第102話 挨拶回りのこと(前編)

挨拶回りのこと(前編)








「そうですか、それは大変なお仕事ですね・・・」




友愛の校長室にて、宮田さんが溜息をついた。


ここにいるのは俺たち2人である。


神崎さんは無線機で秋月の花田さんに報告中だ。


サクラはいつものように森山くんにお任せしてある。




秋月総合病院での説明の後、神崎さんを友愛に送り届けるついでに説明をしていくことにした。


龍宮市に偵察に行くこと、期間は不明だがしばらく行方不明者の捜索はできないこと、などだ。




「すいません、なので捜索・・・しばらくは無理になりそうです」




「いいえ、好意でやってくださっていたのですから、お気になさらず。今までの働きで十分に助かっていますし」




宮田さんはにこりと笑いながらそう言った。


・・・ありがてえなあ。




「避難民の皆さんへは、私から伝えておきますよ」




「いいんですか?その、文句とかも出ると思うんですが・・・」




ぶっちゃけ避難民については全く罪悪感はないが、警察に怒りの矛先が向くのは心苦しい。


警察『には』大変お世話になったしな。




「私たちがお願いして市内全域を偵察してもらっていることにしましょう。それが一番いいかと」




「えっそれは・・・」




おいおいおい、そりゃあいくらなんでも警察に悪いぞ。




「嘘は上手くつくものですよ、田中野さん・・・それに、まあ、なんというか・・・」




苦笑いしながら宮田さんが続ける。




「文句を言う避難民の方々も、無理をしてまでここにいなくてもいいんですけどねえ・・・私どもも強制はしていませんし」




うわーお、本音だ。




でもそうだよなあ、嫌なら出て行きゃいいんだもん。


探したいなら自分で行けってなもんだ。


俺ならそうするぞ。




「まあ、自衛隊との共同作戦が始まれば周辺のゾンビも減るでしょうし。そうなれば・・・」




「動ける体があるんだから、自分たちで行ってもらうってわけですか」




「ええ。田中野さん1人にやっていただくような仕事じゃありませんし、本来は」




元々、美玖ちゃん達への風当たりを減らすためにやってたんだしなあ。


それももう必要ないし。


・・・ここらが潮時だろうな。




それに、いつまでも避難民に寄りかかられちゃ困るし。


またギャル子みたいなのが出てこないとも限らん。


俺の快適な無職ライフがいつまでも始まらないのだ。


・・・いつ始まるのかは俺にもわからん。




「あ、自衛隊もそうですけど、警察からの依頼なら喜んで引き受けますからね・・・ま、これからは内緒にしておきましょうか」




「そうしておきましょう。これからも、よろしくお願いします」




「こちらこそ」




改めて握手をし、悪い顔で笑い合った。






「さて・・・それでは田中野さんに渡すものがあります」




話が一区切りつくと、宮田さんは立ち上がって金庫の方へ歩いていく。


ダイヤルを回し、かちりと扉を開け、なにやら布に包まれたものを持ってきた。


・・・お金かな?


正直この状況で貰っても使いどころがないんだが・・・




「・・・これです」




そう言って宮田さんは布を取った。




「えっ」




それは拳銃だった。


警察官の腰にあるのでお馴染みのアレである。


黒光りした小型の拳銃だ。




「お持ちください、田中野さん」




ええ・・・もらえないよこんなもん。




「いや、俺には・・・」




「聞くところによると、龍宮市はここよりもかなり危険な様子だとか。田中野さんの戦闘スタイルは近接格闘ですが、持っていて損はないかと」




「いやいや、これは警察官にこそ必要なものでしょ宮田さん」




この状況だ、銃器はあればあっただけいい。




「実を言いますとね・・・ここの警官には全て拳銃が2丁以上行き渡る量があるんです」




「えっ」




「ここへ避難するときに、署からありったけ運んできましたので。銃弾も同じくです。残しておいて奪われても困りますし」




まあ、そりゃそうだよな・・・


銃器、そんなにあるのか。




「加えて、田中野さんが回収した散弾銃や拳銃もあります」




ああ、そういえばそうだったなあ。


偽警官や建設会社のアホからいただいたやつが。




「それにですね・・・大きな声では言えませんが、ゾンビ騒動の少し前に市内の暴力団の一斉摘発がありまして・・・ね」




なんか新聞で読んだ記憶があるぞ。


抗争用の銃器が多数押収された・・・みたいなニュースだったな。


たしかライフルや自動拳銃なんかもあったとか。


・・・ヤクザの癖に軍隊並みの装備だ。


いったいどんな世紀末マフィアと戦うつもりだったんだろう。




「というわけで、現状我々には銃器が潤沢にあるわけです。潤沢すぎるほどです」




なるほど・・・


いやいやいや、でも俺が持ってていいわけじゃ・・・




「余剰分を避難民に回すこともありえませんしね」




キ〇ガイに刃物どころの騒ぎじゃないしな。


横柄な避難民も結構いるし。


そんな奴らに銃が渡ったらと思うと・・・




「それにですね、覚えておいでですか。これは、高山先輩の拳銃です」




・・・!


その名前は覚えているとも。


俺が交番で見つけたやつか、これは。


あの立派な警官の銃か。




「ですからこれは田中野さんの取得物の一つというわけです」




「いやあの、そんな拾った財布じゃないんですから・・・ホラ、銃刀法とか」




「ははは、今更ですねえ」




・・・そうだった!


銃刀法言い出したら『刀』で思いっきり引っかかるじゃん、俺。


あまりに自然すぎてすっかり忘れていた。




「装弾数は5発。予備弾をとりあえず30発お付けします、お得ですよ」




「深夜の通販番組みたいな体で言われても・・・あのでも、これで俺が悪事とかを働いたら・・・」




「そんな人が馬鹿正直に持ってこないでしょう、拳銃も散弾銃も」




・・・ぐうの音も出ねえ。




「ベストの内側に隠せるように、ショルダータイプのホルスターもどうぞ。防弾ベストもありますよ」




机の引き出しから、ホルスターと黒いベストを取り出して宮田さんが置く。


うわあ、警〇24時で見たことあるぅ。




・・・ワーオ、なんてこった!至れり尽くせりだぜ!ボブ!!


こりゃ、初めからそのつもりで用意してたな、宮田さん。




「あなただからお渡しするんです、高山先輩をしっかり葬ってくださったあなたに、です。おそらく先輩もそう言うでしょう」




「・・・」




「撃ち方や整備の仕方は、神崎さんから教わるといいでしょう。あの人なら我々以上に詳しいでしょうし」




これ、断れる雰囲気じゃないな・・・


拳銃か・・・そりゃ興味があるにはある。


散弾銃は重くて長いが、これならコンパクトに持ち運べるしな。




「田中野さんにはこれまで大変お世話になりました。どうぞ、偵察にお役立てください」




「・・・後でやっぱり逮捕するとか言わないでしょうね?」




「この騒動が終わって平和になったら、こっそり返してくだされば結構です」




「・・・わかりました」




机の上の拳銃を手に取る。


刀より軽いが、それでもずっしりくる重さだ。




龍宮市では何が起こるかわからない。


自衛官が行方不明になってるくらいだしな。


・・・最後の手段として、持っておくのも悪くはないだろう。




それにだ。


もしも俺がゾンビに噛まれた時。


そう、高山さんと同じ状況になった時。


これなら首を斬るより楽に死ねそうだ。


・・・そんな状況になるつもりは毛頭ないけども。




「・・・高山さんの娘さんが通ってたのって、御神楽高校でしたね」




ホルスターに拳銃をしまい、ベストを脱いで装着する・・・結構重いなあ。


防弾ベストの方はリュックサックにしまう。


今は必要ないし。


銃弾は・・・前に神崎さんに聞いた所ハンマーでぶっ叩きでもしない限り暴発はしないようなので、とりあえずリュックの内ポッケに。




「・・・そうですが、無理に探しに行く必要はありませんよ。あなた方の安全が第一です」




「気が向いたら、行きますよ。気が向いたら、ね」




「・・・そうですか」




「そうですよ」




ま、行けたら行くんだけどな。


これも運命というやつなのかもしれん。


・・・安全そうならそれでいいんだけどな。


あそこもここくらい頑丈そうだし、大丈夫だとは思うけど。




「じゃあ、失礼します。また帰ってきたら顔を出しますから。情報提供もしなきゃですし」




「はい、どうかお気をつけて」




宮田さんは、綺麗な敬礼で見送ってくれた。






神崎さんに声をかけ、友愛から帰ることにした。


新たちには龍宮行きの連絡はしないでおく。




向こうで余裕があれば母親を探すつもりではあるが、見つからなかったり死んでたりすると悲しませるからな。


美玖ちゃんにも初めは内緒にしてたし。




・・・なお、森山くんにも内緒にしておくことにした。


なんかついてきそうで怖いし。


完全な足手まとい要因だしなあ。


ま、俺と神崎さんはそんな関係じゃないし、問題なかろうよ。




さて、まずは大木くんの所へ行くか。


おっちゃんのとこより近いし。




「サクラ、大木のおにいちゃんとこに行くぞ~」




「ひゃん!」




闇モード以外の大木くんは好きみたいなので、サクラも嬉しそうだ。




それでは出発!








「・・・なんじゃこれは」




大木くんの住居である古本屋に来てみたものの、依然と比べてあまりに様変わりしている。




いつの間にか、有刺鉄線まみれの門は設置されている。


そして足元にはいつかのトゲトゲスパイクが見える。


どうしよう、このままじゃ入れないな。




・・・ん?




門の上に監視カメラがある。


前はなかった・・・っていうか門自体なかったけど。




『あ、田中野さんだ。今開けますね~』




カメラが喋った!?


・・・いや、よく見るとスピーカーも併設してあるな。


大木くんの科学力・・・すげえ!




しばらく待っていると、屋上から大木くんがひょっこり顔を出す。


そのまま脚立で駐車場まで下りてくると、内側からガラガラと門を開けた。


おお、連動してスパイクまで動くのか。




「田中野さん、こんにちは。サクラちゃんもね」




「ひゃん!ひゃん!」




「こんちは・・・すごいねえ、これ」




「いやぁ~あれからテンション上がっちゃって、不眠不休で仕上げました」




凄まじいドヤ顔である。


これだけの門だからドヤ顔をしてもいいだろうけど。




「ちょいと話があってね、上がっていいかい?」




「どうぞどうぞ、いいコーヒー豆もありますし。喫茶店からいただいてきたんですよ~」




・・・うーん、自由だ。


自由を満喫している。


たいへん羨ましい。


が、彼はここに至るまでに死ぬほどの不幸を乗り越えてきたのだ。


それくらいの幸せはあっていいだろう。


いやむしろなくてはおかしい。




じゃあ、お邪魔するかな。






「へえ、龍宮市ですかあ」




やたら香りのいいコーヒーを飲みながら、大木くんに計画について話した。




「ああ、定期的に戻れるみたいだけどな」




「自衛官が行方不明・・・なにやらきな臭いですねえ。くれぐれもお気をつけて」




うろちょろするサクラを撫でながら、大木くんが言う。




「うん、詩谷とは勝手が違いそうだ」




「たぶん詩谷がチュートリアルで、龍宮が本編ですよははは」




「こやつめははは」




縁起でもないことをおっしゃる。


ここの時点で顔に消えない傷がついたというのに。


この上ハードモードは恐ろしすぎるでござる。




「まあ、気を付けるよ」




「でも、田中野さんと神崎さんのコンビなら大丈夫だとは思いますけどね。この前の襲撃の時、僕爆弾投げるくらいしか仕事なかったですし」




まず爆弾を投げるっていう前提条件がおかしいんだよなあ・・・


この科学力、侮りがたし。




「あ、そういえば田中野さんの家ってどうするんですか?」




「あーうん、留守にするからなあ。あと2日でもうちょい厳重に固めとかないとなあ」




発電機は軽トラに積むし、大事なものは持っていくけど・・・


貴金属もあんまりないし、現金もいらないが家だけは守らないとな。


留守中に変なのに住みつかれたら困るし。




「あの、もしよかったら僕が見回りしときましょうか?」




そんなことを考えていると、大木くんからまさかの申し出があった。




「ええ?いや、悪いよそれは」




「田中野さんの家って、確か川の近くでしたよね?あそこらへん動画に撮りたいんで、別にいいですよ」




ウキウキとカメラを取り出す大木くん。




「川釣りとかの動画も必要ですしね、どうせ色々回るつもりなんで気にしないでください。1週間に1、2回チラッと見るだけですから」




アグレッシブになったなあ、大木くん。


いや、それは前からか。




「・・・じゃあ、様子見だけでもお願いしていいかい?見回りだけじゃ悪いし、スペアキーを渡すから家で休憩してくれてもいいよ。風呂も入れるし、泊ってもいいからね。庭の小屋には釣り道具もあるから、好きに使ってくれ」




「うわー!やった!もう別荘じゃないですか!ひゃっほう!!」




「映画も好きに見ていいし、備蓄食料も食っていいから」




変なのに略奪されるよりよっぽどいい。


ついでに公民館のことも教えておこうかな。




「いや、映画は甘えますけど、食料は余裕ありまくりなんでお気になさらず」




しっかりしているなあ・・・




では、ありがたくお言葉に甘えることにする。


・・・なんか俺、周りに助けてもらってばっかりだなあ。




「あー!気にしてる顔ですね田中野さん!いいんですよ、田中野さんたちのおかげで人生に区切りがついたんですから」




僕一人だとあそこまでスッキリできませんでしたし、と続ける大木くん。


ええ男や・・・どこかに天使みたいな娘いないかなあ。


彼には是非とも幸せになっていただきたい。




「あっそうだ、どうせなら泥棒用に爆弾とか地雷とか・・・」




「それは結構でござる!」




帰ったら家ごと吹き飛んでそう。






「お元気でー!ちょい安全になったら龍宮にも撮影に行きますよー!情報よろしくです~!」




「すまーん!こっちもよろしく頼むー!」




「ひゃん!おぉん!」




門前で俺たちを見送る大木くんに、窓から手を振る。


自宅門のスペアキーはさっき預けたし、2階からの出入り仕方は知ってるから問題ないだろう。


家の場所もしっかり教えたしな。




いやあ、期せずして自宅問題が解決してしまったなあ。


ちょいと恩をもらい過ぎたな、機会があれば返すことを考えよう。


・・・安全が確認出来たら撮影を許可するとか。


まあ、捕らぬ狸のなんとやらだ。


まずは与えられた仕事をキッチリこなさなければ。




さて、大木くんへの挨拶も終わったし、最後はおっちゃんの家だ。


・・・やっぱ俺の交友関係狭いな?








「おじさん!サクラちゃん!こんにちはー!」




「美玖ちゃん、オッスオッス」




「きゅうん!わぉん!」




おっちゃんの家に着くと、早速美玖ちゃんが出迎えてくれた。


サクラもダッシュで寄って・・・おいもうそれ体当たりじゃないか?




「きゃあ!あははは!もーう!」




「わん!わん!」




美玖ちゃんはサクラを抱き上げて頬ずりしている。


ま、両方嬉しそうだからいいか。




家に入ると、中庭でおっちゃんが素振りしているのが見えた。


丁度いい、話を先に済ませよう。




サクラを美玖ちゃんに任せ、庭に下りる。




「おっちゃん、お邪魔してるよ」




「ボウズか、どうした今日は」




素振りをしながらおっちゃんが返す。


・・・相変わらずブレがなくて力強い振りだこと。


おれがこの境地に達するにはあと何十年もかかるな、たぶん。




「ちょいと話があってね・・・ついでに前に頼んでた刀、できてる?」




「おう、暇なもんでとっくに研ぎあがってるぞ」




ありがたい。


何が起こるかわからんから刀は多いに越したことはない。


・・・家にある秘蔵の一振りも持っていく予定だしな。


アレが盗まれたらさすがに立ち直れない。


時間も金もかかってるし。




「ホレ」




おっと、急に目の前に木刀が。


おっちゃんが差し出している。




「美玖が泊まって行けって言うだろうし、どうせ暇なんだろ?久しぶりに付き合いな」




厳密に言えば暇ではないのだが、自宅の件は片が付いた。


・・・まあ、今日くらいはいいか。


この先どうなるかわからんし。




「・・・お手柔らかに頼むよ?」




「抜かせ」




木刀を受け取り、縁側にリュックやヘルメットを置く。


ベストを脱い・・・やっべえ、拳銃そのままだった。


これはベストに包んで人の目に触れないようにしておこう。




身軽になったので、おっちゃんの前に立つ。




「・・・よろしくお願いします」




「おう」




木刀を正眼に構える。


おっちゃんは右手にだらりと木刀を持っている。




・・・相変わらず隙は無い。


無いが、このまま待っていても同じこと。


どうせ力量は段違いなんだ。


こちらから行く!




間合いに踏み込みながら脇に構えを変えつつ、下段で足を狙う。




「っし!!」




がきり、と苦も無く防がれるがこれは囮。




そのまま木刀の側面を滑らせて上段に打ち込・・・うお!?


一瞬の動きで木刀を逸らされ、俺の腹に向けて木刀が迫る。




木刀を引き戻す時間はないので、一気に跳び下がって体勢を・・・おお!?


これも読まれていた!




そのまま一足で同じように飛び込んできたおっちゃんは、今度は太腿に向けて斬撃。




「・・・っ!」




なんとか引き戻した木刀の柄でそれを受け止める。


ぐう、いってえ。


相変わらず重い一撃だ。


受け太刀を続けると先に手をやられそうだ。




「・・・っあぁ!!」




あえて声のタイミングをずらし、おっちゃんの木刀を下方向へ捩じり逸らす。


そのまま肩からの体当たりで跳ね飛ばして距離を・・・!?




「へへ、やるじゃねえか」




・・・体当たりに逆らわずにふわりと飛ばれた。


師匠そっくりだわ、その動き。


天狗か爺ども。




ともあれこれで仕切り直しだ。


・・・正当な剣術では俺と向こうには何十年もの経験差がある。


本気でぶつかるしかないな。




構えを変える。


左足を前に出して半身になり、木刀の峰を右肩に乗せる。




おっちゃんの表情も変わる。




「南雲流・・・田中野一朗太、参る!」




猛然と距離を詰め、体ごと袈裟斬りの軌道へ。


おっちゃんの木刀が、それを迎撃するために持ち上がり始める。


ここぉ!!




「ぬうあっ!!」




振り下ろしの体勢のまま、腕の力を抜いて構えを下段へ。


一瞬でスイッチした構えで、おっちゃんの足首を刈り取るような軌道の斬撃へ変える。




南雲流『空転』


新に教えたもののバージョン違いだ。




とった!!・・・・なにぃ!?




「おっとあぶねえ」




「あだぁ!?」




軽く上に跳んだおっちゃんの木刀が、俺の脳天へ。


うおお・・・視界に火花が。




振り切った体勢のまま前のめりに地面に転がってしまう。


・・・こなくそぉ!




転んだ勢いを殺さず、着地したおっちゃんの足を再度狙う。




「っほい」




軽やかに飛び上がるおっちゃん。




・・・そうくるよなあ!


振った勢いで立ち上がりながら、上空のおっちゃんに切り上げを放つ。




「ほほいっ・・・とぉ!」




切り上げを木刀の側面でいなし、着地の勢いを乗せた突きが俺の鳩尾へ。


速いっ!?




「がっは!?」




どずん、と鳩尾に鉄棒をぶち込まれたような衝撃。


立ち上がる途中だったので衝撃を完全に逃がせない!


後ろに半回転しながら虚空を払い、牽制しつつ逃げる。




ぐううお・・・俺の腹筋ちゃんと残ってる?あ、あるわ・・・よかった・・・




なんちゅう衝撃だよおい。


どういう動きで放てばあの威力になるんだよ・・・


皆目見当がつかねえぞ・・・




脚に力が入らん・・・若干衝撃を逸らしてもこの威力か・・・


が、まだやれる。


この程度で降参するわけにはいかんな。


・・・まあ、真剣ならとっくに死んでるけど。




立ち上がって脇構え。


そのまま木刀を倒し、切っ先を後方に。




「・・・っはぁ!!」




そのまま踏み込んで体を回しながら横薙ぎ・・・と見せかけ、さらに膝を折りながら回転方向を反転。


逆方向からの突きを放つ。




「おおっ!?」




さすがにこれは予想外だったようで、おっちゃんが後方に跳ぶ。




・・・ここだぁ!!




突きの勢いを横方向の回転に変換。


もう一度反転し、低く踏み込みながら切り上げ。


軋む足首から伝わる力をそのまま乗せる。




おっちゃんの左手首に木刀が迫・・・えっ!?




「おおりゃあ!!」




おっちゃんは、左手を瞬時に木刀から離して斬撃を回避。


右手のみで握った木刀を振り下ろしながら握りを滑らせ、柄尻を保持。


間合いの伸びた斬撃が、俺の首筋でぴたりと止まる。




「・・・参った!」




俺はそう言うと、地面に座り込んだ。


もう限界。


鳩尾の痛みのせいで息もまともに吸えん。


この上首筋なんぞ打たれたら気絶するぞ。




いやあ・・・まさかアレを躱すとはなあ・・・


年寄りの癖になんちゅう反射神経だよ、おい。




しかも振り下ろしながら間合いを伸ばしやがった・・・


あんなの、漫画や映画の世界じゃないか。


師匠もできたけど、まさかおっちゃんが使ってくるとは思わなかった・・・




「やっぱ、おっちゃんはすごいや」




「・・・馬ぁ鹿、おめえが甘すぎるんだよ。南雲流でござい、なんて言われちゃ隠し玉があるってバラしてるようなもんじゃねえか」




・・・あ。


気合を入れるために言ったのが裏目に出た。




「しっかし相変わらずえげつねえやな、最後のはヒヤッとしちまったぜ」




「おっちゃんこそ、最後の凄いね。師匠以外であれやる人見たことないよ」




「そりゃあ、田宮先生に教えてもらったんだからな」




・・・教えてもらったからって、ホイホイできるもんじゃないんだけどな、アレ。


俺がやろうとしたら、間違いなく木刀がすっぽ抜けるかぎこちなくなってスピードが落ちる。


ああまで滑らかにできるのは凄い。




「南雲流『寸違すんたがえ』・・・だったか?俺もこれで田村先生にやられたもんだ・・・悔しかったから死ぬ気で覚えたぜ」




花田さんといいおっちゃんといい、師匠に負けた相手多すぎないか。


あの爺さん、どんだけ若い頃から暴れてたんだよ・・・




「おーし、痛みも引いてきたろ。続きだ続き」




「・・・一本くらいは取るからね」




「はっは、いい顔じゃねえか・・・来いよボウズ」






「あんたー、一朗太ちゃん、ご飯よ~」




その後もボッコボコにされていると、おばちゃんが呼んできた。


結局また一本も取れなかったでござる・・・悔しい。




「あいよお!・・・時間切れだなボウズ」




「おお・・・わかっ・・・た」




息も絶え絶えな俺に対し、余裕のおっちゃんである。


化け物め・・・


いや、思い返すとおっちゃんは常に必要最小限しか動いていない。


俺の動きに無駄が多すぎるのだ。


精進せりゃならんなあ。




「・・・どうやら色々言いてえことがあるんだろうが、先に飯だ」




「う・・・うーい・・・」




俺は、重たい体を引きずってなんとか縁側に向けて歩き出した。


あ、龍宮市のことまだ言ってないや・・・

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