第11話 反省と戦力増強のこと

反省と戦力増強のこと








懐かしいにおいがする。


道場のにおいだ。




『ホレ、もっとじゃ。まだ跳びが足らぬ』




長い棒を持った老人・・・師匠が言う。


俺は肩で息をしながら唾を飲み込んだ。




『うっそでしょ・・・これでもまだ足りないの!?』




『散弾は思うたより横に拡散するからのう・・・今の避け方では胸に何発か貰うぞ』




『胸かあ・・・胸は嫌だなあ』




『一発一発は大したことがなくとも、めり込んだ弾丸は痛みで動きを鈍らせる。それに何より、一般的な銃は連射がきくしのう』




さ、やるぞ。


そう言いながら師匠は棒を水平に構える。


俺は息を整え、木刀を握る。




『・・・ばぁん!』




横っ飛びしながら手裏剣を投擲。




手裏剣を難なく叩き落とした師匠の声が飛ぶ。




『馬鹿もん、頭を狙うな頭を。的が小さくとも利き腕を狙え・・・それに踏み出しが遅いわ、今ので右足が死んだぞ』




『手は難しすぎるでしょ、師匠』




『即死でもせぬ限り、反射で引き金を引かれるぞ。手の腱を狙えば引き金は引けぬし、人差し指に当てれば狙いはブレるじゃろうが・・・最悪でも脇を狙え』




『そうだけどさあ・・・』




『ほうれ、喋れるうちはまだまだ元気じゃ。成功するか動けなくなったらやめてやろう』




にやりと笑いながら、師匠は楽しそうに言う。


畜生、鬼め・・・




俺は息を吸い込む、木刀を握りしめる。




『うっしゃあ!もう一本!!』




『よう言うた!それでこそ、じゃ!行くぞ小僧!!』




『応っ!!』








「・・・むぅ」




目を開けると、休憩室の天井が見える。


なんだドリームか。


それにしても、懐かしい夢を見たもんだな。




あー・・・手裏剣、頭に投げちゃったなあ。


すっかり忘れていた。


俺の脳味噌が喝を入れるために見せてくれたのかねえ。




記憶の光景。


あれは弾丸を躱す訓練というわけではなく、撃たれる前に相手に攻撃を加えるってものだ。


発射された弾丸を避けるのは人間には不可能。


銃口の向きから弾道を予測し、撃たれる前に動くってやつなんだけど・・・


散弾、確かに範囲が広いや。


完全に躱したと思ったんだけどなあ・・・腕に食らうとは。


大型の獣には無意味だが、人間には効果的ってわけだ。




しかし、うちの流派は一体何を目指していたんだろうか。


それに今考えると、師匠のあの口振り・・・絶対猟銃相手に戦った経験あるだろ。


嘘か誠か平安の昔から銃があるわけないし。




銃相手は本当に骨が折れるなあ。


素人でも引き金さえ引ければ脅威になるし。




まあ、同じ轍は二度と踏まない。


あれで大まかな拡散範囲は理解した。


次はもっとうまくやろう。


今回は腕をやられたが、あの稽古をしていなければ死んでいたかもしれないんだし。


拡散するなら、もっと踏み込めば躱しやすいはずだ。






・・・それにしてもどれくらい眠っていたんだろうか。


神崎さんが弾丸を摘出したところまでは記憶があるんだが・・・


銀色の小さい粒だったよな、たしか。


全部で4発も喰らっていたみたいだ。


1発は貫通していたので、実質3発だが。




時計は・・・ふむ、6時か。


正確にはわからんが、3時間ほど寝ていたようだな。


それにしては体が重い。


出血のせいだろうか。




左腕には厚く包帯が巻かれている。


拳に力を入れても何ともないが、腕を動かすと少し痛い。


縫ったりはしていないんだろうから、傷が塞がるまでこの調子かなあ。


養生したいが、襲撃者のこともある。


そこそこ厳しい状況だな。




そこまで考えた所で、腹が鳴る。


・・・現金なものである、わがボディは。


とりあえずなんか食うか。




上半身は誰が着せてくれたのかシャツを着ている。


ベストは・・・近くにないな。




乾燥系の食料は、オフィスに段ボールのまま置いてある。


とりあえずカロリーバーでも齧るかな。




立ち上がると少し体がふらついた。


・・・寝すぎたのかな。


それともやはり失血のせいか。


まあいい、それより食料だ。




休憩室の襖を開ける。




「・・・あ」




「や、璃子ちゃん」




開けたところに丁度璃子ちゃんがいた。


目を真ん丸に見開いている。


そうすると本当に猫みたいだな。




「・・・おじ、おじさんだあ」




「はい、田中野ですよお」




璃子ちゃんの見開いた目に、みるみる涙がたまっていく。


おいおいおい、そんなに心配するようなことか?




「おじさぁん!」




「おおう」




涙が零れるより前に、璃子ちゃんが正面から抱き着いてきた。


軽いから衝撃もそんなにないな。




「わたっ、私ぃ、おじさんが死んじゃうかもってぇ・・・」




「足があるから幽霊じゃないよ」




「知ってるよォ!ばかァ!!」




俺の胸に顔を埋める璃子ちゃん。


懐かれてもいるけど、それ以上に身近な人間が大怪我したから不安になってるんだろうなあ。




「もう大丈夫だよ、ちょっと寝たら元気になったから」




「ちょっとじゃないよォ!おじさん15時間も寝てたんだからぁ!!」




・・・ぬぬ???




「えっ・・・じゃあ今は朝ってこと?次の日の?」




「うん!・・・心配したんだからぁ!!」




なんてこった、そりゃ頭もふらつくはずだよ。


ずいぶん寝てたんだなあ。




「そっかあ、そりゃあ心配させちゃったねえ」




ぽふぽふと璃子ちゃんの頭を撫ででいると、廊下の奥から聞き覚えのある鳴き声が。




「うぉん!あぉん!ひゃぉん!!」




「お、サクラだ」




暗がりから猛然と走ってきたサクラが、俺の足にしがみつくように体当たり。


なんとか登ろうとしているのか、膝のあたりに飛びつくのを繰り返している。


璃子ちゃんを抱えたまま、膝を折る。


わふわふ大騒ぎのサクラが、太腿を踏み台にして飛びついてきた。




「ごめんな、心配かけたなぁ」




「きゅ~ん!くぅお~ん!!」




高速ペロペロで前が見えねえ。


落ち着いて、落ち着いてサクラ!


息ができない!!




「田中野さん!もうお元気・・・そうですね、これは」




「わぷ!神崎しゃん!たしゅけて!!」




「ふふ、サクラちゃん、こっちにおいで・・・」




「わふるぅ!うぅぐるぅ!!」




威嚇しないの!俺は逃げないから!!






「弾丸を摘出した後、田中野さんは気を失って眠ったんです」




どうにかみんな落ち着いたので、オフィスの椅子に座っている。


璃子ちゃんは目を赤くしているが元気そうだ。


サクラは俺から離れようとしないので、抱っこしている。


こちらも大分落ち着いたようだ。




「あー、そこまでは記憶があるんですけどねえ・・・そっか、その後か」




「『俺、寝る』って言ってバッターン!って仰向けに倒れちゃったんだよ!」




そりゃあみんなびっくりしただろうなあ。




「むしろよくそこまで我慢したと思いますよ?麻酔なしで肉にめり込んだ銃弾を摘出したんですから・・・」




うう、聞くだけで痛い。


神崎さんにも迷惑かけたなあ。




「ああ!田中野さん、よかった・・・!」




洗濯物のカゴを抱えた斑鳩さんがパタパタと走ってきた。




「やあ、どうもご心配をおかけしました」




「いいえ、ご無事で何よりです・・・」




うっすら涙ぐんだ斑鳩さんは、俺の手を取ってそっと握りしめてきた。


みんなの優しさが心に染みるなあ・・・




「面目ない、完全に避けたと思ったんですが・・・少し拡散範囲を見誤りました。次は躱しますよ」




「普通、鉄砲の弾って避けれないと思うな、私」




ジト目で睨んでくる璃子ちゃん。




「ああいや、違うんだよあれはね。銃口の向きを見て撃たれる前に動くっていう・・・」




「た、田中野さんも一拍前に飛んでくる白い礫が見えるんですか!?」




キラキラした目の神崎さんが急ににじり寄ってきた。




「見えませんよ、近代柔術の開祖じゃあるまいし・・・ああいう技があるだけです」




っていうか見えてたら喰らってないでしょ、多分。


それにしても散弾は厄介だなあ。




「技!技ですか!どんな技名なんですか!?」




「・・・いや忘れ」




「嘘です!!!」




「・・・南雲流、『遠間断とおまだち』です、はい」




「どんな!どんな技ですか!!」




「あの、避けると同時に小柄か手裏剣を相手の腕か手に投げて・・・」




「凜お姉さん、別の人みたい・・・」




「生き生きしてるわねえ・・・」




神崎さんは平常運行だなあ・・・


まあ、雰囲気も柔らかくなったし結果オーライではある。






むぐむぐ、あー・・・カロリーバーうっま。


やっと飯にあり付けたぞ。


外の景色を見ながら水で流し込む。




いい天気だなあ。


・・・あっ!




「神崎さん!アイツらの死体とかは・・・」




「バイクは廃棄、トラックは駐車場に・・・死体は田んぼに埋葬しました」




「パーフェクトだ〇ォルター・・・」




「なんですか、それ?」




「いえなんでも・・・すいません神崎さん」




「いいえ、お気になさらず」




有能すぎる・・・




「私たちも手伝ったんだよ!」




「ええ!?」




死体の埋葬とかも!?




「あの、あの人たちの持ちものを運搬しただけです」




なんだそうか・・・


まあ、普通に考えれば神崎さんが子供にそんなことをさせるわけないもんなあ。




見れば、オフィスの片隅に猟銃と弾丸の箱が置かれている。


1、2・・・4丁もあったのか。


一斉に撃たれたらヤバかったなあ。


まあ、そこは確認して突っ込んだんだけど。


相手が動揺してたのもあるしな。




「あの、田中野さん、神崎さん」




ぼんやりと見つめていると、斑鳩さんが話しかけてきた。




「猟銃・・・私に使わせてくれませんか?」




・・・ふむ。


神崎さんを見ると、頷いている。


納得済みか。


璃子ちゃんはビックリしたように母親を見ている。




「俺は使いませんから、どうぞご自由に・・・でも、使えるんですか?」




銃には力の強い弱いはあまり関係がないが、それでも馴れは必要だ。




「はい、亡くなった父が猟師でしたので・・・子供の頃から銃を撃つこともありました。神崎さんには昨日お話したんですが・・・」




・・・ああ、外国の人だもんなあ。


そりゃあ父親がそういう職業なら慣れているだろう。




「うっそ!お爺ちゃんのことは知ってたけど、お母さんもやってたの!?」




「ふふ、日本に来るまではよく手伝いをしてたのよ?」




言いながら、斑鳩さんは猟銃の内一丁を拾い上げる。




「これなら・・・扱えると思います、構造は一緒ですから」




斑鳩さんは手慣れた様子で銃を点検し、各所をカチャカチャいじっている。


うーん、様になっているなあ。


神崎さんみたいだ。




「弾も十分ありますし・・・これで、少しはお役に立てます」




おおう、頼もしい。


射手が多いと俺も動きやすいしな。


相手は人間だが、俺みたいに近接でボコるより抵抗感は薄いだろう。


それがいいか悪いかはこの際考えないことにする。




「じゃあ!私にも教えて!!」




突如として璃子ちゃんが大きな声を出した。


サクラがびくりと軽く震えた。




「これが使えれば、私でもみんなの手伝いができるんでしょ?」




いや・・・それはそうなんだけども・・・


まだ中学一年の子に銃を撃たせるわけには・・・




「えーっと・・・あの、斑鳩さん?」




何とも言えないので、ここは母親から諭してもらおうかな。


神崎さんも難しい顔をしているし・・・




「いいわよ、璃子」




「ほんと!?」




「ええ!?」




まさかの快諾である。


いやでも・・・いいの!?




「勿論神崎さんや田中野さんの許可がいるけどね。これは私の持ち物じゃないし」




神崎さんを見ると、まだ難しい顔をしている。




「・・・子供に銃を持たせることについては、賛成はできません・・・できませんが、この状況を考えると・・・」




むーん・・・確かに。


身を守る手段はあった方がいい・・・んだけど・・・


なんつーか、なあ。


俺のあるかなしかの常識が抵抗してくる・・・




「田中野さんのような近接格闘技術は、一朝一夕に身に付くものでもありませんし・・・」




ぐぐぐ、そうなんだよなあ。


璃子ちゃんにつきっきりで教えても、身に付くかどうかはわからん。


可能性は未知数だ。




なにより俺が言うのもなんであるが、近接の間合いで命を奪うってのはかなり精神にくる・・・と思う。


正直俺はストレスフリーなんだが、璃子ちゃんのような少女にできるとは思えない。


・・・ストレスフリーってのがヤバいのは重々承知なんだが、そこはそれ俺が社会不適合者ってことなんだろう。




「おじさん・・・」




璃子ちゃんが俺を見つめてくる。


やめてくれそんな目で俺を見るのは・・・




でもなあ。


新には技教えたしなあ・・・


璃子ちゃんに死んでほしくもないしなあ・・・


非力な璃子ちゃんにとって、銃ってのは大きなアドバンテージになるけども・・・




「璃子ちゃん、人を撃てる・・・っていうか、殺せるかい?」




とりあえず聞いてみようか。




「・・・っ」




初めてその事実に気付いたであろう璃子ちゃんは、顔を強張らせる。




「璃子ちゃんが誰彼構わず銃をぶっ放すような子じゃないってことは、こないだ知り合った俺でもわかる」




「おじさん・・・」




「でもね、自分の手で人の命を奪うってことは、キッツイもんなんだよ?俺だって璃子ちゃんには身を守れる技術を身に着けてほしいけどさ」




「おじさんも、そうなの?」




「・・・いや・・・その、特には・・・」




やっべえ。


つい本音が出た。


神崎さんはいつも通りだが、斑鳩さんは若干ドン引きの表情だ。




璃子ちゃんはしばらく考え込んでいたが、すっと顔を上げて俺を見つめた。


しっかりした目線だ。


覚悟を決めたか。




「・・・やる、私。お母さんに守られてばかりじゃ、嫌!」




「そっか・・・それでいいんだな?」




「うん!・・・避難所の時みたいなの、もう、嫌だもん・・・」




・・・ならこれ以上俺が言うことはないな。


っていうか俺責任者でも何でもないし。


むしろこの場合の決定権は神崎さんじゃないの?




「では、斑鳩さんと一緒に基本的な操作方法等を軽く説明しましょうか」




「よろしくお願いします!凜お姉さん・・・いや、先生!」




神崎さんはこれから2階の会議室で軽くレクチャーするようだ。


俺は・・・正直何もできないので風呂掃除でもしておこうかな。


あ、あと夕飯の準備も。


・・・昨日食いそびれたからな、俺の独断でピラフにしよう。




「わふ!わん!」




2階へ上がる3人を見送っていると、サクラがこちらを見て吠える。


おっと、サクラも構ってやらんとな。


心配させたみたいだしなあ。




「今日はお詫びも兼ねて牛肉缶にしよっか、サクラ」




「ひゃん!うぉおん!!」




すっげえ嬉しそう。


牛肉の魔力よ。


ああ、俺も分厚いステーキが食いたいなあ。


そこらへんに高級和牛が凍って転がってないかなあ。




尻尾を振り回すサクラを見ながら、そんなしょうもないことを考えていた。

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