第9話 思い出と偵察のこと
思い出と偵察のこと
「サクラちゃん、速いよー」
「わふ!わふ!」
裏門やらなんやらを改造した翌日。
俺は璃子ちゃんと一緒にサクラの散歩をしている。
時刻は昼過ぎである。
食後の運動だ。
前々から散歩に行けず終いだったからなあ。
敷地内で遊んだりはしていたが、さすがにサクラがかわいそうになってきたのだ。
璃子ちゃんは自分も行きたいとついてきた。
昨日のあの件からさらに表情が豊かになったように感じる。
コロコロと変わる表情がかわいらしい。
懐かれたもんであるなあ。
場所は高柳運送から北へまっすぐ行った田園地帯。
ここなら周囲を見渡せるので、いち早くゾンビを発見できそうだ。
拠点も見えるから、向こうで何かの異変が起こった場合でもすぐにわかる。
リードを持った璃子ちゃんを引っ張るように、サクラはずんずん進んでいく。
時々立ち止まっては生えている草に顔を突っ込んで、何やら調べ物でもしているようだ。
「サクラ、もうちょいゆっくり歩いてあげな」
「わう!」
声をかけると元気な返事である。
「・・・おじさんの言うことはすぐ聞くんだね、サクラちゃん」
頬をぷくりと膨らませる璃子ちゃん。
「そりゃあ、付き合いも長いからね」
長いと言ってもついこの前拾ったのだが。
サクラが賢くてかわいいから無限に可愛がっているからかもしれない。
存在が可愛いので仕方がないが、叱ったりした方がいいのかなあ・・・
でも悪い事とか全然しないもんなあ・・・
チート犬である。
ちなみに璃子ちゃんだが、帽子をかぶってもらっている。
金髪は遠くからでもよく目立つ。
避難所を襲った連中がもしここに来ることがあれば、一目で見つかってしまうだろう。
帽子は会社にあったやつだ。
この地区の祭りの名前が書いてある。
『かわいくない』と言っていたが、背に腹は代えられないのだ。
許していただきたい。
帽子と大き目のパーカー(神崎さんの予備服)のお陰で、ちょっと見ればまるで男の子のようだ。
これならよほど近寄られない限り大丈夫だろう。
正直見つかっても俺がいれば何とでもなるだろうが、万が一ということもある。
不確定要素は排除しておいた方がいいだろう。
俺はいつもの格好で、武器は腰に下げた兜割とベストの中に隠した拳銃である。
ゾンビにも人間にも対応できる武装だ。
「ここ、いい所だねおじさん」
「田舎だからねえ、元々人も少ないし自然も多いからなあ」
「ゾンビが人間だけでよかったね」
「ああ、熊ゾンビとか考えただけで恐ろしいや」
「それより鳥の方が怖いよー」
「ああ、そうだなあ。鳥は怖すぎる」
璃子ちゃんと話しながら歩く。
周りは田んぼの他には何もない。
どこからか鳥の鳴く声が聞こえてくるくらいだ。
のどかでいい風景だ。
「学校のみんな、大丈夫かなあ・・・」
ぽつりと心配そうに璃子ちゃんがこぼす。
「うーん、今までの経験から、大きい学校は避難所になってるから・・・それに御神楽って近所に警察署があったよね?結構大きいのが」
「うん!歩いてすぐの所にあるよ!」
「だったら大丈夫だと思うんだけどなあ・・・いずれは偵察に行きたいけども」
「あきら先輩を見つけに行くんだよね?」
「そうそう」
上機嫌に揺れるサクラの尻尾を見ながら歩く。
・・・よく見ると草の破片とかいっぱいくっついてるなあ。
後でブラッシングしてやろう。
「私の友達にも伝言とか頼んでいい?」
「いいけど、いつ行くかはわかんないよ?」
「いいの、いつかは行くんでしょ?それでいいよ。行ってもらえるだけでも十分だもん」
御神楽高校は、龍宮市のほぼ中心部に位置している。
ここからではまだまだ遠い。
なにせ龍宮のはじっこなのだ、ここは。
そしてここから市内に行くためには、必ず硲谷地区を経由する必要がある。
他の道はない。
硲谷を通過すれば、3ルートほどあるのだが・・・
やはり、襲撃者グループとの戦いは避けられそうもないなあ。
まあ、避ける気は毛頭ないのだが。
「璃子ちゃんは友達思いなんだなあ」
「そ、そんなんじゃないよ・・・」
照れくさそうな璃子ちゃんである。
「・・・私ね、小学校の頃ちょっといじめられてたの」
しばらく歩いていると、突然璃子ちゃんが言った。
「私、髪も目もみんなと違うでしょ?だから男子に『ガイジン』って言われさ、からかわれたり、悪口言われたりして・・・」
「へえ、女子は?」
「女子にも少しはそういう子がいたんだけど、他の子は庇ってくれたりしたの」
「いい友達じゃないか」
「うん!御神楽に一緒に進学したんだよ、その子たち」
へえ、御神楽の同級生か。
そりゃ心配だろうな。
「しかし男子かあ・・・なるほど」
「何がなるほどなの?」
「男子ってのはね、自分が好きな子とか気になる子をいじめる奴が多いんだよ。特に小学生の頃なんかは」
「ええーっ!?」
「わふ!?」
璃子ちゃんの大声にサクラが軽く飛び上がった。
ビックリしたように俺たちを見ている。
いやこれは抗議の目線だな、たぶん。
「サクラ、お前すごいな。垂直に飛び上がるなんて」
「わふ!おん!」
「サクラちゃんごめんね、大声出して・・・」
「わふ・・・きゅん!」
璃子ちゃんが撫でると一瞬で機嫌が直ったようだ。
ちょろい愛犬である。
かわいいけども。
「絶対嘘だよそれ、じゃあなんで好きな子に意地悪なんかするの?」
「うーん・・・なんでだろうなあ」
言っておいてなんだが、俺にはそんな経験はない。
同級生にそんなのが何人かいただけだ。
そいつらは一様に意中の女子に嫌われ、後々落ち込んでいたなあ。
・・・俺にもなんでそんなことすんのかわからん。
「じゃあ、おじさんはそうだったの?」
「いや、友達にそんなのがいたってだけだよ」
「そうなんだ・・・私なら意地悪された相手なんか絶対好きにならないけどなあ・・・」
「普通そうなんだが・・・思春期ってのは不思議なもんだよ、うん」
おっと、田んぼの終点が見えてきた。
先は森だ。
そろそろ引き返すかな。
「ね、ね、おじさん」
「はいはい」
「おじさん、小学校に好きな子いた?」
・・・思春期だなあ。
気になるお年頃なんだろう。
「ああ、いたよ」
「へえ!ね、ね、どんな子だった?」
「ゆかちゃんって言ってね、絵の上手な子だったなあ」
『あーっ!田中野くん!動いちゃダメ!!』
鉛筆を持ち、真剣な顔でスケッチブックを睨む少女が脳裏に浮かぶ。
俺はなるべく動かないように椅子の上でじっとしていた。
・・・懐かしい記憶だ。
「告白したの?」
「いや、してない」
「えーっ、なんで?」
「遠い所に引っ越しちゃってねえ」
「あー・・・それじゃ、仕方ないね。それから会えてないの?」
「外国に引っ越しちゃったからねえ」
・・・嘘だ。
ゆかちゃんは、俺が4年生の時に死んだ。
画塾の帰り道、通り魔に刺殺されて。
今でも、遺影の彼女の笑顔と、泣き叫ぶ母親の声が記憶に残っている。
・・・出なかったなあ、涙。
あまりに悲しすぎると泣けないっていうのを学んだなあ。
ただただ、はらわたが煮えるような怒りだけがあった。
思えばあの後だな、道場に通い出したのって。
動機は怒りだった。
いつか犯人をこの手で殺してやろう、という怒り。
彼女を殺した男は、精神鑑定やらなんやらの結果死刑にはならなかった。
余罪や疑わしい未解決事件もあったが、それでも無期懲役刑になったはずだ。
・・・まだ娑婆には出て来てないと思う。
師匠にはすぐ見破られたなあ。
『坊主、誰を殺したい』
っていうの、その日のうちに言われたもんなあ。
正直に言わないと入門させてやらん、って言うもんで。
『ゆかちゃんを殺したやつを、殺してやりたい、です』
正直に言ったなあ。
言った途端、ボロボロ涙が出てきたっけ。
ゆかちゃんの葬儀でも泣けなかったのに。
それにあの時の師匠、怖かったもん。
こんなこと言っちゃ入門させてもらえないだろうな、なんて思ってたら。
『よかろう、入門を許す』
あっけなく入門を許されたけど。
思わずいいのかと聞き返した俺に、師匠は恐ろしい笑みを浮かべて言った。
『殊更卒爾、粗野、鬼畜の者。また無辜の民に享楽の刃を振るいし者、生きて帰すべからず・・・これが我が流派の本当の教えよ』
『わからない、です』
『ふん、簡単に言うとじゃな・・・お主今悲しかろう?腹が立っておろう?』
『うん・・・いや、はい』
『ゆかとやらを殺した奴や、他の奴がまた同じことをすれば、お主のような思いをする者が増える・・・どうじゃ、どう思う』
『・・・許せない、です』
『・・・殺してやりたいと、思うじゃろう?』
『・・・はい』
『その思いを忘れるな、それはお主を必ず強くする。剣道は知らぬが、剣術に綺麗も汚いもない』
『・・・』
『精神修養なぞ知ったことか、強さに種類なぞない。例え悲願が人殺しでも関係ない』
『・・・それで、いいんです、か』
『復讐は何も生まぬ、などとほざく輩がおる。馬鹿めが、生むわい。後の平穏と満足感をのう』
『・・・』
『この世にはのう、決して生かしておいてはならぬものがおるのじゃ、確かにおるのじゃよ』
『・・・じゃがのう、これだけは覚えておけ』
師匠は腰を折ると、至近距離からまっすぐに俺を覗き込んできた。
恐ろしく鋭い眼光だった。
まるで、おとぎ話に出てくる龍と見つめ合っているような気持だった。
『殺す相手を選べ』
『・・・』
『お前を殺しに来たものを殺せ、お前の守る相手を殺そうとしたものを殺せ』
『・・・』
『子供を害そうとしたものを殺せ、弱いものを踏みつけようとした外道を殺せ』
『・・・』
『お主がそれ以外を楽しみのために殺すなら・・・わしがお主を殺す』
空気が重かった。
ひどく喉が渇いていた。
『わかったか』
『・・・はい!』
ひどく大きな声が出た。
師匠は俺をしばし見つめた後。
今までの態度が嘘のように、にかりと笑った。
『よし!・・・いい目をしとるな、小僧』
俺の髪をぐしゃぐしゃとかき回し、師匠は言った。
『さあて、まずは小手調べじゃ、早速やるぞ』
その日、俺は死なない程度にボッコボコにされた。
スタートの時点で容赦なかったなあ、あのクソ爺。
「おじさん?どうしたの急に遠い目しちゃって」
おっと、考え込んでいたようだ。
璃子ちゃんが不思議そうに俺を覗き込んでいた。
サクラもだ。
「あー・・・ごめん。今日の晩御飯のこと考えてた。」
「もーう、食いしんぼなんだからぁ!」
「でも美味いじゃん、自衛隊のご飯」
「そうだけどお!」
ケラケラ笑う璃子ちゃん。
「あ、でも甘いものは食べたいなあ」
「・・・チョコバーならここにあるけども」
「わーい!おじさんのベストって素敵!」
「きゅ~ん・・・」
「・・・骨みたいなおやつならここにあるけども」
「わおん!わふ!おーん!」
甘味は世界を救うかもしれないなあ。
また集めておこう。
砂糖とかも。
とりあえず帰るとしようかな。
結構歩いたし。
・・・おや?
「・・・璃子ちゃん、サクラと一緒に俺の後ろに隠れて」
俺の声で何かを察したのか、サクラを抱えた璃子ちゃんが素早く動いた。
ここは山に近い高い場所なので、会社周辺がよく見える。
北への道は緩やかな上り坂だからだ。
音が聞こえる。
バイクの音だ。
しばらくすると、田んぼの道を俺たちの方に向かってくるバイクが見えてきた。
数は1台。
中型のオフロードタイプかな。
さっきまではいなかった。
恐らく俺たちの姿を確認したから来たのだろう。
ここは下がよく見えるが、下からも俺たちがよく見える。
みるみるうちにバイクが接近してくる。
運転手の姿もよく見えてきた。
若い男だ。
軽装である。
せめてバイクに乗るなら長袖長ズボンだろうが。
武器は・・・バイクに鉈のようなものが括りつけてあるな。
銃はなし・・・と。
「おーい!おっさん!」
バイクは俺たちの前で止まった。
軽薄そうな若者が、いきなり失礼な声をかけてくる。
「この近くで金髪の母娘見なかったか!?」
「いや、見てない」
・・・斑鳩親子を探してるってことは、硲谷の襲撃者の一団だな。
「後ろのガキは!?」
「俺の甥っ子だ」
息をするように嘘をつく。
「・・・ほんとかよ?」
「嘘をつく理由、あるか?で、その金髪母娘はなにしたんだ?」
「アンタにゃ関係ねえよ!・・・オイ、そのガキよく見せな」
バイクから下りるなり、男は鉈を引き抜いてこちらに歩いてくる。
「ガキ、帽子取れよ」
「おい、いい加減にしろよ糞餓鬼・・・甥っ子だって言ってるだろうが」
「うるせえぞおっさん、死にたくなけりゃ黙ってろ」
こいつ、俺の武器に気付いてないのか?
それとも力量によほど自信があるのか?
「おい、それ以上近付くな」
一応、無駄だろうが警告しておく。
男はにやにや笑いながら無視し、俺の間合いに無造作に踏み込んできた。
兜割を引き抜き、鉈を持った手首を打つ。
「あっぎ!?がああああああ!?」
おかしな方向に曲がった手首から、鉈が地面に落ちる。
男は蹲って手首を押さえて悲鳴を上げた。
・・・よし、折れたな。
ただの馬鹿だったか。
「近付くなって、言っただろうが」
男が無事な左手で鉈を持とうとしたので、左肩を打つ。
「このやがああああっあああ!!!いぎいいいいいい!!!」
左腕が異様に伸びた。
肩が綺麗に外れたな。
またも悲鳴を上げる男の顔を蹴り、仰向けに地面に倒す。
そのまま胸の中心を踏み、地面に固定。
片手でベストの中から拳銃を抜き、男に真っ直ぐ突きつける。
「ひっ!?」
俺の拳銃を見て、男の顔が真っ青になる。
「言っておくが、おもちゃじゃねえからな、これ」
かきり、と撃鉄を起こす。
男は恐怖からか痛みからか、体を動かせないようだ。
「・・・戻ってるか?」
「ううん、ここにいる」
俺の後ろから出てきた璃子ちゃんが、帽子を取る。
「あっ・・・が、ガキぃ!やっぱりそうだったんじゃねえか!!おっさぎいいいああああああああああ!!!!」
男が若干元気を取り戻したので、折れた右手首を兜割で強めに殴る。
「・・・なんでこの子を探してる?」
「ぎっいいい!?ぎゃああ!!!」
もう一度殴る。
「正直に答えたら殴らない」
「・・・うるせぐうううう!!!ああああ!!!!」
殴りをおかわり。
「正直に、答えたら、殴らない」
ゆっくりと区切りながら言う。
「わっ・・・わかり、わかりました、言う、言いますゥ・・・」
顔中を愉快な液体まみれにつしし、男がやっと素直になった。
「で、だ。なんでこの子を探してる」
「う、うちのボスがァ・・・そのォ、気に入ったらしくってェ・・・は、母親の方を・・・」
気に入った、ねえ・・・
糞野郎が。
「・・・ボスの名前はリュウジか、タイヘイか?」
「へ?なんで・・・」
ついでに前のことも聞いておくか。
「リュウジか?タイヘイか?」
「りゅ、リュウジですう・・・」
よし、3つの候補の内1つが判明したな。
「よーし、じゃあいろいろ聞いていくからしっかり答えろよ、痛いのは嫌だろ?」
「は、はいぃ!!」
やはり人間、素直が一番だな。
色々尋問した結果、よくわかった。
こいつらのボスはさっき言ったリュウジ。
構成員の数は全部で30名ほど。
以前はもっといたが、この前の避難所襲撃での警察の反撃とゾンビによって減ったそうだ。
なお、現在は避難所に立てこもっているらしい。
避難民は・・・全員死んだか逃げた。
ゾンビの襲来でそうなったらしい。
逃げていてくれることを願う。
願うことしかできないが。
「おじさん、私、聞きたいことがあるの」
黙って尋問を聞いていた璃子ちゃんが静かに言う。
「ねえ、なんであんなひどい事したの?なんでみんな滅茶苦茶にしたの?」
「・・・あ、えっと」
質問に鼻白む男。
「ちゃんと答えろ、殺すぞ」
「あ、や、やめてください!!・・・えっと、ボスがやろうぜって言って、それでその、みんなやろうぜって」
最低な返答が帰って来た。
まあそうだろうが、もう少し言い方ってもんがあるだろ。
「あんなことして、楽しかった?」
「え、えっと・・・その」
「答えろよ」
軽く腕を殴る。
「た!楽しかったです!!」
「楽しい・・・楽しいの?あんなひどい事するのが?自分がやられたら嫌だって考えないの?」
璃子ちゃんの容赦ない正論が突き刺さる。
「・・・ぁ」
何も言えないだろうな。
言えるならそもそもあんな馬鹿なことしないもんな。
こういう手合いはとにかく想像力が足りない。
常に自分は勝者側で、こうして敗者側に回るなんて考えもしないんだろう。
「・・・そんな、そんな理由で・・・」
璃子ちゃんは耐えきれなくなったのか、俺の背中に顔を埋めた。
それでいい。
それで見られなくて済む。
「・・・さて、聞きたいことは聞いたし」
頭に狙いを定めると、男はジタバタと動き出した。
「や、やめっ!やめろォ!!お、俺が帰らなかったら仲間が、仲間が様子を見に来るぞォ!!」
「ほーん、それで?」
「さっき言ったろうがよォ!!30人いるんだぞ!!勝てると思ってんのかよ馬ぁ鹿!!」
「それで?」
「へ?それ、それで・・・それで・・・」
俺の答えが予想外だったのか、男は絶句している。
「いいこと教えてやろうか」
男を見下ろし、言ってやる。
「30人だろうが100人だろうが殺す、全員殺してやる」
「あ・・・う・・・」
「そっちから来てくれるなんざ好都合だ、仲良くあの世に送ってやるよ」
俺は初めからそのつもりなんだよ。
お前ら全員、生かしておかない。
「たす・・・たすけて・・・」
「嫌だね、馬ぁ鹿」
引き金は驚くほど軽かった。
男は額に穴を開け、永遠に静かになった。
「さて、帰ろうか璃子ちゃん」
「うん・・・」
さりげなく璃子ちゃんから死体を隠しながら言う。
ショッキングだし教育に大変悪いが、このままアイツを帰す選択肢はなかった。
情報を持ち帰られるのはまずい。
奇襲ができなくなるからな。
「怖い思いさせてごめんね」
「ううん・・・いいの、私も殺したいって思ったから」
子供ながら悲愴な決意である。
「おじさんが、代わりにやってくれたんだから・・・」
「・・・違うぞそれは、俺がやりたいからやったんだ。璃子ちゃんがたとえ止めても、やってたよ」
「・・・うん」
ポンポンと頭を叩く。
気に病む必要なんかないんだぞ。
「・・・さーて、これから忙しくなるぞ。さっさと帰って飯にしよう」
璃子ちゃんを促し、帰路に就く。
おっと、このバイクはどうしようか。
・・・神崎さんに聞いておこう。
俺乗れないし。
このまま残していくとするかな。
キーだけ抜いていこう。
「ね、おじさん」
「はいよ」
「足に力が入んないの・・・おんぶ、して?」
まあ、至近距離で人が死ぬのを見たんだしなあ。
仕方がない事だろう。
あれ、でも殺した張本人のおんぶでいいのか?
「いいけど・・・俺でいいの?あの、怖くない?」
「・・・いいの!背に腹は代えられないの!おんぶー!」
「おっとと!」
いきなり飛びつくのは心臓と腰に悪いからやめていただきたいなあ。
そのままおんぶの体勢に移行した。
サクラは羨ましそうに見ている・・・気がしないでもない。
ゆっくり歩き出す。
・・・しっかし軽いなあ、不憫だ。
もっとご飯食べてもらわないとなあ。
「ね、ね、おじさん」
しばらく歩いていると、璃子ちゃんが背中から声をかけてきた。
「んー?」
「他のみんながね、おじさんを悪い人だって言っても・・・」
璃子ちゃんが後ろから俺の頭を抱え込んできた。
おおう、視界が阻害されて地味に危ない。
「私は、ずうっとおじさんの味方してあげるね」
「そりゃ、有難いなあ」
「あは、光栄に思ってよね!」
「有難くて泣きそうでござるよ」
「くるしゅーない!」
・・・この子は、何としても守らないとなあ。
何か胸にこみあげてくるのを感じながら、俺は帰り道を急いだ。
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