109話 付き合いたくないご近所さんのこと

付き合いたくないご近所さんのこと








「梅雨もそろそろ終わりかなあ、サクラ」




「わふ」




「でも妙に寒いよなあ・・・ここが田舎だからかな?」




「きゅん」




「でも、湯たんぽ担当大臣のサクラがいるからあったかいなあ」




「はふ!わふ!」




「おっとと、シーだぞシー・・・な」




「くぅん」




辺りは暗闇に包まれている。


時刻は・・・さっき2時を回ったあたりだ。




そして俺は、屋上に座って双眼鏡の化け物みたいなものを構えている。


珍しく起きているサクラを抱えながら、毛布をかぶって。




「しっかしよく見えるなあ・・・まるで昼間だ」




神崎さんに借りた暗視装置を通してみれば、周囲の風景がありありと見える。


若干緑色がきついが、許容範囲である。




「今のところ動きは無し・・・か」




そう呟いて、サクラの頭に頬ずりする。


うーん、いい匂い。


そして柔らかい・・・ふわふわだ。


最高だぜこの湯たんぽ。




「きゅん・・・くん」




「おわわわわわわ・・・」




たまに舐めまわしてくるけど。


甘んじて受けよう。








さて、何故俺がこんなオバケの出そうな深夜に屋上にいるかというと・・・昼間の連中のせいだ。




ここの社員だった馬場さんに率いられてきた若者たち・・・の一部。


神崎さんを見て目の色を変えた連中だ。


そいつらは、道中に離反し・・・この原野に居ついたようなのだ。


いつの間にか尾行していた大木くんが教えてくれた。




ここの設備が整っているのと・・・綺麗どころである神崎さんに目をつけたのだろう。


まったく、馬鹿な連中だ。


ここをどうこうしようとすればえらい目に遭いそうなことは、昼間にわかっているはずなのになあ。


最低でもライフル装備の神崎さん、拳銃装備の俺、そしてあのバカでかい八尺棒を持った七塚原先輩を見ているはずなのだ。


普通の人間なら、彼我の戦力差なんてすぐに把握できると思うが・・・




ああいうのが、以前宮田さんの言っていた手段と目的がバグってる手合いかな。


『美人がいる!欲しい!避難所を好きにしたい!!』っていう思考で止まってるんだろう。


リスクの予想や奪った後の運営なんか・・・ハナから頭にないに違いない。


やだやだ・・・脳味噌をもっとよく使えよな。


頭の中はピンク色一色・・・ってか。




「ふあ・・・は」




胸の中で、サクラ見事な大あくびをした。


こんな時間だもんな、子犬のサクラには辛かろう。


それでもついて来てくれたんだ・・・可愛い奴め。




「寝ちまえ寝ちまえ・・・ホレ、大木のにいちゃんとこ行きな」




「きゃん」




サクラを地面に下ろすと、とふとふと俺の斜め前の毛布に近付いていき・・・潜り込んだ。




「うにゃむ・・・コロッケが・・・コロッケがぁ・・・」




そう、大木くんである。


何故か見張りに付き合うと言ってついて来てくれたのだ。


まあ、1時前には夢の中だったが。


健康的である。


・・・何しに来たんだろう、ホントに。


いいんだけどさ。




「駄目だ・・・砲撃のタイミングを・・・こっちにあわしぇろ・・・ぉ」




そして何の夢を見ているんだキミは。


コロッケの大群と戦争でもしてんのか?




サクラが行ったので、これで煙草が吸える。


毛布で囲いを作れば、火は見えないしな。


・・・俺の担当は3時まで。


それまでゆっくりじっくり偵察といこうか。




しかしこの暗視装置、むっちゃよく見えるよな・・・


ここらのゾンビは先輩がほぼ全滅させたから、動くものは動物以外見えないけど。


お、アレ狐か?


フサフサの尻尾がかわいいなあ・・・


こっちには狸の親子がいる。


うん、かわいい・・・モフモフしてそう。


意外とゴワゴワかもしれんな・・・レオンくんを思い出す。




「とっとと面倒ごとが済んで・・・ゆっくり暮らしたいなあ」




田中野一朗太は静かに暮らしたい・・・いい題名の作品ができそうだ。


・・・・いや、最終的に粉々にされそうだからやめとこ。




っていうかこの遠征、いったいいつまで続くんだろうか。




最低でも『みらいの家』壊滅と・・・鍛冶屋敷とのケリをつけるまで、かなあ。


両者とも、ほっといたら巡り巡って大変なことになりそうだし。


特に鍛治屋敷の方。




「もうターゲットが師匠から俺たち全員に移ってるんだろうなあ・・・」




流派ごと、この世から消したいんだろう。


なんとなくわかる。




「ベクトルは違えど、俺もアイツも・・・同じ穴の狢、かあ」




どちらも、人殺しのろくでなしだ。


天国へは行けまい。




「違いますよ」




「ひぅ・・・」




心臓に悪いよ神崎さんってば!


思わず悲鳴を上げる所だったじゃんか!




「私にも1本、くださいますか」




まだ見張りの交代時間じゃないってのに・・・まったくもう。


仕事熱心なんだから。




「どうぞどうぞ・・・早すぎません?」




「ふふ、眼が冴えてしまいまして」




俺が差し出した煙草を受け取りつつ、神崎さんが横に腰かけてくる。




「ふぅ・・・おいしいですね」




「ですなあ・・・」




二人そろって、紫煙を空に向けて吐き出す。


しみじみ美味いなあ。




「動きはありましたか?」




「うんにゃ、何も。可愛いタヌキとキツネがいたくらいです」




暗視装置を渡しつつ言う。




「あ、本当ですね・・・かわいい」




神崎さんの口元がほころんでいる。




「いつか触りたいんですよねえ・・・でもキツネはなあ、えげつない寄生虫がいるって話ですからねえ」




「ふふ、この地方のキツネにはいませんよ」




・・・なんじゃとて?




「ですがダニがいる危険性がありますので・・・・気を付けないと駄目です」




一瞬喜んだがガックリきた。


この状況下でヤバい病気になるわけにはいかんな。


おとなしく、見るだけにとどめておこう。


サクラに移ったら大惨事だ。




「・・・田中野さんは、違いますよ。鍛治屋敷とは」




小さな声で、神崎さんが言った。




「たとえ、皆がそうだと言っても・・・田中野さん自身がそうだと言っても、私だけは『違う』って言いますからね」




「・・・」




その優しい声色に、俺は何も返せなかった。


ただ、胸の中のどっかが温かくなるのを感じた。




「ふふ、田中野さんにはいつも元気づけられていますからね。たまにはお返し、です」




「・・・はは、そりゃあ・・・どうも」




俺は、照れ隠しで煙を吸い込む。


我ながら嫌になるねえ・・・もうちょい気の利いた事、言えっての。




それからは沈黙が続いたが・・・・不思議と、辛いものではなかった。






「・・・!」




どれくらい経っただろうか。


傍らの神崎さんが息を呑む。




「来ました」




「アラやっぱり」




当たってほしくない予感程、よく当たるって言うからなあ。


ま、マーティ〇クフライの法則・・・だっけ?


たぶん違うな、うん。




「どうぞ」




神崎さんが暗視装置を俺に渡してくる。




「方角はこのまま・・・道の先です。横にポストのあるあたりです」




指示に従い、その場所を見る。


・・・3人、か?


緑色の画面の中に、連れ立って歩く人影が見えた。




「おいおい・・・馬鹿じゃねえの」




「呆れますね」




全く警戒している様子がない。


ここからでは聞こえないが、お互いに何やら会話しながら歩いているようだ。


身を隠すような素振りも、ない。




「武器は・・・たぶん木の棒か鉄パイプですね」




その中の1人なんか、歩きながら地面に軽く当てている様子だ。


ほんと・・・馬ッ鹿じゃなかろうか。




「あの危機感のなさで、よく今まで生き残れたものだと思います」




神崎さんもしみじみ呆れている様子だ。


全くの同感である


・・・馬場さん、苦労したんだろうなあ。




「一応、準備しておきます。装置はそのままお持ちください」




そう言うと、神崎さんはライフルのスコープを覗き込んだ。


ほほう、それにも付いてるのか暗視装置。


映画とかで見たことあるな。




「ま、お墨付きももらってますし・・・ね」




そう、既に離脱したあの馬鹿どもについては秋月に報告済みなのだ。


そして・・・花田さん曰く。




『もしも、その集団が不埒な行為に及ぼうとしたら・・・詩谷に向かう途中に事故に遭い、全員亡くなった・・・と、高柳社長には報告しておきます』




という、ことになっている。




まあね、こんな状況だもん。


変なこと考えるアホはいないほうがいい。


ぶっちゃけゾンビよりタチが悪い。


あれっくらいの考えなさなら、マジで次に何するかわからん。


いつぞやの建設会社よろしく、後先考えず爆破とかするかもしれんしな。




「短期記憶だけで生きてる連中は、いいよなあ・・・気楽で」




俺も結構その気質はあるような気もするが、それでもあいつらには敵わんな。


彼我の戦力差を認識できないなんて、戦う前から死んでるようなもんだ。




『頭を使え、人と獣の差はそこにある。勇んで棒きれを振るうなら、猿以下よ』




なんて、いつだったか師匠が言ってたもんなあ・・・




「やはり、目的地はここですね」




おっと、考え事をしていた。


神崎さんの声で我に返る。




確かに、暗視装置の中の面々は真っ直ぐこちらへ歩いてきている。


もう、正門のすぐ前だ。




「ここからは死角になりますね・・・どうしますか」




正門を上方向に長く増設したせいで、屋上からでも見えないのだ。


さて・・・たしかにどうしたもんかね。




まだ何もしていない相手をぶち殺すのは・・・特に悪いことだとは思わんな。


どう見ても害意しか感じないし。


昼間、神崎さんに近付くなと言われているから、まず近付くのがおかしいのだ。




「こりゃもう、決定的でしょう。見た所飛び道具はなさそうなんで、俺がちょいと行って・・・」




「いやいやいやいや」




浮かしかけた俺の腰を、後ろから誰かが掴む。


・・・大木くんかぁ


思わずぶん殴る所だったじゃないか。


しかし、いつの間に起きたんだ?




「ふふふ・・・正門は夜間警戒モード中です。赤外線センサーになにか引っかかれば、僕の・・・ホレ」




不敵な笑みを浮かべた大木くんは、懐からリモコンを取り出した。


ぬ、なんか小刻みに震えてる!?




「この端末が振動して教えてくれる、というわけで・・・ふあああああああ」




大あくびだな、おい。


結構無理やり起きたんじゃないか。




しかし、いつの間に門にそんな細工を・・・


侮れないな、大木くん。




「スマートに行きましょ、田中野さん」




「・・・というと?」




「知っての通りあの正門は、鍵がないと開きません・・・そして、いっくらあいつらが馬鹿でも、こんな夜中にガンガン叩いてこじ開けようなんてしないでしょ」




・・・まあ、そうだな。


ちょっと心配だけど。




「で、じゃあどうするか。正門がある橋の上からは、水路が社屋に続いてるのが見えますよね?」




「ああ、そうだな」




「そうですね」




神崎さんが銃を構えたまま、会話に参加してくる。


器用なこっちゃ。




「しかも水路が浅いとくれば・・・」




大木くんが言いきらないうちに、水音が聞こえた。


1つ、間を置いて2つ。


全員、飛び込んだっていうか飛び降りたな




「・・・ねぇ?」




大木くん、すげえドヤ顔だ!


中々お目にかかれないレベルの!




「これで不法侵入の現行犯です、そしてぇ・・・」




リモコンを、俺に見せてくる。


おお、何かいっぱい書いてあるな。


大木くんの親指がスルスル動き・・・あるボタンの上で止まった。




「天罰覿面ポチっとな!」




そして大木くんは、その『水路・通電』と書いてあるボタンを心から楽しそうに押した。






「「「~~~~~~~~~~~~~ッ!?!?!?!?!?!?!?」」」






水路の方から、重なり合った悲鳴が聞こえた。


ばしゃんばしゃんと大きな水音が、夜の闇に響く。


感電して痙攣しているんだろう。




「倒れたことで全身ずぶ濡れですねえ・・・これは南無阿弥アーメンです」




雑なお経的なものを唱える大木くん。


ボタンは押したままだ。




「これで3分ほどほっとけば大丈夫ですよ・・・水路の深さでも感電からの溺死でエンドってやつですねえ」




おお、鮮やか。


確かにスマートだ。




「蓄電池からの電力供給も十分・・・ほらね?簡単でしょう?」




・・・なんかムカつくドヤ顔だな。


まあ、とにかく・・・




「・・・死んだの確認したら、攻め込むか」




「ええ、まだ残っていますし」




昼間、大木くんが偵察したところによると・・・原野残留組は最低6名。


まだ半数が残っている。




「んじゃ僕は寝ますんで・・・ぽやしみなしあ・・・」




器用にも、大木くんは眠りの体勢に移行しながら毛布へと帰還した。


・・・何その奇妙な寝入り方は。


彼もリラックスっていうか、心のつかえが取れてからどんどん面白くなっていくなあ。




「我々への害意は確認できました。どうしますか田中野さん」




後続は、ない。


恐らく偵察か・・・それとも先走ったか。


だが、ここをどうこうしようとして原野に残った奴らだ。


見逃してやる気はない。




「このまま襲撃しますか?それとも一気に爆破―――」




物騒な作戦を立案し始めた神崎さんを、手で制す。




「ここは、俺に任せてもらえませんか?特等席で・・・見ててくださいよ」




柄にもなく、そうカッコつけて俺は言った。








「言ったのになあ・・・」




「ま、しょうがないですよ・・・あの人相手ですから」




「畜生ぅ・・・あんなモン渡すんじゃなかったぁ・・・」




軽トラの運転席で、俺は頭を抱えている。


場所は、正門から出る橋の上。




「見てくださいよノリノリじゃないっすか」




「見なくてもわかるぅ・・・」




時刻は朝。


8時を少し回ったあたりである。




嫌だけど顔を上げると、見知った背中が見えた。




後藤倫先輩の背中だ。


心なしか、いつもより嬉しそう・・・っていうかテンション高そうに見える。




「恥ずかしいよぉ・・・俺ぁどんな顔して神崎さんに会えばいいんだよォ・・・」




あんなドヤ顔かましてさぁ・・・




「・・・(どんな顔でも、神崎さんは大喜びだって僕は思うな)」




大木くんが小声で何か言っているが、それを聞く元気もない。


あああ・・・どうしてこうなった・・・






事の起こりはこうだ。




先遣隊?3名を成仏させた後、俺が考えた計画。


計画と言うほど大したもんじゃないんだが・・・それは門前で奴らを待ち構えるというものだった。


いかに馬鹿の集まりと言えど、仲間が一晩帰ってこなけりゃ様子見に来るだろう。


そこを1人で待ち構えて、全員ぶち殺す。


もちろん、万が一に備えて神崎さんにも待機してもらうが。


そういう、計画だったのだが・・・




「『コレ』試したいから代わって、異論は許さない」




起きてきた後藤倫先輩は、そう言って俺の役目を乗っ取った。


畜生・・・






「でも、凄いっすねその中村さんっての。マジで何でもあるんじゃないですかその倉庫に・・・〇ラえもんですね」




大木くんが感嘆の声を上げる。


その視線は、先輩の両腕に。




「闇のド〇えもんかもな・・・おっちゃんは」




先輩の両腕には、肘まである手甲が装着されている。


拳の部分は指が折り曲げやすい形の鍛えた鉄板で覆われ、腕の部分は革と鎖帷子だ。


肘にも、鉄板が配置されている。


総合格闘技のオープンフィンガーグローブ世紀末版って感じの様相である。


朝の光を浴びて、その黒い鉄が鈍い反射を放っている。




『壊骨大手甲』




という、恐ろしい名で呼ばれるそれは・・・おっちゃんからのプレゼントだ。


とある徒手の流派で、実際に使われていたものらしい。


かなりの年代物だが、おっちゃんのメンテによって今でも実用に耐える。




『例によって誰も使わねえからなガハハ』




・・・それでもさあ、結構貴重なものをポンポンくれるよなあ。


ちなみにアレを受け取った先輩は、目を輝かせて子供のように喜んでいた。






「うわー来た来た、頭の悪そうなのが3人も!」




前を見る。


・・・たしかに、見るからに馬鹿そうな若者が徒党を組んで歩いてくる。


ご愁傷様。


来世は虫・・・いや、ミジンコあたりに生まれ変われよ。




「おいおいおい!まだいるじゃんか綺麗所!」




「ホントだ!おねーさん!おはよー!」




「俺たちはぐれた仲間を探しててぇ、入れてくれませんかぁ?」




口々にそう言いながら、奴らが歩いてくる。


なるほど、先遣隊じゃなくて先走っただけだったか・・・あの3人。


いや、それを口実に侵入する気だったのか・・・?




「ん」




先輩はそれを聞き流しつつ・・・足元の何かを掴んで奴らの足元に放った。




「え、これな・・・えっ!?」




大き目のズタ袋。


その中には、鉈やナイフ、マチェットなどの武器が入っている。


奴らは目を白黒させながらそれを見つめている。




「好きなのを取るといい。私に勝って・・・後ろの田中にも勝ったら、ここを好きにしていい」




おい。


サラっと俺を組み込むんじゃないよ。


ここまで回す気はないんだろうけどさあ。




「え・・・へ?」




なおも狼狽する奴らに、先輩はもう一言。




「はなからそれが目的でしょ?早くして・・・それでも〇ンコ付いてんのか、童貞ども」




朝から言葉が汚いですよ先輩!


子供たちは巴さんによって映画鑑賞という名目で隔離されてるからいいけど!




「いいんスかおねーさん、そ、そんなこと言っちゃってぇ・・・」




流石に腹が立ったのか、1人がマチェットを握りしめた。




「じゃあオレが勝ったら・・・おねーさん、もらっちゃおうかな~なんて!」




素人丸出しの構えを取りつつ、先頭の金髪男が歩き出す。




「どうぞ。でも―――」




その瞬間、先輩が一気に跳んだ。


間合いが、瞬く間に縮まる。




「えぁ!?っひ!?」




その速度に、金髪が狼狽して初動が遅れる。


それが命取りだった。






「―――お前には、無理」






疾走の勢いを乗せた先輩の右拳が、ろくに鍛えてなさそうな金髪の腹筋へ鈍い音を立てて突き刺さった。




「ぉび!?」




軽く後ろへ浮く金髪。


そして、続けざまの左拳が踏み込みと同時に胸の中央へ炸裂。




「ぃぎゅ・・・あごぉ・・・っが・・・ぁ」




大の字に倒れた金髪は、細かく痙攣しながら大量の血を吐いている。


・・・初撃で内臓がイカれて、弐撃目で胸骨が砕けたな。


遠からず死ぬ。




「ひあ・・・あ、ああ、ああひいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」




後ろの2人のうち1人が、鉈を引っ掴んで半狂乱で走ってくる。


逃げた方がいいのになあ・・・もっとも、逃がしゃしないけどな。




「ふぅうう・・・」




残心の姿勢のまま、先輩はそれを迎え撃つ。




「んぎゅあああああああああああああああっ!!」




バタバタと走り込んできた坊主頭が、力任せに鉈を振り下ろす。




「っふ!」




それを迎撃するように、先輩が左手を手刀の形で振るう。




「・・・え」




坊主頭は、信じられない物を見るように呆然としている。


その鉈は、柄との接合部が砕けて飛び散っていた。


奴の、親指ごと。




「なn」




何事か喋ろうとした坊主頭。


その側頭部に、先輩の右拳。


親指の第一関節を、横から正確に打ち込んでいる。




「ぁぱ」




坊主頭は、口から泡を吹いて膝から崩れ落ちた。




「え・・・う、そ。嘘ぉ・・・」




最後に残ったプリンみたいな髪型の若者。


目の前の現実を受け入れられないように、うわごとのように呟くばかりだ。




「ほいラスト。さ、はやく来て」




「あ・・・?あぁ・・・?」




先輩は、掌を上にしてくいと手招き。




「楽しかった?弱いものを蹂躙する妄想は。楽しかった?来もしない下種な妄想は?」




プリンは、とりあえずと言った体でナイフを持った。




「でも、それはここで終わり。お前の、お前らのしょうもない人生は・・・ここで終わり」




「・・・せぇ」




「お前らみたいなのは、ここで殺しておく。他の、誰かを手にかける前にここで」




「ううう・・・うるせぇ!!!死ねクソアマァ!!!!!!!」




そして、タガが外れたように猛然と走り出すプリン。


認められんのだろうな、目の前の光景を。


自分たちが、強そうにも見えない女に蹂躙されるっていう現実を。




「―――言葉が悪い、来世に期待」




自分のことを棚に上げ、先輩が呟く。




「っがあああああっ!!!」




プリンは腰だめにナイフを構え、突進で体ごと突き刺すつもりだ。


先輩は、動かない。




「ああああああ!あああああ・・・あぎゃあ!?!?!?」




一足一打の間合い。


そこに至って、初めて先輩が動く。




ナイフを手首ごと左手で握りながら、引くと同時に脛への蹴り。


大きくバランスを崩すプリンを・・・さらに引き寄せ。




「破ッッッ!!!!」




自由な右肘を・・・体を回しながらプリンの喉元へ捻りながら叩き込んだ。






南雲流甲冑組手、奥伝の三『破軍肘はぐんちゅう』






・・・ありゃ、即死だな。


脛骨が一撃で砕けてそうだ。




崩れ落ちるプリンを無感動な様子で見下ろした先輩は、やおら俺に振り返る。




「田中っ!いい!これいい!最高!大好き!!」




なんとまあ、一点の曇りもない素敵な笑顔ですこと。


・・・やっぱ南雲流って皆頭のネジぶっ飛んでるわ、俺を含め。




「というわけで、満足したから片付けよろしく」




「絶対にノウ!手伝わない子にはオヤツ抜きです!!」




「わかった、わかったからそれだけは許して」




急に焦り始める先輩に苦笑いしつつ、俺は車を降りた。




「(こええ・・・南雲流メンタルこええ・・・)」




後ろから大木くんが何か言っていたような気もしたが・・・ま、気のせいだろう。

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