第8話 避難所のこと

避難所のこと








「逃げてきた・・・?」




初っ端から思わず口を挟んでしまった。


避難所から逃げるって、なんでそんな。


・・・あ、ゾンビがなだれ込んできたとか?


それなら仕方がないな。




「ええ、今朝のことです・・・」




それからぽつりぽつりと斑鳩さんは続ける。






斑鳩さん母娘がいたのは、ここから南に5キロほど行った所にある『硲谷はざまだに』という地区だ。


ここ原野よりも龍宮市に近いだけあって、それなりに便利な所だそうだ。




斑鳩さんは自宅で翻訳の仕事をしながら、そこにある一軒家に住んでいた。


ネットさえあればどこでも仕事ができるとか、才能のある人は羨ましいなあ。




旦那さんは日本人だが、璃子ちゃんが産まれてすぐに行方不明になって現在に至るそうだ。






「行方不明・・・?」




また口を挟んでしまった。




「主人は消防のレスキュー隊に所属していまして、あの『白虎湾沖地震』で・・・」




「あー・・・、それは、お気の毒に」




アレか。


ここ100年で一番デカかったっていう大地震と津波。


俺は大学だったかな、その頃。


連日テレビが大騒ぎだったなあ。


警察や消防、自衛隊の人も大勢殉職したって言ってたっけ。


未だに見つからない人も多いとか・・・斑鳩さんの旦那はその中の一人ってわけだ。






話を戻す。




旦那さんの保険金と自分の仕事で、特にお金には困っていなかった斑鳩さん。


母娘二人で平和に暮らしていたそうだが、そこへあのゾンビ騒動である。




さっき璃子ちゃんに聞いた通り、熱を出した璃子ちゃんを家に連れて帰って来た斑鳩さん。


しばらく様子を見て熱が下がらないなら病院に連れて行こうかと思っていたそうだ。


そんな時。




「たぶん10時前くらいだったと思います・・・」




自宅前の道路から何とも言えない声が聞こえてきたそうだ。


気になって外を見ると、ご近所のおばさんが奇声を上げながら同じ井戸端会議仲間であるおばさんに食いついていた。


あまりの光景に頭が真っ白になっていると、さらに多くの声が聞こえた。




悲鳴、怒号、それに吠える声。




斑鳩さんの家の3階からは、近所のスーパーがよく見える。




そこはまさに地獄絵図だった。




買い物客を襲う店員。


店員の喉笛を噛み千切る買い物客。




しばらく呆気に取られていた斑鳩さんだったが、娘のことを思い出して行動を開始。




周囲の騒音に怯える娘をなだめつつ、家中の窓を閉めて玄関を施錠。


娘と抱き合ってその日を過ごした。






・・・ふむ、ここでも10時か。


ゾンビ同時多発説、龍宮でも同じらしい。




・・・それにしても行動が早いな斑鳩さん。


外に出て行かなくて正解だったな。






幸いなことに、仕事の締め切りが近く、食料を買い溜めしてすぐのことだったのでそのまま籠城。


水が出るうちに家中のありとあらゆる容器に水を溜めておいたそうだ。




3階の窓から周囲を観察し、ゾンビの生態を学習。


周囲からゾンビが少なくなるまで1週間ほど籠城を継続した。




家の周囲からゾンビが消えたので、気を付けながら近所を偵察。


すると、家からほど近い公民館が警察主導の避難所になっていることが分かった。


コンタクトを取り、収容可能だと言われたので一旦帰宅。




元気になった璃子ちゃんと一緒に、保存食と衣服を持って公民館へ避難した。


避難所は少数の警察官によってしっかり運営されていて、敷地内には畑も作り始めていた。




斑鳩さん母娘は色々とできることをしながら、いつまで続くとも知らない避難生活に順応していった。




・・・ここで終わればいい話なんだが、事態は急変する。






発端は今日の早朝のこと。




外が急に騒がしくなったと思ったら、避難所外周のフェンスが突っ込んできたトラックによって薙ぎ倒された。


突っ込んできたトラックは全部で5台。




その荷台から、武器を持った男女が避難所になだれ込んできた。


警察も果敢に応戦したが、多勢に無勢。


更に相手方はどこから調達したのか、多数の猟銃で武装していた。


しばらく後、警察は全滅。




避難民は襲撃者によって一か所に集められた。




襲撃者のリーダーであろう若い男が、ここは今日から自分たちが仕切ると主張。


従えば殺さないとは言うものの、避難民はパニックを起こしかけていた。




斑鳩さんは璃子ちゃんと震えていたが、その容姿に目を付けられてしまった。




下品な顔をした男達に、娘共々どこかへ連れて行かれそうになったその時。




倒れたままのフェンスを越えて、雨で活発になったゾンビ共が一気に避難所に襲来。




応戦する襲撃者を見て、斑鳩さんは荷物から合羽だけを持って避難所を脱出した。


途中襲撃者に止められそうになったが、たまたま落ちていた鉄パイプでそいつを殴打。


怯んだ隙に逃げ出した。




それからはひたすら雨の中を走って逃げた。


龍宮方面へは向かわずに、人口の少ない原野の方が安全だと考えて。




いい避難場所を探していたところ、ここを発見。


入る間際で運悪くゾンビの集団に出くわし・・・そして、俺たちに助けられたというわけだ。






・・・なんとも、映画みたいな話だなあ。


運がよかった。


どこか一つ間違えればゾンビの餌食か、もしかしたら死ぬより辛い目に逢っていたかもしれない。




「・・・ご無事で何よりでした、本当に」




神崎さんも同じ気持ちのようだ。




「いえ、受け入れてくださって本当にありがとうございます・・・ここに入れなかったら駄目でした」




深々と頭を下げる斑鳩さん。




「まあまあ、今まで大変だったんですからゆっくりなさってくださいよ。しばらくしたら報告に詩谷に帰ろうと思ってたんで、一緒に行きましょう」




たぶん自衛隊は受け入れてくれるだろう、たぶん。


報告は神崎さんが無線で定期的に入れているけど、一応原野は落ち着いたっぽいし。


しばらく様子を見て大丈夫そうなら、そうしようか。




「そんな・・・そこまでしていただくわけには」




「嫌です、します。俺の性分なんで・・・それに、行くアテあるんですか?」




「それは・・・ないですが」




「それならゆっくりしてくださいよ、別に何かしろとか言うわけじゃないですから」




申し訳なさそうな斑鳩さんの発言をぶった切る。


助けちゃったんだから、最後まで責任は持つ。




最後ってのはしっかりした避難所に送り届けるまでだ。


花田さんのとこなら人員も武器弾薬も十分だし、問題はなかろう。




「知り合いに璃子ちゃんより小さい子がいましてね・・・他人事とは思えないんですよ、ええ」




「ふふ、こうなった田中野さんは頑固ですよ?私も同じ気持ちですが」




嬉しそうに神崎さんが笑う。


性格を把握されつつある・・・




「・・・というわけで、諦めてゆっくりしてください。サクラも遊び相手ができて喜んでますし」




はい!この話は終わり!






とにかく今日は疲れたろうから、斑鳩さんにも早目に寝ていただくことにした。


斑鳩さんは俺たちに再度お礼を言いながら、璃子ちゃんの眠る部屋に帰って行った。




「・・・ふう、神崎さん一服しましょっか」




「はい、ご一緒します」




俺たちは連れ立って屋上へ・・・おっとと。




「・・・斑鳩さん、あの、良かったら高性能セラピー機能付き湯たんぽことサクラをどうぞ」




「まあ、いいんですか?」




「安眠できますよ~。あ、アレルギーとかあります?」




「いえ、私も璃子も大丈夫です。それではお預かりしますね」




「はい。サクラ」




小脇に半分眠ったサクラを抱え、ノックをした後に斑鳩さんにお願いした。


これからちょいと長話になりそうだしな。




気を取り直し、屋上へ行こう。






「星が綺麗だなあ・・・」




屋上に寝転び、煙草を咥えて火を点ける。




「電灯がないと、本当に夜空に吸い込まれそうですね・・・」




神崎さんは俺の隣で体育座り。


頭上の星空を見上げている。




煙を吸い込み、吐き出す。


はー、うまい。


生きててよかった。




「・・・さて、さっきの話なんですけど」




「はい」




「・・・来ますよね、たぶん。襲撃者」




「間違いありませんね」




ちょっと考えればすぐにわかることだ。


奴らは硲谷の避難所を奪いはしたが、同時にゾンビまで呼び込んでしまった。


話によれば外周フェンスはほぼ全壊の模様だったし、復旧にも時間はかかるだろう。


ていうか、復旧する気もないかもしれない。




ああいう奴らは奪うことだけはできるが、存続させたりするのは苦手だろう。


そりゃそうだ、それができるんならそもそも他を襲ったりしないだろう。


まあ、略奪が性癖というか趣味みたいな側面もあるんだろうけども。




故に奴らはきっとここに来る。


5キロなんて車があれば一瞬だ。


偵察に来ればすぐにここは見つかるだろう。


なんたって原野で一番デカい建物だし。




「・・・あの、神崎さ」




「一人でやるなんて言いませんよね?」




若干の冷たい声。




「・・・いや、迷惑でしょうけど助けてくださいって言おうとしたんですが・・・」




「・・・いい心がけです、とても!」




なんか嬉しそうだな。




「これから偵察の手を広げるにあたって、敵対者の存在は脅威です。むしろ今知れてよかったとも言えます」




「まさしくその通りですな。それに・・・」




残り少なくなった煙草のフィルターを噛む。






「来てくれるってんなら容赦はしねえ・・・まとめて地獄に送ってやる」






好き放題やる奴らには、俺も好き放題で返す。


目には目を、歯には歯を。


右頬を殴りにきたら躱しながら左頬を、いや顎を砕く。




今までの経験からよーく、よおくわかった。


ああいう手合いは生かしておく理由がない。


生きてるだけで善良な人たちが被害に遭う。


平時なら警察にお任せするが、今は自分の身は自分で守らねばならん。




今まで散々人を踏みつけにしてきた奴らよ。




今度は俺が、その喉を踏み砕いてやる。




「そうと決まれば明日っから準備ですね。俺は何をしましょうか」




「そうですね・・・まずは裏門を・・・」




俺は神崎さんと、これからの計画について話し合った。




ついつい話し込み過ぎて、夜風に風邪をひきそうになってしまった。


反省せねば。








「知ってる毛皮だ・・・」




朝起きたら、視界はもふもふで一杯である。




どうやらまたしてもサクラが俺の顔面を横断して寝ているようだ。




「あ、起きた」




璃子ちゃんの声がする。




「・・・なんでこんな状況?」




「おじさん起こしに来たらさあ、あんまり気持ちよさそうだから起こせなくって。そしたらサクラちゃんが乗っかってまた眠り出しちゃったの」




二度寝とは贅沢だなサクラよ。


もふもふに手を伸ばし、頭上に抱え上げる。




昨日遅くまで話してたからなあ・・・


ま、神崎さんはいつも通りに起きてるんだろうけど。


知らないけどきっとそう。




「ふぁふ・・・!わふん!」




「あだぁ!?」




そのタイミングでサクラが起きて暴れたので、俺の鼻にサクラのおでこが激突した。


・・・いてて、一瞬で目が覚めた。




サクラは大丈夫・・・そうだな。


やめなさい俺のほっぺはアイスクリームじゃないんだから・・・舐めても美味しくないぞ。




サクラを小脇に抱え、璃子ちゃんと一緒にオフィス部分へ向かう。


今までは休憩室で飯を食っていたけど、人が増えたからな。


差し当ってここで食おう、と神崎さんと昨晩決めた。






「自衛隊の保存食っておいしいね、お母さん!」




「本当においしいわ・・・お二人ともあr」




「ノゥ!もういいです感謝は!美味しく食べましょう!」




「わふ!おん!」




たくあんを米の上に乗っけながら割り込む。


感謝してくれるのはありがたいが、毎度毎度だとくすぐったいでござる。


サクラも『そうだそうだ』と言っている・・・ような気がしないでもない。






「はい、お味噌汁ですよ田中野さん」




「あ、すいません」




神崎さんが目の前に湯気の立つみそ汁を置いてくれる。


・・・明日こそは俺が朝食を作るぞ。


毎回申し訳ない。




「あーうっま・・・もう自衛隊に婿入りしてえ・・・」




味噌汁を啜って思わず


保存食なのに超美味いわこのみそ汁。




「あははは!おじさんなーにそれぇ!」




璃子ちゃんはツボに入ったようでケラケラ笑っている。


斑鳩さんも口を押えている。


・・・そんなにおもしろいか?




「料理の上手な奥さんが現れるより現実的じゃない?」




「ええ!?おじさんならその方が現実的だと思うけどなあ、私」




いぶかし気な璃子ちゃんである。


そんなわけないじゃんよ。




・・・あれ?神崎さんがいない。


どこ行ったんだろ・・・まあいいか。




「そういえば、斑鳩さん日本語お上手ですね。日本にはいつからいらっしゃるんですか?」




気になっていたことを聞く。




「大学からですね、それまでにも留学はしていましたけど」




「へえ、随分と早くから・・・道理で上手なわけだ」




「お父さんとは、大学で出会ってすぐ結婚したんだよね!」




楽しそうに璃子ちゃんが言う。


・・・そうか、旦那さんは璃子ちゃんが産まれてすぐいなくなったんだっけ。


この様子を見るに、それほどトラウマにはなっていないようだ。


物心つく前だもんなあ、当たり前か。




「学生結婚ですか?いいなあ、青春ですねえ」




「いえそんな・・・」




顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


恋愛の青春・・・俺の人生には存在しなかった類のものだ。


いいなあ。




「おじさんはないの?そんな経験」




「ないなあ、高校の時の彼女にも初デートでフラれたし」




「えーっ!?なにそれなにそれ!」




「いやあ、実はね・・・」




朝食はそんな感じで楽しく過ごした。




何故か顔を赤くした神崎さんがいつの間にか戻って来ていたが、何かあったんだろうかな?








「ふーい、これで一応完成かなあ」




目前に広がる作業成果を見ながら、俺は額の汗をぬぐう。




朝食後、神崎さんと昨日話し合った計画を実行していたのだ。




「トゲトゲだー」




手伝ってくれた璃子ちゃんも満足げだ。






俺たちがいるのは裏門。


門から水路を渡る橋の上に、きらりと光る鋼の絨毯が見える。


そう、これはスパイクの山である。


斑鳩さんたちの避難所を襲った奴ら対策に設置したものだ。




奴らがここへ来るとしたら、まずトラックで来るだろう。


流石に正門と裏門両方から来られると具合が悪い。




そこで、裏門は完全に放棄することにした。




倉庫に転がっていた薄い木の板に、これも転がっていた大小さまざまな釘をひたすら打ち付け、裏返して橋の上に敷く。


これで車で進入されることは防げそうだ。


さらに、裏門自体を有刺鉄線を巻いて完全に固定。


徒歩での突破も不可能にした。




仮に奴らが爆薬を持っていたとしても、ここも門は分厚く頑丈。


簡単にはいかないだろう。




周囲を水路に囲まれているので、奴らは正門に回るしかなくなる。


そこを屋上から神崎さんが機銃掃射というわけだ。


屋上からは正門と裏門が見下ろせるので打ち放題。


奴らが猟銃を持っていても何の問題にもならんだろう。




まだ弾薬は潤沢にあるし、なんなら俺が駄目押しで手りゅう弾をポイポイしてもいい。


それも予備がまだまだまだあるのだ。


・・・冷静に考えると恐ろしい武力だな、うち。


遠近なんでもござれの布陣だなあ。


『近』特化型の俺としては頑張らないとなあ。


今回は出番があるかわからんけども。




「電気が潤沢に使えたら、電気柵とかも作れたのになあ・・・」




今度詩谷に帰ったら大木くんに相談してみようかな。






工作も一段落したので休憩タイム。


座り込んで煙草に火を点ける。




璃子ちゃんは少し離れた場所でサクラを抱っこしている。


神崎さんは屋上で作業。


斑鳩さんは少し前から昼ごはんの支度だ。


何か手伝いたい、と言われたのでお願いすることにした。


湯煎するだけだから簡単だけど、俺も神崎さんも作業で忙しいからな。




「ね、おじさん」




膝の上にサクラを乗せ、座っている璃子ちゃんが話しかけてきた。




「なんだい?」




聞き返すと、璃子ちゃんは少し俯いて言う。






「人・・・殺したこと、ある?」






絞り出すようにそう呟くと、璃子ちゃんはもっと深く俯いた。


昨日の様子から、俺が『手慣れた』様子だったのに気が付いたんだろうな。




「・・・ああ、いっぱい殺したよ。ゾンビも人間もね」




一瞬どうしようかと考えたが、正直に答えることにした。


俺が稀代の詐欺師なら隠し通せるだろうが、どうせ嘘ついても顔に出るし。


事実は事実なのだ、正直に言おう。




「そう・・・なんだ。ね、どうして?」




「うーん・・・大体は向こうから襲ってきたからかな。何人かはヤバい奴だってわかったから先制攻撃したけど」




俺の返答を聞き、璃子ちゃんはサクラの背中に顔を埋めた。


そりゃショックだろうよ。


俺が璃子ちゃんの立場だったらドン引きするわ。


一切後悔はしていないけども。




「わたし、ね・・・」




そのまま、璃子ちゃんは静かに言った。






「避難所に来た奴ら、殺してやりたいって思ったの」






「・・・」




「孫と同じくらいだって可愛がってくれた市川のおばあちゃんは、トラックに轢かれちゃった」




「死んだ妹みたいだって優しくしてくれた藤田のお兄さんは、フェンスの下敷きになっちゃった」




「育ち盛りだからサービスだって余計に乾パンをくれた倉本のおじちゃんは、警察の人と一緒に撃たれて死んじゃった」




初めは冷たい声だったが、次第に熱を帯びてきた。




「みんな死んじゃった、アイツらのせいで」




「・・・殺してやりたいよ、アイツらみんな」




「アイツらが来なかったら、今もあそこでみんな生きてたのに」




「他の人たちも、もう死んじゃってるかもしれない」




血を吐くような独白だ。


鼻声になってきた璃子ちゃんを、サクラが心配そうに見上げている。




「ね、おじさん・・・これっていけないことなのかな」




・・・元気そうに見えたが、そうでもなかったようだ。


目の前でお世話になった人たちが死んで、ゾンビの中を母親と一緒に逃げてきた。


危うく男どもの欲望のはけ口にされかけもしたし。


さぞ大変だったろう。




「いや、普通のことだろう、そりゃあ」




「そう、かな」




「そうさ。何も悪くない人をとにかく殺したい!ってんならヤバいけどな」




煙草はとうになくなっているので、立ち上がって璃子ちゃんの隣に座る。


俯いたままの璃子ちゃんの頭に手を置いた。




「よく逃げてこれたな、生きててよかったよ、本当に」




「でも・・・でもみんな・・・みんな・・・」




もう声になっていない。


母親にはこんなこと話せないだろうしな。


中学生にはきつかったろうなあ。




「そうだな、悲しいよな」




「みんな優しかったのにぃ・・・みんなぁ、いい人だった、のにぃ・・・」




「いい人から死んじまうんだよな、おかしいよなあ」




横田先生。


酒井先生。


2人のことが脳裏に浮かんだ。




市民会館のランドセル。




建設会社の遺体。




集落の遺体。




廃校の遺体。




みんな、あんなところで死んでいいような人間じゃなかったはずだ。




理不尽に、零れ落ちる命じゃなかったはずだ。




「・・・許せねえよなあ、本当に」




「・・・う、ん」




しゃくり上げる璃子ちゃんの頭を横から抱え込んだ。


サクラは地面に降り、俺たちを見つめている。




「璃子ちゃん」




「・・・なーに?」




「俺に、任せときな」




「・・・え?」




腕の中に璃子ちゃんの体温を感じながら、俺は呟く。






「俺が、そいつら全員ぶち殺してやるから」






「おじ、さん?」




掠れた声を出す璃子ちゃんに、続ける。




「全員、地獄に叩き込んでやる。一人も残さねえ・・・だから璃子ちゃんは、何の心配もしなくていい」




「なんで?なんで、おじさんがやってくれるの?」




璃子ちゃんが俺の方を見る。


真っ赤に充血した目が痛々しい。




「決まってるだろ」




溢れる涙を拭い、俺は笑って言う。




「子供を守るのが、大人の務めってもんだ。子供は心配しないで元気に大きくなりゃいいんだよ」




「・・・」




璃子ちゃんは目を丸くして俺を見た後。




「・・・前時代的だね、おじさん」




そう言って笑った。




「前時代の人間だもん、俺」




「あは、そうだった」






「あー・・・泣いたらなんかスッキリしちゃった。ね、サクラちゃん」




「わふ」




寄って来たサクラを再び抱き上げて、璃子ちゃんがこぼす。


どうやら彼女の中で何かに折り合いがついたらしい。


ま、俺がどうとかっていうより、ああいうことは抱え込むと体に毒だからな。


悩みは声に出しただけでもスッキリするしな。




「ね、おじさん」




「んー?」




「私ね、タバコ臭い人って嫌いなんだ」




・・・なんでいきなりディスられてんの俺。


いやまあ、そりゃ世間一般ではそうだろうけどさ・・・なんでこのタイミングで。




「でもさ」




ポケットのどこかにガムでも入っていないものかと探していたら、璃子ちゃんがこちらを向いた。




「おじさんは・・・特例で許してあげる!いこっ!サクラちゃん」




「わふ!おん!」




そう言うや否や、璃子ちゃんはサクラと一緒に走って行ってしまった。


・・・おう、ありがとさん。






「ふうむ、一日で懐かれたもんだなあ」




新しい煙草を咥えて火を点ける。




「本当ですね」




「ヴぁ!?」




社屋の影から神崎さんが出てきた!?


相変わらず気配が無いなこの人!




「・・・どこから聞いてました?」




「『ね、おじさん』のあたりでしょうか」




「初めからじゃん!!」




もっと早くに出てきてよォ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る