第7話 逃げてきた親子のこと

逃げてきた親子のこと








「あの、この度は・・・」




雨の中で座り込んでいると、母親の方がおずおずと話しかけてきた。


子供の方はその後ろに隠れている。


まあ仕方なかろう、ゾンビボッコボコにしてたし。




「あー・・・とりあえず中に入りましょ。お互いびしょびしょですし」




それを制して立ち上がる。


うー・・・なんとなく座り込んじゃったけどケツが大変なことになった。


気持ち悪い。




息も整ったので立ち上がる。




「どうぞどうぞ・・・まあいきなりで信用できないでしょうが、とにかく体を温めないと」




先導するように歩き、社屋に入った。




「雨がひどいですから、とりあえず入ってください」




後ろで神崎さんの促す声が聞こえる。


同じ女性同士の方がいいだろう。






「ひゃん!わん!」




「うーい、ただいまサクラ」




先程の動きを見て安心したのか、元気よく飛びついてくるサクラ。


わしゃわしゃ撫でてやるととっても嬉しそうだ。




「ワンちゃん・・・」




おや、子供の方が反応した。


ふふふ、子犬の可愛さは不信感も吹き飛ばすようだ。




「ああ、そうだよ。サクラって言うんだ・・・サクラ、ご挨拶は?」




床にサクラを下ろすと、とことこ親子の所へ行って一声。




「きゅん!」




「わぁ・・・!」




「かわいい・・・」




親子が夢中になっている間に休憩室へ。


えーとタオルタオル・・・




「持っていきますね、田中野さん」




スッと神崎さんがタオルを持っていく。


・・・さすが、行動が早い。


じゃあ俺は風呂の準備だ。


それと食料。






「3時間くらいでお風呂沸くんで、ちょっと我慢してくださいね。それとこれ、食べてください」




食料を盆に載せてオフィス部分に戻ると、親子は合羽を脱いでサクラと遊んでいた。


・・・え?2人とも外国の方?




「いえ、ご迷惑をかけるわけには・・・助けてくださっただけで十分です」




「いいんですよいっぱいあるんで、気にしないでくださいね」




俺に申し訳なさそうに謝ってくるお母さんは、見事な金髪に青い目をしていた。


スラっと背の高い美人さんだ。


・・・日本語上手いなあ・・・全然気付かなかった。


多分俺と同じくらいだな、外国人の年齢はわかりにくいけども。




「・・・いいの?」




「サクラと遊んでくれたお礼だよ、お嬢さん」




「ありがとう!」




子供・・・娘の方も金髪に青い目。


年齢は・・・ううむ、美玖ちゃんより上、6年生か中学生ってところか。


ふわあ・・・なんか人形みたいだな。




「後々説明しますが、食料は潤沢にありますのでお気になさらず」




神崎さんの声に、母親はおずおずと俺の手からお盆を受け取った。


なお、中身はカロリーバーに野菜ジュースである。


手っ取り早く栄養になる方がいいしな。




「きゅ~ん・・・」




ぽてぽてと俺の足元に戻って来るサクラ。


ウルウルした上目遣いである。


・・・わかりやすいなあうちの子。




「・・・お手、おかわり、伏せ」




「わう!わん!ひゃん!」




機敏に指示通りに動くサクラ。




「仕方ないなあ~賢いから仕方ないなあ~!ホラホラホラホラ!」




「きゅん!ひゃん!」




ポッケに入れていた骨型のガムをあげる。




そんな俺たちを、女性陣3人は笑いながら見ていた。








「おっと、申し遅れました。俺は田中野一朗太って言います、愉快な無職です」




「私は神崎凜と申します。自衛官で、階級は二等陸曹です」




貪るように食事をする親子を眺めることしばし。


落ち着いたようなので自己紹介をする。




「あ、すみません・・・私は斑鳩いかるがジェシカ、娘は・・・」




「斑鳩璃子!よろしくね、おじさん!お姉さん!」




すげえ苗字だなあまた。


戦闘機みたい。


お母さんの方は外国の人で、娘はハーフになるのかな?




娘の方は元気を取り戻したようだ。


ずいぶんと活発そうである。


うむ、子供は元気が一番だ。




「璃子!」




「ああいや、いいんですよ気にしなくて」




あわててたしなめる斑鳩さんを止める。


おじさんには変わりがないもん。


神崎さんはお姉さんだしさ。




「ね、ね、おじさん、そのヘルメット取らないの?」




おっと、そうだった。


被りっぱなしだった。


頭皮が蒸れて将来大変なことになってしまう。


急いでヘルメットを脱ぐと、傷を見て璃子ちゃんが顔を引きつらせた。




「お、おじさんそれ・・・痛くないの?」




「全然。それにイカす傷だろう?」




「い、イカ・・・?」




え、通じて・・・ない!?


これがジェネレーションギャップってやつか・・・


悲しいよサクラ・・・




近くにいたサクラを抱え上げて背中に顔を埋める。


あ~いい匂いがする~・・・


伊達にほぼ毎日風呂に入ってるわけじゃないからな。




「あの、自衛隊の方がどうしてここに・・・?」




「ええ、私は元々詩谷にいるのですが、この度こちらへ調査に来ていまして・・・」




斑鳩さんが神崎さんと話している。


状況説明は専門家に任せよう。




「ね、ね、おじさん」




「なんだい斑鳩さん」




俺はこっちでサクラとこの子とおとなしくしていようかな。




「璃子でいいよ!・・・ね、さっきはほんとにありがとう!チラッと見えたけど、おじさんすっごい強いね!」




「どういたしまして、璃子ちゃん。俺なんかより神崎さんのほうがもっと強いさ」




「そうなの?でもかっこいいねあの人、モデルさんみたいで素敵!」




「だろ?爆撃機だってイチコロさ!」






「田中野さん・・・?私をなんだと・・・?」






凍てつくような声が飛んできた。




「スミマセン」




耳がいいんだからもう・・・






「サクラちゃんかわいい~いいにお~い」




「わふ、わふ!」




璃子ちゃんはサクラを抱っこしてご満悦である。


賑やかで活発そうだが、サクラを抱く仕草は優しい。


いい子のようだな。




新の言葉を借りれば、子犬はいい人間がわかるようだし。


夢中とは言え助けてよかった。




・・・どうしてここに来たか、どこから来たのか。


色々と聞きたいことはあるが、急に質問攻めにするのも気が引ける。


とりあえず風呂に入った後まで質問はお預けだな、うん。


別に急ぐこともなかろう。






そうこうしているうちに雨は止み、青空が顔をのぞかせた。


本格的な梅雨到来ってわけじゃなかったんだな。


しかし天気予報がないのがこんなに不便だとは思わなかった・・・


気象衛星は無事だろうが、いかんせんネットが死んでるもんな。




まだ風呂が沸くまでには時間があるし、サクラと遊ぶかな。


ストレッチもしておきたいし。


明日もう一度筋肉痛になるわけにはいかんしな。


外のゾンビは全部始末したし、いいだろう。


服も乾いたし。




「サークラ、ボール投げしようか」




「うるぅ、わおん!」




いいお返事だこと。




「おじさん、私も行っていい?」




斑鳩さんはまだ何事か神崎さんと話している。




「ああ、いいよ。なあサクラ」




「おぉん!わふ!」




『早く行きましょうよォ!』みたいな声だな、これは。




「いいんですか?ご迷惑では・・・」




「いいんですよお、子供は元気が一番ですから」




申し訳なさそうに言う斑鳩さんに返す。


しかしホントに日本語上手いな・・・もうこれ日本人では?






「そーれ!」




「わふ!おん!」




楽しそうにボールを投げる璃子ちゃん。


嬉しそうにそれを追いかけるサクラ。


うーん、ちょい前が嘘みたいな平和さだ。




俺は乾いた地面に座ってストレッチだ。


あ~・・・太腿の裏が伸びて気持ちがいい。


足は特に重要だからな、念入りにほぐしておかないと。


もうあんな筋肉痛はごめんだ。




全身のストレッチが終わったので、軽く腕を回しながら立ち上がる。


サクラは・・・璃子ちゃんと楽しく遊んでるな。


邪魔しても悪いし、軽く汗でも流すか。




玄関先に立てかけておいた兜割を取り、構える。


素振りでもしよう。






「おじさん、そんな重そうなのよく振り回せるねえ」




ひとしきり素振りやら型の確認やらを済ませたころ、璃子ちゃんがサクラと一緒に寄ってきた。




「まあね、慣れだよ慣れ」




タオルで汗を拭いていると、サクラが駆け寄ってくる。




「わふ!わん!」




「璃子ちゃんに遊んでもらってよかったなあサクラ」




撫でると尻尾が大暴れだ。


平和だなあ・・・




「ね、神崎さんっておじさんの恋人?」




「・・・はぁ?なんでそうなるんだ?相棒だよ、相棒」




急にとんでもないこと聞いてくるな。


こういうお話が好きなのかな?




「え~、そうなんだ。ずいぶん仲がいいからそう思ったの」




「まあ、色々一緒に苦労してきたからなあ。仲はいい・・・と思うけど」




「あれで仲良くなかったらオカシイよ」




そうかなあ?


少し不安である。


そりゃ赤の他人よりは打ち解けてくれてると思うが・・・




「ちょっとしか見てない私でもわかるのに・・・おじさん、ニブニブだね!」




「ぐう」




ぐうの音しか出ない。


どうにも女性の心は苦手である。




「よく見たら、おじさんちょっとかっこいい顔してるのになあ・・・」




「よく見なくてもイケメンでしょ、傷まであってかっこいいだろぉ?」




「傷はよくわかんない」




乗っかってみたが、正直俺の顔は平々凡々だと思うんだが・・・




「璃子ちゃんこそ、かわいい顔してるからよくモテるでしょ。・・・そういえば小学生?」




「ぶぶー!中学1年だよ」




中学生か。


このくらいの女の子の年齢は正直わからん。




「へえ、中学生かあ。どこに通ってたの?」




玄関の縁石に座りながら聞く。


立ち話は疲れるしな。


サクラも寄ってきたので抱っこして膝の上に。




「御神楽だよー」




璃子ちゃんも俺の隣に座る。




へえ、御神楽・・・御神楽!?




御神楽高校は私立の女子高で、中高一貫だ。


そこの中等部か!


偶然とはいえびっくりだ。




「え!?そうなのか!?」




「なーに、おじさんうちに知り合いでもいたの?」




「知り合いというか・・・お世話になった人の娘さんを探してるんだ、高等部なんだけどね」




俺の拳銃の元の持ち主、高山さん。


流石にその顛末を璃子ちゃんに言うわけにもいかないので、ぼかして伝える。




「うー・・・高等部の人たちはよく知らないかも、ねね、名前は?」




「高山あきらさんっていう女生徒なんだけど・・・知ってる?」




望み薄だが、一応聞いてみよう。




「え、知ってる!あきら先輩だ!」




知ってた。




「私、水泳部なんだけど・・・部活が一緒なの!月に2回は合同で練習してたんだよ!」




なるほど。


中高一貫ならではだな。




「今はどうしてるか、わかるかい?」




そう聞くと、璃子ちゃんは顔を俯かせた。




「あのね、ゾンビが出た日にね、私風邪ひいて休んでたの・・・だからわかんない、ごめんね」




あー・・・そうかあ。


それならしょうがないな。




「でもね、その日だけは携帯がつながったんだけど・・・友達が学校に避難してるって言ってた」




「あれ、あそこって全寮制じゃなかったっけ?」




「そうなんだけど、うちの家も市内にあって・・・その日は熱が高かったからお母さんが家にいなさいって迎えに来てくれて・・・」




ふうむ、結果としてそれが良かったのか。


学校がどうなったにせよ、母娘が一緒にいれたんだからな。




「そうかあ、わかったよ」




「・・・おじさん、あきら先輩を探しに行くの?」




「探しに行くって言うか・・・無事を確認したいってのが大きいかな」




学校が避難所として機能していれば、それはそれでいいんだが。


もし大変なことになっていれば保護したい。


なんとなく、そうしたいんだ。


高山さんの遺書、見ちゃったからな。


それに拳銃にもお世話になってるし。




「そっかあ、おじさんいい人なんだね!」




「どうかな~?悪人かもしれないぞ~?」




悪そうな声を出すと、璃子ちゃんは笑った。




「悪人だったら私たちを助けた上にご飯くれたりしないでしょ!サクラちゃんも懐いてるしね!」




・・・どうやらここでもサクラに助けられたようだなあ。


膝の上でまったりしているサクラの背中を撫でる。




「わふ」




なんですか?、みたいな顔でサクラが俺を見上げてくる。




「はは、サクラはかわいいなあ」




頭を撫でると、ご満悦なサクラであった。








「2人の次、神崎さんが入ってくださいよ」




「いいんですか?」




「俺はサクラと入りますんで、お気になさらず」




風呂が沸いたので斑鳩親子をまず入らせた後、神崎さんとサクラと休憩室でまったりしている。


風呂場からは楽しそうな璃子ちゃんの鼻歌が聞こえてくる。




畳って落ち着くなあ。


サクラは骨型のおもちゃをあぐあぐ噛みながら寝転がっている。


自衛隊からもらったサクラ用の食料に混ざっていたものだ。


他にも予備のリードやらおもちゃやら、結構入っていた。


・・・どうやら自衛隊には犬好きが多いらしい。




「・・・ああそれと、今までの状況を聞くのは璃子ちゃんが寝てからにしましょうか」




「そうですね、それがいいかと。斑鳩さんには後で機を見てお伝えしておきます」




ふと思ったので言う。




市内の状況も知りたいが、璃子ちゃんがいる前では聞き辛い。


修羅場をくぐって来たのなら、トラウマを呼び起こしたりしてもかわいそうだしな。




「あ、そうだ神崎さん、廃校でのことなんですが・・・」




これも今のうちに話しておこう。


廃校の連中が言っていたチームの名前についてだ。






「リュウジ、タイヘイ、それにリュウモンカイですか・・・」




「はい、どうやら少なくとも3つのチームっていうか集団がいるみたいです」




「前の2つは個人名ですね、ですが・・・」




「ええ、最後のはよく知っています」




リュウモンカイ・・・おそらく『瀧聞会』のことだろう。


有体に言えば、龍宮市にある広域指定暴力団・・・いわゆるヤクザである。


俺みたいな一般人でも知っているような、そこそこデカい規模の。




「私も資料で見た記憶があります、かなりの武闘派らしいですね」




「ええ、俺もよくは知らないんですが、龍宮市にあそこしか暴力団がいないのはそういうことらしいですね」




20年くらい前は龍宮市にも3つか4つヤクザがいた、らしい。


瀧聞会はそれらを全て潰し、龍宮唯一の暴力団となった、らしい。




正直ヤクザなんていう犯罪者の集まりに微塵も興味はないが、高校の友人にそういうのが好きな奴がいて教えてくれたのだ。


めんどくさそうな所が残ってるもんだ。


いるかもしれない刑務所の犯罪者だけで一杯一杯だってのに、この上ヤクザまで元気なのかよ。




「おとなしくゾンビと共倒れでもしてくれりゃいいのに・・・」




「詩谷の方は一斉摘発があったので平和でしたが、こちらはなかったようですね」




足並み揃えてくれてたらなあ・・・


銃とかも持ってるんだろうなあ、面倒くさい。


なるべく関わり合いにならないようにしよう。




「廃校の連中は正真正銘の屑の集まりでしたけど・・・それと同じようなのがいないことを祈りますよ、多分無理でしょうけど」




「偵察をしっかりしないといけませんね。急に遭遇したら目も当てられません」




はあ、気にするのはゾンビだけで十分だってのに。




「・・・気は進みませんけど、俺はいざとなったら潰しますよ。廃校の連中みたいな奴らは、生かしておけない」




殺した相手を思い出すことはないが、死んだ親子の遺体は今でも脳裏に浮かぶ。


・・・ああいう手合いがいて、タイミングが合うなら俺はためらいなく皆殺しにするだろう。




正義感なんて綺麗ごとじゃない。


俺が殺したいからやるだけだ。




「田中野さんがそうするなら、私もそうします・・・絶対に。私も、同じ気持ちですから」




神崎さんも、目に怒りを滲ませながらそう言った。


・・・いい相棒だなあ、ほんと。








「ふあ~今日も今日とていい湯であったなあ」




「はふう・・・」




風呂に入ってホコホコになった俺とサクラは休憩室に戻った。


相変わらずドライヤーが恐ろしいサクラであったが、終わればケロリとしたものである。




「お帰りなさい、田中野さん」




「お帰りなさい」




おや、神崎さんと斑鳩さんが部屋にいる。




「神崎さんから少し話を聞きました・・・璃子はもう眠ったので、ここにいます」




神妙な顔で斑鳩さんが言う。


どうやらここに至るまでの説明をしてくれるらしい。




「そうですか、それでは・・・話していただけるんですね」




既に半分眠っているサクラを毛布に置き、斑鳩さんに言う。


斑鳩さんは、少し顔を曇らせながら話し始めた。






「はい・・・私たちは、避難所から逃げて来たんです」

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