第17話 突撃テーマパークのこと
突撃テーマパークのこと
先輩と稽古をしたり、師匠たちに震えたり、先輩が倉庫でなんやかやするのを眺めたりしているうちにもう夕方になった。
そろそろ風呂も沸くころだろう。
サッパリして、明日に備えようかな。
サクラは先輩をすっかり気に入ったようで、紐を咥えては先輩に体当たりを仕掛けている。
なんかちょっとジェラシーを感じる・・・
まあいいや、風呂だ風呂。
「わしは汚れとるけぇ風呂は最後でええ」
そう言っていた先輩が、順番が来たので風呂に入りに行った。
俺は風呂上がりのほこほこしたサクラを抱っこした璃子ちゃん膝に乗せつつ、ぼんやりとしている。
・・・今更ながら何この態勢。
いくら懐かれたとはいえ、中学1年を膝に乗せてもいいのだろうか・・・?
ほにゃらら保護条例的なものに引っかからない?
・・・まあいいか、璃子ちゃんもサクラも楽しそうだし。
「今日のご飯は何かな~。ね、おじさんなんだと思う?」
「トマトソース的な匂いがするから、スパゲッティじゃない?」
「わーい!楽しみ!」
「俺も俺も~」
「わふ!わふ!」
「サクラは何にしようかな~」
今日の夕食当番は斑鳩さんだ。
っていうか、ここんとこ毎日そうだ。
「ここにいさせてもらっているお礼ですから」
なんて言われちゃ、断れないもんなあ・・・
気にしなくてもいいのに・・・留守番もしてもらってるし・・・
ちなみに神崎さんも手伝いに行っている。
料理を教えてもらうそうだ。
勉強熱心だなあ・・・
「ね、ね、おじさん。明日はリュウグウパークに行くんだよね?」
璃子ちゃんが振り返って聞いてくる。
髪の毛がこしょばい。
先輩から聞いたのかな?
「ん?ああそうだよ、巴さんともう1人を探しに行くんだ」
「気を付けてね、おじさん」
「大丈夫大丈夫、神崎さんも先輩もいるし」
鬼に金棒どころじゃない。
鬼が爆撃機で制空権取ってるレベルの頼もしさだ。
「リュウグウパークかあ・・・レオンくんたち、どうしてるんだろうね」
「レオンくんってレッサーパンダの?」
「うん!去年お母さんと一緒に見に行ったんだ~、かわいかったな~」
リュウグウパークは遊園地と動物園が合体した、我が県唯一のテーマパークである。
ちょうど真ん中くらいからエリアが分かれており、東側が動物園、西側が遊園地になっている。
『レオンくん』というのは、動物園で飼育されていた看板レッサーパンダだ。
国内1位のレッサーパンダ飼育数を誇るリュウグウパークの人気投票で毎年一位を飾っている。
全動物対象部門でだ。
テレビでもよく特集されていたが、確かにかわいらしかった。
しかしなあ・・・動物、動物なあ・・・
この状況下において、動物園の動物たちは生きているのだろうか。
正直人間でも食料確保しなければ餓死するし、供給も途絶えている。
・・・普通に考えれば処分されているよなあ。
やめとこ、考えるだけで心が落ち込んでくる。
仕方ない事なんだけどな・・・大型肉食獣とかエサの確保もできないだろうし。
「いや~、ええ湯じゃったわ。風呂はええのう!」
璃子ちゃんにどう言おうか考えていると、上機嫌な先輩が帰ってきた。
ぼうぼうだった髭がサッパリなくなっている。
お、見慣れた姿だな。
「わ!ナナおじさん髭剃ったんだぁ、そっちの方がずっといいよ!」
まあ、見た目が〇ルヴァリンだったもんなあ先輩。
探索中なら、髭剃りなんて一番後回しだし。
水がもったいない。
・・・髭を剃った後もウ〇ヴァリンだけど。
「久しぶりに風呂に入れたしのう・・・今までは川で行水しとったけぇ、やっと剃れたわ」
「川かあ・・・冷たそう」
「わしは気合があるけぇ大丈夫じゃ、斑鳩ちゃんは無理したらいけんぞ」
「今はお風呂あるからねえ、おじさんのお陰だよ~」
「はっはっは、褒めろ褒め称えろ俺をはっはっは」
「わう~!わふ!」
しかし気合って便利な言葉だなあ・・・
先輩なら大体の問題を気合で解決しそうではある。
「それに、明日は巴に会えるかもしれんけぇな。清潔にしとかにゃあいけん」
「きゃ~!素敵~!!」
はいはい夕食前にご馳走様でござるよ。
「でも、髪は切らなくていいの?けっこう伸びてるよ?」
「・・・わしゃあ坊主が一番好きなんじゃが、巴がこの髪型がええって言うけぇな・・・」
おかわりが来たぞおかわりが!
巴さん、先輩の髪型がライオンみたいでかっこよくてかわいいっていっつも言ってたもんなあ。
あーあー・・・まったく、いい夫婦ですこと。
夕食はやはりスパゲッティだった。
インスタントをちょっとアレンジしただけ、なんて斑鳩さんは言っていたがすごく美味しかった。
先輩なんか『巴の料理の次にうまい』って言ってたからな。
七塚原ランキングの1位は殿堂入りして永久欠番になっているので、実質最高ランクだ。
料理が上手な母親っていいなあ・・・うちのお袋は料理が壊滅的にできなかったから憧れる。
まあ、親父が料理好きだから生活は全く困らなかったが。
お袋はそれ以外の家事は完璧だったしな。
え?俺?
まあインスタントと簡単なものならなんとか・・・でも、人に食わせるようなものは作れないな。
明日のこともあるので、夕食後はしばらく休憩してから就寝することにした。
ちなみに先輩は、2階の会議室で寝てもらうことにした。
・・・なんとか先輩と巴さんを再会させてあげたいもんだ。
「きゅん!」
お日様の匂いがするサクラを抱きしめながら眠りにつく。
あ~すっごい安心感・・・最強の枕だぜ・・・
翌日。
早朝に目が覚めると、外は晴れていた。
雲一つない・・・よかった、これでいけるぞ。
身支度を整え、朝食後に軽トラを準備。
トラックで行くことも考えたが、やはり慣れた愛車がいい。
先輩には申し訳ないが、荷台で我慢してもらおう。
「頼むで、田中野」
荷台に乗り込む先輩が俺に言う。
武器はいつもの七・・・六尺棒と、昨日倉庫の金属パーツを使って作った手裏剣だ。
手裏剣の癖に手のひらからはみ出るくらいデカいけど。
しかしよくそんなもの投げられるよな・・・俺の手裏剣の4倍はデカいぞ。
急所に当たらなくても死にそう。
「はい、行きましょう」
俺は『松』グレードの刀と兜割、そして手裏剣と拳銃だ。
これ以上持つとさすがに重いしな・・・今回は広い場所だし、脇差は置いていく。
「頑張りましょうね!田中野さん!」
元気いっぱいの神崎さんは拳銃とナイフ、そしてリュックに隠したライフルだ。
うーん、この安定感よ。
「うーし、出発!!」
手を振る璃子ちゃんたちに見送られつつ、俺はアクセルを踏み込んだ。
原野から硲谷まで走り、市街地へのルートから右方向に外れる。
リュウグウパークは龍宮市の東側、この県の東の端にある。
『龍臥山』という山の麓にあり、そこから東はもうお隣の県だ。
俺が通っているルートは詩谷から向かう最短のもので、市街から行けるものなどいくつものルートがある。
このルートはあまり使う人がいないので、車の量もそんなに多くないと思う。
道が塞がっている恐れもない・・・と思いたい。
これが駄目なら引き返して市内中心部へ出る必要がある。
まだ探索が済んでいないので、正直気は進まない。
どんな危険があるかもわからんからな・・・
しばらく道なりに進む。
事故車両や放置車用はたまにあるくらいで、通行の妨げにはなっていない。
ゾンビはちらほら見かけるが、遠くにいたりするので車なら問題なく振り切れるな。
・・・若干詩谷のゾンビよりも追いかけてくる距離が長いような気がしないでもない。
この分なら平時より早めに着くかもしれないな・・・
バックミラーで先輩を確認する。
こちらに背を向けて座ってるな・・・後ろが見えねえ。
本当はもっと速く走れ!みたいに言いたいんだろうが何も言わない。
いい人だなあ・・・俺ももっとスピードを出し・・・たら危ないよね。
すいません先輩、もうちょっとの辛抱ですよ。
「仲が良かったのでしょうね、七塚原さんと奥様」
「そりゃあもう・・・もうね、胸やけで死にそうになるくらいですよ」
巴さんが無意識で甘えに行くからなあ。
先輩と話してて、俺がトイレに行って帰ってきたら膝の上に乗ってるんだもん。
ビックリしたわ。
巴さんもびっくりしてたけど。
気付いたらこの体勢になってたって。
どういうこっちゃ。
「山中さんも見つけないといけませんしね、気合入れますよ俺も」
いい人が死んでしまう所を何度も見てきた。
俺の知り合いくらいは助けたいものだ。
たとえ、何人ぶち殺したとしても。
「田中野さん」
俺の肩に神崎さんが手を置く。
「私も、一緒ですからね」
・・・読まれていたか、相変わらず俺は顔に出るなあ。
「はい、頼りにしてますよ、相棒」
「頼られます!ふふ」
何か、胸のつかえがとれたような気がするな。
ありがたい相棒を持って幸せだなあ、俺。
「お、見えてきたな」
『ぼくに会いに来て!』と言うレッサーパンダの看板の誘導に従うことしばし。
目の前に広大な駐車場が見えてきた。
リュウグウパークは山の麓に建っている。
駐車場が一番下で、緩やかな広くて長い上り坂の上に入場ゲートがある。
車の数はさほど多くない。
やはりゾンビ発生が平日の10時前後だったせいだろう。
まだ開園してない時間帯だもんな。
パトカーや警察車両が多く停まっている。
どうやら、ここの運営は警察が行っているようだ。
「先輩、着きまし―――!!」
半壊したゲートから侵入し、駐車場に車を停めようとしてふと上を見る。
すると、遠くの入場ゲートに人だかりが見えた。
いや、あれは人じゃない。
あれは・・・
「田中野ォ!」
先輩の声が聞こえる。
「神崎さん!先輩!掴まっててくださいよォ!!」
「はいっ!」
「応!!」
それを確認した瞬間にアクセルを踏み込む。
あれは・・・ゾンビの群れだ!!
悠長に歩いている暇なんかないぞ!!
駐車場を突っ切り、従業員の車専用だと思われるゲートを力ずくで破壊。
閉鎖用のポールをへし折り、そのまま減速せずに先へ。
・・・付けててよかった強化バンパー!!
そのまま、入場客は本来歩いて登るであろう坂を軽トラで疾走する。
近付くにつれ、前方の状況がよく見えてきた。
バリケードで封鎖された入場ゲートに、ゾンビの群れが押し寄せている。
数は少なく見積もっても20体以上!
ゲートの向こう側では、何人かの警察官が棒やなんかで必死に応戦しているが、このままでは突破されてしまうかもしれない。
数の暴力だ。
アイツら力だけは強いしな。
すぐに援護に行かなければ・・・!
とりあえずここら辺に停めて・・・
路肩に停めようと速度を落とす。
と思っていたら、急に軽トラが軽くなった。
まさかと思ってミラーで確認すると先輩がいない。
嘘だろ、飛び降りたのか!?
「田中野ォ!!先に行くけぇのお!!」
思わず減速すると、先輩の声が横から聞こえる。
一瞬で軽トラを追い抜いた先輩が、六尺棒を持ってゾンビに突撃していく。
あの、今20キロ前後出てるんですけど、スピード・・・
「い、行きましょう田中野さん!」
「了解です!神崎さんは後ろから援護をお願いします!」
急いで停車し、降りる。
兜割を引き抜いて臨戦態勢を取りつつ、先に行った先輩を見る。
・・・恐ろしいスピードだ。
一歩一歩の歩幅がでかい。
まるで、足で大地を蹴りつけて飛んでいるようだ。
「アアアアアアアア!!」「グゴオオオオオオオオオオオオオ!!」「オギャアアアアアアアアアアアアア!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
ゾンビ共よりでかい叫びを轟かせながら、あっという間に先輩はゾンビの最後尾へ到達。
「そこを・・・どっけええええっ!!!!」
俺たちの方まで聞こえる、凄まじい風鳴り。
握った六尺棒の先端が霞むほどの速度で振るわれたそれは、先輩の目の前にいたゾンビ3体をまとめて吹き飛ばした。
は?
嘘だろ・・・
一撃で背骨が完全にへし折れてるぞ、アレ。
一番衝撃がデカかった1体目なんて半分千切れてるし・・・
これが、手加減なしの先輩の全力なのか・・・
「こっちじゃあ!!わしに来い!!こっちに来いやあああああああああああああああっ!!!!!」
まるで地の底から聞こえるような怒号。
バリケードを叩いている先頭以外のゾンビが、一斉に先輩を認識した。
いかん!援護に行かなければ!!
「っじゃあああああああああああああああああああ!!!!」
先輩の下段薙ぎによって、両足を粉砕されたゾンビが次々に倒れていく。
大質量の六尺棒が、まるで新聞紙でできた筒のような軽さで振るわれる。
ぶおんぶおんという恐ろしい音だけが、その質量を物語っている。
・・・援護、いるかなあアレ。
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、背後から聞こえる銃声で我に返る。
神崎さんの援護射撃だ。
遠くのゾンビが頭を跳ねさせて倒れる。
俺は反対側に行こう。
「おおおおおおおおおおおおあああああああっ!!!!!!」
走りながら先輩を観察する。
・・・棒を回転させることによって生まれた遠心力でゾンビを打ち、その勢いを殺さずに次の回転へ繋げている。
先輩に伸ばされるゾンビの手をへし折り、足をへし折り、頭を砕き体を砕き。
一定の間合いに踏み込むものを片っ端から餌食にしている。
さながら台風だ・・・おっかねえ・・・
いくらゾンビが頭を潰さないと死なないとしても、全身を物理的に破壊されては何もできないだろう。
むしろ生き?地獄である。
・・・ああ、アレがそうか。
南雲流棒術、奥伝の二「繚乱棍りょうらんこん」
道場の型稽古でしか見たことなかったなあ・・・
そっかー、鋼鉄の六尺棒を使うとああなるんだあ・・・怖。
「巴が、巴がわしを待ちよるんじゃ・・・邪魔じゃあ!いねや雑魚共ォ!!!!!!!!」
全身から凄まじい殺気をほとばしらせながら先輩が叫ぶ。
宮田さんが静の不動明王なら、さながら先輩は動の不動明王だ。
相手がゾンビじゃなきゃ、あれで戦意が残らず吹き飛んでそうだ・・・
「おらァ!!」
巻き込まれないように距離を取りつつ、先輩に気を取られているゾンビの脳天をぶん殴る。
「こっちにもいるぞォ!てめえらァ!!」
ゾンビの総数は先輩の棒術無双によって急激に数を減らしているが、俺も負けてはいられない。
先輩の負担を少しでも減らさないと!
トドメは後でいい・・・と言いたいが、以前の半身ジャンプゾンビを思い出す。
なるべく一撃で、戦闘不能にする!
人間相手なら難しいが、頭までゾンビのこいつらなら行けるはずだ!
頑張れ俺!!
ゾンビだろうが人間だろうが、その体の動きを統括しているのは脳だ。
脳にダメージを与えれば、動きは鈍るし行動を止められる。
人間ならフェイントや技を工夫する必要があるが、こいつらは防御をしない。
そこに付け入るスキがある!
「っしゃあ!!」
まずは正面、俺に気付いて向き直りつつあるゾンビの額を真っ向から殴る。
よし、砕いた!
胴体を蹴り付けて吹き飛ばし、横のゾンビのこめかみを横から殴りつける。
衝撃で目玉が飛び出るそいつをよそに、次へ。
どんどん行くぞ!
ゾンビと違ってこっちにはスタミナがあるんだ!
もたもたしてたら数の暴力に圧し潰されてしまう!!
3体目を問題なく処理したあたりから、俺の周りのゾンビの数が増えてくる。
釣れたか・・・しかし危険度は上がったな。
息を整えるために、後ろへ跳びながら右手で拳銃を引き抜く。
どうせ狙っても当たらんのだ、至近距離でゾンビの顔面に押し付けるようにして引き金を引く。
銃声とともにゾンビの顔に穴が開き、一瞬で体を弛緩させたゾンビが倒れる。
よし、これなら楽だ!
5体のゾンビを射殺し撃ち切った拳銃をしまい、また兜割を構えてゾンビに突っ込む。
「があああ!!!」
腕を叩いて逸らし、脳天を砕く。
「ぬううあ!!」
蹴りを入れて動きを止め、顔面を突く。
「はあっ!!」
殴る。
「おおおおっ!!」
殴る。
「らあああっ!!!」
殴る。
逸らし、殴り、また逸らす。
稽古を思い出しながら、ひたすらに動作を繰り返す。
最適な体の動き、最大のダメージを与える軌道、脅威となる敵の距離を算出。
頭の芯が冷えていく。
目の前の状況が的確に把握できていく。
体力を温存しつつ、どう動けばいいかを体と経験が教えてくれる。
今までの経験が俺に染みついているようだ。
「りい・・・やぁっ!!」
振り下ろした兜割が、ゾンビの頭蓋骨を陥没させて動きを止めた。
・・・俺の周りにいたのはこれで全部か。
先輩や神崎さんは大丈夫だろうか。
特に先輩は一番ゾンビを引き付けていたはず。
援護に行かなくては。
先輩の周りには、倒れて活動を停止したゾンビが円状に固まっている。
・・・すげえ光景だ。
「ぬうんっ!!!」
また1体、先輩が振るった六尺棒でゾンビが吹き飛ばされる。
・・・頭が半分吹き飛んでない?アレ。
っていうか、もう残りは1体だ。
俺が10体くらい倒す間に、先輩は20体以上を殴り飛ばしたのか・・・
「おおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
吹き飛ばした勢いを上昇に転換、はるか頭上から振り下ろした棒がゾンビの脳天を・・・
爆発させた。
まるでスイカのように爆ぜ割れるゾンビヘッド。
へえ・・・頭って殴ると爆発するんだあ・・・
先輩は、ほぼ頭をなくしたゾンビの胸倉を掴み。
「おおおおおうあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
ゲート前のゾンビに向かって投げた。
野球のボールでも投げるように。
きりもみ気味の回転を加えられたゾンビが、冗談みたいな速度で飛んでいく。
・・・俺も持ち上げたけどさあ。まさか投げるとは・・・
あの人の筋力どうなってるんだよ。
巴さんが心配過ぎてリミッター外れてるんじゃなかろうか。
山なりの弾道で飛んだゾンビは、ゲート前の何体かを巻き込んでボウリングのピンめいて薙ぎ倒した。
「撃ちます!!」
すかさず神崎さんが膝立ちでライフルを構え、射撃。
薙ぎ払われるようにゾンビが倒れていく。
「どうぞ!!」
「応!!!」
1マガジン撃ち切った神崎さんが叫ぶと、先輩がまた突っ込んでいく。
地を這うような低い姿勢で、先輩が駆ける。
アスファルトと接触した六尺棒が火花を上げる。
「ううううううああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
ゾンビの目前に滑り込むように突撃した先輩は、疾走の勢いを全て乗せた突きを放った。
どぼ、という何とも言えない音が響く。
六尺棒が、中ほどまでゾンビの胴体を貫通している。
嘘でしょ・・・そりゃ先端は多少は尖ってるけどさあ・・・
「おうりゃあああああああああああああああああっ!!!!」
六尺棒をゾンビに埋めたまま、先輩はそれを振る。
遠目にも先輩の腕に縄のような文様の筋肉が浮き出る様子が見える。
圧倒的な膂力によって、周囲のゾンビが弾き飛ばされていく。
ゾンビ付き六尺棒によって強制的に空間が空き、ゲート前はフリーになる。
さっきまで必死にゲートを守っていた警官や避難民が、呆気にとられた顔で動きを止めている。
うん、気持ちはわかるよ・・・俺も信じられないもんこの状況。
まさか、先輩がこんなにバケモンだとは俺も知らなかった。
まあ、日常生活で見る機会ないもんなあ・・・
「ぬううううっあああああああっ!!!!!!!!!」
刺さっていたゾンビを蹴り飛ばし、先輩はゾンビの最後の一団に向けて突く。
足、腰、上半身、そして腕。
全身の関節が、螺旋の動きを連動させていく。
捻りながら突き出された高速の打突が、先頭のゾンビの胸を抉りながらめり込み、凄まじい勢いで後方に吹き飛ばした。
それを受けた後方のゾンビ共は、将棋倒しめいて地面に打ち倒される。
南雲流棒術、奥伝の一『金剛錫こんごうしゃく』
・・・道場稽古でも、立てた畳を盛大に陥没させてたなあ・・・
先輩は大きく息を吐くと、地面に倒れたゾンビどもの頭を続けざまに破壊。
トドメを刺した。
「す、すごいです・・・叔父さんはあの人に勝ったんですね・・・」
いつの間にか横にいた神崎さんが、信じられないものを見た表情で呟く。
あれで、ゾンビは全滅だ。
・・・先輩だけで半分以上倒してるよな。
俺の援護って必要だったのかしら。
「・・・俺以外の道場仲間が全員化け物な件について」
「田中野さんも結構なものですが・・・さすがにあの人は規格外ですね・・・」
神崎さんがフォローしてくれるが、正直これ程実力がかけ離れていれば嫉妬心も湧いてこない。
ありんこがライオンに嫉妬しないような感じだ。
「巴さんがあの人の原動力なんだよなあ・・・いいなあ、夫婦って」
ああまで想える相手がいるってのは、正直羨ましいぞ。
「さーて、警察との話は神崎さんにお願い・・・神崎さん?どこか具合でも?」
急にヘルメットのバイザーを下ろした神崎さんを覗き込む。
「にゃんでもありません!自分は大丈夫であります!!」
・・・なんだこれ。
まあ、いいか。
よくわからないことになっている神崎さんを連れて、俺は先輩に合流すべく歩き出した。
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