「あーらら、そんな腑抜けた顔でどうすんですか。これから恋人を救いに行こうって人が」




心配そうな声に、おちゃらけて返す。


心なしか、車内も少し湿っぽい。




「センセイ・・・」




だからライアンさん、身を乗り出すと危ないってば。




「森山さん、これは師匠の受け売りなんですがね」




口から紫煙を吐き出す。


それは窓の外に消えていき、ライアンさんに直撃・・・あああすみません。


っていうかそこにいるのが悪いんですよ!?




「『男が、惚れた女を命懸けで守るのは至極当然のこと』らしいですよ?」




それを言う時に、少しだけ悲しそうだった師匠。


師匠も、俺みたいな思いをしたことがあるんだろうか。




「俺は無理だったけど・・・森山さんはまだ間に合う。さ、カッコよくお姫様を助けましょうや、王子様」




「はい・・・はい!」




俺の言葉に、力強く返す森山さん。


その目は、先程までとは打って変わって・・・さながら、燃え盛る日輪のような輝きだった。




へえ、これが覚悟を決めた男の顔ってやつか。


きっと惚れ直すぞ、鷹目さん。




どこか眩しいものを感じながら、俺はギアチェンジしつつアクセルを踏み込んだ。

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