第56話 復讐と鎮魂のこと 後編

復讐と鎮魂のこと 後編








「・・・行くか」




どこに出しても恥ずかしくない人間の放射性廃棄物どもを処理し、3台目のバスへと向かう。


3、4台目は微妙に斜めの状態で停車しているので、ここからでは裏がどんな感じになっているかわからない。




恐らく先輩は俺と反対方向から回り込んでいるはずなので、そろそろ合流できるはずだと思うが・・・


あの人がどうこうなるビジョンが見えない。


俺と同じくらいキレ倒してたもんな。




3台目のバスは、今までのものより1周り大きい大型だ。


どっかの観光バスでもかっぱらってきたんだろう。


っていうことは、今までより人員が多いってことだな。


・・・気を引き締めよう。




俺は、刀の調子を確かめて納刀した。






「たすけて!たすけてええええ!!!」




と、考えながらバスの裏側に到着しそうな時。




黒ローブがこっちに情けない悲鳴を上げながら走り出てきた。


この角度では俺が邪魔になって後ろからは撃てない。


自分で処理するか。




そいつは、脇目もふらずに俺目がけて走ってくる。


その目は半ば正気を失っているように見える。


加えて、全身が血塗れになっている。


随分な大怪我だな・・・先輩か?




「っし!」




「やめっ!?」




迎撃の前蹴りを入れ、突進を止める。




「っふ!!」




「あっぎ!?」




そうしておいて、足を引き戻すと同時に抜刀。


円を描くように、そいつの首を上から斬りつける。




「ああ!?ああああ・・・!?!?!?」




鮮血を迸らせ、そいつは地面に倒れる。


よし、動脈をやった。


遠からず成仏するな。




倒れて痙攣するそいつを観察する。




よくよく見れば、このまま放っておいても死ぬんじゃないか。


そう思うほど、その全身には傷が刻まれている。


分厚いローブを容易く貫通し、主要な血管を傷つけているのは・・・鋭利な切り傷だ。


・・・先輩の六尺棒じゃない。




この先に、こいつをこうした奴がいる。


敵の敵は味方・・・と思いたいが、どうだろうなあ。




さっきから、背中が粟立つ。




後藤倫先輩ほどじゃないが、俺も少しは気配が読めるのだ。


どうにも、嫌な気配がする。


俺は、思わず強く柄を握りしめた。






死体の山。




バスの裏へ回った俺の目に、まずそれが飛び込んできた。


数は・・・今まで俺が殺した1、2台目の合計くらい。


それだけの黒ローブが、折り重なって死んでいる。




「おや」




その中心に、男がいた。




「お客さんだねえ」




年のころは50代といったところだろうか。


中肉中背。


頭髪は少し薄く、大きな眼鏡をかけている。


柔和というか、優しそうな顔だ。


服は・・・普通の、ゴルフ場にいそうな感じではある。


手袋までして、休日のおじさんって感じだ。




「こんにちは、今日はちょっと蒸すねえ」




だが、そんな雰囲気をぶち壊しているのは。


右手に握られた、血まみれの日本刀である。




「・・・これは、あんたが?」




「ん?ああ・・・そうだよ」




それは3尺に届こうというほど長い。


反りもかなり強い。


俺の使っているものとは違い、アレは『大太刀』と呼ばれる種類のものだろう。


騎馬兵が使ったり、騎馬の足を狙ったりする奴だ。


時代劇でしか見たことなかったが・・・実際に見ると迫力が凄い。




「いやあ、参ってしまうよね」




びゅお、とおじさんが血振りをする。


・・・あれだけの長尺刀を振ったのに、下半身が全くと言っていいほどブレていない。


しかもその振りも早い。


あの長さならかなりの重量だろうにな。


・・・こいつは、強い。




「土壇場になって尻込みするなんてねえ」




とんとんと峰で肩を叩きながら、おじさんは言う。




「相手が弱い時だけやる気になるなんてさ。全く最近の若い奴は・・・なんていう言うのかな?こんな場合は」




おじさんは、苦笑しながら俺を見る。


その目を見た瞬間、俺は跳び下がって柄に手をかける。




眼鏡の奥で細められた目。




目が笑っていない、なんてもんじゃない。


あれは『人間に対して興味がない』目だ。


口調こそ優しいが、そこには何の感情も込められていない。


たぶんこいつは、人間にも犬にも虫にも同じように接することができるんだろう。




「・・・『みらいの家』の人間か?」




ゆっくりと、下段に構える。




「ああ、そうだよ。君は・・・向こうにいる自衛隊や警官ってわけじゃなさそうだね・・・お仲間かな?」




おじさ・・・オッサンはゆるゆると大太刀を構える。


後方に切っ先を逃がすような脇構え。


俺の方からは握り手しか見えない。


間合いを見誤ると・・・死ぬな。




「ああそうだ。てめえらを皆殺しにするために来た・・・随分同士討ちしてるみたいじゃねえか、手間が省けるよ、本当に」




話ながらヘルメットの留め金を外し、片手で脱ぐ。


足元に放り投げると、軽い音がした。


あんなもんにヘルメットは役に立たない。


汗止めのバンダナだけ、あればいい。




「君にできるとは思えないけどね・・・ま、逃がすつもりもないけれど」




「・・・舐められたもんだ。敵にケツまくって逃げるような教育はされてねえよ」




挑発ですらない。


あれは自信の表れというより、事実を述べているだけって感じだ。




「元より、子供を殺したてめえらを許す気は・・・ない」




じわり、と爪先に力を乗せる。


間合いではこちらが圧倒的に不利。


加えて受け太刀をすれば『松』ランクの愛刀でも無事では済まないだろう。




「子供・・・子供ねえ、そんなに気にすることもないんじゃないのかな?」




「・・・は?」




話が通じないのは先刻承知だが、思わず殺気が漏れてしまった。




「どうせみんな救うんだし・・・遅いか早いかの違いじゃないかなあ。子供も女も老人も、みんな等しく命には変わりがないだろう?」




体温が下がるのが分かる。


脳が、あいつの言葉を理解するのを拒む。


なんだこいつは。


こんな人間がいていいのか。




「・・・皆殺しにして、その後はどうするつもりだ。てめえらで世界征服でもしようって魂胆か?」




「はは」




そう言うと、オッサンは笑った。






「決まってるじゃないか・・・皆を救って、僕たちが次の世界へ導くんだ。こんな無残じゃない、素晴らしい世界へね」






「そう、かい」




にこやかに高説を垂れるオッサンに、俺はそう返すことしかできなかった。




「つまるところ・・・てめえらは信者以外を皆殺しにして、最後は集団自殺するってわけか。提案なんだが、先に自殺しちゃどうだい?」




「それは駄目さ。僕たちがこの手でみんなを救ってあげないといけないからね」




は、煮えくり返るほど御大層な考え方だ。


改名前の教団みたく、初手集団自殺でもしてろよ面倒臭ぇ。




どうあっても、こいつは今自殺するつもりはないらしい。


―――ならば、俺がやることは決まっている。




「わかった、もう何も聞かん。何も聞かんから・・・ここで死ね」




息を吐きながら、気持ちを切り替える。


あれこれ考えながら戦えるほど、こいつは弱くなさそうだ。




「南雲流、田中野一朗太・・・参る」




「へえ、南雲流かあ・・・懐かしい名前だなあ」




どうやらウチを知っているようだ。




「田宮先生に嗅ぎ付けられる前に終わらせようかな、あの人洒落にならないから」




それについては同意する。




「・・・じゃあ、こっちも名乗ろうか」




こきり、と首を動かして、オッサンは名乗る。






「神州無尽流、榊洋二郎・・・参る」






瞬間、空気が重くなったように錯覚する。


先程までの自然体をかなぐり捨て、やつ・・・榊はまるで殺意の化身のようだ。




神州無尽流・・・幕末に有名になった古流剣術の一派だ。


長尺の大太刀を、まるで手足のように使いこなしたという話もある。


南雲流に負けず劣らず実態が定かではないが、目の前の光景を見る限り強いことは間違いない。




待っていては負ける・・・いや死ぬ。


認めたくはないが、目の前のこいつは俺よりも強いかもしれん。


だが、負けてやらん。




あんなことをする連中には、決して、負けてやらん。




「っふ!」




地面を蹴り、前へ。


俺の踏み込みに合わせ、榊の手がブレる。




「っし!」




そうと見せかけ、直前でブレーキをかけて後方へ跳躍。


恐ろしい唸り声を上げる大太刀が、俺の前髪を何本か斬りながら上方へ抜ける。


何ちゅう間合いの広さ、そして斬撃の速さ!




冷や汗をかきながら、空中で手裏剣を投擲。


2本連続で放たれた十字手裏剣が、榊の顔と腹に向けて飛ぶ。




「おっ・・・と」




機械のような正確さで大太刀を引き戻した榊が、顔の前の手裏剣を器用に柄で弾く。


腹に飛んだ手裏剣は、金属音と共に弾かれた。


・・・何か、着込んでやがるな。




「ずあぁっ!!」




着地点から瞬時に前に跳ぶ。


低く、地を這うように。




俺を真っ二つにするように、上段から振り下ろされる大太刀。




二足目でさらに加速し、それをくぐるように肉薄。


ほとんどヘッドスライディングのような姿勢で、榊の足首を刈る。




「!?」




がぎり、と嫌な感触がした。


そのまま後方へ走り抜けつつ旋回。




「ぬぅっあ!!」




その勢いを乗せ、振り向きざまに膝裏を狙う。


が、軽やかに跳躍されて躱され、さらに榊は空中で身を捻りながら俺へ迎撃の一撃。


なんだその動き!?




「っぐ!?」




悲鳴を上げる足首を無視しつつ、後方へ倒れ込むように避ける。


顔への直撃は避けたが、額の上を刃が通過した気配がする。


薄く、斬られたか!




「やあ、すごいすごい」




微塵もそう思っていない口調で、榊が言う。




「よく動くなあ、無駄なのに」




「・・・へ、そりゃあどうかな」




血が出る感覚。


バンダナである程度は緩和できるだろうが、出血量が増えると片目がやられるな。


あまり時間がない。


このレベルの相手を、片目で相手はできない。




視界の端で愛刀を観察すると、刃先に細かい刃こぼれが見える。


・・・鉄だ。


あいつ、鉄の板かなんかを足に巻いてやがる。


こいつで斬れないとなると、かなりの厚さだろう。


・・・そんなものを装着しながら、ああまで動けるのか。


腹もシャツの内側に何かを巻いているし、狙える場所は露出した腕と首、そして頭か。




「こっちも色々しないといけないんでね、遊んでる暇はないんだ」




踏み込みが、速い!


横薙ぎに振るわれる斬撃を、後方に跳んで躱す。


振り抜きに合わせて、踏み込めば・・・!?




馬鹿な!


踏み込みながら斬り返して、きた!?


下がれば、死ぬ!




「ぐう!!」




切り返し、その根元。


速度が乗る前のそこに、柄をぶつける。




「へえ」




刃と柄で鍔迫り合いの体勢になった。


相手は少し体勢を崩しているのに、俺と拮抗している。


みしみしと愛刀が軋む。




「ぬう・・・あ!!!」




柄を起点に、大太刀を下に逸らす。


そのまま、連動して上段から首を狙う!!


剥き出しの、急所を!!




「若いのに・・・おっと、すごいなあ」




がぎり、と刃が止まる。


榊は、片手で刀を握り込んで止めている。


その手袋も、中に金属が!?


速度が出る前に抑えられた!




「ほい」




「っがぁ!?」




そのまま、俺の鳩尾に蹴りが叩き込まれる。


この感触・・・靴も、金属製!?




吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。


咄嗟に腹筋に力を込めたが、それでも恐ろしい衝撃だ。


刀を押さえられたことで、衝撃の逃げ場がなかった。




「あらら、まだやるの?おとなしくしてればすぐに済むのになあ」




血反吐を吐き、口の端を拭って立ちあがる。


足は大丈夫だ。


刀は持っている。


腹筋の痛みも、まだ無視できる。


それよりヤバいのは額の出血だ。


さっきの衝撃で、顔に垂れ始めている。


手の甲で拭うが、後から後から溢れてくる。




「仕方ないなあ」




榊が動きを見せたのですぐさま手裏剣を放つ。




「おっと」




危なげなくそれを躱し、榊の動きが止まる。




どちらにせよ、長引けばそれだけ俺に不利だ。


このままでは、片目が血で潰れる。


万に一つの勝ち筋も、なくなってしまう。




奴の装甲は、斬れない。




師匠ならできるだろうが、俺の力量では難しい。


置いてある鉄板ならともかく、動き回る敵では無理だ。




では、どうするか。


諦めるのか。


このまま、ここで死ぬのか。




「・・・冗談、きついぜ」




俺はこんな所で死ぬわけにはいかん。


やりたいことも、行きたい場所もまだまだある。


サクラを親なし子にするわけにも、いかん。


神崎さんとの約束もある。




深呼吸し、正眼に構える。




格上だろうが何だろうが知ったことか。


こいつは・・・俺の人生に邪魔だ。


生かしておけば、さらに多くの子供が死ぬ。


ここで、息の根を止めなければ




「来るんだ?」




「・・・往生際が、悪いんでねえ」




榊の後方に、返り血で真っ赤になった先輩が見えた。


・・・そっちのバスにはむっちゃいたんすね、敵。


なんかすいません。


助太刀しようかというような目の先輩に、俺も目で手を出すなと告げる。




俺が死んだら、仇討ちをお願いしますよ。




この攻めで、決着を着ける。


額の血が流れると同時に、俺は踏み出した。






俺が上段に振り上げると、榊は下段から迎撃の構え。


逆袈裟に斬るつもりなんだろう。




「しゃあぁっ!!!」




跳ぶように踏み込み、互いの間合いが接触する。


榊の斬り上げが、来る。




左足を引き、腰を捻る。


さっき立ち上がった時に鯉口を切っておいた、脇差が抜ける。


同時に振り下ろしの構えを変え、刀を引き寄せる。




顔面に、熱。




躱しきれなかった斬り上げが、左目の上を通過していった。


瞼だけですめば、儲けもの、だ!!




空中で回転する脇差の、その柄頭を刀の柄頭で殴りつける。




「りゃっ!!!!」




南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕・春雷』


師匠との悪夢以来だ。




「うあっ?」




空気を切り裂いて疾駆する脇差が、眼鏡を割りながら榊の右目に突き刺さった。


眼球は潰れたが、脳までは達していない。


それを追うように、踏み込む!!




「が、あ!!!!」




振り上げた榊の大太刀が、反転して俺の肩口に食い込む。


これを引かれたら、死ぬ!!




「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




痛みを無視し、全体重を乗せた斬撃を榊の首筋に叩き込む。


防御するように上げられた、その手首ごと。




右目の痛みか、榊の動きが一瞬遅れた。


踏み込んだことで、榊が刀を引く動きも。


それが、生死を分けた。






榊の斬撃は、ボディアーマーと皮膚を切り裂いて鎖骨の上で止まり。




俺の斬撃は、榊の手首と首の頸動脈を切り裂いた。






「ああ、くそ」




榊は大太刀から手を放し。




「・・・だめかあ」




「・・・!!!」




どこから取り出したのか、小ぶりなナイフを俺に突き刺した。




「いやあ・・・参った参った」




そのナイフは、咄嗟に突き出した俺の左掌・・・その中心を貫通している。


こうしなければ、首を突かれていた。




にこにことした顔のまま、榊は首から大量に出血しながら仰向けに倒れた。




跳び下がって構える。


左手のナイフはまだ抜かない。




「・・・はあ、すごいね南雲流」




どくどくと大地へ血を流しつつ、榊の顔色がどんどん白くなっていく。


大量出血のショック症状だ。


もう、長くはもたないだろう。




「ああ~・・・もう終わりかあ・・・」




麻雀で負けました、くらいの気楽さで榊がこぼす。


今から死ぬというのに、そこにはいささかの後悔もなさそうだ。




「ふぅ・・・きみ、田中野くん、だったかな・・・刀あげるよ、結構、いいもの、だから」




肩口から漏れる血を押さえる。


・・・致命傷じゃないが、失血があるな。


頭と左目も、止血しとかないと。




「いらねえ・・・と言いたいが、貰えるもんは貰う。そいつで、お前の仲間を根絶やしにしてやるさ」




「ふは、威勢が、いいねえ。若いってのは、そうで、ない、と・・・」




榊の言葉が不明瞭になっていく。


意識の混濁が始まったようだ。




「ああ・・・最後の、アレ・・・引いて、おけ、ば・・・よか・・・」




そう漏らすと、榊は薄く目を開いたまま動きを止めた。


永遠に。




最期の最後に考えるのがそれか。


やっぱり・・・こいつらは宇宙人だな。




「田中野!」




先輩がこちらへ走ってくる。


その六尺棒には、人間由来の血肉がべったりだ。


どんくらい殴り殺せばああなるんだろうな。




気付けば銃声は止んでいた。


バスの前方に、もう気配はない。




「やあ、お疲れっす、先輩」




途端に足の力が抜け、バスの壁面にもたれかかってずるずると座り込んでしまう。


安心したら急に力が抜けちまった。


ああ、俺の『松』ランク・・・おっちゃんに研いでもらわんと、なあ。




六尺棒を脇に置き、俺の傷を確かめる先輩を見ながら俺は煙草を・・・うあ、返り血でべったりだ・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る