第55話 復讐と鎮魂のこと 前編(※残確な描写アリ)

復讐と鎮魂のこと 前編(※残確な描写アリ)








ふれあいセンターに突撃してきたのは、4台のバスと・・・爆発した軽自動車1台だ。


まるでどっかのテロリストよろしく、自爆したみたいだな。


頭のネジが吹き飛んでやがる・・・




放置車両の上を駆け抜けつつ、戦場を観察する。




現在警察や自衛隊の皆さんは、車と装甲車を簡易バリケードにしながら『みらいの家』構成員と銃撃戦を展開中。


こちらに死者が出ている様子はまだないが、膠着状態だな。


あっち側もどっから調達したのか、多種多様な銃器で武装している。


数は向こうが多い・・・ゴキブリってのは多数って決まってるもんな。




俺は体育館から飛び出し、主戦場を大きく迂回するルートで走っている。


いくらぶち殺してやりたくっても、あの真正面に飛び込めば即死待ったなし。


無駄死にをする気はない。




「どうする!?」




俺と並走しながら、七塚原先輩が言う。


・・・もう追いつかれたよオイ。


しかも障害物が多い地上を走ってる・・・あ、軽い障害物は走りながら弾き飛ばしてんのね。


バケモンだ。




「後方から突っ込んで攪乱・・・いや攪拌してやりますよ!」




「わかった!わしもそうする・・・死ぬなよ田中野ォ!」




「そっちこそォ!!」




それだけ言うと、先輩は俺とは別の迂回ルートを走り出す。


こんな所で死んだら、神崎さんやみんなに会わせる顔がない。




それに、だ。






俺は、あいつらを根絶やしにしてやるって・・・決めたんだ!






車両を蹴りつけ、跳ぶ。


地面に着地し、駐車場を疾走しながらバスの後方に向けて回り込む。




思った通りだ。


銃撃担当とは別に、近接担当がバスを盾にしながら待機中だ。


銃撃戦が終わり次第、一気に突っ込むつもりなんだろう。




音を立てないように極力気を付け、それでもスピードを落とさないように走る。


待ってろよ・・・屑どもが!!




これだけ走っているのにまだまだ走れそうだ。


息も上がらない。


心臓は早鐘のように脈打っているが、頭の芯は痺れたように冷たい。


これは明日筋肉痛で大変だな・・・と、心の片隅で思いつつ、さらに速度を上げる。


見えて、きた!




前傾姿勢で、刀を担いだまま集団へ向けて加速する。




流石にこれだけ近付けば気付くのか、一番手前のマチェットらしきものを持った・・・多分男が、俺を見つけた。


頭からすっぽりと、黒いローブのようなものを被かぶっている。


どこぞの人種至上団体の色違いバージョンっぽい感じだな。




「えっ・・・あ!て、てぎぃい!?!?」




走り込んだ勢いのまま、何かを叫ぼうとしたそいつの顔面に上から斬撃を叩き込む。


唸りを上げる切っ先が、そいつの額から入って顔面を切断しながら口の横から抜ける。




頭蓋骨を断ち切ったとは思えないほどの軽い手応え。


今日の得物は『松』ランク。


質実剛健の戦場刀・・・受けて見ろォ!




「がぁっ!!」




肩から体当たりし、即死したそいつを後方・・・仲間の方へ吹き飛ばす。




「なんっ!?」




全くの予想外だったのか、ぶつかったお仲間がぐらりと倒れていく。


スローモーションめいた視界の中、残敵を確認する。


ここには・・・8人!




俺を認識し、大型のナイフを構えようとしている奴に手裏剣を飛ばす。




「こひゅ!?」




返しのついた十字手裏剣が、そいつの喉に突き刺さった。




軽く息を吸い、地面を蹴る。


肩に刀を担いだまま、集団の中心へ。




「ぎゃっあ!?」




「えわ!?」




「いぎぃ!?」




密集する敵の、足首を狙ってとにかく斬りつけながら転げ回る。




南雲流剣術、歩法『転ころび』


これだけ密集してりゃ、斬り放題だ!




「し、下ぁあ!?」




足首を斬り、振り抜いた勢いを殺さずに次の攻撃へ繋げる。


こいつらがどれだけ場数を踏んでいるが知らんが、これだけの超下段には中々対応できまい!


てめえらにゃ、まっとうな剣術なんざ勿体ねぇ!


持てる全ての搦め手を使って、必ず息の根を止めてやる!!




「こんのっ!!」「てっめ!!」




俺に向かって同時に、棒に包丁をくっつけた槍を振り下ろしてくる2匹。


速度から位置を予測してんだろうが・・・まだ速く動けるん、だよぉ!!




「ぬぅうあぁ!!」




「ああ!?」「ひぐ!?」




飛び込むように包丁を躱し、そのまま独楽のように横に1回転。


2匹の右足首と左足首を切り裂きながら後方へ抜ける。




南雲流剣術、『ニ連草薙』


今の手応え・・・もう一生足首は役に立たないな。


まあ、その一生もすぐに終わるんだがな!




斬り抜けて振り返ると、全員が足を押さえて狂ったように叫んでいる。


あれじゃあ動けまい。


関節と神経、両方やったからな。


こいつら発祥の悲鳴が、残りの奴らをパニックにしてくれるだろう。


銃撃に晒されながら、後方からの悲鳴。


せいぜい怯えて竦んで死ね!




こいつらに見切りをつけて次へ行こうとしていると、殺気。




しゃがんだままの体勢で跳び下がると、さっきまで俺がいた場所にハンマーが振り下ろされた。


へえ、もう立ち直ったのか。


・・・中々肝の座った奴がいるじゃないか。




「お前・・・何者だ!」




俺より身長の高い新手が、そのハンマーを再び振り下ろす。




「・・・死神だよ、てめえらのなぁ!!」




「が!?」




それを躱しつつ、手首に斬撃を入れる。


この手応え・・・なんか巻いてるな、手首に。


まあ、問題なく斬れたけど。




「後がつかえてるんだからとっととくたばれよ、外道」




「何をオオオオ!!!」




鮮血を迸らせながら横薙ぎに振るわれるハンマーを踏み込んで避け、柄頭を股間に叩き込む。


こっちもカップみたいな防具を付けてるようだが・・・強化プラスチックごときで今のは防げんぞ!




「ぁ~~~~~~~~~~~っ!?!?!?!!?」




何か柔らかいものが潰れたような感触が伝わり、男の体が弛緩する。


股間に叩き込んだ柄頭を起点に刀を垂直に立て、情けない悲鳴を上げる男の丸見えの喉に突き刺す。


よし、次。




「っひ!?ひぃいいい!!!」




後ろからその光景を見た新手が、手にした大鎌を放り出して逃げる。




「逃げてるんじゃ・・・ねぇっ!!」




ハンマー男の体を蹴り倒し、棒手裏剣を投擲。


空気を切り裂いて飛んだ手裏剣が、逃げる男の延髄に突き刺さった。




「みょあ、あば、ば!?」




そのまま男は倒れ込み、よくわからん言語を垂れ流しながら痙攣している。


死ぬまでそうしてろ。




大型バスは、駐車場に対して等間隔に横付けで駐車されている。


俺がいるのは、その端の1台だ。




「なんだ!?何があっ!?」




悲鳴を聞きつけて様子を見に来た、猟銃を持った男の首筋を突いて無力化する。


どうやら銃撃戦をしている奴らにも悲鳴は聞こえているらしい。


その証拠に、こちらに来ようとする足音が聞こえる。




しかし、俺を気にしてていいのかな?




「おい!後ろで何ぃい!?」




バスを挟んだ反対側から聞こえる悲鳴と、何かが弾ける音。


ほーら、撃たれた。


前方にどれだけの銃の玄人がいると思ってんだ。




「やめろ!持ち場から離れるんじゃあなっ!?」




「あああ!?オオヤマさん!?」




「撃て撃て撃て!撃ち続けろォ!!!」




随分と大変そうだなあ。


特に同情はしないけど。




さて、ここの奴らは無力化した。


トドメはいつでも刺せるし、銃器は近くにない。


次のバスへ行こうか。






「お前ぇ!よくも!!」




どうやら俺の大立ち回りは見られていたらしく、隣のバスの連中は既に臨戦態勢だった。


そりゃああんだけ盛大に悲鳴上げさせてたら当然か。




数は・・・よくわからんな。


いっぱいいる。


あのローブのせいでごちゃごちゃしてるんだよ。




もう認識されたので、ここからは少し厳しくなるな。


だが、負けてやらん。


右手に刀を持ち、左手の内に手裏剣を握り込む。




「みんな!囲んでコイツをおぉおっ!?おおぐ!!」




先頭の男の口の中に、吸い込まれるように棒手裏剣が突き刺さる。


馬鹿みたいに大口開けてるから、狙いやすいことこの上ない。




「あああが!?あああああ!!!!」




口を押さえ、崩れ落ちる男。


突然のことで動揺する周囲。




それを見ながら、左手を懐に入れて拳銃を抜く。


ろくに照準もせずに、連続して引き金を引いた。




「ああ!?」「いっ!?」「っこ!?おぉ!?」




密集してるから俺のヘッポコな腕でも当たる当たる。


どこでもいいから当たればいいだけだしな。




集団に向け、一気に斬り込む。




「っひ!?」




「く、来るなァ!?」




嫌だね!




「ぬぅん!!」




手近な相手にそのまま振り下ろす。


斬撃は、そいつが苦し紛れに振り上げた棒に食い込む。




「っひ、ひひ、今だ、みんな」




そんなので止めた、つもりか!




「がああああああああああああああああああっ!!」




「ああ!?あああ!!み、みんな!はやっ、早く!」




その場で、渾身の力を込めて押し込む。


棒が、刃先を喰い込ませたまま押し下げられていく。




「く、た、ば、れェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」




「ああああああ!?やめ!やめでがああああああああああ!?!?」




棒の半ばまでを切断した刃が、そいつの首筋にめり込んでいく。


その瞬間に手前に引くと、首から鮮血を迸らせて悲鳴が上がる。


びしゃびしゃと俺に返り血をぶちまけながらそいつは死んだ。




こいつが頼りにしていた『みんな』は、手に武器を持ったまま微動だにしていない。


頼れる仲間だこと。




「どうしたよ、殺しには慣れてても戦いには慣れてないみたいだなあ!?」




今まで弱い相手ばかり寄ってたかって殺してきたんだろう。


よかったな、対等以上の相手がやってきたぞ。




「かかって来い、殺してやるから・・・楽になりてえんだろ?虫けら共」




まさか、痛いのは嫌だなんてわけはねえよなあ?




「はああ・・・ゆ、ゆる」




がらん、と武器を手放して何かを言おうとする男の腹を裂く。




「いぎいいいいい!?ああああ!!!」




膝を突き、腹圧で飛び出た腸を何とか押し込めようとしている男の胸に前蹴りを叩き込む。




「許すだぁ!?笑わせるんじゃねぇ!!!」




呆気に取られている別の男に、踏み込む。




「子供を殺したなァ!!」




「はっぐ!?」




掠めるような軌道で首を突く。




「戦えないやつらを殺したなァ!!!」




「ひゅぉ・・・おお」




半身を血に染めて、痙攣しながらそいつも倒れる。




「ひい!!ひいいいいあああああああ!!!!」




別の男が、がちがちに固まった構えで日本刀を振り上げる。


中々の業物に見えるが、そんなんじゃ刀がかわいそうだ。




「あああああああああああああああああ!!!」




どたどたと踏み出し、俺に向けて勢いをつけて振り下ろそうとする男。




「こんの・・・蛆虫ィ!!」




「いぎがああああ!?!?」




その、がら空きの脇を薙ぐ。


これでもう刀は振れないだろう。




「ああ!!ああああああああ!!!」




「・・・酸素がもったいねえんだよ!!死ね!!!」




刀を引き戻し、すかさず横薙ぎに下腹を斬りつける。


先程の男のように内臓を噴出するそいつを蹴り倒し、新手を探す。


・・・おいおい、俺一人相手に随分な距離取ってるじゃないか。


それは近接の間合いじゃないぞ。




足を踏み出すと、同じだけそいつらは後退りする。


完全に腰が引けているな。




「おい、逃げるなよ・・・どこ行くんだよ」




さらに踏み出すと、ついに後列がバスの影からはみ出た。


・・・あ。




銃声が響き、後列の1匹の頭から何かが飛び散るのが見えた。


・・・言わんこっちゃない。


そうこうしているうちに3匹の頭が同時に弾けた。


影から出ているのに金縛りになっているからだ。


・・・しかし軍用ライフルの威力ってすげえ。


よくわからんけど、聞き馴れた神崎さんのものより迫力がある音だった。




「あああ!!うわああああああ!!どけえええええ!!!」




銃撃よりは俺の方がまだマシだと思ったのか、それとも破れかぶれか。


大鉈を振り上げ、俺の方に走ってくる奴がいる。


他の奴らは、バスの影に留まるらしい。




対して俺は、上段に振りかぶって迎撃の体勢。


冷静に、奴との間合いを測る。




俺の脳天を見据え、奴が腕を振り下ろす一瞬前。


真っ直ぐに、地面に向かって斬り下ろす。




「がぁあっ!?!?」




奴の手首の動脈、顔面を断ち割りながら。


脱力し、俺に向かって倒れるそいつを後ろに向かって蹴り飛ばす。






南雲流剣術、奥伝ノ四『天面合撃てんめんがっし』


相打ちの体勢から一瞬早く斬りつける、後の先狙いの技だ。


・・・相手がヘッポコなら、俺でも対応できるな。




残りの連中は完全に腰が引けている。


こりゃ、楽な仕事になりそうだ。






「やめ、やめてげ!?」




両手を合わせて命乞いをする、その口に突きをねじ込む。


ごぼごぼと不明瞭な発音をしながら、最後の一人が死んだ。


・・・これで、このバスも片付いたな。




と、思ったら足音が聞こえる。


後ろからだ。




振り向くと、バスの影からまた黒ローブが歩いてくる。


・・・生き残りがいたのか?


いや、窓が開いてるな。


さっきは車中で待機してたのか。


仲間が片っ端から殺されてるってのに、いい気なもんだ。




「感謝しますよ」




黒ローブ・・・声的に女か、それも俺より年上っぽい。


そいつがそう言いながら、ローブの中に隠していた武器を露出させる。


棒と、薙刀の切っ先だ。




「あなたのお陰で仲間たちは天上の座に招かれました」




かきり、と音がして棒に切っ先が装着される。


アタッチメント方式か。




「お礼として、あなたも送って差し上げましょう」




ゆらり、とそいつは構える。


・・・隙が、ない。


かなり堂に入った姿勢だ。


素人じゃあ、ないな。




「・・・天上の座ってのは、なんだ?」




「現世を離れ、次の生へと向かうための待機場所・・・楽園です、我々の」




・・・打てば響くように返してくるが、全く頭に入ってこない。


宗教ってこれだから嫌いなんだ。




だがまあ、俺を殺す気だってことはよおくわかった。




「へえ、つまりアンタらの天国にご招待してくれるわけだ・・・俺を」




「はい。じっとしていればすぐに済みますよ」




ローブから覗いた顔が笑う。


こんな場所でもなければ、優しそうなお姉さんって感じだ。


だがそれが、この場ではたまらなく気持ちが悪い。






「―――御免だね。てめえらしかいない天国なんざ、地獄と同じじゃねえか」






俺もまた、呼応するように納刀する。




「どんな糞ったれな教義があるか知らんが、てめえらは絶対に許さねえ」




鯉口を切り、右手を柄に添える。




「子供を殺したお前らを・・・俺は、絶対に、許さねえ」




「・・・まぁ」




さも心外である、といった表情で女は口を開く。




「勘違いなさっているようですね、アレは・・・救いなのです」




切っ先を俺から外さず、女は続ける。




「見てくださいあなた、この現世を。惨いでしょう?辛く苦しいでしょう?」




意識して深く呼吸しながら、俺は聞き続ける。


そうしないと、斬りかかりそうだからだ。




「ましてや子供たち!こんな世の中に、子供を置いてはおけません」




「・・・だから、殺した、ってことか?」




「風聞が悪いですね。救ったのです」




「そう、かよ」




その目には、なんの躊躇いも狼狽も浮かんでいない。


つまり、徹頭徹尾本音である。


このイカレた女は、本当に子供たちを『救って』いると確信しているのだ。






「私の娘たちも、私が救ったのですよ?」






息が止まる。


視界が明滅する。




「・・・腹を痛めて産んだ子を、殺したのか」




「はい」




その目には、やはり後ろめたさは微塵も浮かんでいなかった。


・・・わかった。


よく、わかった。




コイツは、宇宙人だ。




まともな人間の言葉は通じない。




「子供ってのは、なぁ」




「はい?」




通じない、が。


それでも口が止まらない。




「・・・何にでも、なれるんだよ」




夕暮れの教室。


スケッチブック片手にはにかんだ少女。


あの子が語った夢を、思い出す。




「なろうと思えば、総理大臣にも警察官にも、漫画家にも俳優にもなれるんだよ」




『いつか、いつかね!私の絵を世界中のみんなに見てほしいの!』




「こんな、世界だぁ!?ふざけんじゃねえ!!馬鹿にすんな!人間を馬鹿にすんな!!」




『きれいだなあって、言ってほしいの!』




「勝手に見切りをつけて!勝手に絶望してるてめえらと一緒にすんじゃねえ!!」




『いつか、見てね!きっと、見てね!!』




「そのふざけた戯言ごと、叩き斬ってやるよ!!」




『ふふ、約束ね!田中野くん!!』




「たとえ世界中がお前らを絶賛しても、俺だけはお前らを許さねえ!!」




再認識した。


コイツは。


いや、こいつらは生かしておけない。


この世に、生きていてはいけない奴らだ。




「まあ、あなたは―――」




「黙れ」




憤然と口を挟もうとした女に吐き捨てる。




「『殊更卒爾、粗野、鬼畜の者。また無辜の民に享楽の刃を振るいし者、生きて帰すべからず』」




姿勢を落とし、刀に全神経を集中する。




「もうお前の話は聞かない。耳が腐る。生きてるだけで酸素の無駄だ・・・頼むから早く死んでくれ」




そう言い、すり足で間合いを詰める。




「―――っ!」




俺の殺気が伝わったのだろう、女は初めて表情を緊張させ、腰を落として構える。


その重心はわずかに後方。


俺の居合を躱し、踏み出した足を薙ぐつもりだろう。




「南雲流、田中野一朗太」




滑るように前に踏み込みつつ、抜刀の体勢に入る。


同時に女が、俺の間合いから外れようと動く。




「―――参る」




抜刀される刀身が、日光を反射して煌めく。




成功するという、確信があった。


一度も、成功していない技が。


全身が、思い通りに動いているという確信があった。




彩度が落ちたように感じる世界で、刀身の輝きだけが鮮やかに見えていた。




「えっ」




信じられない、といった顔のまま。


女の喉元の皮膚が、ぱくりと口を開けた。


白い皮膚に、ぷつりと血の玉が浮かび。




「こふ」




破れた水道管のように、鮮血を撒き散らした。




「なん、で」




声にならない呟きを残しながら、女はくたりと仰向けに倒れ込んだ。




それを、刀を振り抜いた体勢のまま見る。


柄を握る右手は、柄頭ギリギリの末端を保持している。




南雲流、『寸違え』


・・・居合で使うのは初めてだが、上手くいった。


あの速度での抜刀の最中に、間合いが伸びれば対応は難しいだろう。


正真正銘、俺が持つ中で随一の初見殺しである。




倒れた女に近付くと、まだ息があった。


急激な出血によって、その顔色は青いを通り越して白い。


遠からずくたばるだろう。


だが、俺はその前にどうしても言いたいことがあった。




「―――死んでも、娘には会えないぞ」




そう声をかけると、女はびくりと体を震わせた。




「お前が行くのは地獄だ」




いやいやと首を振る女に、さらに続ける。




「自分が産んだ子を手にかける・・・そんな外道に似合いの場所だ」




「ち・・・が、う」




「違わないさ。お前は一人で死んで・・・誰も悲しまない。誰も顧みない。誰も、悼まない」




「ち・・・ぁ」




「・・・地獄でお仲間にあったらよろしく伝えてくれ。遠からず全員そっちに行くから待ってろってな」




「・・・」




どうやら死んだようだ。


その顔には、先程までと違って絶望の色が濃く残っている。


醜い死に顔だ。




「その不細工さ、性根にお似合いだよ」




それだけ言うと、俺はまた歩き出す。


まだまた銃撃は続いているし、まだまだ生き残りはいる。




『協力者だ!彼は撃つな!』




八尺鏡野さんの声を遠く聞きながら、俺は新しいバスへ移動する。


残りのバスは、あと2台。

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