第12話 本隊襲来のこと 前編

本隊襲来のこと 前編








『踏み込め、下がれば死ぬ。前に、前に踏み込め』




「っし!!」




『大事なのは距離じゃ、小僧』




「っはあ!!」




『薄氷を踏むように、空を駆けるように動け』




「ぬうっあぁ!!」




『己が命を掛け金に・・・相手の命を捥ぎ取るのよ』




「っしゃぁあ!!」






夜の空気を切り裂き、刃が旋回する。




技から技へ。




止まらないように、繋ぎながら旋回する。






『相手の土俵で戦うな、こちらの泥沼に引き釣りこめ』




脳裏に師匠の声が蘇る。


性格の悪そうな笑みまで詳細に思い出すことができる。




『正々堂々、尋常の剣なぞドブに捨てろ。南雲は汚泥の中で戦い、闇夜で首を掻き斬る』




初めて聞いた時はとんでもない理念だと思ったもんだ。


今は違うけど。




『忘れるな、わしらの相手を。わしが殺せと言った奴らを。お主の吐露した胸の内を』




『逃せば誰かが死ぬ。生かせば誰かが死ぬ』




『その場で、完膚なきまでに息の根を止めよ』




『決して逃すな』




『決して生かすな』




『逃がせばお主と同じものが増えると心せよ』




師匠の目を思い出す。


何かを心の底から憎んでいる目を。




燃え盛る炎というより、深い海の底で火を噴く火山のようなそれを。


・・・師匠も、誰かを失ったのだろうか。




俺にとってのゆかちゃんのような、誰かを。




いつも飄々として、年の割に少し・・・いやかなり女好きだった師匠。


ただ、時折見せるあの目には・・・何とも言い難い迫力があった。






「おおおっ・・・りぃやぁっ!!!」




しゃがんだ状態からまず右側を払い、その勢いで一回転して左側を払う。




南雲流、『ニ連草薙にれんくさなぎ』




『片喰』と違い、これは敵の足首を片足ずつを刈り取る技だ。


・・・なんとかできたな、これしんどいんだわ。




「・・・っふぅ」




立ち上がって血振りをし、納刀して息を吐く。


体中が汗だくだが、息はさほど上がっていない。


ここ最近のアレやコレやで、多少は持久力が戻ってきたな。




「お疲れ様です!」




目をキラキラさせた神崎さんが、タオルを差し出してくる。


いつの間にかいたが、もう驚かないぞ。


俺も成長するのだ。




「やあ、どうもありがとうございます・・・ずっと見てたんですか?」




「はいっ!!」




・・・いいお返事だこと。






ここは高柳運送の広い駐車場。


時刻は夜の7時前である。


俺が左腕を撃たれて、ちょうど2日になる。




奴らはまだやって来ない。




あれほどの人員を偵察に割いたのだから、動向は気にしてるとは思うんだが・・・


まだ事の重大さに気付いていないのか。


それとも硲谷で何かがあったのか。




まあどちらにせよ、俺たちの作戦は変わらない。


おびき寄せて、一網打尽にするのだ。


あんな外道共は、根絶やしにしなければ。


おちおち探索にも出れやしない。




「今日も来ませんでしたねぇ」




「ええ、お陰でとてもいいものが見れました!・・・左腕は大丈夫ですか?」




「神崎さんのお陰でとてもいいです。まだ傷は塞がってないですけど、すぐに治るでしょう」




顔をタオルでふきふきしながら神崎さんと話す。


左腕はまだ痛むが、治療の前よりは調子がいい。


さっきの稽古中にもそれほど支障は出なかった。


ま、消毒はきちんとするけども。


化膿したらえらいことになるし。


・・・無茶苦茶染みるけどな。




「アイツラのお陰で・・・ってわけでもないんですがね、ちょいと昔のことを思い出しました。まだ俺も、どっかで鈍ってたみたいですよ」




苦笑いをする。


同じ轍は二度と踏まないが、昔の気持ちを思い出せたことには感謝している。




「無理するとまた、筋肉痛になりますよ?」




くすりと笑う神崎さん。




「うわあ、そりゃあ御免ですねえ・・・璃子ちゃんたちの訓練はどうです?」




あんな痛みは二度と経験したくない。


風呂上がりにストレッチしっかりしとこ。




「斑鳩さんは完璧です、以前の経験のお陰かと。璃子ちゃんは・・・体格的なものもありますので、実際に撃ってみない事には、なんとも」




「あー・・・気を付けて撃たないとゾンビわらわら来そうですもんね」




こればっかりはなあ・・・




「まあ、もうすぐ生きた標的が大勢来るので問題はなさそうですが」




言い方ァ!


・・・間違いではないが。




「それに操作をいくら覚えても・・・的を撃つのと人間を撃つのでは勝手が違いますし・・・」




確かに。


できるかできないかで明暗がクッキリ別れるだろうな。


俺はなかったけど、ゾンビと人間でも大分勝手が違うみたいだし。


俺はなかったけど。




斑鳩さんは娘を守るって目的があるから多分大丈夫だろうが、璃子ちゃんは未知数だ。




「・・・そういや、神崎さんは抵抗なかったんですか?人を撃つの」




ふと気になったので聞いてみる。


出会ったときから今に至るまで、神崎さんは平然としているように見える。




「私は、駐屯地を脱出する時にはもう慣れていました。何分にも数が尋常ではなかったですし、ためらえば死ぬ状況でしたから・・・」




ああ、そりゃそうか。




「それに、私は元々自衛官ですので。撃たなければならない心構えはできていましたから」




しかもエリートだしな、この人。


特殊部隊的な立ち位置だろうし。




そういえば、ミリヲタの友達が言ってたっけ。


『神薙駐屯地には、全国から特別に選抜された特殊部隊がいる』って。


たぶん神崎さんはそれだろう。




「私としては、田中野さんがあまりにも平然としているのが一番信じられませんが・・・」




「俺は普通に倫理観がぶっ壊れた社会不適合者ですから」




シンプルな答えである。




「身も蓋もありませんね・・・でも、そんな田中野さんだからこそ私も助けられていますし・・・社会不適合者でよかったです、ふふ」




なんちゅう褒め方?だよ。


まあ、そうとしか言えないから仕方がない事であるが・・・


俺もそうじゃなかったら早々に死んでたんだろうし。


具体的には坂下のオッサンに食い殺されてジエンドだ。


・・・うん、社会不適合者でよかった。




「さーてと、風呂入って寝ますか。すいませんけど神崎さん前半はお願いしますね」




「はい、お任せください」




今日からは夜間の襲撃を警戒し、俺と神崎さんが交代で寝る。


璃子ちゃん達には内緒だ。


夜間は正門にもスパイクを置いているから、即進入されることもないだろうし。




何より先遣隊を皆殺しにしたからな。


俺たちがここにいることを奴らは知らない。


加えて夜はゾンビがハッスルするから、そこまで気にしなくてもいいんだろうけど。


ま、念には念を入れる。


備えあれば嬉しいなってやつだ。






「サークラ、風呂入ろうぜー」




「わっふ!わふ!」




会社に入ると即突撃してきたサクラを抱っこし、風呂場に向かう。


最近はやっとドライヤーにも(若干)慣れてくれたからよかった。




「誰もいませんよね~???」




脱衣所に声をかけて入室。


ここのドアには窓がないからな。


以前璃子ちゃんに全裸を見られそうになってから、声掛けは徹底しているのだ。


普通逆じゃないかとは思うが。




「うぉん!わん!」




「違うぞサクラ落ち着けそっちはトイレだ」




早く早くと急かすようにサクラが吠える。


風呂好きすぎるだろ・・・


はいはい、今行きますよっと。




サクラと楽しく入浴し、ホッコホコのままですぐに布団に潜り込んだ。


璃子ちゃん達ももう寝たらしい。


うん、早寝早起きはいいことだな。


ホコホコのサクラを抱いて目をつむる。


おやすみなしあ・・・








『私、田中野くんの絵を描きたいの!』




夕日が差し込む教室で、彼女は俺にそう言った。




『俺なんか描いても面白くないよ?犬とか描けばいいんじゃない?』




俺は、困惑しながらそう返す。




『やだ!犬より猫より宇宙人より、田中野くんが描きたいの!!』




『宇宙人より!?・・・俺すげえ!!』




彼女はスケッチブックを抱え、顔を真っ赤にしながら言った。




『そうだよ!田中野くんはすごいんだから!!』




夕焼けと同じくらい真っ赤な顔をしたあの子を見て。


俺は生まれて初めて誰かを好きになった。




もう二度と戻らない光景だ。




よく将来の夢として語っていた。


画家にも、漫画家にも、イラストレーターにもなれなかった女の子の。




そうか、これは夢か。


・・・いい夢だ。








誰かが優しく肩を揺すっている。


誰だろう。


いい匂いがする。




「田中野さん、田中野さん」




「・・・んあ、神崎さんどうも」




・・・交代の時間か。


ぐっすり眠ったので目覚めもバッチリだ。


あくびのし過ぎか、涙まで出てきた。




「ふぁ・・・わふ」




サクラまで起きちゃった。




「・・・では湯たんぽ犬をどうぞ、神崎さん」




「ふふ、高級品ですね・・・いらっしゃいサクラちゃん」




「わふ・・・ふぁふ・・・」




何か寝言めいた鳴き声を出しながら、サクラは神崎さんに抱っこされて隣の部屋に入って行った。


今更だが、この会社の休憩室は二部屋ある。


狭い方に俺とサクラ。


広い方に女性3人という間取りだ。


璃子ちゃんたちがいるので2階の社長室辺りで寝ようかと思っていたが、防犯のため密集した方がいいと神崎さんに言われたのだ。


・・・正直襖の向こうに女性陣がいる状況、中々に気を遣うんだがな。


おちおち寝言も言えないな。






上着を着込んで屋上に出る。


もう梅雨直前だというのに意外と寒いなあ。


毛布も羽織ろう。




深夜だが、目は闇に馴れているし今日は月も出ている。


驚くほど明るい。


電灯がない生活にも慣れてきたなあ・・・




硲谷からの道からの死角に移動し、煙草に火を点ける。


ライターの光が見えるとも思わないけど念のためだ。




吸いながら、魔法瓶に入れていたホットコーヒーを飲む。


ふう、染みわたるなあ。




単眼鏡越しに街を見る。


・・・そこかしこでゾンビが活発に動き回ってるなあ。


ダッシュって程じゃないが、早歩きくらいの速度だ。


ぞろぞろと街中を歩き回っている。




しかし、なんで雨の日と夜は元気になるんだろう。


・・・太陽が嫌いなのかな?


某人間賛歌漫画みたいに、紫外線照射装置とかあれば一網打尽にできるかも・・・


いやいや、別に昼間灰になるわけじゃないから無理か。




そんなしょうもないことを考えつつ、見張りを続行。


座ったままだと体が硬くなるので、合間にストレッチを挟む。




・・・ゾンビの様子を眺めるのも中々楽しいな。


元はと言えばこの単眼鏡も親父のバードウォッチング用なんだし、ゾンビウォッチングにも適しているんだろう。


あ、あそこの老人ゾンビ、杖が手に引っかかってるな。


ゾンビになったら杖をつかなくても歩けるのか・・・ふむ、身体能力は若干向上するのかな?老人の場合。


不思議がいっぱいだ。




夢中で観察していると、あっという間に時刻は夜明け前になった。


安全地帯からだと楽しいな、ゾンビウォッチング。




「おーじさんっ」




「うおっ」




集中していたら後ろから声が。


驚いて振り返ると、かわいらしい犬柄パジャマを着た璃子ちゃんが立っている。


サイズがブッカブカなのは、神崎さんの私物だからだ。


これが片付いたら服でも探しに行こうかなあ。


硲谷には色々ありそうだし。


それにしても・・・可愛いパジャマ持ってんだな、神崎さん。




「・・・まだ起きるにはちょっと早くない?」




「7時前に寝ちゃったからもう眠れないよ~、寒いからいーれて!」




言うや否や、猫めいた動きでするりと毛布の中に潜り込んできた。


うーむ、素早い。


璃子ちゃんは胡坐をかいている俺の足の上に座った。




「ぬっくぬくだ~」




子供なので体温が高い。


むしろぬくぬくはこっちのセリフなんだがなあ。


しかしまあ、きゃしゃな体つきのせいで美玖ちゃんより年上感が全然ないな。


言動は確かに大人びている部分もあるんだが・・・




「銃の操作には慣れたかい?」




「うん!凜お姉さんもそうだし、お母さんも教え方がとっても上手なの!」




嬉しそうに話す璃子ちゃん。


神崎さんのレクチャーか・・・将来は凄腕スナイパーになりそう。




「これでおじさんを助けてあげられるね!」




「・・・なんとも頼もしい用心棒だなあ」




頭を撫でると、璃子ちゃんは俺にもたれてきた。


ほんと、猫みたいな子だな。


美玖ちゃんは・・・どっちかと言うと犬っぽいな。




「でもねえ、璃子ちゃん」




「んー?」




「無理しなくてもいいんだぞ?人に当てるんじゃなくて、威嚇射撃してくれるだけでもおじさん助かるんだからな?」




少し釘を刺しておくか。


俺を助けるために銃で人を撃つ。


・・・なんか教育にすっげえ悪そう。


自分の身を守るためならしょうがないが。


こんな状況だし。




それに何より、今度はあんなヘマをするつもりはない。


次は無傷で勝ってやる・・・いや、狩ってやる。




「大丈夫!」




璃子ちゃんは振り返って俺を見る。


その目には強い光が宿っている。




「やるって決めたから、私!あんな思いをまたするくらいなら、銃だってバンバン撃っちゃうよ?」




・・・そう言うのなら、何も言うまい。


この子が決めたことだ。


『人殺しはいけない』なんて説教できるほど俺も聖人じゃない。


釈迦に助走付けてぶん殴られそう。




「あ~、でもおじさんに当たったらゴメンね~?」




「あ~、それは普通に死ぬからヤメテね~?」




両手でわしわしと髪をかき混ぜる。


璃子ちゃんは身を捩らせてケラケラ笑う。




「きゃ~ロリコンに襲われる~」




「この状況下でそれは洒落にならないからやめて下さい」




これ以上俺の社会的地位を失墜させないでくれ!!


ただでさえストップ安なんだから俺の株価は!!




「・・・楽しそうですね、田中野さん」




ホラ来た!


なんで起きてるんですか神崎さん!!


まだ2時間以上先でしょ起きるのは!!


睡眠不足はお肌に悪いですよ!!!




「あ、凛お姉さんだ!一緒に入る~?」




「!?・・・そそそそうですね寒いですし・・・」




何で普通に寄ってくるの神崎さんは!?


寝起きだからか!?!?




「ダメですここは子供以外立ち入り禁止です!!」




「きゃー!言い方がロリコンだ~」




「た、田中野さん・・・?」




「俺がそうじゃないってこと、神崎さんにはわかってるでしょうに!!やめてくださいそんな冷たい目で俺を見るのは!!!」




きゃいきゃい言い合っていると、空が白んできた。


綺麗な夜明けだなあ・・・


屋根が朝日にキラキラ光って・・・


トラックも朝日の中を疾走している・・・




トラック!?




「せ、戦闘準備ー!!!」




朝日の中を走る3台のトラックを見ながら、俺はそう叫んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る